ヤサ男の夢






「ま……だ、負けてねえ……っ!」
 二の腕を固定されているため思うようにならない腕をじりじり持ち上げて、震える指先でアキラの脇腹をごそりとくすぐった。
 途端、そこが弱点だったのかアキラの身体が跳ね上がり、ふわっと圧力が弱まった隙を見逃さずにヒカルはくるりと身体を回転させる。仰向けの状態でヒカルを見下ろすアキラの顔に思い切り爪を立てた。
「〜〜〜!」
 頬を掠った引っ掻き攻撃にアキラが思わず顔を抑えると、ヒカルは自分の身体から離れたその手首を掴み、アキラの背後に向かって強く押し込んだ。踏ん張ろうとアキラが両足に力を込めたが、弾むベッドの上ではあまり効力がなく、そのまま仰向けに倒れてしまう。
 暴れていたせいでいつの間にかベッドの端ギリギリまで移動していたらしく、背中はかろうじてベッドに受け止められたもののアキラの首ははみ出てぶらんとぶら下がった。大きく仰け反って一瞬息が止まったアキラの上で、ヒカルがセーターに再び手をかけている。
「勝負に負けて、こっちでも負けなんて納得できるか! お前こそ大人しくしてろ、そしたら天国見せてやるよ」
 アンダーシャツごとぐいっとアキラのセーターを捲り上げたヒカルは、あらわになったあばら骨に噛み付くように口付けた。
 アキラは完全に血が昇って真っ赤になった顔を震わせ、腹筋を駆使してじわじわと頭を持ち上げようとしている。そうしている間にもヒカルの手はセーターからベルトに移動し、絶体絶命という文字がアキラの頭をよぎった。
 しかし大人しくなどならなかったアキラは、最後の手段とばかりに足を振り上げてヒカルの顎を蹴り上げた。無防備なアキラに油断をして注意を怠ったヒカルは、見事に爪先が顎に当たって思い切り舌を噛んだ。
 ヒカルが呻くと同時に、バランスを崩したアキラも背中からベッドの下へ落下する。それでもすぐに飛び起きて、恐らく戦闘が続行されるリング……もといベッドの上へよじ登って体勢を整える。
 舌を噛んだヒカルもまた、涙目になりながらも口元を拭って続行に異論はないようだった。
「天国ならボクが見せてやる。いい加減に諦めろ!」
「諦めんのはお前だ! いいから素直にひっくり返ってろ!」
 目的を果たすことばかりに頭が行き、すでに「何のために目的を果たすのか」という大前提をすっぱり忘れ去った二人は、それからややしばらく本気の乱闘を続けた。
 殴り合い蹴り合いで身体のそこら中に痣や引っ掻き傷を作り、息切れしながらも掴み合って、一歩も譲らない二人の均衡が崩れたのはただの偶然のようにも思えた。
 倒れ込んだままヤケクソのように口付けを交わして、ようやくヒカルもアキラも思い出したのだ。

 ――ああ、そうだった、好きで好きでたまらないんだった――

 その時に不運にも下になっていたヒカルは、突然色づいた空気に流されるままアキラを受け入れることに甘んじるハメになったのである。





 ***





「ふっ……う、ん」
 盛り上がった肩にどれだけ力が入っているかは、縒れたシーツをきつく握り締める指の白さが雄弁に表していた。
 開いた膝をベッドにめり込ませ、蹲るように丸まっているヒカルの背中に緩く歯を立てたアキラは、彼が突き出した尻の間に根元まで埋め込んでいる腹の下のものをゆっくりと動かした。
 ここまで咥え込ませるのにもかなりの時間を要したが、だからといって先を急げばヒカルの身体が辛くなる。暴走したがっている腰から下を僅かな理性で押し留め、圧迫感に慣らすようにアキラは静かに腰で円を描く。
 それでも苦しいのには変わりがないようで、シーツを掻き毟って手繰り寄せるヒカルの額には汗がびっしりと粒になって浮かんでいた。
 アキラはヒカルを背中から抱きかかえるように、胸に腕を回してうなじに小さなキスを何度も落とす。
 大きな刺激が下半身を支配しているため、些細なアプローチはヒカルの苦痛を紛らわせることにはならなかったようだが、僅かに振り返ったヒカルは熱に浮かされたような顔をして、熱い息と共に掠れた声を漏らした。
「お、前……、いっつも、こんなふうに……女抱いてんのかよっ……」
 責めるような口調にアキラは眉を顰め、胸に這わせた指先でヒカルの乳首を捻るように摘む。小さな痛みにヒカルの身体が強張った。
「ボクは……キミが思うほど女性と関係は持っていない。成り行き上仕方なかった数回だけだ……。それを期待するような女性は、誘わない」
「ん……なこと言って……、アッ、ヤル気満々で、ここ来てんじゃねえかよ……」
「言ったろう、仕方なかった時だけだって。キミがムキになるから悪いんだ。ボクは張り合わずにはいられない……」
 囁きを落とす耳の中に舌を差し込めば、大きく震えるヒカルの全身に余分な力が入る。ぎゅうっと下腹部のものを締め付けられたアキラが小さく呻いた。
 ヒカルは喘ぎながら肩で大きく息をして、身体を仰け反らせて無理に後ろを振り向こうとする。腰が繋がっているせいで体勢的には厳しいだろうに、胸を反らしてアキラに顔を向けたヒカルは、握り締めていたシーツから離した手を弱々しくアキラの元へ伸ばしてきた。
 乱れたアキラの髪に触れた手が、ふいに力強く髪束を掴む。
「俺だって……、そんな、遊んじゃいねえよ……。」
 苦痛を堪えて細く歪んだ目は、僅かな薄明かりを反射してきらきらと潤んでいた。
「マジで、飯食うだけとかばっかだった。ホントに何度か……そうなっちゃった時もあったけど。でも、そんな簡単に、安っぽいマネ、」
「進藤」
 熱っぽく囁いたアキラは、ヒカルの胸に忍ばせていた指をするりと下ろし、緩く勃ち上がっているものを優しく握り締めた。
 手の中で形を確認するようにやんわりと揉むと、まだ頼りなかった肉の感触が硬度を増していく。
「ア、んん……」
 苦痛ばかりだった声に僅かに艶が含まれて、アキラの手の動きが速くなった。急かすように指を滑らせるアキラへ、ヒカルは何かを訴えるような切実な眼差しを向ける。小さく動いた口唇が何を言っているのかと、すっかり硬くなったヒカルのものを握り締めながらアキラが耳を近付けた。
「……お前、ひょっとして……、俺よりほんのちょっと年下だってこと、気にしてた……?」
 アキラの眉間に一瞬深い皺が寄り、気まず気に泳いだ目は「そうだ」と肯定しているようなものだった。
「キミが年上とばかり付き合うからだ……」
「お前だって、年下にばっか手ぇ出してたじゃん……」
「それはキミが――」
 最後まで言わせないとばかりに、掴んだまま離さなかったアキラの髪をぐいと引き寄せた。
「俺だって気にしてたよ」
 早口で囁くと、目を閉じたヒカルが赤い口を開く。探るようにぶつけるように口付けてきたヒカルの口唇を受け止めて、差し込まれた舌の根ごと絡め取るようにアキラも貪り返した。
「……う、ン……」
 はらりと、アキラの髪が散る。
 力の抜けたヒカルの手が、再びシーツに埋もれて爪を立てた。
「あっ……、あ、塔矢、」
 嬌声に艶が増せば聴覚までもが支配される。アキラはきつくヒカルを抱き締めたまま、それまで緩やかだった腰の動きを徐々に速めていった。
 青い筋を浮かべた左手の甲を重ね合って、繋がっている部分に滴るほどの汗を掻きながら、長い夜に溺れて全てを忘れていく。
 くだらないいがみ合いの原因も、繰り返してきた無駄な意地の張り合いも、ついさっき殴り合った傷の痛みも。



 ……それでも、泥のように眠って目を覚ましたヒカルの開口一番が
「次は俺が上だからな」
 だったのには、さすがのアキラも閉口した。





 ***





 翌日、時間こそ別々だったにもかかわらず、いかにも派手に喧嘩しましたといった傷をあちこちにこさえて棋院に顔を出したヒカルとアキラを見た人々は、「ついにやり合ったか」と口々に噂した。
 ヒカルの口元には紫色の痣、アキラの顔も引っ掻き傷だらけで誤解されるのは無理もなく、おまけにヤリ合ったのは事実なので、誰に何を聞かれようとも二人はじっと口を閉ざした。
 それからぱたりと二人の女遊びがやんだことは関係者を驚かせたが、相変わらず顔を合わせればくだらない罵り合いを始める様子には変わりがないので、誰も彼らの劇的な変化に気づくことはなかった。
「今日こそ俺だからな! お前の好きにはさせねえからな!」
「ふざけるな、今日もボクだ! そのほうが絶対にしっくり来る!」
 染み付いた意地の張り合いは、そうそう簡単に抜けていくものではないようだった。
 最終的にはどちらに軍配が上がったのか、真実を知るものは誰もいない。






30万HIT感謝祭リクエスト内容(原文のまま):
「男前なヒカルさんとヘタレではないアキラ先生が、
バトルしながらエロ展開するのが読みたいです!
喧嘩の内容はなんでもいいですが、折れないヒカルに
アキラが何が何でもゆーこと聞かすゾ!みたいな…
結末はもうお任せシマス。(25禁希望)」

25禁どころか男前じゃないしへたれだし
凄い方向に間違って突き進んでいったような……
エロもほんのちょっとですいません……!
かなり強引な展開でしたが殴り合い?楽しかったです。
そしてリクエスト有難うございました!
(BGM:ヤサ男の夢/山崎まさよし)