優しくしたいの






 暗い部屋に、すすり泣きのような声が響いていた。
 ヒカルはアキラの下で、胸の小さな突起を執拗に舐められて、そのじわじわとした刺激に喉を揺らしていた。
 初めての時は愛撫もそこそこにすぐ挿入を試みたアキラだったが、今日はかなりの時間と手間をかけてヒカルの身体を愛していた。
 胸を、腰を、手のひらや指先、舌で丹念に撫でられて、最初こそくすぐったがっていたヒカルも、やがて身体の奥に生まれる熱を隠しきれなくなってきた。
 自分では考えられないような、悲鳴じみた高い声が漏れる。それを抑えようとしてもアキラに阻まれ、耳に届く声が信じられなくてヒカルの羞恥が高まっていく。
 もうヒカルのそこは完全に起立しているのに、アキラはなかなか触れてくれない。この前のように触って欲しくて、ヒカルは知らず腰を物欲しげに揺らしていた。
 それに気づいたのか、アキラの指が勃ち上がったものに触れるか触れないか程度の間隔を保ってそれを包む。その微妙な刺激にヒカルの顎が仰け反った。
 きゅっとそこを握られて、
「アッ!」
 ヒカルの腰が跳ね上がる。
 頬がカーッと熱くなってくる。
 濡れた浴衣の上に転がされて、散々身体を撫で回され、アキラの下で、変な声をあげている自分を思うと恥ずかしくてたまらない。
(ヘンだ、頭おかしくなりそう)
 ぼーっとして、全身が火照っている。中央に集まる熱を扱かれて、今までとは段違いの快楽の波がヒカルを襲う。
「うう、……っく」
 ――嫌だ、ヘンな声が出る。
 口唇を噛み締めたら、アキラのキスで邪魔をされた。
 腰が自然に揺れる。もっと、もっととねだっているようで、浅ましい自分の身体に戸惑いながら、それでもヒカルは快楽に抵抗しなかった。
「あ――……」
 直後訪れた絶頂に、糸が切れたようにヒカルの身体から力が抜けた。ビク、ビクと震えた先端から溢れる濁った液体が、ヒカルの腹とアキラの手を濡らす。
 アキラは手についた液体を興味深げに眺めて、ぺろりと舌で舐め取る。薄目ながらその様子を見上げていたヒカルが、ぎょっとして上半身を起こした。
「おま、何やって……!」
「……ちょっと苦い」
 嬉しそうにそんなことを言うアキラに、ヒカルは全身真っ赤になって口をぱくぱくさせる。
 どんな勉強をしたのかは知らないが、確かに成果は出ているようだ。アキラには以前なかった余裕が感じられる。それがヒカルには少し癪で、しかし甘い期待をも煽られる。
 アキラはそっとヒカルの頬にキスをして、ちょっと待っててと囁いた。立ち上がったアキラは裸のまま部屋から消え、やがて手に何かを持って戻ってくる。
 ヒカルは暗がりで目を凝らし、それが何か見極めようとした。
「……お前、それ……」
 アキラの手の中にある、何か液体の入ったプラスチックのボトルと、……コンドーム。
 ヒカルが絶句していると、アキラは少しだけ恥ずかしそうに説明を始めた。
「男同士でも、雑菌とかが危険だから、きちんとつけたほうがいいらしいんだ。こっちは……キミの身体に負担をかけないように」
 揺れるボトルの中の液体は、暗くてよく見えないがほんのりピンク色かもしれない。
「お前、それどこで買ってきた……?」
「ネットで買えないものはないんだよ」
 にやっと笑うアキラの艶めいた瞳すらヒカルの鼓動を速めてしまう。
 アキラはそんなヒカルに口付けながら、再びその身体を倒してきた。
 深く舌を絡めたまま床に転がったヒカルは、アキラの二の腕に縋りつく。今度はきっと、前みたいに一瞬じゃない。来たる刺激の強さを想像して、ヒカルの全身の毛穴がきゅっと締まる。
 アキラはボトルのキャップを素早く外し、手の中に液体を垂らした。少し指に馴染ませる動きをしてから、そっとヒカルの両脚を押し広げようとする。
 ヒカルは息を呑みながらも、自ら脚を広げた。そうしてアキラから顔を逸らし、きつく目を閉じた。
 冷たい感触がヒカルの最奥を濡らす。
 ヒカルの眉が奇妙な感覚に歪む。濡れた冷たい指先が、じわじわとヒカルの蕾を押し撫でて、少しずつ少しずつ頭を潜らせようとする。
 やがて、何か壁を越えたようにつぷりと入った指に、ヒカルはヒッと引き攣ったような声をあげた。
 やはりまだ痛みがある。アキラは念入りに指を出し入れし、決して強く掻き回さない。ヒカルはじっと耐えた。痛みの波はやがて過ぎていったが、身体の中を弄くられるおかしな感触は出て行かない。
 アキラの指がゆっくりと増やされ、二本の指がヒカルの中を優しく押し広げていく。気づけばヒカルは半開きにした口から、泣き声のような嬌声を漏らし続けていた。
 気持ち悪いのに、何となくキモチイイ。
 こんなところを弄られて、その恥ずかしさがますます身体の熱を高める。
 指が引き抜かれると、名残惜しげにヒカルの蕾がきゅっと縮んだ。
 アキラのそこはすでに充分なほど反り返っているようだった。
 コンドームに手を伸ばしたアキラは、包みを破り、ゴムを取り出して装着しようとする。なかなかうまくいかないのか、慣れない手つきで奮闘しているらしいアキラをぼんやりヒカルは見上げた。
 ふと、ヒカルは身体を起こし、のろのろとアキラの腰に手を伸ばす。股間で格闘していたアキラのゴムを取り上げて、軽く持ち上げて裏表を確認すると、そっとアキラの腹の下で硬くなっているものにかぶせた。
 初めて触れたアキラのそれに、思わずヒカルはカサカサに渇いた口唇を舐めていた。
「し、しんどう」
 戸惑うようなアキラの声が頭上に届く。
 ヒカルはするすると丸まったゴムを下ろし、毛を挟まないように丁寧に包んでやった。
「き、キミ……やったことあるの……?」
 手際のよいヒカルを見て、少なからずショックを受けたらしいアキラが震える声で尋ねた。
「前に、練習したことあったんだよ。来たるべき時のために」
 ヒカルは照れ臭そうにそう吐き捨てて、それからちょっと悪戯っぽくアキラを見上げた。
「言っとくけど未使用だからな。お前のせいで」
 にっと笑ったヒカルに、一瞬目を丸くしたアキラもすぐに吹き出した。笑い合った二人は、釣りあがった口唇のまま乱暴にキスを交わし、重ねた身体を床に横たえる。
 持ち上げられた足に、ヒカルは覚悟を決めた。
 先ほどまで指が出入りしていた場所へ、熱い塊が頭を潜らせようとする。
「ん――……!」
 ヒカルは口唇を噛んだ。以前はほんの少し入っただけで終わってしまった刺激が、めりめりと奥まで押し入ってくる。
 指とは比べ物にならない圧迫感だった。思わず異物を弾き出そうと身体に力が入る。
「しんどう、力抜いて」
 アキラの辛そうな囁きは耳には届くものの、強張る身体をどうにもできない。ヒカルはなんとか息を吐き出しながら、力を抜こうと努める。
 アキラは苦しげな吐息を漏らしながら、それでもゆっくりと進めた腰を静かに奥まで差し入れた。二人の口から同時にため息のようなものが漏れる。第一段階をやり遂げた、という感じだった。
 ふいに室内が明るく照らされた。上に乗るアキラの悩ましげな表情を見たヒカルの耳に、光に遅れること数秒後、ガラガラと天を割るような音が響く。
 雨は激しく屋根を、草木を、地上を叩きつけていた。再び眩い光が二人の後ろに黒い影を生む。また、数秒遅れて空が轟く。
 ぐ、とアキラの腰が動き、ヒカルの目が大きく見開かれた。
「あっ……!」
 痛みともつかない強い衝撃に、ヒカルの口から悲鳴が漏れる。
「や、イヤだ、とうや、」
 アキラの僅かな動きにも、慣れないそこは過剰に反応してぎゅうぎゅう入口を締めてしまう。アキラが形の良い眉を顰めた。
「進藤、力、……抜いて」
「無理、ダメだ、あ――」
 涙混じりの声で嫌々と首を振るヒカルは、苦痛に耐えるために身体を捩る。アキラはくっと呻いて、身を屈めるように背中を丸めた。
「ボ、ボク、もう――」
 アキラが限界を訴えると、ヒカルはぶんぶんと首を何度も縦に振った。その動きでヒカルが更に腰を締め、アキラは遂に精を解放する。
 僅かに水音がして、ずるりと腹の中から何かが引き抜かれたような感覚に、ようやくヒカルはほっと全身の強張りを解く。
 荒い息でヒカルの上に倒れこんだアキラに、ぐったり汗ばんだ身体を抱き締められた。
「進藤……ごめんね、辛かった……?」
 絶え絶えのアキラの呼吸がやけに艶かしく、ヒカルは身体を貫かれた余韻に震えながら、アキラの肩に顔を埋めた。
「お、思ったよりデカくてビビった……」
 髪を優しく撫でられて、ヒカルは甘えるように額を摺り寄せた。
「この前よりちゃんと入ったから……。きつかったろ?」
「うん……、ごめん、俺、我満できなくて」
「いいんだ。ボクも我満できなかったし……ほんの少しだったけど、今日はちゃんとひとつになれたから」
 アキラはヒカルをきつく抱き、その髪に頬を寄せる。
 抱き合う二人を雷が照らし、影をひとつ作り出した。
 僅かな時間でも、心には満足感が広がっていた。
 蒸し暑い空気。激しい音を立てる雨の中、二人は何度も口付けを交わした。





 ***





 その後、塔矢家の豪勢な風呂を頂戴してさっぱりした身体に洋服を身につけ、アキラに足の手当てをしてもらったヒカルは、風呂上りのアイスクリームなんてアキラに振舞われながら、アキラが拉致された後のことを話して聞かせた。
 あかりとのやりとりを伝えると、アキラの表情が困ったような、バツが悪いような、そんな複雑なものになり、
「……後で藤崎さんに謝っておくといい」
 なんて言い出した。
 ヒカルは納得いかない、というように口を尖らせる。
「なんで? 俺ら被害者だぜ」
「うーん、何と言うか……ちょっと、可哀相、かな?」
「なんだよそれ。理由を言え」
「んー、……言わない」
「は?」
「気づいてないならそのほうがいい」
 そう言ってアイスクリームをぱくついたアキラは、それからどんなにヒカルが訳を尋ねても教えてくれようとはしなかった。


 アキラの言う通りに、次の日あかりに電話をしたヒカルだったが、あかりはいつも通りの声のように感じた。
 とりあえず言い過ぎたと謝ると、あかりもまたゴメンね、と呟いた、その時だけ一瞬泣き声のように聞こえた以外は、とうとうヒカルはあかりの変化に気づけなかった。
 ただ、その電話を終えた後、アキラに貼られた絆創膏の下、足の指の間の傷がずくずくと疼いたことだけは、ややしばらくヒカルの心に残っていた。






ちょっとアキラさん成長したかな……
この前あんまり酷かったので今回はなるべくしっとりと。
(BGM:優しくしたいの/山下久美子)