ひとめぼれはしたことのない私ですが、この春、突然に恋におちてしまいました。相手はなんと落語家です。40歳くらいで、知的で穏やか。透明感のあるその人のことを思うと、ほんのりと優しい気持ちになれます。いや、まて、「恋におちて」というのは相思相愛のときにしか使えないのかな。だとしたら、残念ながらこの場合は違うか。片思いの場合はなんというのかな。「恋心を抱いた」なんだかいきなり古風だなあ。単に「恋をした」でいいのかな?
寝ても冷めても忘れられず、ご飯も喉を通らず、というのとは違うけれど、初めて出会ったその日からずっと私の心の奥に住んでいるその人は五代目・春桜亭円紫(しゅんおうていえんし)さん。春の桜なんて、まさに私たちの出会いの季節にぴったり!高校生で入門し、大学時代には学生噺家として活躍し、若くして真打ちとなった才能あふれる人。男性にしては色白で、御雛様のような優しい眉をしていて、心休まる居心地のいい高座で知られる。プライベートでは中野に住んでいて、小学2年生の女の子がいて子煩悩で・・・。
え?そんな噺家知らない?
うーん、ミステリーファン以外の方には残念ながらちょっとなじみがないかもしれません。円紫師匠は作家・北村薫さんの作品<円紫さんと私>シリーズの登場人物なのですから。
創原推理文庫から出ている、この<円紫さんと私>シリーズ。
円紫師匠と女子大生がコンビを組んで、推理を繰りひろげていくというもの。40歳くらいの男性(しかも芸能人)と女子大生というと、どうしても恋愛ものになってしまうような気がしますが、ご安心を。円紫さんに恋をしているのは私だけで、作品のヒロインは大学の先輩にあたる円紫さんを尊敬こそすれど、恋愛対象としてはみていない。また、このヒロインがとても魅力的なんです。共学の大学の国文科に親元から通い、勉強熱心で、いつも仲良しの女の子3人組で楽しそうに行動している。いまどき、こんなまじめな学生さんいるのー?と思ってしまうほどしっかり堅い。そして、このヒロインの住んでいる学生時代の生活の空気の懐かしさといったら!キャンパスの匂いと共に、社会に出る前の不安や期待の入り交じった澄んだ気持ちを思い出します。《女子大生》という言葉から一般的に連想されるチャラチャラしたギャル(これって死語でしょうか?)じゃなくて、こういうまじめな女子学生に会えたということも嬉しい。
もちろん、ミステリーとしての謎解きも鮮やか。ミステリーファン、落語ファン、学生時代のノスタルジーにひたりたい人、いろんな方にお勧めです。シリーズは「空飛ぶ馬」「夜の蝉」「秋の花」「六の宮の姫君」の4冊ですが、最初の2作が短編集なので、読みやすいかもしれません。あまりの心地よさ、面白さに私は3日で4冊読んでしまいました。その後も夜眠る前に、繰り返し読んでいます。このときはストーリーを追うというよりは、円紫さんとヒロインのでてくるところを情景を想像しながら、ゆっくりと読む。すると、これまであまり聴いたことはないけれど、落語をきいてみようかな、なんて考えたりもして。そういえば以前、某ホテルのラウンジのお仕事をしたときに、そこのバンド全員が落語好きでカセットテープの貸し借りをしていたっけ。落語家と結婚している日本のジャズ歌手も何人かいるみたいだし。確かに、間合いとか、出し物のスタンダード性とかジャズとの共通点は多いかも知れません。
あれ?ところで、どうして今回は読書案内になっちゃったんだろう?
そうそう、「大越さん、つれづれに《理想の男性像》を書いて下さい」というリクエストをいただいたんでした。たまたま円紫師匠がマイブームだったので、思わずこんなに書いてしまったけれど、もとい、理想の男性でしたね。
うーん、しかし、これは難しいな。
男女問わず、潔い人が好きだけれど、それくらいです。好きなタイプがあって、それにあてはまる人を探すということはないのでよくわかりません。ただ、好きなタレントときかれたときの答えは決まっていて、松田優作さんと伊藤四郎さん。二人は全然タイプが違うじゃない、と言われますが、本人的にはちゃんと理由があるんです。
松田優作さんは手術を拒否して、死を覚悟のうえで遺作となった映画の撮影にのぞんだ。潔いです。ただ、とても熱い人だと思うので、ずっと一緒にいたら疲れてしまいそう。その点、伊藤四郎さんはプロフェッショナルで芸にはうるさい人だと思うけれど、おおらかそうな外見からか、一緒にいたら心底くつろげそう。ということで、ぜいたくにも、緊張とリラックスと両面からお二人選んでみました。
今後はここにさらに春桜亭円紫さんも加えさせていただこうかな。
でもやっぱり知名度がいまひとつかな。
なんといっても実在のタレントさんではないことが、私は残念でならないのです。
大越 康子
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