RAGNAROK SS 「すべての始まり」(その2)
「うぅ〜、つ、ついに来てしまった…」
こわばった表情で彼女は見上げる。
心なしか足がすくんでで見えるのは気のせいではない。
プロテアの街北東にある、頂に十字を掲げる建物。
人はこれを教会と呼んでいる。
あるものは自分行いの懺悔に、あるもの相談事に。
ただ、ここの教会は普通の教会とは違う点が一つあった。
「転職(クラスチェンジ)」
この世界、『ラグナロック』ではもはや当たり前になった言葉。
ある程度モンスターを倒せる実力と、経験を積んだものがそれぞれの特化した職業になれるのだ。
誰が、いつ、どのような理由でこんなことが可能になったのかわからない。
気がつくとそれは当たり前のことになっていた。
当然、この教会で転職可能なのは『アコライト(服事)』。
主に回復、補助を得意とする職業だ。
もちろん、経験が積んであるだけではなることはできない。
その職業特有の試練をクリアして初めて転職可能になる。
「さ、さぁ、い、行こう…」
大きく深呼吸をして一歩一歩ゆっくりと歩き出す。
基本的に人見知りが激しく、人と喋るのが極端に苦手な彼女にとってすでに教会で神父に話しかけるが大きな試練となってしまっている。
「うぅ…やっぱドキドキするよ〜」
中に入ると道は単純であり、ただ直線に行けばすぐにたどりつくことができた。
ちょっとした階段の上のある教壇。
そこには神父らしき人が。
「…ほぇ?」
彼女は思わず間抜けな声を出してしまう。
確かに神父はいる。
だけどその周りににちょこん、と座っている人達は?
そして彼女に気づき、こちらに視線を向ける。
「え、えーと…」
なにもいうことができなかったのでとりあえず彼女もなんとなくその場に座った。
「あら、こんにちわ」
突然、正面の人から挨拶される。
「こ、こんにち…わ」
ビクッっと身体を硬直させつつも何とか返事を返す。
「クラスチェンジですか?」
「は、はい、そうです」
「じゃぁ神父さんから許可をもらわないとね」
にっこりと微笑を返す。
うわぁ綺麗だなぁ
彼女は素直に思う。
整った顔立ち。緩やかな赤髪。
アコライト特有の服装を身にまとっているが、さりげないアクセサリーがさらに彼女を引き立てている。
「どうしたの?」
「はっ…い、いえっ、何でもないです」
顔を真っ赤にしてうつむく彼女。
「ふふ、さあ、早く神父さんに許可をもらって」
「は、はい!!」
神父はやさしく彼女にこれからなすべきことを告げた。
簡単に言ってしまえば、ここから北東に位置する森にいる修行僧の話を聞いて、もう一度ここにくれば良いと言うことだった。
「わ、わかりました。」
彼女は立ち上がり、出口に向かう。
「あ、待って」
呼びとめられて振り向く彼女。
「…?」
見ると皆彼女に注目している。
「がんばって」
「がんばれよ、嬢ちゃん」
「大丈夫、すぐに着くから」
「まちがっても森のモンスターに手ぇだすなよー」
次々に激励の言葉をかける人々。
彼女はとびっきりの笑顔で答える。
「は、はい、行って来ます!」
プロテア東の出口。
そこを抜ければすぐに広がる大森林。
「試練の森」と呼ばれるが、この森はもう一つの呼び名があった。
『迷いの森』
別に術等がかかっているわけではない。
この森自体が入り組んだ迷路のようになってるのである。
天然の要塞。
そう呼んでもおかしくはない。
もちろん、この森自体はそこまで広大ではないので一回道を覚えてしまえば良い経験値稼ぎになる。
ダンジョン等では別だが、この世界のモンスターは「敵意」を見せなければ襲ってこない。
とても不思議な現象である。
まるで、誰かが人々を試しているようだ。
そんなわけで初めて訪れる、しかも初心者の試練にはうってつけの場所である。
そして、今日もまた挑戦者が…。
「ま、迷ったよ〜〜!!」
いきなり、情けない声を上げる彼女。
先ほどの元気はどこえやら。
彼女にはちょっとした問題があった。
例えば、一回街に入って再び出る瞬間、方角がわからなくなってしまうのだ。
ある程度街の構造を知ればあとはだいたい頭の中で全体図が出来上がると思うのだが、彼女はそれができなかった。
方向感覚が極端に鈍い。
まぁ、平たく言えば方向音痴というやつである。
そんな彼女が道ならぬ道を進むのだから、速攻で迷うのは当然であった。
「えーっと、たしか私はこっちから来たはずで…」
指を刺しながら一回一回しっかりと確認する。
「で、北東に進めば良いから…」
そこで固まる彼女。
「…北東ってどっちだっけ…
お、おちついて!
むかしお母さんからお箸を持つほうが東っていっていたよね、うん」
自分に言い聞かして、彼女は左へ向かった。
彼女は気づいていなかった。
いまのたとえは自分が「右利き」だったらの話で、彼女自身は「左利き」
さらに迷ったのは言うまでもない…。
「うーん、もしかして、ち、違うのかな…?」
ようやく自分の過ちに気づいたのは日が数時間後のことであった。