ＲＡＧＮＡＲＯＫ ＳＳ 「すべての始まり」（その３）
「ふー少し休憩」
あれから何とか軌道修正（とりあえず人がたくさんいいる方向へ向かった）をして森の中ほどまですすんでいた。
今の体力では少々きつめの道であったので身体を休めることにした。
「しまった…おべんと持ってくればよかったかな…」
とりあえず近くの大樹によりかかり、先ほどのことを思い出していた。
ここまで来る中、彼女の目に焼き付いていた。
圧倒的な破壊力の魔法を唱える魔導師。
少しぐらいの攻撃ならびくともしない剣士。
目にもとまらぬ速さで敵を切り刻んでいく盗賊。
どれも彼女に驚きを与えるには十分な出来事であった。
「私にも、なれるかなぁ…」
昔言った言葉。
不意にあの出来事を思い出す。
「ダメダメ、私、決めたんだから…」
ガサガサッ
「はやややぁぁ！！！」
突然草むらが動き出したので思わす飛びのく彼女。
へんな声をおまけにつけて。
「キ？」
「おお猿さん？」
そこに現れたのは小さな猿。
しかし、油断は禁物である。一見かわいらしく見えてもかなりのレベルもモンスターだ。
危害を加えなければ襲ってはこないので彼女はそっとその場を離れようとした。
その時。
ぐらり、と何かが揺れた。
彼女しか気づかなかったであろうが、ほんの一瞬であったが確かに淀んだ。
この世界そのものが。
余波で地面が揺れている。
「な、何だったんだろう…今の…」
あたりを見まわしたが木々が揺れているのを除けば変わりはない。
「キー…」
少しだけ怒気を含んだ声。
彼女は恐る恐る振り向く。
先ほどの猿。
足元には硬そうな木の実。
そして、頭にはでっかいタンコブ。
ゆらり、と近づいてくる猿。
「わ、私じゃない、私じゃないって…」
首をぶんぶん横に振りながら抗議するが、完全に頭に血が上ったモンスターには無駄である。
「はわわわ…」
慌てて逃げ出すが猿は恐ろしいまでの速さで回り込む。
「ギ…ギィィィ…！！！」
うめき声とともにみるみる猿の体が大きく変化していく。
出来上がったのは数メートルもの大きさの巨大な猿。
「う、うそ…」
目を丸くして立ちすくむ彼女。
猿はその大木のような腕で殴りにかかる。
「あっ」
すんでのところで我に返った彼女は腰のショートソードを抜き攻撃から身を守る。
パキンッ！
両手で剣の腹を押さえて防御したが、猿はものともせず剣ごと彼女を吹き飛ばす。
そのまま吹っ飛んだ彼女は近くの大木に背中を激しく打ちつける。
「あ…」
激しい痛みと同時に呼吸もできなくなる。
うめき声をあげて何とか顔を上げる。
そこにはこなごなになった剣。
武器はもうない。
猿はゆっくり距離を縮めてくる。
「死…」
これで２度目。
以前は偶然にも助けてもらったが今回はそうはいかないようだ。
彼女も回りの気配を察知できるぐらいにはなっている。
「今度こそ…ダメかも」
すでに猿は射程距離に到達した。
身体はまだ痛い。
「でも、」
目に宿る強い意思。
彼女にはあるから。
叶えたい、夢が。
息は何とかできるぐらいに回復はした。
全身の力を込めて、彼女は立ち上がる。
武器もないのに？
「大丈夫、まだ…なんとか…なる…！！」
ぐっとこぶしを握り締め猿を睨み付ける。
その気迫に一瞬、押される猿。
だが、すぐさま大きな叫び声を上げ腕を振り上げる。
彼女は目をつぶらない。
しっかりと猿の腕を見て、両手でガードする。
たとえ、腕が使い物にならなくなってもさげる気はなかった。
振り下ろされる腕。
スドン！！
鈍い音が鳴り響く。
猿の腕が地面にめり込んでいた。
「あ…」
急に青空が目に入った。
何が起こったのかよくわからなかった。
空に黒い影が重なる。
「君の瞳、カッコよかったぜ」
そこではじめて彼女は誰かに抱き上げられていることに気づく。
ゆっくりと彼女を下ろした青年は、視線を敵に向ける。
「ったく、こんな儚げな嬢ちゃんを襲うとは最低だな、おまえ」
猿も青年を敵と判断したか、おそろしいまでの形相に変わる。
勢いに任せて、突進をしかようとするが
「…！？」
なぜか身動き一つとれない。どんなに力を入れても指一本動かすことができなかった。
「残念だったな。もう、そこは支配した。」
意味深な言葉を呟く青年。
すらり、と剣を抜く。
その一瞬。
青年は猿の後ろへ移動していた。
「え…？」
彼女の目には消えたようにしか写らなかった。
そして
「ギ！！？？」
猿はわけもわからず両断されていた。
「ふう」
青年は一つ大きく息をして、緊張を解く。
「さて、と。大丈夫かい？」
「…あ」
「どっかけがでもしたか？」
小さく首を横に振る彼女
「そうか、よかった…って、ちょ、ちょっと！！」
慌て出す青年。それもそのはず。
「…うくっ…うぅぅ…うわぁぁぁぁぁ…」
豪快に彼女は泣き始めてしまった。