”DokiDoki”Glamourous Life



いよいよ今年も恐怖の行事が近づいてきた。
体力と精神力を試される耐久レース。
年に3度ある、スペシャル級のイベントがカウントダウンに入った。
1つ目は結婚記念日。
2つ目は自分の誕生日。
そして。
八戒曰くその年の総決算。
1年はこの日の為にあると言っても過言じゃないと言い切り、恥ずかしいほど派手派手しく豪華なイベントデーが着々と綿密な計画によって準備されている。
八戒最愛の妻(笑)悟浄の誕生日が明後日に迫っていた。






「………八戒」
「何ですか?ご・じょ・おvvv」
少し遅めの朝食兼昼食を取っていた悟浄が、げんなりと疲れ切っている。
一方の八戒はすこぶる上機嫌。
朝っぱらからテンションも高く、いそいそと悟浄の給仕をしていた。
悟浄はリビングの壁をちらりと見遣って、重々しい溜息を漏らす。
「アレさぁ…止めてくんない?」
「アレ?とは何ですか??」
「アレつったらアレだろうっ!壁にカウントダウン垂れ幕なんか貼るなよっ!」
真っ赤な顔で喚きながら、悟浄はリビングの方を指差した。
その先には。

悟浄が僕と出会う為に産まれてきてくれた輝かしい誕生日まであと『2日』ですっ!

大きな模造紙に墨汁で書かれた達筆な垂れ幕が、壁にデカデカと貼られていた。
毎年毎年頭が痛くなるほどのお祝いを強制的にされてはいるが、これはさすがに我慢できない。
此処にはお隣夫婦だって顔を出すのだ。
こんな恥ずかしいモノ、三蔵や悟空に見せびらかしたくはない。
悟浄は八戒のように厚顔無恥でいられなかった。
三蔵に会えば呆れ返った侮蔑の視線を向けられるし、悟空は悟空で夢見る瞳で羨望の眼差しを向けるし。
悟浄は居たたまれない気持ちでいながらも、あえて無視を決め込んでいたのだが。
自分の誕生日が近づくにつれ、次第に妖しいテンションになっていく八戒を見過ごすことも難しくなってきた。

誕生日前からこんなんじゃ、当日どんなことをしでかすか。

悟浄の不安は日々高まっていき、今では恐慌状態に晒されていた。
思いっきり睨み付けてくる悟浄を、八戒は不思議そうに見返し首を傾げる。
「だって、書いておけば分かりやすいじゃないですか〜」
「あそこまで分かり易くなくってもいいっ!」
「でも〜忘れちゃったりしたら、悟浄拗ねちゃうでしょ?」
「お前が忘れるなんて、地球が滅亡してもありえねぇっ!」
「僕としては溢れ出そうな喜びを表現しているんですけど?」
「溢れすぎて決壊すんなっ!節水コマでもつけやがれっ!」

…話がおかしな方向へずれていく。

「もー。悟浄ってばホント恥ずかしがり屋さんですねvvv」
「俺じゃなくっても誰でも恥ずかしいわっ!」
「そんなことないですよ?僕だったら嬉しいし、悟空だって三蔵に自分の誕生日にもやってやって♪お強請りしてましたよ?」

…三蔵も気の毒に。

心の中で悟浄は同情した。
どうも悟空は八戒に感化されやすい。
元々純粋すぎる乙女思考だから、八戒のこっ恥ずかしいぐらい堂々とした求愛に憧れを抱いてるようだ。
同じ事を三蔵に求めたって無理に決まってる。
おかげで最近悟空が八戒と一緒になって高速回転して暴走する場合が多くなっていた。
三蔵の苦々しい八つ当たりの矛先は、もれなく悟浄に向かってくる。
問答無用で三蔵からシバかれる悟浄を見ても、八戒はニコニコ頬笑んで見守るばかり。
ただの仲良しだと思い込んでいる八戒の思考が悟浄には分からない。
これが厭がるのが面白いからと三蔵に懐いたりすると、嫉妬で極地ブリザードを起こすクセに。
地雷の位置は分かっていても、悟浄は律儀に踏んで回るおバカさんだった。

「悟空のことはどーでもいいけど。もうアレ必要ねーじゃん。明後日だって分かってるんだし今更貼っておかなくってもいいだろ?」
「何言ってるんですか?カウントダウンの醍醐味は、当日ゼロの数字を入れることでしょうっ!もう準備してるんですからねっ!」
「準備って…」
「当日は赤と金でお目出たい感じに書いてみました。花もいっぱい作ったので飾ってあげますからねvvv」
「…いらねーよ」
派手派手しい赤と金色のデコレーションに花をちりばめた垂れ幕を想像して、悟浄はガックリ力が抜けた。

何で大人しく祝ってくれないのか。

悟浄としてはちょっと豪華な食事と旨い酒が在れば充分だった。
夫婦になってから毎日365日。
仕事以外では殆ど一緒に居るのに、この毎日津波警報のような怒濤の愛情攻撃は何なんだろうか。
心底悟浄は不思議に思う。
別に悟浄だって八戒に対して愛情が冷めた訳じゃない。
世間一般の見解から言うと、普通夫婦生活も月日を経れば、お互い空気のように穏やかな関係になると聞く。

穏やか…。

八戒の辞書には皆無だ。
きっとページを破って食ったか、燃やして抹消したに違いない。
年がら年中1年365日毎日毎日、八戒は悟浄への過剰な求愛を欠かさないハイテンション常夏ラテン男だった。
それは、初めて出逢った日から全く変わることがない。

何を言っても耳を貸さない八戒に、悟浄も諦めムードで項垂れた。
こうなったら開き直って乗り切るしか道はない。
八戒に祝って貰うこと自体は嬉しいので、とりあえず当日驚愕のあまり失神しないように免疫を付けることにした。
スクランブルエッグを掻き回しながら、悟浄はチラリと八戒へ視線を向ける。
八戒の欲望を刺激するように、わざと上目遣いで媚びた表情を見せた。

ゴクリ。

案の定八戒が息を飲む。
「あのさー。今年は何して祝ってくれんの?」
ちょこんと首を傾げてお伺いを立てれば、八戒の呼吸が妖しく乱れてくる。
「そっ…そんなのまだナイショです」
八戒はソワソワと視線を泳がせ、持っているパンに齧り付いた。
落ち着かなげに貧乏揺すりまで始まる。
内心悟浄はニヤリとほくそ笑んだ。
八戒をじっと見据えたまま両手でマグカップを持つと、唇を尖らせて拗ねた表情を作る。
「何で?俺の誕生日なんだろ?ごじょー知りたいなぁ〜?」

ブチブチッ!

唐突に八戒が仰け反ったまま動かなくなった。
持っていたパンを握りつぶして小刻みに震え出す。
「あっれぇ?八戒どーしちゃったのぉ?」
必死に笑いを噛み殺して甘ったるい声で話しかけると、八戒の身体がビクッと跳ね上がった。

キレてるクセに葛藤してんなぁ…もう一息か?

「だぁ〜ってさ〜。八戒が俺のことどれだけ愛してんのか教えてくれる大事なイベントじゃん?気になって寝れなくなっちゃうしぃ〜?そしたら折角の誕生に起きてらんないかもぉ〜」
「悟浄の大好きなコトをして大喜び間違い無しのイベントを企画してますーっっ!!」
八戒がとうとう切羽詰まった表情で大絶叫で暴露した。
ぜーぜーと息を乱して、鬼気迫る勢いだ。
悟浄は目をまん丸く開くと、指を顎に当て『んー?』と小首を傾げる。
「俺が大喜びすることってなぁに?」
「プレゼントを用意してます…っ」
真っ赤な顔をして、八戒は股間を押さえながら悶えた。
「プレゼント?ふぅ〜ん…それだけじゃねーんだろ?」
「外にも色々…ありますがっ…1日悟浄の為におもてなしをしようか…とっ!」
「おもてなしねぇ…それから?」
とうとう八戒はテーブルに突っ伏して、脚で床を蹴りつけ出す。
防音設備の完璧なマンションだから、下の階にご迷惑が掛からないのが幸いだ。
「後はっ…一緒にこの日の為に用意したワインを開けて…っ…夜はっ!」
「…ベッドで目眩くおもてなしシテくれちゃうんだ?」
「その通りですうううぅぅっっ!!!」
「よし。分かった」
「………え?」
悟浄はうんうん頷くと、ダイニングの椅子から立ち上がる。
きょとんと呆ける八戒を置いて、そのままスタスタ玄関へ向かった。
我に返った八戒が慌てて悟浄に叫んだ。
「ちょっと悟浄っ!ドコ行くんですかーっっ!?」
「あ?ドコって…仕事に決まってんだろ?あ、ヤベッ!遅刻遅刻〜。じゃな!八戒っ!」
愛用の革ジャンを羽織ると、悟浄はさっさと出て行ってしまう。

ガチャン。

一人取り残された八戒は。
「ひっ…ヒドイですよ…悟浄ぉっ!」
はち切れんばかりに膨らみまくった股間を押さえ、情けない悲鳴を上げた。






「はよぉ〜っす!」
「…5分遅刻だ」
「5分ぐらいケチケチすんなよっ!」
悟浄が勤務先の興信所を訪れると、所長兼兄の爾燕が書類片手に睨んできた。
上着を自分のデスクへ放ると、悟浄はドッカリ椅子に腰掛ける。
「遅刻して来たクセに偉そうにするんじゃない」
「申し訳ございませ〜ん」
煙草を銜えながら適当に頭を下げる弟へ、兄がゲンコツを落とした。
「痛ぇよ!」
「…何だ?ヤケに機嫌悪いじゃねーか。何かあったのか?」
「あー?あったって言やぁあったけど…な」
「…また夫婦喧嘩か?」
「別にケンカはしてねーよ。ただなぁ〜」
悟浄は机に懐きながら、重苦しい溜息を煙と一緒に吐き出す。
帰ってからもあのテンションに付き合わなければならないのかと思うと、考えるだけで疲れてしまう。
「喧嘩してねーならいいけどな。コッチを巻き込むんじゃねーぞ?」
「さぁ?んなの八戒に言ってくれ」
「言えると思ってんのか?」
兄が真顔で聞き返すのに、悟浄は頭をポリポリ掻いた。
この兄も大概八戒には、騒動に巻き込まれエライ目に遭わされている。
「…言えねーよなぁ」
ガックリ悟浄が脱力すると、励ますように兄が肩を叩いた。
「あぁ、コレが今日の依頼だ。とりあえずは聞き込みだな」
「ふぅ〜ん…家出人捜査?」
「素行調査だ」
悟浄は渡された書類にざっと目を通す。
情報を見るとそう手間の掛かりそうな感じは受けない。
「箱入り娘に悪い虫が付かないようにってヤツね〜」
「対象者が会社を出るのが大体8時らしい」
「ほいよ。んじゃそっからコイツが帰宅するまでとりあえず尾行だな」
「1時間前には張ってろよ?」
「りょーかい。にしてもまだまだ時間あんなぁ」
時計を見ると漸く1時を過ぎたところだ。
この際溜まっていた完了案件の整理でもするかと、悟浄は立ち上がった。
「あぁ、そうだ。ほら、コレ。当日は渡せねーからな。誕生日プレゼントだ」
「ん?何コレ??」
渡されたのは薄っぺらい封筒。
悟浄は受け取ってヒラヒラと翳してみる。
「お前なら喜ぶと思って。駅前にリニューアルオープンしたラブホのご招待券」
「駅前のって…SMラブホじゃねーかっ!」
「嬉しいだろ〜?」
真っ赤な顔で怒鳴りつける弟を兄はニヤニヤ眺めた。
悟浄は怒り心頭で貰った封筒を兄へ押し付けて返す。
「嬉しい訳あるかっ!第一ソコって先月盗聴器の調査したとこじゃねーかよっ!ついでにタダで貰ったんだろっ!あぁっ!?」
こういう職業柄、頂き物を貰うことも多い。
クライアントから貰ったモノを弟のプレゼントに使い回しをしようなど、結構兄もえげつない。
「なぁ〜んだ。バレたか」
「バレバレだってのっ!」
「まぁ、コレは冗談だけどな。本当はコッチだ」
兄は上着のポケットから綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出した。
むくれて睨んでくる弟の手を取ると、ポンッと載せる。
「…サンキュ」
悟浄は拗ねたまま照れ臭そうに、兄に礼を言った。
この大きさだと、悟浄が以前から欲しがっていたシルバーリングだろう。
嬉しくて緩みそうになる頬を引き締め、わざとそっぽを向いた。
そういう素直じゃないところは兄も分かっているので、別段気を悪くすることもない。
「じゃぁ、コレは勿体ねーから八戒に渡すかっ!」
「渡すなああああぁぁぁっっ!!」
悟浄は顔色を変えると、慌てて兄から封筒を取り返した。
こんなモノ八戒に渡したらどんな目に遭うか、考えるだけでナニが縮こまる。
息を切らして封筒を握り締める悟浄を、面白そうに爾燕は見つめた。
弟は相変わらず八戒には弱いらしい。
「ま、やるから好きに使えよ。何だったら明後日でも使えばどうだ?」
「明後日は…家に監禁だよ〜」
頭を抱えて机に突っ伏す弟に、兄は同情の視線を向ける。

一体どんなお祝いをするのやら。

グズグズと半泣きになって項垂れる弟を見れば、何となく想像は付くが。
それ以上は考えたくもないし係わりたくもない。

すまんっ!不甲斐ない兄ちゃんを許してくれっ!

爾燕は心の中でだけ、悟浄に手を合わせた。


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