”DokiDoki”Glamourous Life



いよいよ運命の日。
折角休みの日なので、惰眠を貪っていたかった。
悟浄は枕に顔を埋めて、頻りに唸っている。
いっそこのままどんな大きな物音がしようが、地震が起きようが絶対目覚めない程深ぁ〜い眠りに墜ちていたかった…が。
ソレをさせてくれそうもないプレッシャーをリビング方面からひしひしと感じていた。
妙に浮かれきった空気が悟浄の、というよりは家全体に伝染している。
八戒の浮かれ様は最高潮に達していた。
先程から調子っぱずれな鼻歌がエンドレスで聞こえてくる。

「何でハッピーバースデーからクリスマスソングにメドレーしてるんだか…」

今はジングルベルを口ずさんでいるらしい。
しかも『ヘイッ!』とか掛け声まで付いていた。
暫くすると脱線していることに気付いたのか、またハッピーバースデーに戻る。
そんな調子がエンドレスで悟浄の聴覚を苛んでいた。
子供の誕生日でもあるまいし、お歌のプレゼント付きは勘弁して欲しかった。
はっきり言ってむず痒い何とも言えない気分になる。
まぁ、お祝いのケーキを前に、普通に歌ってくれるだけなら我慢も出来る。
ところが八戒は違っていた。
それはもう、悟浄が唖然と口を開けたまま呆ける程、ドラマティック且つ感情も込めまくって堂々とオペラのように歌い上げるのだ。
それもフルオーケストラの伴奏CDをかけながら、身振り手振り付きで。
そこまでされると恥ずかしいを通り越して、頭が真っ白になる。
呆然と目を見開いたまま硬直している悟浄を、何故か八戒は感動のあまり我を忘れて聞き入っていると勘違いしたらしい。
それからは毎年毎年、予行練習も入念にそれはもう賑々しく悟浄のために歌い上げていた。

「…勘弁して欲しい。って、何で小節が回ってんだよっ!」

リビングから聞こえる八戒の歌声に悟浄はついついツッコミを入れた。
悟浄が目覚めてから大分立つが、未だ八戒は慌ただしく働いてるようだ。
それももう少ししたら終わるだろう。
どうしようかな〜と悟浄はベッドで煩悶する。
ベッドで籠城しているところを襲撃されるのを待つか、それとも有頂天になっている八戒の前に降参して顔を出すか。
正に究極の選択だ。
ベッドをゴロゴロ転がりながら悟浄は考えるが。

「…起きるか」

腕で半身を上げて、胡座で座り直した。
寝癖の付いた髪を手櫛で整え、のそのそとベッドを下りる。
備え付けのクロゼットからシャツとジーンズを出すと、昏い表情でゆっくり着替えた。
扉の前まで来ると、大きく深呼吸をして頬を叩く。
「よしっ!頑張れ俺っ!」
気合いを入れ直した悟浄は、意を決して扉を開けた。

「あっ!悟浄ぉ〜っ!おはようございますvvv」
「………うっ!」

クラッと目眩がして、悟浄が扉に縋り付く。
晴れやかな笑顔で挨拶する八戒から、悟浄は咄嗟に視線を逸らした。
何だか八戒の周囲にショッキングピンクの混沌マーブルオーラが渦巻いている。
これでもかっ!と言わんばかりの大量幸せオーラ垂れ流し状態。
絶対目の錯覚とか幻影じゃない。
悟浄の額にツツツ〜と厭な汗が伝い落ちた。
しかも当社比1000%で八戒の笑顔がキラキラ輝いている。
あまりの眩しさに目が灼かれそうだ。
「ん?どうかしましたか?悟浄」
「や…なんでもね…あんまりにも眩しすぎて…な」
「そうでしょうっ!本っ当ぉ〜にっ!今日は悟浄の誕生日に相応しく晴天ですよ〜vvvきっと神様も祝福して下さっているんですね…ん?いやいや、悟浄の誕生日を一番心から祝福しているのは僕だけですけどっ!!」
自分で言っておきながら、居るかどうかも分からない神様とやらに何で対抗心を燃やすのか。
悟浄は溜息を零しながら、頭痛で痛むこめかみ辺りを指で押さえた。
しかも悟浄の頭痛の原因は、妖しいピンクオーラだけではなかった。
チラッと八戒へ視線を向けると、頭痛が酷くなる。

「あのさ…八戒」
「はい?何ですかぁ〜ご・じょ・お〜っvvv」
「そのふざけた格好…何な訳ぇ?」
「…僕の格好?どこか変ですか?」
「変に決まってんだろっ!!」

不思議そうに小首を傾げる八戒を、悟浄は指を差して怒鳴りつけた。

「そのちょびヒゲ鼻眼鏡に三角帽子はなんだーっっ!!」
「お祝いの表現ですっ!」
「どこがだっ!!」

そう。
何故か八戒はパーティーグッズの定番、鼻眼鏡に水玉模様の三角帽子着用していた。

「何で怒るんですか?こうして僕なりにお祝いの雰囲気を盛り立てようと…」
「そんな盛り立てはいらねぇっ!」
「えー?じゃぁどうすればいいんですかぁ?あっ!もしかして着ぐるみの方がよかったですかっ!?」
「そんなモノまで用意してんなっ!」
「えええぇぇ〜?」

不満げに唇を尖らせる八戒を眺め、悟浄はズキズキ痛む額を押さえる。
何でこうまで本人以上に浮かれてるのか。
「とにかく。妙なお笑い変装と着ぐるみは却下!普通でいいのっ!」
「もぅ…悟浄ってば。奥ゆかしいんだから」
「…ソレは違うだろ」
自分に都合良く好意的な解釈をする八戒に、悟浄はもう溜息も出ない。
すっかり疲れ切ってソファへ腰を下ろすと、八戒がいそいそとコーヒーを入れて持ってきた。
煙草を銜えて一息吐けば、部屋の中に良い匂いが漂ってるのに気付く。
随分と張り切って今夜の仕込みをしているようだ。
すると何だか食欲が刺激されてくる。
「八戒ぃ〜腹減ったんだけど?」
「えっと…ちょっと待って貰えますか?」
「簡単なんでいーよ。忙しそうだし」
「炒飯でもいいですか?」
「上等上等。昼過ぎてるし、今めいいっぱい食ったら晩飯あんま食えないかもしれねーしさ」
「じゃ、待ってて下さいね」
暗に夕食を期待されていると言われて、八戒は嬉しそうに微笑んだ。
昼食の準備をしている間に、悟浄は煙草を吸いながら新聞を広げる。
「あ、そうだ。悟浄、この後何か用事とかありますか?」
「んー?ねぇよ?」
「それじゃ申し訳ないんですけど、夕方まで僕準備で手間掛かるんで、何処かで時間潰してきて貰えますか?」
言われて時計を見れば、丁度2時。
時間的に中途半端だ。
あんまり遠出も出来ないし、買い物や映画を見るような気分でもない。
「いーけど。駅前でスロットでもやってくっかな〜」
ゴロンとソファに転がって、悟浄は煙を吐き出した。
丁度良い暇つぶしなんてそれぐらいしか思いつかない。
「何かすみません…」
「いーって!どうせ家にいたってダラダラするしかないんだしさ」
手際よく出来上がった炒飯の匂いに釣られて、悟浄はソファから身体を起こした。
テーブルについて、空腹を解消しようと早速食べ始める。
差し出されたコーンスープを受け取って熱そうに啜ると、オーブンの方からタイマーの切れる音が聞こえた。
開いたオーブンからは香ばしい匂いが漂ってくる。

さて?どんなお祝いをしてくれるんだかなぁ。

炒飯を頬張りながら、悟浄はくすぐったいような気持ちで苦笑いした。






夕方も陽が落ちるのが早くなった。
ソコソコにスロットで勝って、悟浄は戦利品の煙草を抱えながら夜道を帰る。
住んでいるマンションの前まで辿り着くと、部屋のある階上を振り仰いだ。
そのまま悟浄の身体が固まった。

「…何でうちの窓がチカチカ点滅してるんだ?」

自宅の窓からは極彩色の光が漏れている。
しかも何だか回って見えたりするのは何だろう?
悟浄はガックリとその場にへたり込んだ。

要するに。
悟浄の予想が正しければ部屋の中は色取り取りのライトが点滅し、しかもミラーボールまで回ってるんじゃないだろうか。
ちなみに悟浄が出かけるまで、家にそんなものは無かった。
八戒の趣味はいつまで経っても分からない。
暫く路上に座り込んで髪を掻き回していたが、この場で唸っていても仕方がない。
悟浄はすっかり諦めの境地で、とぼとぼマンションの中へ入っていった。
エレベーターで最上階まで上がってドアが開く。
下りようとした悟浄はそのまま回れ右したくなった。
どういう訳か玄関先に色取り取りのモールや花が飾り付けられ、天井にはくす玉までぶら下がっている。
いくらこの階には自分達と三蔵達しか住んでいないとはいえ、アレは羞恥の極みだろう。
あまりの恥ずかしさに、悟浄は下りたまま前へ一歩踏み出すことが出来ない。
まさか三蔵や悟空達にも見られたんじゃないだろうか。
そう思えば思う程、頭痛がぶり返してきた。
グリグリと眉間を指で押さえつつ、悟浄は自分を励まして扉まで歩いていく。
大きく息を飲むと、震える指先でインターフォンを押した。

ピンポーン☆

何だかチャイムの音までも上機嫌に聞こえるのは気のせいか。
室内からはパタパタ慌ただしい足音が突進してくるのが分かる。

「ごじょーっ!おかえりなさぁーいっっ!!」

パパパンッ☆

カラフルな紙テープが悟浄の頭に降り注ぐ。
呆然と立ち尽くす悟浄に八戒が微笑むと、目の前に下がっていたリボンを勢いよく引っ張った。

バサバサッ☆

駄目押しで悟浄の頭にキラキラと輝く紙吹雪が大量に落とされる。
中から落ちてきた垂れ幕がユラユラ揺れた。

『悟浄お誕生日おめでとうっ!』

達筆な赤い文字が、厭が応もなくおめでたさを醸し出している。
茫然自失で現実逃避している悟浄を、八戒がニコニコしながら家へ招き入れた。
「ささっ!お待たせしてすみませんでした。寒かったでしょう?」
玄関先でタップリ被った紙吹雪を払われ、悟浄はリビングまで引きずられる。
そして目の前に繰り広げられる光景に、悟浄はぽかーんと口を開けて絶句した。
シンプルでスタイリッシュだったリビングが、悪趣味な極彩色で溢れかえっている。
壁には一面の花が飾り付けられ、天井からは金銀のモールや紙テープがこれでもかっ!吊されていた。
その中心には案の定キラキラ輝くミラーボールが回っている。
室内の周囲にはクリスマスで使われるカラフルなライトが点滅していた。
それだけではない。
リビングの四方には駄目押しで赤青緑の3色ライトがクルクルと回って部屋中に派手な色合いを演出していた。
まぁ有り体に言えば、一世を風靡した往年のディスコ風内装だ。
とんでもない演出に、悟浄はへなへなと力が抜けて座り込む。
「おや?悟浄ってば。そんなに感激しちゃったんですかvvv」
満面の笑みを浮かべる八戒を、悟浄はチラッと見上げた。

コイツの嗜好だけは理解できねぇ永遠の謎だ。

諦めながら立ち上がると、ダイニングテーブルへ目を向けた。
料理はいつも以上に豪華で、クーラーにはシャンパンも冷やしてある。
それだけでも何だか救われた気分だ。
八戒も散々怒鳴ったせいか、鼻眼鏡と三角帽はやめたらしい。
「ほら悟浄っ!座って下さいよ。今日の主賓なんですからね〜」
恭しく椅子を引かれて、悟浄は素直に席へ着いた。
改めてテーブル上を眺めた悟浄が、瞳を輝かせ感嘆の声を上げる。
「すっげぇー…」
テーブルに所狭しと並べられた皿には、どれも悟浄の好物が美しく盛られていた。
ポンッと小気味言い音が鳴って、シャンパンが開けられる。
「コレは三蔵達からのプレゼントなんですよ」
「え?マジで?」
グラスを差し出して悟浄が目を丸くした。
「ええ。今日が悟浄の誕生日だって、1ヶ月前から毎日三蔵と悟空には言ってましたからね♪」

三蔵…八戒の攻撃に絶えられなかったんだな。

思わず同情しながらも、有り難く頂くことにする。
「それでは改めて。悟浄、誕生日おめでとうございますvvv」
嬉しそうに八戒が微笑むと、悟浄は僅かに頬を赤らめた。
プイッと視線を逸らせて、ゴニョゴニョ言い淀む。
「………さんきゅ」
恥ずかしそうに小さく呟かれた声は、しっかりと八戒の耳に届いた。



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