Only One Attraction |
蝉も思い出したように一斉に鳴き始めた残暑の休日。 前日の仕事明けから八戒は悟浄のマンションへ泊まりに来ていた。 保育園も今は夏休み。 しかし園児が通ってこないと言うだけで、仕事はそれなりにある。 今は先生達も交代のシフト制で仕事に出ていた。 それに園児によっては、親の仕事の都合で預けられる場合もある。 夏休み月間で出勤日数は少ないが、八戒も週3日は仕事に出ていた。 学生の悟浄は既に長期の夏休み中。 大学生は9月末まで講義は無い。 授業に拘束されない分の時間を、悟浄はバイトと八戒との逢瀬にめいいっぱい費やしていた。 最近の悟浄は八戒にベッタリ甘え倒している。 いつでもどこでも構って欲しがり、どこかしら八戒に触っていた。 八戒が掃除をしていても、料理をしていてもエプロンの裾をギュッと握っている。 ちょっと部屋を移動すれば、一緒にのこのこ後を付いて来る。 本人的にはここぞとばかりにスキンシップを図っているらしいが、八戒から見れば親に構って欲しがる子供のように見えて苦笑してしまう。 何だか園児達と変わらないなぁ。 そう言うと悟浄が真っ赤な顔で怒って拗ねてしまうのは分かっているので、八戒もあえて口にはしない。 悟浄に甘えられるのはもの凄く嬉しいし気分が良い。 八戒の機嫌を窺う様子が可愛くて、気を抜くと頬が弛んでしまう。 悟浄の甘えや些細な我が侭は、仕方ない振りをしつつも結構楽しんで面倒を見ていた。 今日も朝から暑いと大騒ぎをしたので髪を結って上げると、悟浄は嬉しそうに笑う。 その笑顔が無邪気で可愛くて、つい下肢に血が逆流して貧血を起こしそうになったぐらいだ。 さすがに朝っぱらから不謹慎だな、と八戒は自分を戒める。 幸い悟浄に邪な想いは気づかれなかったようだ。 朝食も終わって掃除と洗濯をし、二人でのんびりと休日を過ごしていた。 まだ昼前。 悟浄は煙草が切れたからと、近所まで買いに出ていた。 ぽつんと部屋に一人になったが、何となくテレビを見る気にもなれず、八戒はぼんやりと外を眺める。 「…いい天気ですねぇ。午後は悟浄と買い物にでも出ようかな」 八戒が今日の予定を考えて独り言ち、ソファに背を凭れ掛けた。 何となく手持ち無沙汰で部屋の中を見渡す。 ふと、マガジンラックに差してある雑誌に目が留まった。 八戒は手を伸ばして雑誌を取り出す。 悟浄がいつも読んでいる情報誌だった。 衣食住に関しての流行を紹介している週刊誌。 何となく興味を引かれて、八戒はページを捲ろうとした。 が。 「…何かやけにページが折ってありますね?」 雑誌の数ページが角を『ドッグイヤー』状態にされている。 所謂後で見直すためにページへ印が付けてあった。 どうやら悟浄が興味を引かれたページらしい。 「へぇ〜何が載ってるんですかね〜」 八戒は興味津々でそのページをパラリと捲った。 そのまま笑顔を強張らせて硬直する。 悟浄が熱心に印を付けていたのは。 「ラブホの特集ページばっかりじゃないですかっ!」 夏休みの定番記事。 最新お薦めのラブホ情報が、室内の写真入りで大特集されていた。 「全くもぉ!悟浄ってば何考えて…あ、凄い。プールなんか付いてるんですか。へぇ〜。こっちのお風呂は広くて大きいですねぇ」 いつの間にか八戒も真剣になって記事を読み始める。 悟浄が折って印を付けているラブホは結構豪華なタイプの部屋ばかりだった。 部屋プラス付加価値が付いているモノが多い。 贅沢に風呂を大きく作ってある部屋や、プールやバーカウンターが付いている部屋まで。 値段も都心のシティーホテルと殆ど変わりない。 「最近のラブホって結構高いんですねぇ。でも凄く綺麗だし…ふーん、グループで利用できたりもするんですか〜」 不況のご時世か、最近のラブホはブティックホテルと名を変えて、恋人同士だけではなく同性同士やグループでの利用が出来るところも多い。 ちょっとしたプチホテル感覚なのか。 写真を見る限り、淫靡な雰囲気は微塵も感じられない。 「悟浄ってばこういう所行きたいんですか…言ってくれればよかったのに」 ちょっと値段は張るが、給料日直後なら八戒の懐でも大丈夫そうだ。 「今度デートの時にでも誘ってみましょう。でも…」 八戒はじっと悟浄が印を付けたページを眺める。 「悟浄って…結構乙女趣味なんでしょうか?どの部屋も随分可愛らしい感じですよねぇ」 ちょこんと小首を傾げて、八戒が腕を組んで思案した。 印の付けてあるどのページも、白や明るいパステルカラーを貴重とした可愛い内装になっている。 普段の悟浄のイメージからはほど遠い。 実際今居る悟浄の家も、モノトーンに所々原色の小物を使ったポップな雰囲気だ。 「まぁ、普段とは違う世界を求めるって気分も分かりますけど…このウサギさんづくしの部屋は返って萎えちゃいそうですけど」 八戒はブツブツ批評しながら首を捻った。 根本的に八戒は大きな勘違いをしている。 悟浄が選んだ部屋は、全て悟浄が理想とする八戒イメージで選んでいた。 未だに悟浄は八戒の本性に儚い夢見ている。 『こういう雰囲気、八戒に似合いそうだよなぁ〜』と頬を弛ませながら、悟浄は下心満載で雑誌を眺めていた。 夏真っ盛りの開放された気分なら、ちょっとぐらいヤラせてくれるかも?と悟浄は淡い期待を抱いている。 散々八戒に抱かれて啼かされ続けていながらも、可哀想になるほど諦めが悪いおバカさんだった。 勿論そんな悟浄の心情など重々承知している八戒には、微塵の隙も無い。 八戒に嫌われるのが何より恐い悟浄は、いつだって強引にはなれなかった。 その純粋で切ない男心を八戒はキッチリ把握して、絶対悟浄に主導権を取らせない。 結局、強引に押しまくるのは、いつだって八戒の方だった。 あからさまな誘惑や、乙女真っ青の儚い泣き落としまで。 弱点を知り尽くされている悟浄に今のところ勝ち目はない。 それでも諦めずに機会を窺ってはしつこく八戒を口説いていた。 しかし。 悟浄の野望が達成されたことは、今まで一度も無い。 「たっだいまぁ〜」 玄関ドアが開いて、脳天気な声が聞こえてきた。 「あっちぃ〜あっちぃ〜。なぁ〜んか急に暑くなったよなぁ」 パタパタと掌で仰ぎながら悟浄がリビングへ戻ってくる。 片手に煙草のカートン箱を持ち、腕には袋をぶら下げていた。 「八戒お土産〜!氷買ってきたぞ」 袋を八戒へ差し出し、悟浄がニッコリ笑う。 「部屋にいるとそうでもないですけど…本当に暑そうですねぇ。シャワーでも浴びてきたらどうですか?結構汗掻いてますよ」 「んー?まぁ夏は暑くないと夏って感じしねーからいいけど。でも暑いの嫌いなんだよなぁ」 エアコンの風に当たりながら、悟浄は着ていたTシャツを捲り上げた。 覗く汗の浮いた肌を垣間見て、思わず八戒は頬を赤らめる。 あらぬ妄想を抱いて、ブンブンと頭を振った。 「いけないいけない。まだ昼なんですし」 「あー?何か言ったぁ??」 「いえ。何でもありませんよ。ほら、そんなに風当てたら身体冷えすぎますよ。シャワー浴びるかタオルで汗拭ってきなさい」 八戒は欲情してしまったことをさり気なく誤魔化し、悟浄の脚をパンッと叩く。 「ほ〜いっと。あ、氷先食ってろよ。溶けちまうからさ」 「はい。何か懐かしいですねぇ。氷食べるの久しぶりですよ」 八戒の前を横切ってバスルームへ向かう悟浄に、八戒が嬉しそうに声を掛けた。 渡された袋を覗くと、昔からの定番イチゴのかき氷が入っている。 テーブルの上に2つ置くと、自分の方の蓋を開けた。 懐かしい甘い匂いが鼻を擽る。 タオルを首にかけて悟浄も直ぐに戻ってきた。 ドッカリと床に座って、同じように蓋を開ける。 「おー、これこれ。この匂い〜。頭痛くなるぐらい甘いんだよな」 「そう言えば悟浄甘いのも苦手ですよね?コレは大丈夫なんですか?」 「ん?苦手だけど。なんつーの?昔の味覚がたま〜に忘れられなくてさ。思い出すと食いたくなんね?」 木の匙を銜えて、悟浄が口端を上げた。 八戒はシャクシャクと氷を掻いて、氷を口に運ぶ。 「確かにありますよねぇ。まぁ、たわいもないジャンクフードなんですけど。よく昔お祭りなんかで僕も食べましたよ」 思い出と変わらぬ味に、八戒は懐かしそうに双眸を和ませた。 悟浄はこめかみを押さえてジタバタしている。 「あーっ!何で氷食うとキーンッてクルんだぁっ!?」 「血管が急激な冷たさで収縮するからでしょう。そう言えば、悟浄はどっち派でした?」 「どっち派?何が??」 「氷ですよ。僕はやっぱりイチゴ派だったんですけど」 「あぁ、味ね。俺はメロン派!でもってケン兄は青いヤツ…何だっけ?」 「ブルーハワイですよね」 「そうそう!いつもソレ食ってて。やっぱ相手が食ってるのって旨そうに見えるじゃん?だから大抵お互い交換して食ってたっけなぁ」 子供の頃を思い出し、悟浄が小さく微笑んだ。 こういう時、悟浄と捲簾はやっぱり兄弟仲が良いんだと八戒は改めて実感する。 「八戒は?子供の頃天蓬と祭りとか行かなかった?」 「天ちゃんとですか?小さな頃は行きましたけど。天ちゃん氷は好きじゃないんですよ」 「へ?そうなの?甘い物好きなのに??」 「アイスは好きなんですけどね?やっぱり頭が痛くなるのがイヤらしくって。どちらかというとアンズ飴とかリンゴ飴食べてましたねぇ。僕も好きでしたけど」 「あー、あったな。水飴のヤツだろ?歯が浮くほど甘いんだよなぁ」 成る程と悟浄は頷いた。 甘党の八戒や天蓬なら、強烈に甘い飴もバクバク食べるだろう。 「何か懐かしいですね。この辺はお祭りとか無いんですか?」 「祭り…ん?何かケン兄が簾を連れてくとか言ってたような?」 悟浄はローチェストに置いてあるカレンダーに視線を遣る。 「そういや今日近くの神社で祭りあるって言ってたわ」 「今日ですか?」 「そう。今日と明日の2日間。あぁ、どうりで!何か煙草買いに行ったとき、ハッピ来てる連中が居るな〜って思ったんだ」 ポンッと手を打って悟浄が頷いた。 今更気付いた悟浄を八戒が呆れて眺める。 「ハッピ来てる人がいれば、すぐに気付くでしょう…」 「いやっ!だから…何かなぁ〜とは思ったんだって!」 しどろもどろに言い訳する悟浄に、八戒はわざと胡乱な視線を向けた。 「お祭りかぁ…いいなぁ」 ポツリと八戒が何の気なしに呟いたのを、悟浄は聞き逃さない。 「何?祭り行きたい?」 「え?あぁ、子供の…小学生の時以来、行ってないなぁって」 「じゃぁ、行こっか。祭り」 「…いいんですか?」 氷を食べ終わった悟浄が煙草を銜えて火を点けた。 旨そうに煙を吸い込むと、勿論と頷く。 「俺も何かガキの頃に行ったっきりだしさ。お祭りデートしよvvv」 空になったカップを片付け、八戒が嬉しそうに笑った。 「何かそういうのも風情があっていいですよねぇ」 「アンズ飴でも氷でも、好きなの買ってやるよ」 「え?いいですよぉ。そんな」 「いーじゃん別に。高くもねーんだから。たまには彼氏らしいことさせろ」 「…僕だって彼氏なんですけど」 お互いむくれて暫し見つめ合うと、一斉に噴き出した。 「ま、いっか。そんじゃ俺ケン兄にハッピでも借りてこよっかなぁ〜」 「捲簾さん、ハッピなんか持ってるんですか?」 「おう。ああ見えて祭り大好きだから。確か去年は御輿担いで大騒ぎしてたし」 「へぇ…捲簾さん背も高くて格好良いから、何か似合いますね」 「…俺も担ごうかな」 八戒が捲簾を誉めるのに、悟浄が拗ねてムッと顔を顰める。 確かに捲簾は弟の自分から見ても格好イイが、八戒が誉めると男心としては複雑だ。 ヤキモチを焼いてふて腐れる悟浄を、八戒が笑いながら宥める。 「悟浄もきっと似合いますよ。でも悟浄が御神輿に参加すると、僕一人で寂しいんですけど?」 「やっぱ、やめとくっ!」 八戒に自分が側にいないと寂しいと強請られ、悟浄はパッと表情を明るくして喜んだ。 現金な態度に八戒は苦笑を零す。 「でも悟浄のハッピ姿は見たいなぁ。あ、僕もどうせなら浴衣着ようかな?」 「えっ!八戒浴衣持ってんの?」 「ええ。去年叔母に…天ちゃんのお母さんから頂いたんですけど。まだ袖通したこと無かったんで。折角だから着てみようかな?」 「着て着て!八戒の浴衣姿かぁ〜」 悟浄がニヤニヤしながら頬を緩ませる。 「…ナニ想像してるんですか?」 キッチリ下心を見破られ、悟浄がギクリと肩を強張らせた。 慌てて表情を引き締めるが、視線は挙動不審に泳いでいる。 ますます八戒が悟浄を睨んだ。 「えーっと?八戒の浴衣姿も似合うだろうな〜って想像しただけ、なんだけどぉ?」 「…それなら良いですけど」 小首を傾げて上目遣いで誤魔化す悟浄に、八戒は溜息を吐く。 「じゃぁ、僕午後になったら一度アパートへ戻りますね」 「おぅ。俺もケン兄が出かける前にハッピ借りてこよ〜っと」 夕方から祭りに行く相談をして、八戒と悟浄が楽しそうに頷いた。 |
Back Next |