Only One Attraction



「悟浄、準備できてますかぁ〜?」
浴衣に着替えてきた八戒が、玄関先で室内に向かって声を掛ける。
八戒の呼ぶ声に反応したのか、バタバタと走り回る音が聞こえてきた。
「おうっ!バッチリよ〜ん」
リビングから姿を現した悟浄に、八戒は思わず息を飲む。
「悟浄…」
「ん?なになに?」
「すっごく可愛いですvvv」
「…オイッ!」
そこら中にピンクのハートマークを飛ばしまくってウットリ呟く八戒に、悟浄は不機嫌そうに唇を尖らせた。
すぐに腕を組んで胸を張ると、不遜な笑顔を浮かべる。
「いなせな男前ってーの!可愛いとかゆーな!」
「でも可愛いですけどぉ」
「…どの辺りが」
悟浄の反論にもめげず感極まって瞳を潤ませている八戒を、悟浄はジットリ睨み付けた。
「勿論そのままの悟浄でも充分可愛らしいですけど。ハッピ姿の悟浄は…特に露出も高いし、絶品のお尻が強調されて…素敵ですvvv」
八戒の舐め回すような視線に晒され、悟浄の背筋がゾクリと怖気上がる。
何だか八戒の脳裏で物凄い格好をされてそうで、悟浄は頬を引き攣らせた。
強ち予感は外れてもいないどころか、口にするのも憚れるようなスッゴイ姿態にされちゃったりしているのだが。
幸か不幸か悟浄に透視能力はなかった。
ニコニコと上機嫌で微笑む八戒を、悟浄も改めて観察する。
八戒の瞳に合わせているのだろうか。
白地に濃朽葉と黄色を配した橘に、涼しげな夏草柄。
八戒の清廉な雰囲気によく似合っていた。
襟元から覗く首筋や鎖骨が仄かな色香を放って何とも言えない。
悟浄は頬が緩んでニヘッと相貌を崩した。

ビシッ!

「ぃだっ!?」
「…何て顔してるんですか、もぅ」
八戒が呆れながら溜息を零す。
持っていた団扇が悟浄の脳天に突き刺さっている。
「いきなり痛ぇよっ!」
「悟浄が変な顔してるからでしょ。男前台無しどころか不気味ですって」
「えっ!?うっそーっっ!!」
悟浄は慌てて自分の顔をペチペチ叩いた。

うーんマズイ。
ついついスケベ心が顔に出ちまったか。

笑って誤魔化す悟浄に、八戒がチラッと視線を向ける。
「あんまり変なこと想像しないで下さいよ」
「えぇ〜?なになに?どんな想像されたいのっ!?」
「だ・か・らっ!しないでくださいっ!それに、恥ずかしい思いをするのは悟浄なんですからね」
「へ?俺が?何でぇ〜??ごじょ男前だから見られたって恥ずかしくないもぉ〜ん」
わざとしなを作って八戒に懐くと、冷たい視線が突き刺さる。
「…他人様の前で股間膨らましたら、確かに男前ですよねぇ。その格好じゃ誤魔化せませんよ」
指摘されて悟浄が自分の姿を確認する。
確かにハッピは股間スレスレの長さだし、下穿きは身体のラインを強調するようにピッタリしていた。
これでウッカリ勃起でもしようものなら、アレの形が浮かび上がってしまう。
悟浄はもぞもぞとハッピの裾を引っ張った。
「…普通にお祭りを楽しめばいいんですよ」
「…努力してみる」
そっぽを向いて応える悟浄に、八戒は本日何度目かの溜息を零した。






カラコロと風流な桐下駄の音が涼しげに鳴っている。
陽も落ちてきた夕暮れ時。
遠くの方から祭囃子が聞こえてきて、子供のようにワクワクしてきた。
さすがに祭りだけあって、人通りもかなり多い。
カップルや親子連れ、友人同士が集まって、賑やかに神社の方へ歩いていた。
八戒と悟浄ものんびり人の流れに乗っている。
「へぇ…結構浴衣の方多いですね。あ、あっちにはハッピ来てる方も居ますね」
「んー、今年は夏が寒かったじゃん。こういう時ぐらい夏らしく過ごしたいんじゃねーの?」
「そうですねぇ…昼間は暑かったですけど、少しはマシになりましたね」
「でも暑いって。あ〜生ビール飲みてぇ〜」
「はいはい。神社に着いてからですよ。そういえば…御神輿ってもう終わっちゃったんですか?」
八戒はキョロキョロ辺りを見渡した。
結構ハッピ姿の人達を見かけるが、御神輿を担ぐなら神社に居るはずじゃないかと、八戒は首を傾げる。
「あぁ、もう終わったってさ。昼間の暑い時間にご苦労なこった」
「えー?終わっちゃったんですかぁ?僕ちょっと見たかったなー。捲簾さんも担いでたんでしょ?」
八戒が悟浄を見上げると。
「…何でそんな顔してるんですか??」
悟浄は顔を真っ赤にして笑うのを堪えていた。
終いには小さく噴き出すと、その場にしゃがみこんで大爆笑し始める。
訳が分からず、八戒は呆然と震える悟浄の頭を見下ろした。
「もー、何いきなり笑い出すんですかっ!僕にも教えて下さいよぉ〜」
「ちょっ…待っ…息…く…苦し…っ…ぶはっ!」
笑いの発作に襲われてるらしい悟浄は、なかなか顔を上げない。
痺れを切らして八戒が、悟浄の背中を持っていた団扇で思いっきり叩いた。
「悪ぃ悪ぃっ!や…もー思いだしたらおかしくって〜」
「御神輿で何かあったんですか?」
「あったあった。大爆笑」
悟浄が笑いすぎで濡れてしまった目を拭い、漸く立ち上がる。
二人並んで歩き始めた。
「八戒さぁ〜今日天蓬に会った?」
「天ちゃん…ですか?いえ?」
「じゃぁ、知らねーよなぁ」
悟浄が可笑しそうに喉で笑うと、八戒がはっ!と我に返る。
厭な予感…というより実際起こっているだろう現実に、八戒の顔が僅かに引き攣った。
「もしかして…また天ちゃんが何かしちゃったんですかっ!?」
八戒は息を飲んで悟浄に確かめる。
未だ悟浄が笑いを噛み殺しながら、うんうんと何度も頷いた。
「午後イチでさ、御輿が出たんだよな。で、俺は簾を連れて見学してたんだけど」
「…当然天ちゃんも来たんですよね?」
「そうそう。も〜すっげぇハイテンションでチャッカリビデオ持参してさ。俺と簾見っけて寄って来たのはいーんだけど…ぷっ!」
その時のことを思いだし、またもや我慢しきれず悟浄は噴き出す。
八戒の額にじんわり脂汗が浮かんできた。
何か自分の従兄はとんでもないことをしでかしたらしい。
「そ…それで…天ちゃんは?」
覚悟を決めて八戒が続きを催促した。
「…鼻血噴いた。思いっきり。そりゃぁもう豪快に。んで、ぶっ倒れた」
「ええーっっ!?」
あまりの情けない話に、八戒は泣きそうな顔で頭を抱える。
衆人環視の中、鼻血を噴いた挙げ句倒れるなんて。
天蓬のしでかしたコトとは言え、恥ずかしくって八戒は顔が上げられない。
「アイツ夜勤明けだったんだって?そんでもケン兄が御輿担ぐのどうしても見たいって。寝ないで来たのもマズかったんだろうなぁ。疲れ切った頭にケン兄のアレは刺激強すぎだろ?」
「は?捲簾さんのアレって??」
御輿を担いでる捲簾の何がマズイというのか、八戒には分からなかった。
不思議そうに見上げてくる八戒の顔に、悟浄が苦笑を浮かべる。
意味深な悟浄の視線が八戒をますます困惑させた。
「御輿担いでる時にさ、気合い付けであっちこっちから一斉に水ぶっかけるんだけど。全身ずぶ濡れ、着ているハッピも水分でペッタリ身体に張り付く訳だ」
「…そうでしょうねぇ」
「でもって御輿担いでる男衆は、全員もれなく下はフンドシ一丁、なんだな〜」
大体状況が分かってきた。
「ケン兄のナイスバディが濡れ濡れで、引き締まった尻も露わなフンドシ姿…となると?」
「天ちゃん…思いっきり逆上せちゃったんですね」
八戒は深々と溜息を零してガックリ項垂れる。
悟浄は落ち込む八戒を宥めて肩を叩いた。
「もー大混乱。天蓬はそのまま失神しちまうわ、ケン兄はビックリして御輿放り出してくるわ周り中騒然としちまって。そのまま俺とケン兄で天蓬を救護室へ運び込んでさ」
「…天ちゃんがご迷惑おかけしました。ちゃんと後で叱っておきますから」
弱々しい声音で八戒が頭を下げる。
「いーって!もう天蓬も散々ケン兄に怒られてたし、俺は迷惑料にバーボン1本で手ぇ打っといてやった」
「それで…あの…天ちゃんは?」
「ん?もう祭り行ってんじゃねーかな。ケン兄宥めるのにビール奢るって言ってたし。簾には綿あめ強請られてたから」
天蓬はどうにか謝り倒して捲簾に許して貰ったらしい。
ホッと胸を撫で下ろして漸く八戒は安堵した。
これで捲簾が怒ったままだったとしたら、八戒への被害は甚大だ。
天蓬の鬱陶しい愚痴の矛先は間違いなく自分に来るはずだから。
どうにか危機を回避できたようなので、ひとまずヨシとする。
勿論、後でキッチリお説教はするつもりだが。
「はぁ…僕が一緒に付いていれば良かったんですよねぇ」
「八戒が居ても一緒だろ?天蓬が目の前で倒れたら、ケン兄が放っておける訳ねーし」
「でも…やっぱり」
「俺だって一緒。もし八戒が目の前で倒れたら、何してたって八戒の側に行くしさ」
「悟浄…」
ニッコリ頬笑む悟浄に、八戒は顔を赤らめ恥ずかしそうに目を伏せた。
八戒の可愛い反応に、悟浄はますます上機嫌になる。
「だけど僕…悟浄のそんな肌も露わな格好見たら、鼻血じゃなくって違うモノ噴いちゃいそうですvvv」
「可愛い顔で平然と下品なコトゆーなあああぁぁっっ!!」
悟浄が真っ赤な顔で喚き散らすのを、慌てて八戒が掌で遮る。
「しっ!悟浄…ダメでしょう?」
「むぐ…っ」
「もぅ…公衆の面前で襲って下さいと言わんばかりに可愛らしい顔したら」
思いっきり眉を顰めて、悟浄が塞がれてる手を引き剥がす。
「誰がんな顔してんだっ!」
「そんなの悟浄に決まってるじゃないですか〜」
悟浄は不思議そうに目を丸くする八戒を見つめて呆然とした。

こんな図体デカイ男を襲いたいなんて酔狂はお前だけだっ!

何遍言っても目の前の可愛い恋人は理解しない。
尤も自分も相手が八戒じゃなきゃ抱かせるつもりもないけど。
「あのな?俺は可愛いじゃなくって男前だって言ってんだろー」
「そうですけど…僕にとっては誰よりも可愛らしい恋人ですから」
「だからっ!俺の可愛いは八戒限定なのっ!」
「えっ!?」
「………あっ!?」
しまった、と口を噤んでももう遅い。
視線を逸らした悟浄の顔が見る見る真っ赤に染まった。

これじゃ八戒に可愛いって言ってもらえて嬉しいみたいじゃねーかよっ!

思いっきりバツ悪そうに俯いたまま、悟浄が先に歩いていく。
「待って下さいよっ!」
後から腕を掴まれて、悟浄の身体が引き寄せられた。

掴まれた場所から発情しそうになる。

悔しそうに唸って、悟浄がチラッと八戒の顔を盗み見た。
すると。
何故だか八戒はプクッと頬を膨らませてむくれている。
「…あれ?」
「僕のこと置いて…ドコ行こうとしてるんですか」
「へ?だから…えーっと?」
「僕はこの辺詳しくないんですよ?迷子になったらどうしてくれるんです?」
「…迷子?」
「そうですよぉ。迷子の保護所で担当の園児にあったりしたら恥ずかしいでしょう?」
思わず悟浄がプッと噴き出した。
「確かに『あれ?八戒センセーも迷子なの?』とか言われたらヤだよな〜」
可笑しそうに笑う悟浄を眺めて、八戒が小さく息を吐く。
手首を握っていた指が、悟浄の指へと絡んだ。
「それに折角のデートなのに…置いてかれたら寂しいです」
「八戒…っ!」

ドゴッ!!!

「っ…てええぇぇーーーっっ!?」
「…こんな所で浴衣の裾から手を突っ込まないで下さい」
八戒の容赦ない手が、悟浄の顔を街路樹へと叩き付けた。
ニッコリ微笑む口元が僅かに引き攣っている。
「ひっで〜よぉっ!この重要文化財か世界遺産かっつー俺の顔が潰れたらどーすんだよっ!」
尚もグリグリ木の幹に押さえ付けられて、悟浄が暴れながら喚いた。
通りすがる人達から好奇の視線を感じて、漸く八戒が手を離す。
「痛ぇ…歪んだっ!確実に1ミリは歪んだぞっ!!」
「大丈夫ですよぉ〜今日も悟浄はウットリするほど男前ですvvv」
「え?そ…そっか?惚れ直した?」
「直しようがないくらい惚れてますからね」
「はぁ〜っかいぃ〜vvv」
「…次は背負い投げですよ?」
「さ。腹も減ったし、祭りに行くか」
うっすらと酷薄な笑顔を浮かべる八戒に、凍り付くほど悟浄は怖気上がる。
ギクシャクと身体を返すと、再び歩き出した。
八戒の指先が悟浄のハッピの裾を掴む。
「でも、これぐらいはいいですよね?」
「俺は腕を組むのも腰を抱くのも大歓迎だけど?」
「だからっ!僕はそーいうの慣れてないんですよ…」
「…ま。しょーがねっか」
二人はさり気なく寄り添いながら、提灯で明るく照らされた神社へ向かった。



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