Only One Attraction



「はぁ…今頃八戒は楽しんでますかね〜」

天蓬は捲簾宅のリビングで床へ直接座り込み、ソファを背凭れ代わりにしてボンヤリ天井を眺めた。
樽酒を空にして絶好調に上機嫌の酔っぱらいとお眠モードに入った子供を引き連れて戻ってきたのは小一時間前。
夜勤明けでお祭り見学に来て、捲簾のナイスバディーな褌姿に逆上せ上がって鼻血を噴いた挙げ句に昏倒し、ご機嫌斜めの捲簾を謝り倒して懐柔しつつじっとしていない簾の面倒を見続けた怒濤の1日を思い返し、無意識に溜息が零れた。
疲労困憊で凝ってしまった首を左右にコキコキ鳴らして、目頭を指で押さえつける。
足許には浴衣の裾を思いっきりはだけ、大の字のまま豪快に寝転がっている捲簾が居た。
さすがにリミッターをブチ切った酒量のせいか、全身真っ赤に火照らせ身動ぎもせずに寝入っている。
簾もとっくに部屋ですやすや眠ってしまった。
一人寂しく取り残され、天蓬はプックリ頬を膨らませてふて腐れる。

こんなハズじゃなかった。

今日は仕事終わったらお祭りに駆けつけて、捲簾の艶やかで華麗な勇姿をじっくり網膜にもデジカメにも焼き付けて。
終わったら『お疲れさま、格好良かったですよ』って捲簾に伝えれば、きっと嬉しそうにそれはもう100万ドルの笑顔で笑ってくれたはず。
その後捲簾が浴衣に着替えて、簾クンも連れて3人で仲睦まじく屋台とか見て回ったりして。
捲簾とビール飲みながら、ちょっと夕涼みなんかしちゃったり、簾クンと一緒に金魚すくいとかで遊ぼうかと思ってたのに。
それから打ち上げ花火を少し離れた静かな場所で眺めた後、捲簾のお宅へお邪魔して、疲れた簾クンが休んでから二人っきりでしっとりラブラブで甘ぁ〜い時間を過ごしていたんですよ、本当ならっ!

天蓬はチラッと足許で熟睡している捲簾を見下ろした。
乱暴に落としても散々擽っても、ウンともスンとも反応しない。
悟浄が言ってた『電源が落ちる』って言うのはこういう事かと、しみじみ実感して打ちのめされた。

一人取り残された空しさにグッスンと涙ぐむ。

確かに鼻血を噴いちゃったのは悪かったけど、勿論わざとじゃない。
捲簾が平然と公衆面前であんなエッチな格好ではしゃいでるから、ついつい我慢の限界を呆気なく超えてしまって、その結果の鼻血だった。
まだ勃起しなかっただけマシだと天蓬は拗ねながら捲簾の剥き出しになっている太腿をペチリと叩く。
いっそのことこのまま据え膳で食べちゃおうかとも思った。
しかし相当睡眠が深いのか、ちょこっと擦ったり扱いてみても半勃ちすらならない。
一人放っておかれてだんだん寂しくなった。
天蓬は大きく息を吐くと、捲簾の横へ座り直す。
「さすがにこのままじゃ身体痛くなっちゃいますね…ベッドへ行きましょうか〜」
仰向けに伸びている捲簾の背中へ手を差し込み、力を入れて抱き上げようとした、が。

むくっ。

「うわっ!?」
何の前触れもなく捲簾が勢いよく起き上がった。
「………んー?」
寝惚けてるのか乱れた髪を掻き上げ、気怠そうに半目のまま呆けている。
天蓬は恐る恐る捲簾の顔を覗き込んで声を掛けた。
「あのー?捲簾?」
「ふっ…ああああぁぁあああっ!!あっれ〜?寝ちゃってたのか」
乱れた髪を更に掻き回して、捲簾は暢気に大欠伸をする。
どう返したらいいのか戸惑い、天蓬が視線を泳がせていると。
「天蓬ぉー…水くれ」
「あ…はいっ!ちょっと待って下さいねっ!!」
そのまま二度寝しそうな勢いの捲簾に焦った天蓬は、すかさず立ち上がってキッチンへ駆け込んだ。
棚からグラスを出すと、急いで冷蔵庫からミネラルウォーターを注ぐ。
バシャバシャ零して手を濡らしながら、慌てて捲簾へグラスを差し出した。
「さ〜んきゅ〜」
いつもなら『零すな!』と叱責がくるのに、まだ酔いが醒めてない捲簾はどうでもいいらしい。
素直にグラスを受け取って、美味しそうに喉を鳴らし、一息で水を飲み干した。
「ふぁ〜旨いっ!おかわり〜」
「はいっ!」
今度はボトルごと持ってきて、捲簾の差し出したグラスへなみなみと注ぎ足す。
それも一気に飲み干すと漸く人心地ついたのか、捲簾が大きく身体を伸ばした。
「あれ?簾は?もー寝た?っつーか今何時だよ?」
「…0時過ぎです」
「そんな時間かぁー…ん?俺どーやって帰ってきたんだ??」
樽酒を開け始めた辺りから記憶が飛んでいるらしい捲簾は、顔を顰めてしきりに首を捻る。
「お祭りで捲簾ってば町内会の方々と飲み比べ勝負始めて…泥酔しちゃったから、僕がおぶって帰ってきたんですよ」
チラリと恨みがましい視線を向けると、捲簾は煙草を銜えてニッコリ笑った。
やっぱり飲み比べを始めた途中からスコーンと記憶が抜けて何も覚えてないらしい。
「悪ぃ!あの酒すっげ旨かったからさぁ〜!ついつい止まんなくって」
悪いと言う割りには悪びれもせず、ポンポン天蓬の肩を叩いて宥めた。
「確かに美味しかったですけどね…町内会長さんのお兄さんが酒造なさってるんですってね」
「そーそー。今度頼んで送ってもらおっかなー」
「その時は僕の分も頼んで下さい」
「ん、分かった。ふぁっ!あー…何か関節痛ぇな」
「フローリングで寝てたからでしょう。起こそうとしても捲簾全然動いてくれないから」
「久々に羽目外して飲んだし…そういや、悟浄達は?あれから帰ったの?」
とりあえず弟カップルに出会ったことは覚えていたらしい。
大欠伸を噛み殺しながら問い掛ければ、天蓬が意味深な笑顔を浮かべる。
「ん?何だよ??」
「八戒と悟浄クンは〜二人仲良くホテルに行っちゃいましたよ」
「あ〜?マジで?どーせ悟浄が祭りでテンション上がって八戒引きずって行ったんだろ?」

確かにハイテンションだった。
だったが、どちらかと言えばむしろ。

「いえ、引きずっていったのは八戒でした」
「…へぇ?ヤルじゃん。お前や悟浄の話だとかなり奥手って感じだったけどな。ちゃっかりこの辺のラブホをリサーチ済みなんだ。多分駅の反対側のラブホ街だろ?ドコ行ったんだろな〜」
「あぁ『ノアール』ですよ」
「え?『ノアール』って、あのイメクララブホ?あそこの遊郭部屋すっげエロくてよかったよなぁ〜。でも八戒ってそーゆーの好きなんだ?」

何だか意外な感じがする。

捲簾が目を丸くして吃驚していると、天蓬が可愛らしく首を傾げた。
「さぁー…どうでしょうか?僕が八戒に無料招待券上げたんです」
「天蓬が?無料招待券を?悟浄と八戒に?」
「そうですよ」
「勿体ねぇっ!何で上げるんだよっ!そんなの俺らだって使えたじゃんっ!!」
「使いたかったですよっ!今日だってそのつもりで持ってきたんですからっ!でも捲簾ずーっと怒ってるしっ!謝っても全然話聞いてくれなかったじゃないですかっ!」
「それはそれ、これはこれだろっ!うわーうわー俺今度ゴシック部屋でお仕置きゴッコしたかったのに〜っっ!!」
「そ…そーだったんですか?」
それはもう悔しそうにジタバタする捲簾に、天蓬の方が呆気に取られた。
脳裏にはラブホの玄関に並んだ部屋のパネルが浮かんでくる。

『ノアール』のゴシック部屋は、中世をイメージした正しくゴシック様式で黒と紫を基調とした淫靡な雰囲気を演出していた。
昔の拷問部屋風の室内には拘束用のチェーンブロックやイルリガートル、X型回転板に天井も格子になっていて、オブジェとしてだけではなく勿論実用も出来る。

要するに。
捲簾はソレを使いたかったと悔しがってる訳で。

「ええっ!?何でソレを早く言ってくれなかったんですかぁっ!それだったらチケット上げなかったのにっ!!」
今度は天蓬が情けない声で喚いた。
そうしたら今頃、捲簾の快感に悶えるあーんな姿やこーんな姿をじっくり堪能できたし、今まで以上にスッゴイ事だって出来たはず。
悔やんでも悔みきれない。
ガックリと肩を落として項垂れる天蓬を、捲簾は胡乱な視線で眺めた。
「んなこと俺に文句ゆーなよ。お前が上げちゃったんだろーが」
「だって知らなかったんですもん…捲簾がお仕置きゴッコして遊びたいだなんて…知らなかったから…僕」
ブツブツ愚痴る天蓬に肩を竦め、捲簾は吸っていた煙草を灰皿へ押し付ける。
「もう仕方ねーだろ?悟浄達に上げちまったんだし…ん?じゃぁ、今頃悟浄…って」
「遊郭部屋で八戒に啼かされちゃってますよ…多分」
「マジ?ップーーーっっ!!!」
捲簾が思いっきり噴き出した。
ゲラゲラ腹を抱えて床の上を転げ回る。
自分がそのうち絶対八戒を抱くんだと未だ儚い夢を見て往生際の悪い悟浄が。

遊郭部屋で?
あのムダにきらびらやかな花魁衣装を着せられて?
八戒にはみかみながら犯られちゃってると?

「っお…可笑しいいいぃぃ〜〜〜っっ!マジ腹イテッ…アッハッハッハッ!!」
大爆笑している捲簾に、天蓬が頭を掻きながら苦笑いする。
「捲簾ってば…そんなに笑っちゃったら悟浄クン拗ねちゃいますよ?」
「だって…っ…ダメだ!おかし…ひゃっはっはっ!」
「もぉー…」
笑い過ぎでしゃくり上げる捲簾の背中を天蓬がさすって宥めた。
一頻り笑ってどうにか笑いが治まった捲簾は、グイグイ涙を拭って呼吸を整える。
「はぁ〜久々のヒット。今頃悟浄のヤツ、ギャーギャー喚いてるんだろうなぁ」
「この場合アンアンじゃないんですか?」
「あぁ、そっか。ま、アイツも八戒と付き合ってるんだからいい加減腹括れよってな」
「悟浄クンってまだ諦めてないんですか?」
「全然」
呆れ返る天蓬に、捲簾がコクンと頷いた。
二人がお付き合いを始めて結構経つが、未だに八戒に対して悟浄は夢見がちだ。
散々抱かれていながら、何でそこまで踏ん切りが付かないのか。
「悟浄クン…結構お馬鹿さんなんですか?」
「馬鹿っつーか天然?」
「…成る程」
さすが兄弟、容赦がない。
捲簾はあっさり肯定して頷いた。
「八戒も経験値は浅い…と言うより無いに等しいですし。元々根が真面目で正直ですから何でも試してみたいらしいですけど」
「へぇ〜?それで遊郭部屋?」
「この前捲簾と縛り方教えて上げたでしょう?チャレンジしたかったようですね」
「じゃぁ、もっともっと色んなこと教えてやらねーとなぁ?」
「ですよね〜?アッハッハッ!」
二人して楽しそうに人の悪い笑みを浮かべる。
これから先も八戒を焚きつけて面白いことがありそうだ。
「ま、八戒には後で報告聞くとして。お前泊まるんだろ?」
「明日はお休みですし、お酒入ってますからさすがに運転できませんよ」
「んじゃ、しよ?」
「………はい?」
いきなり何を言われたのか分からなくて、天蓬がキョトンと瞬きした。
呆けてる天蓬へ捲簾がじりじり躙り寄る。
座っている天蓬の腿へ思いっきり裾をはだけて乗り上げると、着ていた浴衣を肩から落として双眸を眇めながら艶然と微笑んだ。
匂い立つ過剰な色香に天蓬の喉が大きく鳴る。
「せーっかく浴衣きてるし?今日は縛ってもいいけど?」
「ほっほほほほほホントですかぁっ!?」
願ってもないお誘いに天蓬の瞳が欲情して濡れ出す。
雄の本能丸出しの獣クサイ表情に、捲簾も満更ではないようだ。
ゆっくりと唇を舐めて、天蓬の頭を掻き抱く。
「なぁ…ベッド行こ?」
「は…はいっ!!」
担ぐ勢いで捲簾を抱き上げると、天蓬は余裕もなく寝室へ飛び込んでいった。
その頃、八戒の復習に付き合わされ縛られちゃってる弟と言えば。

「も…ヤダぁ…っ!」

兄の予想通り、息も絶え絶え啼かされちゃっていた。



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