Only One Attraction



神社の周囲はかなりの人混みで賑わっていた。
境内へ続く石畳も人で溢れかえっている。
道路を挟んで露天も並び、子供達のはしゃいでいる声があちこちで上がっていた。
「へぇ…随分と盛況ですね」
「だな。俺もこっちまで来るのは初めてなんだけど」
八戒と悟浄ははぐれないように寄り添って、石畳を歩きながら物珍しげに辺りを見回す。
こんな祭りの風情を見るのは子供の時以来で、二人ともワクワクしてきた。
「あっ!悟浄!アンズ飴売ってますっ!!」
八戒が嬉しそうに声を上げ、ハッピの裾を強く引く。
「ん?食いてぇの?」
「はいっvvv」
頬を紅潮させて瞳を輝かせる八戒に、悟浄は苦笑いして付いていった。
昔ながらの定番アイテムは、月日が経っても変わらないらしい。
涼しげな大きな氷の上に、色鮮やかなアンズやミカンの入った水飴が冷やされていた。
その横には年季の入ったルーレット板が置いてある。
「おっちゃん、アンズ1本ね〜」
「毎度っ!んじゃ兄ちゃんソレ回して」
悟浄が露天商に小銭を渡して声を掛けた。
「え?悟浄いいですよ。僕ちゃんと払いますから」
「これぐらい奢らせろっての。ほら、ルーレット回せよ」
慌てて小銭を出そうとする八戒の手を、悟浄は笑って押し止める。
「でも…」
「はぁ〜っかいっ!」
ムッと悟浄がわざと拗ねて頬を膨らませると、八戒は仕方なさそうに肩を竦めた。
氷の上に並んでいるアンズを1本取ると、悟浄を見上げて照れ臭そうに微笑む。
「…ご馳走になりますね」
「よろしい」
二人してクスクス笑っているのを、露天商が怪訝な顔で見つめてきた。
気付いた悟浄は、咳払いをして八戒の肩を自分の方へ引き寄せる。
「ほら!ルーレット回して、もう1本貰っちゃえよ」
「それじゃ〜」
八戒が指を伸ばして、ルーレットの軸をクルッと回した。
勢いよく回る軸が段々速度を遅めて、ゆっくり止まろうとする。
「………あっ!」
「ヤリッ!八戒3本当たりじゃんっ!」
矢印が指し示したのは『3本』の場所。
ヤラれた!と頭を掻く露天商へ頭を下げてから、もう3本アンズ飴を貰った。
「悟浄も食べますか?」
「俺甘いのダメ。にしても…八戒でも3本はキツイだろ?簾でも居ればやれたのになぁ」
トロリと溶け出した水飴は見るからに甘そうだ。
悟浄が厭そうに顔を顰めていると、八戒はキョトンと目を丸くする。
「え?これぐらいは普通に食べません?」
「………はぁっ!?」
サラッととんでもないことを言い出す八戒を、悟浄は驚愕のあまりマジマジと見つめ返した。

こんな極甘水飴を?4本食うのが?普通だってっ!?

「バカッ!んな訳ねーだろっ!歯ぁ可笑しくなんぞっ!?」
「やだなぁ〜。悟浄ってば大袈裟ですよ〜あははは」
「いや…ソコ、笑う所じゃねーし」

暢気に笑う八戒に突っ込みを入れる悟浄の顔が思いっきり引き攣る。
気が付けば八戒は既に2本のアンズ飴を完食して、3本目をパクリと銜えていた。
モゴモゴ口を動かしたかと思うと、あっという間に飲み下す。
「久々に食べるとやっぱり美味しいですよねぇ…あれ?悟浄??」
4本目を食べようとする八戒の横で、悟浄は口を押さえながら気持ち悪そうに視線を逸らした。

あんなモン一気食い出来るなんて、八戒の味覚は可笑しいっ!

見てるだけで胸焼けする悟浄を、八戒が不思議そうに目を丸くする。
「どうかしたんですか?」
「どーしたも何も。何でそんな甘いモン一気に食え…って、もう食い終わったのかよっ!?」
悟浄が目を見張る前で、八戒は食べ終わった飴の櫛をゴミ箱へ捨てた。
あっという間の出来事に、悟浄はただ呆然と八戒を見つめる。
「さてと。折角ですからお祭りならではの味覚を堪能しないと。あっ!僕リンゴ飴買ってきますね〜♪」
「チョット待てーっ!!」
悟浄の叫びを無視して、八戒はウキウキとリンゴ飴に突進していく。

アレだけ甘いモン食ったクセに、まだ食うのかっ!?

八戒は置いて行かれた悟浄が愕然としているのも気にせず、次から次へと買い漁る。
「はぁ…こういうのってお祭りじゃないとなかなか食べられないから、ついつい買っちゃいましたvvv」
嬉しそうに悟浄の元へ戻ってきた八戒の手には。
リンゴ飴は勿論、綿アメや色取り取りのべっこう飴まで買い込んでいた。
そこまで大量に買われると、悟浄も溜息しか出ない。
「八戒…いっぺんに食うなよ?虫歯になるって」
「え〜?大丈夫ですよ。ちゃんと歯磨きすれば」
「いや、だからな?見てる俺の方が気持ち悪…ううっ!」
込み上げる胃液を飲み込んで、悟浄は口元を押さえる。
視覚的にもそうだが、漂ってくる甘い匂いだけでダメだった。
本気で厭がる悟浄と戦利品を交互に眺めて、八戒がしゅんと項垂れる。
「すみません…僕何だか調子に乗りすぎたみたいですね。悟浄甘いの苦手だって知ってるのに」
綿アメの袋をギュッと抱えて落ち込む八戒に、悟浄がハッと顔を上げた。
「あ、別に八戒が食うのダメって言ってるんじゃねーぞ?でも…まぁ…ソレはちょっと食い過ぎじゃねーのかなぁって」
「…綿アメなんか子供の時以来だから、凄く食べたくなっちゃって」
ますます八戒の表情が昏くなり、瞳に涙まで浮かんでくる。
さすがに悟浄も焦った。
「だっ…だからな?半分は食って、後は持って帰って明日食うとかっ!いっぺんに食っちまったら勿体ねーだろ?」
どうにか八戒を宥めようと、悟浄は慌てて宥め賺す。
八戒は必死な様子の悟浄を、チラッと上目遣いに見遣った。
「…そうですよね。折角買ったのに勿体ないですよね」
漸く顔を上げると、八戒がはにかむように微笑んだ。
悟浄はホッと胸を撫で下ろして安堵する。
「それに、お祭りならではって言うなら他にもあるだろ?俺たこ焼きと焼きもろこし食いてぇ〜」
「いいですねぇ。僕は焼きそば食べたいです」
「焼きそばもいーなぁ。何でかこういうトコで食う焼きそばって旨いんだよな。それとやっぱ生ビールだろ!」
「そういえば…何だかお腹空いてきましたね」
「んじゃ、適当に買って食おうぜ」
「そうですね」
八戒と悟浄は露天を品定めしながら、境内に向かって進んでいった。






「…結構買っちゃいましたね」
「だな。でも旨そうじゃん」
二人は持てるだけ食べ物を買い込むと、神社の裏手までやってきた。
境内の周りと違って、奥社まで来ると静かだ。
木々を取り囲まれた社殿には、ポツポツと小さく灯りが点されている。
「悟浄、あの辺座れそうですよ?」
「んー?じゃ、あっちで食おうか」
社殿の横にある大木に石囲いがしてある。
遊歩道の路側代わりにもなっているソレは高さも低く、腰掛けるのに丁度良さそうだった。
二人は並んで腰掛けると、間に買ってきた食べ物を置く。
「…食べきれるかなぁ」
「大丈夫だって!俺腹減ってるし。そんじゃカンパ〜イ♪」
紙コップになみなみ注がれた生ビールを掲げて悟浄が笑った。
一気に半分まで煽ると、満足そうに溜息を零す。
「あーっ!やっぱ夏にはコレだよな〜」
「暑い時ってやっぱり美味しいですよねぇ」
「…樽で買ってきた方がよかったか?」
「何もお祭りだからってソコまで飲まなくてもいいでしょう?」
「俺にとってのビールは、八戒にとっても甘いモンと一緒なのー」
「だったら、今日はソコソコにして下さいね」
八戒がニッコリ微笑むと、悟浄は苦笑いして肩を竦めた。
「ま、酔うのが目的じゃねーしな」
「そういうことです」
たこ焼きを一つ口へ放り込むと、悟浄が小さく噴き出す。
「…何ですか?いきなり??」
「や。ちょっと思い出しちゃって…さっきの」
「…あぁ。アレは天ちゃんの自業自得です」
悟浄が可笑しそうに身体を屈めて思い出し笑いするのを、八戒は額を押さえて顔を顰めた。
先程出会した情景が脳裏に蘇る。
「ケン兄も大概酒には強いけどさ。アレじゃぁ今夜は撃沈だな」
「まぁ…天ちゃんも簾クンが心配で酔えないでしょうけど。当然の報いですから」
八戒は笑い転げる悟浄を眺めつつ、生ビールのカップを傾けた。

此処へ来る前。
食べ物を調達してから生ビールを買おうと町内会のテントへ行くと。

「よぉ〜っ!アッハッハッーッッ!!」

既に酔っぱらいハイテンションの捲簾に出会した。
顔色は変わっていないが、相当飲んでいるらしい。
側に置いてあったゴミ箱には、結構な数の紙コップが捨てられている。

まさかとは思うが、コレを全て開けたのか?

八戒と悟浄は上機嫌な捲簾をまじまじと見つめ返した。
チラッと横を見れば、両手で紙コップを持った天蓬が情けない顔で佇んでいる。
その天蓬に寄り添って、簾が綿アメを美味しそうに食べていた。
「おい、天蓬。ケン兄どれだけ飲んでるんだよ?」
「どれだけって…それだけですよ」
そう言うと、天蓬は傍らのゴミ箱を恨めしそうに指差す。
さすがにギョッとして八戒と悟浄は驚いた。
「マジ?コレってケン兄が一人で??」
「…最初はビール飲んでたんですけど、こんなんじゃ効かないとか騒いじゃって。その後すぐ日本酒飲み始めちゃって、もうかれこれ1升は開けてるんじゃないでしょうかねぇ」
「いっ…1升っ!?」
言われてみれば、捲簾から漂ってくる酒気は物凄かった。
側に寄るだけで下戸なら酔ってしまいそうだ。
唖然とする二人の前で、天蓬は情けない顔で項垂れる。
「捲簾…なかなか許してくれなくって。止めても聞いてくれないんですよぉ」
どうやら先程の鼻血騒動を、未だ根に持っているらしい。
グズグズと鼻を啜っている天蓬を、捲簾がキッと睨み付けてコップを差し出した。
「天蓬っ!おかわりっ!!」
「はぁ…まだ飲むんですかぁ?」
「おかわりーっっ!!」
絶好調に酔っぱらっている捲簾は聞く耳持たない。
天蓬は仕方なく追加の酒を買うと、捲簾へコップを渡した。
悟浄は面白そうにニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
「天蓬、大変だなぁ〜。酒飲んでる場合じゃねーじゃん?ちゃーんとケン兄と簾の面倒看てくれよ?」
「それは勿論ですよ」
「まぁ、そんなにケン兄は酒癖悪くねーから」
「ココまで飲めば充分悪いです…」
大きく溜息を零す天蓬の肩を、捲簾は大爆笑しながらバシバシと叩きまくっていた。
「捲簾さんってお酒強そうに見えましたけど」
八戒が小声で悟浄に耳打ちする。
今の捲簾は誰が見たって泥酔状態だ。
悟浄は喉で笑いを噛み殺し、八戒の方へ顔を寄せる。
「ケン兄はそこらの連中に比べれば強いぞ?でもアレだけ飲めば酒だって回るって」
「そんなモンなんですか?僕酔ったことがないんであんまり分からないんですけど」
「…八戒はザルっつーかワクだろ」
八戒の酒豪っぷりを、悟浄は身を以て体験済みだ。
相変わらず叩きまくられてる天蓬に、悟浄はニンマリと笑いかける。
「とりあえず最後まで付き合ってよ。ケン兄も限界超えたら結構楽チンだから」
「…楽チン?限界超えたらどうなっちゃうんですか?」
「ケン兄は限界超えたら…」
「超えたら?」
「速攻電源が落ちて寝る。んで、寝たら耳元で喚こうが揺すろうが殴ろうが、酒が切れるまでぜってぇ起きねー」
「えええぇぇっ!?」
天蓬から断末魔の絶叫が上がった。
要するに、今日はナニも出来ないで添い寝決定という訳だ。
「つーことで。天蓬、しっかりケン兄を介抱してね〜ん♪」
「そんなあああぁぁっ!」
涙目で頭を抱える天蓬に、悟浄はシッカリ釘を刺す。
「…ご迷惑かけたんだから、ちゃんと責任取らないといけませんよ」
同情するどころか、八戒からも容赦ないトドメが吐き出された。
愕然とする天蓬と笑い上戸の捲簾を、簾は不思議そうにキョロキョロ見上げる。
無邪気なお子様に悟浄は苦笑して、ポンッと頭に手を置いた。
「れ〜ん?ちゃ〜んと天蓬にくっついてて迷子になるんじゃねーぞ?」
「うんっ!」
「あ、簾クン。べっこう飴食べますか〜?ウサギさんの飴ですよ♪」
「わぁー…八戒センセーありがとうっ!」
八戒から飴を受け取り、簾は嬉しそうに笑う。
「そんじゃ、天蓬。ケン兄と簾のこと頼んだから〜」
「天ちゃん、責任持ってご自宅までお送りするんですよ?」
「あっ!待って…置いていかないで下さいよぉっ!!」
泣きそうな顔で縋ってくる天蓬をあっさり無視して、二人はその場を立ち去ってしまった。



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