Only One Attraction



「でもさぁ〜天蓬大丈夫かな?簾の面倒看れんの?」
悟浄がたこ焼きをモゴモゴ頬張りながら心配する。
兄の捲簾が酔い潰れることはないにしても、子供に親の醜態を見せるのはどうかと思うし、かなりヘコんでいた天蓬が使い物になるのかも甚だ怪しかった。
大人はどうでもいいが、子供の簾が悟浄は心配で仕方なかった。
その辺は八戒も同じらしい。
「そうですよね。天ちゃんはどうでもいいですけど、簾クンだけでも後で迎えに行きましょうか?」
「だよなぁ。天蓬もなぁ〜んかケン兄の側でグジグジしてそうだし」

「…グジグジしてて悪かったですねぇ」

唐突に背後から聞こえてきた恨めしげな声に、八戒と悟浄は驚いて跳び上がった。
「天蓬っ!?」
「天ちゃんっ!?」
振り返った先には、木の陰に同化する程昏くいじけまくった天蓬が、じっと二人を睨め付けている。
近くにあった杉の木にペッタリ張り付いて、鬱陶しいオーラを撒き散らしていた。
「天ちゃんっ!こんな所で何やってんですかっ!?」
「簾はっ!?まさか泥酔したケン兄に預けて来ちゃったのかよーっ!!」
八戒と悟浄二人から詰問されて、天蓬がムッと頬を膨らませる。
木の幹から半身だけ覗かせたまま黙り込んだ。

…何拗ねてんだよ、オイ。
…自縛霊みたいで薄気味悪いんですけど。

二人顔を見合わせて溜息を零すと、天蓬は不機嫌そうに視線を逸らした。
「簾クンは町内会長さんがあやしてくれてますっ!僕は簾クンがかき氷食べたいって言うから買いに来たんですからねっ!!」
まるで小さな子供を見放したかのような悪者扱いをされ、天蓬は大層ご立腹だ。
足許の石を蹴飛ばしていじける天蓬に悟浄は呆れ、ストレートな疑問をぶつける。
「だったら、何でこんな社殿の方に来てんの?屋台は参道の方だろーが」
胡乱な視線を向けると、天蓬の頬が見る見る染まっていった。
その様子を眺めて、八戒が肩を竦める。
「天ちゃん…迷子になったんですか」
「ちっ…違いますよっ!ちょっとかき氷の屋台を探してたら道を間違えて…近道をして戻ろうとしたら、何だか分からない所にどんどんきてしまったんで…」
「それを迷子って言うんじゃねーの?」
容赦ない悟浄のツッコミに、天蓬がウッ!と言葉を詰まらせた。
どうやら本当に迷子だったらしい。
「だってしょうがないでしょうっ!僕はココに初めてきたんだし、詳しくないんですからねっ!」
八戒と悟浄がじっと天蓬を見つめると、逆ギレして喚き散らした。
目隠しでもされていきなり知らない場所へ放り出されたのなら仕方がない。
だけど天蓬は捲簾と一緒に参道を歩いて、奥社まで行っているのだ。
また参道沿いを戻れば幾らでも屋台はあるのに、何をどうしたら迷子になれるのかが分からない。
これ以上突っ込んでも鬱陶しさが倍増するだけだと、八戒は灯りのある方向を指差した。
「ほら、天ちゃん。あっちの明るい方が参道ですよ。一度参道に出て鳥居の方向へ向かえばかき氷の屋台ありますから」
木の陰から顔を出して、天蓬が八戒の指差す方向をじっと見つめる。
「簾クンも待ってるんでしょう?早く買って戻らないと、心配しちゃいますよ?」
尤もらしいことを言って宥めると、天蓬が我に返った。
「そうでしたっ!簾クンが待ってるんですよ。早くイチゴかき氷を買って戻らないといけませんっ!」
「そうそう。天蓬が戻らない〜って簾が泣くぞ?そしたらケン兄だって大騒ぎするしさ」
「…捲簾はすっかりご機嫌に潰れちゃってますよ」
「あれ?マジで?」
「今は…町内会の酒豪さん達と飲み比べ勝負してます…」
木に取り縋ってガックリ天蓬が項垂れる。
先程の兄の様子から大体の予想はついていたが、悟浄の範疇を軽く超える展開に発展しているようだ。
さすがに気の毒になって悟浄も同情する。
「あらら〜。ケン兄がソレ始めるとなかなか終わらねーぞ?途中で無理矢理引きずって帰った方がいいかもよ?」
「言われなくてもそうしますよ。放っておくと樽開けそうな勢いですからねぇ」
天蓬はすっかり陽気に泥酔している捲簾を思いだして、深々と溜息を零した。
漸く木の陰から出てくると、置いてあったたこ焼きを摘み食いする。
「何食べてるんですかっ!行儀悪いですよっ!!」
ペシッと八戒に掌を叩かれても、天蓬はめげずに飲みかけのビールを横取りした。
カップのビールを一気に飲み干すと、空のカップを八戒へ返す。
「お代わり下さい」
「ダメですっ!天ちゃんまで酔っちゃったら簾クンはどうするんですかっ!」
「はぁ…いっそ僕の方が酔い潰れたいですよぉ」
石に取り縋って、またグジグジと泣き言をぼやき出した。
相当今日の夜は期待していたらしい。
八戒と悟浄は顔を見合わせながら、揃って顔を顰めた。

はっきり言って天蓬が邪魔だった。
このまま居座られたら洒落にならない。

「かき氷はともかく、もう戻った方がいいですよ?町内会長さんにも言ってきたんでしょ?心配されてますよ?きっと」
「もう僕なんか放っておいて下さいぃー…」
「…酔ってんのかよ?」
「酔える訳ないでしょうっ!」
天蓬が今度は悟浄のカップを取り上げて、ビールを一気に煽った。

「酔ってねぇのに酒乱かよ」
「僕らに八つ当たりされてもねぇ…自業自得でしょうに」

八戒と悟浄が顔を寄せてヒソヒソ話していると、気付いた天蓬に無理矢理引き離される。
「ちょっと!僕の前でイチャイチャしないでくださいよっ!僕だって…僕だって捲簾とイチャイチャラブラブしたかったんですぅ〜っ!!」
打って変わって瞳にぶわっと涙を浮かべ、天蓬が二人の間で泣き崩れた。
大声で泣きだした天蓬に、八戒と悟浄はポカンと呆気に取られる。

「酒乱の次は泣き上戸かよ…質悪ぃ」
「すみません…普段はこんなことないんですけど」

予想外の展開に、八戒も焦って天蓬を宥め始めた。
このままでは折角のデートが台無しになる。
「ほら、天ちゃん…そんな泣いたりして子供みたいでしょう?」
「子供だっていいんですっ!」
「ケン兄幼児性愛の趣味ねーぞ〜」
「悟浄っ!」
余計なツッコミを入れる悟浄を八戒が制した。
どうにか泣き止ませて機嫌を取ろうと八戒は必死になるが、天蓬もムキになって首を振るばかり。
様子を眺めていた悟浄は段々イラついてきた。

なぁ〜んで俺らが天蓬の面倒看なきゃなんねーの?

しかも八戒は悟浄を放置して天蓬ばかり構っている。
それが余計に気に食わない。
最初は傍観していた悟浄だったが、とうとう我慢の限界が来た。

プッチーン☆

「あーもうっ!鬱陶しいんだよっ!天蓬さっさと帰れよなっ!すっげぇ邪魔なの。ジャ・マ!」
怒りに任せて本音をブチ撒けると、一瞬八戒と天蓬がきょとんと悟浄を疑視する。
悟浄の失言に八戒は焦るが、既に後の祭り。

「へえええぇぇ〜?そうですかぁ〜。ふぅ〜ん…ジャマなんですね?」

背筋がゾクゾクと怖気上がるような猫撫で声を聞いて、八戒が思いっきり顔を顔を引き攣らせた。

悟浄のバカあああぁぁっっ!!

そんな心の罵声も悟浄には届いていない。
「そ。俺と八戒はラブラブデートの最中なんだから。天蓬も邪魔ばっかしねーで、ちっとは気ぃ利かせろっての!」

そっそそそそそそんな本当のこと言ったら、天ちゃんが…天ちゃんがーーーっっ!!

「そう…いいですよねぇ。ラブラブデートなんですか…ふ…ふふふふふ」

地を這う程低い怨念の篭もった含み笑いに、八戒は頭を抱えた。
今の天蓬は最大級の不機嫌状態。
そういう時、天蓬は。

「そうだったんですよねvvvごめんなさい。僕ってばついつい捲簾に構って貰えないから寂しくって〜。お二人があまりにも仲良しさんだったから羨ましくってvvv」

恐ろしい程の愛想の良さは、最悪の裏返し。
晴れやかな笑顔の裏で、悪辣な報復を算段している証拠だった。
過去に散々巻き込まれて苦渋を味わってきた八戒は顔面蒼白だが、生憎悟浄はそんな事実を知らない。
天蓬に羨ましい程仲が良いと言われ、コロッと機嫌が直ってしまった。
「え?そう?俺らってすっげーラブラブカップルに見える?」
「勿論ですよぉ〜。捲簾もこの場にいたら対抗心燃やしちゃうかも知れませんねvvv」
「そ…そっかな?」

悟浄おおおぉぉっ!何まんまと天ちゃんの罠にハマッちゃうんですかーっ!!

八戒の悲痛の叫びはそのまま飲み込まれる。

ど…どうしましょうっ!
悟浄を何とか天ちゃんの悪の手から守らないと…でもどうすればっ!?

グルグルとあの手この手を考えるが、動揺している頭では名案など浮かぶ訳がない。
八戒が焦って頭を抱えている間にも、着々と魔の手は伸びていた。
「いやぁ〜本当に羨ましいですよぉ。これから二人で…もっと仲良く大人の時間を過ごすんですよね?」
「え?そりゃ〜色々?」
「そうですよねぇ〜僕と捲簾がお預けの分、八戒と悟浄クンは愛を深めてきて下さいねvvv」
「任せろよっ!」

何の約束してるんですかっ!!

ニヤニヤと何かを想像して頬を弛ませる悟浄を、八戒はキッと睨み付けるが。
その時。

にんまり…。

口端を上げて恐ろしい程上機嫌な笑顔の天蓬と視線が合って、八戒はその瞬間金縛りにあった。
天蓬は満面の笑みを浮かべてはいるが、瞳は怒りが閃いている。
スッと双眸を眇めると、天蓬が笑顔のまま八戒に近づき、恐怖で固まっている顔を覗き込んできた。
「八戒も勿論悟浄クンとこれからラブラブ〜vvvに過ごすつもり。だったんですよねぇ?」
「そ…そ…ですけ…ど?」
じっと見つめてくる天蓬の視線を外しながら、どうにか八戒が返答すると。

「それはよかった♪」
「………は?」

ニコニコしながら、天蓬が来ていたシャツのポケットに指を入れて何やら探り出した。
八戒が唖然としている目の前に、何かの紙が差し出される。
「そんな八戒にコレ上げちゃいますvvv」
「コレ…何ですか?」
とりあえず受け取ると、何かのチケットのようだ。
八戒はチケットと天蓬を交互に見つめる。
「駅の反対側の国道沿いって、ちょっとしたラブホ街になってるじゃないですか。その中でも今イチオシの人気を誇るラブホのご招待券ですvvv」
「ええっ!?」
「マジでっ!?」

八戒は顔を真っ赤にして驚き。
片や悟浄は瞳を輝かせて大喜び。

しかし、天蓬のコト。
そこにはキッチリ落とし穴があった。

「いわゆるイメクラプレイが愉しめるんですよ。そうですねぇ…八戒の趣向を考えると、お薦めは『病院の治療台に拘束した診察プレイ』か『ご主人様にお仕置きされる淫乱メイドのお仕置きプレイ』ですかね?洋風の豪華な内装で、ありとあらゆる拘束道具とお仕置き道具が揃ってるんですよ〜」
「へぇ…面白そうですねvvv」

「…ちょっと待て」

「そうでしょう?あっ!でもナースやメイドは衣装を揃えた方がグッと盛り上がりますから、それは次回に取っておいて、今日は『初めて水揚げされる遊女と大店の若旦那プレイ』で遊郭部屋なんかどうですか?幸い浴衣も着ている訳ですから気分も盛り上がるでしょう?」
「そうですよね〜どうせなら衣装はバッチリ揃えた方が愉しいですよねvvv」

「…だから衣装って何?」

「遊郭部屋はバスローブとは別に、ガウン代わりに羽織れるきらびらやかな着物も置いてあるんですよ〜」
「へぇ…悟浄に似合いそうですvvv」

「…俺が遊女なの?」

「八戒っ!」
「天ちゃんっ!」
二人はガッチリと手を握り合う。
「僕の分も悟浄クンといっぱい愉しんで来て下さいねvvv」
「ありがとうございますっ!天ちゃんのご厚意は無駄にしませんからvvv」

無駄にしてもいいってばーーーっっ!!!

「あ、いけませんっ!八戒、こんなところでのんびりしている時間はありませんよ!今日はお祭りですから、目当てのお部屋が埋まってしまいますっ!」
「はっ!そうですよねっ!悟浄、行きますよっ!!」
八戒に力強く腕を取られて、悟浄はビクンと身体を竦ませた。
必死に脚を踏ん張るが、意外と怪力の八戒にあっさり引きずられてしまう。
「あの…さ…今日は祭りの風情を楽しむんじゃ…」
「早く行かないとっ!悟浄だってラブホ行きたかったんでしょ?雑誌のラブホ特集記事をチェックしてたじゃないですかっ!」
「ち…違っ…俺のチェックしてたのは、そんなプレイとかじゃなくってっ!」
「愉しければ同じでしょ?」
「俺はちっとも愉しくなんかねーっ!!」
悟浄の叫びも八戒は訊く耳持たない。
るんるんとスキップしながら、抵抗する悟浄を強引に連れて行った。
「あ、天ちゃんソコの片付け…」
「大丈夫ですよ〜僕がゴミを片付けて上げますからね」
「すみませ〜ん」
天蓬に八戒を止めて貰おうと悟浄が必死の形相で背後を振り返る。

にんまり…。

ソコに見えたのは悪魔の微笑み。

ヤラれたあああぁぁっっ!!

今更気付いても遅かった。
顔面蒼白で首を振る悟浄を、天蓬が手を振って見送る。
まんまと天蓬の計略に引っかかり、悟浄は犯る気パンパンの八戒にラブホまで簡単に運ばれてしまった。



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