Only One Attraction |
「八戒っ!八戒ってばぁ〜っ!!ちっと落ち着けぇっ!!」 「何言ってるんですか?僕は落ち着いてますよっ!!」 「嘘付けっ!」 ズンズンと物凄い勢いで引きずられながら、悟浄は息も絶え絶えに喚く。 すっかり不味いスイッチの入ってしまった八戒は、鼻息も荒く薄暗い夜道を脇目も触れずに突き進んでいた。 目指すは天蓬ご推薦のちょっと変わったラブホテル。 そういう目的プラス付加価値の付いた、天蓬曰く人気のあるラブホテルらしい。 普段とは違う淫靡な雰囲気を愉しめるということで、八戒の頭はいっぱいいっぱいになっていた。 何か八戒がオスになってるしーっ!! 悟浄は涙目になって戦々恐々となる。 すっかりテンぱった八戒に、この後一体どんな目に遭わされてしまうのか。 もしかして俺ってば、帯をクルクル〜とかされて『いやぁ〜っ!お代官様おやめになって〜っ!!』とか言わされちゃうのかっ!? …遊郭に町娘はいないが、パニック状態の悟浄にはそんなこと気づける余裕もなかった。 迷うこともなく歩いていく八戒をどうにか止めようと、悟浄は立ち止まろうとしたり腕を引き返したりしたが、何の抵抗にもならない。 「ちょっ…八戒っ!お前ドコに行こうとしてんのか分かってんのかっ!?」 「勿論ですよ〜」 「何で場所知ってんだよっ!!」 「えっ?」 激昂した悟浄の声に、漸く八戒は立ち止まって振り返る。 ムッと不機嫌な顔の悟浄が八戒を睨んでいた。 どういう訳か悟浄は怒っているらしい。 怒っている、というよりは拗ねている? 八戒はちょこんと首を傾げて、悟浄をまじまじと見つめた。 八戒に真っ直ぐ見つめられた悟浄は、ふて腐れ気味に俯く。 だけど、繋がれた手を振り払う真似はしない。 「…何でホテル街の場所知ってるんだよ」 悟浄が視線を逸らせたまま、小さく呟いた。 八戒は脇目も触れず、まるで場所を知っているかのように歩いている。 ホテル街は駅より少し離れた場所にあった。 駅に向かう手前の細い脇道を通って、メイン通りの1本裏手に入らなければ辿り着けない。 メイン通りからはホテル街へ直接通り抜けて行けないようになっているのだ。 だからその細い道を見逃して通り過ぎてしまうと、駅前に出てしまう。 グルグルと駅の周辺を徘徊する羽目になる。 地元の者か行ったことがなければ分かりづらく、迷う人も多かった。 ところが八戒は間違いもせずに脇道を入り、ホテル街に向かって突進している。 一体どういうコトなのか。 八戒は自分のテリトリー内しかこの辺りは詳しくない。 勤めている保育園と、自宅や買い物をする商店街。 それとたまにデートする駅前や、悟浄の住んでいるマンションの近辺。 元々八戒は今の保育園に就職するためにこの街へ越してきた、いわゆる圏外の人間。 その八戒が道に迷うことなく悟浄をホテル街へ引きずって行ける、ということは即ち。 誰と行ったんだよっ! 悟浄の頭の中は嫉妬でいっぱいだった。 自分だってそれこそ八戒には正直に告白出来ないほどの所業を今まで繰り返している。 それが八戒に不誠実だと言われれば、許してくれるまでどんなことをしたって謝るだろう。 でも、八戒のこととなるとダメだった。 八戒だってオトコだし、悟浄と同じだけ生きている。 その間に恋愛だってしてるだろう。 ただその恋愛の『質』が許せない。 悟浄の場合、女性との親密なお付き合いはただの気持ちが悦くなれる遊び。 恋愛ゴッコのゲームに過ぎなかった。 だけど八戒は違うだろう。 八戒が自分じゃない誰かを愛して、抱き締めて、触れて、交じり合って。 考えるだけで吐き気が込み上げてくる。 今の八戒が愛しているのは自分だけだと分かっていても、見たくもない過去が分かってしまう。 そんなの厭だった。 黙り込んで動かない悟浄を眺め、八戒はちょっとだけ冷静さを取り戻して考え込む。 悟浄は何を怒っているのか。 「あの…悟浄?」 「だから何でホテル街の場所…知ってんの?行ったことあんのかよっ!?」 「何言ってるんですかっ!そんなことある訳ないでしょうっ!!」 ………あれ? 真っ赤な顔で否定する八戒を、悟浄は目を丸くして見つめた。 悟浄の目の前で八戒の頬は見る見る紅潮していき、首筋まで真っ赤に染まる。 ………あれあれ?? 「八戒…マジで行ったことねーの?ココのホテル街とかじゃなくって」 「そんなラブホなんて…一度だって行ったことありませんよっ!!」 「…うっそぉ〜」 さすがに悟浄は驚きすぎて呆然とした。 悟浄的には単なる勘違いだと分かって安心したけど、オトコとしてはただ素直に驚くしかない。 今時この年になって、一度も行ったことないヤツが居るなんてっ! それはそれでどうだろう?と、ちょっと悟浄も八戒の青春時代に同情してしまう。 「女の子と付き合ったことはあるんだよな?」 「失礼なっ!僕だって1人や2人はありますよっ!」 「…2人?」 「いえ…3人…ぐらい?」 ぐらい?って何だそりゃ。 とりあえず恋愛経験が少ないのは分かった。 しかし恋愛してたのなら、勿論そういうお付き合いだってあったはず。 「じゃぁさ、エッチとかどこでシテたんだよ?ラブホ行ったことねーんだろ?」 「そっ…そんなの聞いてどうするんですかっ!」 「ん?何か純粋な興味?八戒のことが何でも知りたいし〜vvv」 悟浄は八戒へ擦り寄って、恥ずかしがって背けている顔を覗き込む。 チラッと恨めしそうに八戒が横目で見た。 「彼女の部屋…とか」 「とか?じゃぁじゃぁ学校とかでもしちゃった?」 「しませんよっ!彼女の部屋ですっ!もー何訊くんですかぁ」 「ふーん。自分の部屋とかには呼んだりしなかったんだ?」 「危険ですから出来ませんよ」 「は?危険って…」 八戒にぺったり抱きついた状態で悟浄が首を傾げる。 自分の部屋に彼女と二人っきりで居て何が危険なのか? 彼女が八戒に気がなかったとしたら確かに危険だろうけど。 貼り付いている悟浄をそのままにして八戒は歩き出す。 「ですから。前にも話したでしょうけど、僕は両親と死別してから天ちゃんの家にご厄介になっていたんです」 「あー、そうだった…でもさ?」 血縁とはいえ他人様の家で気兼ねして、なら分かるけど危険って何じゃソリャ? 悟浄が頻りに唸っていると、八戒が深々と溜息を零す。 「天ちゃんが居ましたからね…万が一僕が彼女と一緒だと分かったら、100%確実に襲撃してきます。さすがに目の前で彼女が天ちゃんにナニかされるのを黙って見ている訳にはいかないでしょう?」 「アイツは繁殖期のボス猿かっ!?」 「似たようなモンです。それだけ昔の天ちゃんはセックスに関して倫理観も節操も無かったし、危なかったんですよ」 「うわー、最低っ!アイツ良く今まで生きてたよなぁ」 「逃げるのだけは天才的に上手いんですよ」 「はー…何か今のアイツとえっらい違いだよなぁ」 「それだけ捲簾さんが素敵だってことでしょう?」 「まぁ…自慢の兄ちゃんだけどな」 そんな兄が最悪のケダモノに惚れられて、しかも愛しちゃってる現状が悟浄にとっては頭が痛い。 それでも捲簾が幸せそうに笑っているのを見ると、悟浄は何も言えなかった。 周りにとっては迷惑極まりない天蓬でも、捲簾にとっては唯一無二の大切な恋人だから。 天蓬も捲簾に対してだけは例え方向性がおかしくても真摯なので、悟浄も今のところは傍観している。 「悟浄はお兄さんっ子ですよねぇ」 「まぁ…うちも色々あってさ。俺はケン兄に育てて貰ったようなモンだから」 「…そうなんですか」 悟浄の生い立ちを八戒は今まで聞いたことが無かった。 捲簾と異母兄弟だというのは知っている。 きっと複雑な環境で育ったことは想像ついた。 そういう子供達が八戒の勤める保育園にも通っている。 「聞きたい?」 悟浄は八戒の肩口へ顔を埋めてポツリと呟いた。 緩く首を振って、八戒が悟浄の頭をそっと撫でる。 「無理しなくていいですよ?そのうち…悟浄の気持ちが聞いて欲しいって思った時で。僕が大好きな悟浄は、今ココにいる貴方ですからね?」 「はっかいぃー…」 悟浄はぎゅっと八戒の背中から抱きついて嬉しそうに甘えた。 一頻り甘えて顔を上げた悟浄の視界に淫靡な光が入ってくる。 いつの間にか八戒に引きずられてラブホ街に入っていたらしい。 ふと先程の疑問が頭を過ぎった。 「じゃあさ。行ったこともねーのに、何でココ来れたんだよ?」 今度は嫉妬ではなく、純粋な疑問。 八戒は笑ってポケットから天蓬に貰ったチケットを出した。 「だって、ココに地図が描いてありますから」 「は?」 確かにチケットの裏面にはホテルへの簡単な地図が描かれている。 しかし、それにしたって。 一瞬で地図を覚えたのかよっ!? 天蓬からご招待チケットを渡された八戒は、取り上げようとした悟浄を避けてすぐポケットへしまったはず。 その間僅か数秒。 八戒の欲望が絡んだ並々ならぬ集中力に、悟浄はサーッと顔色を変えた。 そんな八戒に一体自分はナニをされるんだろうか。 やっぱり布団の上でクルクル回されちゃうのかっ!? …悟浄は遊女より町娘派のようだ。 「ほらっ!悟浄ココですよっ!!」 興奮気味に八戒が目の前の建物を指差した。 釣られて悟浄は見上げる。 外観は綺麗で、観光地にでもあればちょっとした隠れ家的プチホテル風。 しかし中身は天蓬ご推薦のイメクラホテル。 悟浄の顔が思いっきり強張った。 八戒は浮かれ気味にはしゃいで、固まる悟浄を強引にホテルへ連れ込む。 入口へ入るとロビーは明るい雰囲気で、プライバシー重視なのかフロントも従業員の姿も見当たらない。 思わず悟浄はホッと胸を撫で下ろした。 さすがに男二人で不躾な視線に晒されたくはない。 本当に八戒は初めて来たらしく、物珍しそうにキョロキョロと辺りを観察していた。 今更逃げるのが無理なら、悟浄としてはさっさと部屋に入りたい。 ロビーで立ち尽くす八戒の手を取ると、部屋を選ぶパネルの前まで引っ張った。 「…ホラ、ココで入りたい部屋選ぶんだよ」 「ココにある部屋ならどれでもいいんですか?」 「明かりが消えてるのは使用中だから、点いてる中から選べる…って早ぇっ!?」 悟浄が説明している間に八戒はさっさと部屋を選んでボタンを押し、カードキーを取り出していた。 慌てて今消えた部屋を悟浄は確認する。 その部屋はやっぱり、というか。 「よかったですね〜。天ちゃんお薦めの『遊郭部屋』空いててvvv」 八戒は手にしたカードキーを閃かせ、ニッコリ満面の笑みを浮かべた。 悟浄の脳裏に八戒お代官様からクルクル回される自分の姿が浮かび上がる。 生憎このホテルに『悪徳お代官様から手込めにされる町娘プレイ』を満喫できる大名屋敷部屋は無いが。 「ささ。楽しみですね〜早くお部屋に行きましょうっ!えーっと3階ですからね」 頬を紅潮させハイテンションな八戒に、悟浄はエレベータへ押し込まれた。 あっという間に3階へ到着。 八戒の選んだ『遊郭部屋』は、エレベーターを下りてすぐ右側にあった。 ウキウキと嬉しそうに八戒がカードキーを差し込む。 その間の悟浄は誰かに見られないかと気が気じゃない。 別にオトコ同士だから恥ずかしいとか、そう言う気持ちは悟浄に無かった。 八戒と付き合っていることは卑下するどころか、胸を張って自慢したいぐらいだ。 だが。 うっかり鉢合わせてしまった誰かに、自分がコスプレを強要されてアンアン喘がされる姿を不躾に想像されたりするのは、メチャクチャ恥ずかしくてイヤだった。 悟浄はプルプルと頭を振って、情けない自分の姿を脳裏から打ち払う。 「俺が喘がせたいんだってのっ!!」 握り拳をグッと突き上げ大声で主張する。 「はいはい。寝言はそれぐらいにして、さっさと入って下さいねっ!と」 「寝言扱いすんなーっっ!!」 抗議して喚く悟浄を無視して、八戒は部屋の中へ強引に蹴り込んだ。 バッタン☆ 「………うわっ」 「………凄いですねぇ」 二人は室内を眺めて、唖然とする。 薄明かりで照明を落とした部屋に入って目に飛び込んできた色は、血のような深紅。 何処を眺めても赤、赤、真っ赤っか。 正に世間でイメージする淫靡な遊郭の内装だった。 赤は昔から人々を高揚させる色として、遊郭では定番の色彩だ。 全体の造りは和風で、ベッドではなく床から一段高くなった畳敷きに布団が敷いてある。 家具もジャパニーズモダン風の物で、全て黒で統一されていた。 バスルームへの扉は格子戸になっている。 室内を仄かに照らすルームランプまで行燈のデザインと徹底的。 そして壁から天井までが真っ赤に塗られていた。 「何だか時代劇のセットみたいですよねぇ…」 八戒はひたすら感嘆して溜息を零す。 しかし悟浄はそれどころじゃなかった。 自分はこの部屋で無理矢理着替えさせられて、遊女にならなければならないのだ。 こんなエッチな部屋であの布団に押し倒されて、いつもと違うシチュエーションに興奮してキレちゃう八戒にスッゴイ事をされちゃうのだ。 しかもこの部屋で既に兄の捲簾は体験済みらしい。 兄弟揃ってクルクルされちゃうのかよっ!! 殆ど時代劇など見たことがない悟浄は、未だに遊女と町娘を勘違いしていた。 町娘っつーぐらいだから処女だよな? え〜?俺に処女みたいに振る舞えってのかよぉ。 こぉ…『やめてくださいませ〜』なーんて、ちょっとは厭がった方が雰囲気出るのか? ん?でも遊郭って要するに今で言う、本番込みのソープみたいなモンだよな? …あれ?んなトコに処女が居る訳ねーじゃんっ! 漸く悟浄は自分の勘違いに気付いた。 だからといって自分の立場が変わる訳じゃない。 「どうせなら俺はソープのお姉ちゃん役より客の方がやりてぇよ…はぁ」 グジグジと真っ赤な布団に懐いて己の境遇を哀れんでいると、やけに嬉しそうな八戒が走り寄ってきた。 その手には見慣れない物を持ってはしゃいでいる。 「悟浄っ!見て下さいよっ!!あっちのタンスの中に縄と真っ赤なロウソクが入ってました♪」 「んな玄人向けのアイテムいきなり持ってくんなあああぁぁっっ!!!」 和風緊縛アイテムを手に頬を染めてはにかむ八戒を、悟浄は顔面蒼白で怒鳴りつけた。 |
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