Only One Attraction



悟浄が風呂に入って15分後。

「すっげジャグジー気持ちい〜♪」

…自分の状況などすっかり忘却の彼方。
悟浄はすっかりご機嫌になって風呂を出た。
備え付けのタオルで適当に濡れた髪を拭いながら、鼻歌交じりに脱衣所を見渡す、が。

「…あれ?」

目的のモノがどこにも見当たらない。
確か風呂に入る前は壁に掛かっていたはずのバスローブが無くなっていた。
自分の勘違いだろうかと、悟浄は濡れたタオルを適当に放り投げる。
とりあえずバスタオルで下肢をくるんでキョロキョロと首を巡らせるが、それらしきモノは見つからない。
こういう場所だからあるはずだと、悟浄はしゃがみこんで探してみるがやっぱり無い。
「ま、いーけど」
面倒臭くなって一度脱いだハッピを着直そうと、脱衣カゴへ視線を向ければ。

「…何だコレ?」

風呂に入った時には無かったモノが綺麗に畳んで置かれていた。
悟浄は不審気に眉を顰めて、脱衣カゴのモノをそっと広げてみる。
「なっ!?何だよコレーーーッッ!!」
脱衣所で悟浄が真っ赤な顔で絶叫した。

それもそのはず。

脱衣カゴに入っていたモノはどう見ても女物としか思えない、花柄の着物だった。
それに合わせた帯までちゃっかり揃えてある。
暫し呆然と着物を眺めていた悟浄は、我に返ると脱衣カゴを乱暴にひっくりかえした。
「無い…無いっ!何でねーのっ!?」
風呂に入る時脱いだハッピ一式がいつの間にか無くなっている。
思いっきり脱力して、悟浄が洗面台に項垂れた。
何だか泣いてしまいそうだ。

こんな真似をするのは、当然この場で一人しか居ない。

「八戒いいいいぃぃぃっっ!!!」

物凄い勢いで悟浄が脱衣所から飛び出してきた。
「あ、悟浄。サイズ大丈夫だったみたいですねvvv」
「大丈夫じゃねーよっ!何だよコレはっ!」
全身羞恥で真っ赤になった悟浄が、肩を怒らせ仁王立ちする。
八戒は布団の上に正座したまま、きょとんと目を瞬かせた。
「何だって言われても…着替えですけど?」
「嘘付けっ!着替えはバスローブあったじゃねーかよっ!こんなモン衣装だろ衣装ぉっ!!」
平然ととぼける八戒に、悟浄は悔しくてバンバン床を踏みならす。
恨めしそうに睨んでくる悟浄にも怯むことなく、八戒が小首を傾け可憐に頬笑んだ。
その何とも言えない違和感に、悟浄の背筋がゾワゾワ粟立つ。

「悟浄?この場所は?」
「あ?ラブホじゃん」
「どんなラブホですか〜?」
「どんなって…だからイメクララブホだろっ!」
「そうっ!ココはイメクラを楽しむ為のラブホです。と、言うことは?」
「な…何だよ??」
八戒の意味深な勿体ぶった問答に、悟浄が視線を泳がせた。
「この場所で悟浄の着ているその着物は必須アイテムでしょう?僕何か間違ってますか?」
「うっ!だけど…それなら別に俺が着なくたって八戒でもいいんじゃ―――」
「だって、悟浄が花魁の役なんですから」
「俺がいつ花魁やってもイイって言ったんだよっ!」
悟浄が大声で喚くと、八戒は驚愕して目を見開いた。
予想外の反応に、悟浄の脳内センサーがピコピコ危険警告を察知する。
「今更何言ってるんですか?悟浄の方がお似合いだからに決まってるでしょうっ!」
めいいっぱい握り拳を作って力説する八戒に、悟浄はガックリ膝を突いた。
付き合いを始めてそれなりになるが、未だに八戒の審美眼は理解不能だ。
どう考えたってデカくて骨張った自分よりも、美人で楚々とした雰囲気のある八戒の方が似合うだろうに。
ちょっと涙目になりながら、悟浄は最後の望みを懸けて八戒を見つめる。
「…普通ってのじゃダメ?」
「あ、悟浄!ソレだけじゃまだ完成形じゃないんですよ〜。コレも羽織って下さいね♪」
悟浄のお願いもあっさり無視して、八戒は掛けてあった裲襠を嬉しそうに広げて見せた。
これまた如何にもなド派手裲襠に、悟浄はクラリと眩暈を覚える。
真っ赤な生地に金糸銀糸の華美な花模様が織り込まれていた。

…浅草の土産物かよ。

派手な割りに安っぽい裲襠を眺め、こんなトコならそんなモンかとも納得する。
脱力してしゃがみ込んでいる悟浄に、これ幸いと八戒が裲襠を羽織らせた。
「あ、何だかソレっぽくなってきましたね〜♪」
「…ドコがよ?」
悟浄が上目遣いに睨むと、八戒は小さく首を傾げる。
「よく似合ってますよ?何でしたら鏡持ってきましょうか?」
「いらねーよ…」
「またまた。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
「恥ずかしいわっ!」
「あっ!もしかして初めて水揚げされる娘さんが恥じらいながらも次第に性の快楽に目覚め、妖艶に花開くって設定ですかっ!?」
「その詳細なシチュエーションは何だああぁぁっ!だ・か・ら!誰もヤルって言ってねーっっ!!」
癇癪を起こして布団をバシバシ叩いている悟浄へ、八戒がにじり寄ってきた。
暴れている悟浄の手をキュッと握り締め、満面の笑みを浮かべる。
八戒の怪しい様子に悟浄は思わず身体を竦ませた。
「言わなくても悟浄の気持ちは分かってますから、ね?大丈夫!ちゃんと期待にお応えできるように僕頑張りますから」
「はぁ?八戒何言ってんの??」
話が見えずに悟浄が呆れ返ると、八戒は緩く首を振る。
「そんな準備万端な格好してきて今更誤魔化さなくても」
「格好?ドコが?」
悟浄はいちおう自分の姿を確かめた。
別に安っぽい着物を着ているだけだ。
それだって八戒が着物以外隠してしまったからであって、好きで着ている訳じゃない。
物凄く不本意だが、コレしかなかったら着るしかないだろう。
ムスッと悟浄がふて腐れると、八戒は悟浄の帯に指を掛けた。

「だって、この帯…花魁結びしてるじゃないですか」
「はっ?花魁結びって何っ!?」
「ですから。花魁は帯のお太鼓を後じゃなくって前に持ってきて結ぶ―――」

グルンッ!と
物凄い勢いで悟浄が帯を背中へ回す。
羞恥で顔が一気に赤らんだ。

知らなかったとは言え、俺ってば迂闊すぎっ!!

着物なんか着付けも分からず、ただ適当に羽織って帯を結んだだけ。
前で結んだのも結び目が後じゃ見えないし、いちいち直すのも面倒だからそのままにしていた。

それが!
まさか自分から花魁コスプレしているとは!!
これじゃ八戒の思うツボだろっ!

悟浄は額に厭な汗を滲ませ、チラリと八戒の様子を窺い見る。
硬直している悟浄を眺めていた八戒は、何やら思案しながらしきりに頷く。
舐めるような視線が居心地悪くて、悟浄はソワソワ身体を揺らした。

「まぁ別に…どっちでもいいんですけどね」
「ちょっとは拘れよっ!」

思わず悟浄が突っ込みを入れる。
帯が前だろうが後だろうが、八戒にとっては些細なことらしい。
八戒は悟浄の手を自分の方へ強引に引き寄せた。
「うわわっ!」
不意打ちを喰らった悟浄は、あっさり八戒の腕の中へ飛び込んでしまう。
慌てて起き上がろうとすれば、キツく抱き竦められる。
「ちょっ…八戒…っ」
耳朶を掠める八戒の吐息にゾクゾクと背筋が痺れた。
「ねぇ悟浄?こういうのってちょっと倒錯的で…興奮しません?」
「な…何バカなこと言って!?」
「折角ですから…もっと愉しいことしましょう、ね?」
八戒の小さな忍び笑いが鼓膜を擽り、悟浄は無意識にしがみ付いてしまう。
我に返ったのは、着物の裾を膝で割り開かれて。
カッと悟浄の頬に朱が散った。
「は…っかい…っ」
「自分で脱いで見せてくれます?それとも僕が脱がして上げましょうか?」
八戒の言い草に思わず身体を突き放す。
「悟浄?」
襟元を掴んで息を乱す悟浄を、八戒は驚いて見つめてきた。
「今更っ!どうせ俺のことクルクルしてぇんだろっ!」
「………はい?クルクル??」
憤っている悟浄を眺めながら八戒が首を捻る。
あくまでもとぼける八戒に悟浄は小さくキレた。
「何ブッてんだよっ!帯掴んでクルクル回して無理矢理脱がす気なんだろーがっ!」

帯を掴んで回す?

暫し呆然と考え込んでいた八戒が、漸く何かに思い当たった。
「もしかして悟浄…それは花魁じゃなくって『借金の肩で悪代官に弄ばれる純情な町娘』じゃないですか?」
「へっ!?」
「だって花魁はまぁ所謂閨房術のプロであって、自分から身体を開くのは職業ですから寧ろ当たり前で、厭がることはありませんよ?それに悟浄の言ってるのは、よく時代劇なんかで純真な町娘に無理矢理言い寄る悪代官が出てくるお約束の場面ですから」
「町娘…」
自分の勘違いに気付いて、悟浄は恥ずかしそうに視線を泳がせる。
そんな悟浄を見遣って八戒は小さく笑った。
「ええ。要するに強姦ですね…あれ?と、言うことは…もしかして悟浄っ!?」
八戒の周囲から異様な空気が漂い出す。

なっ何かすっげヤバそうかもーっ!

本能で危険を察知した悟浄は、じりじり布団の上を後ずさった。
勿論それを見過ごす八戒じゃない。
ガッチリ足首を掴んでから悟浄の身体を腕に巻き込み、布団の上へと転がして押さえ込んだ。
「ははははは八戒さぁーんっ!?」
「悟浄ぉーvvv」
キラキラと瞳を輝かせる八戒に、悟浄は恐怖で顔を強張らせる。
「分かりました。悟浄がそこまで言うなら花魁プレイは諦めます」
「そ…そっか?」
「悟浄の気持ちも考えず先走ってしまってごめんなさい。でも頑張りますからっ!」
「何を〜っ??」
厭な予感に悟浄の声が裏返った。
頬をほんのり紅潮させて期待に輝く笑顔が妖しいったらない。
そして予感は的中。

「激しいプレイがしたかったんですねっ!そんな無理矢理陵辱される町娘をやりたいだなんて…僕に悪代官ができるかどうか不安ですけど、大丈夫っ!任せて下さいねっ!!」
「任せらんねえええぇぇっっ!!」
憤慨した悟浄が勢いよく立ち上がった、が。
八戒の瞳がキラリと輝いた。
すかさず悟浄の帯に手を伸ばすと、結び目を強めに引っ張っる。
元々適当にしか結んでいなかった帯は簡単に解けてしまう。
「え?ええ?」
「はいっ!脱いじゃいましょうね〜vvv」
「イヤアアアァァァアアアッッ!!!」
グルンと物凄い勢いで悟浄の身体が回された。
巻き付いた帯が解かれる動きに翻弄されて、悟浄が布団の上でクルクル回る。
全て帯が解かれると、目を回した悟浄がガクンと布団へ崩れ落ちた。
着崩れた着物を直す気力もなく布団へ這い蹲って息を乱す悟浄へ、八戒が愉しそうに覆い被さる。
悟浄は押さえ込まれている身体を捻って逃げようとするが、八戒の拘束はびくともしない。

ヤ〜バ〜イ〜!!俺ってば大ピ〜ンチっっ!?

必死になってどうにか身体を揺らして藻掻いていると、ふいに八戒が力を抜いた。
今だ!と身体を浮かせて抜けだそうとしたが、その動きを逆手にとって俯せに返されてしまう。
素早く悟浄の両腕を後ろ手に掴んで、八戒は背中に乗り上がった。
これでは全く身動きできない。
悟浄の顔色が一気に無くなった。
背後にいる八戒の様子は分からない。
すると、突然手首に圧迫感を感じた。
極度の混乱で茫然自失になってる悟浄をいいことに、八戒はいつの間にか持ち出したロープで悟浄の手首を器用に縛り上げてしまう。
肌に食い込む痛みで悟浄も漸く正気に返った。
「うわっ!うわわっ!何いきなり縛ってんだよっ!バカ解けってっ!!」
「え〜?だって厭がる町娘さんに恥ずかしいコトしちゃうんでしょう?」
「俺は町娘じゃねーっ!!」
「あ、雰囲気作りが足りないなら、あっちにカツラもありましたけど」
ほら。と八戒が指差す方へ悟浄は視線を向けた。
「…俺に町娘コントさせる気か?」
奥の和箪笥上に置かれているのは、どうみたってパーティグッズで売ってるようなモノだ。
あんなモン着けたらどう考えたって興奮するどころか萎える。
悟浄が呆れてカツラに気を取られてる間も、何故か八戒の手はモクモクと動いていた。
何だか身体のあちこちが窮屈に感じる。
不思議に思っている悟浄の身体が少し持ち上げられ、八戒の手が胸元へ回ってきた。
その手の中を確認して、悟浄はギョッとする。
「八戒…お前…」
「はい?あぁ、ちょっと締めますから我慢して下さいね?」
「何で亀甲縛りなんか出来るんだっっ!!!」

俺だってそんな縛り方知らねーのにっ!

淫靡な赤いロープが容赦なく食い込むのに、悟浄は力を落として涙に咽ぶ。
嗚咽を漏らしていると、八戒の手がふいに止まった。
「どうしました?」
「…誰に教わったんだよ?こんなの」
「あぁ…いずれ役立つからって、この前天ちゃんと捲簾さんが実践付きで教えてくれました」
「やっぱりあの悪魔かっ!っと…待てよ?今…ケン兄も。って??」
「はい。捲簾さんが実際縛らないとこういうのは解り辛いだろうから、自分がモデルになるって協力して下さって。天ちゃんとお二人で実演してくれましたけど?」

ケン兄何やってんだよおおおぉぉっっ!!!

自分を窮地に追い込むのに最愛の兄が荷担していると知り、悟浄はショックで真っ白になった。



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