Christmas Attraction



「八戒ぃ〜イヴはデートしよう♪」
「……………は?」
朝の爽やかな陽光の中、八戒は保育園の門前で硬直した。






「イヴ…と言うのは、もしかしてクリスマスイヴのことですか?」
金縛りから解けた八戒が、恐る恐る悟浄に問い返す。
「そーだけど…他にイヴなんかあっかよ?」
「いえ…そうですけど」
歯切れの悪い返事に、悟浄は不審を露わにして眉を顰めた。
「んだよ…まさか予定があるとか言わねーよなっ!?」
「え?いえ…昼間は保育園でクリスマス会はしますけど、お昼で終わりですし」
「じゃぁ、何で乗り気じゃねーの?」
「………。」
悟浄に突っ込まれて八戒は押し黙る。

別に悟浄とデートするのがイヤな訳じゃない。
むしろ誘われてかなり嬉しかったりする。
嬉しいだけに尚更、というか。

俯いている八戒の頬が見る見る真っ赤に染まっていった。
「八戒センセー、ほっぺ真っ赤だよぉ〜」
悟浄と手を繋いでいた簾が、下から覗き込んでいる。
子供に指摘されて、火が出そうな程顔が熱く火照ってしまう。
「八戒ぃ…ナニを期待しちゃってるのかなぁ?」
口端を上げて、悟浄はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
悟浄にからかわれ、ますます八戒の頬が紅潮する。
「べっ…別に…っ…期待とかそんなんじゃっ」
「んー?俺としては是非とも八戒の期待に応えたいから〜どんなことしたいのか教えて欲しいんだけどぉ?」
「応えるって…だって!」
突然ガバッと八戒が顔を上げ、悟浄に詰め寄った。
「もう今日は12月10日なんですよ!?イヴまで2週間しかないじゃないですかっ!こんな時期にいきなり言われたって準備が間に合わないじゃないですかぁっ!!」
「ま…間に合わないって…何で?」
血相を変えた八戒の勢いに、悟浄の腰が後ろに引ける。
八戒は据わり切った眼差しで、悟浄を鋭く睨み付けた。
「何を暢気なこと…イヴにデートと言ったら恋人達のスペシャルメインイベントなんでしょうっ!?レストランにX'masディナーの予約だって入れなきゃならないし、ホテルだってスィートルームは高くてムリでもセミスィートぐらい…それだってもうこの時期じゃ予約いっぱいですよっ!それにプレゼントだって用意しなきゃいけないしっ!僕は初めてのボーナスで食器洗浄機を買おうとカタログ貰ってきたのにっ!!あ、いえ。悟浄とのデートにお金を遣うの惜しんでるんじゃないんですよっ!ただそういうことはもっと早く言って貰わないと!僕にも都合っていうモンがあるんですからねっ!!」
何だか勝手に力説し始めた八戒を、悟浄はただ口を開けたまま呆然と見つめる。
「ごじょちゃん、八戒センセーとデートなの?いーなぁ…」
話を聞いていた簾が無邪気に突っ込んできた。
八戒の勢いに硬直していた悟浄も、熱弁を奮っていた八戒も唐突に我に返る。
二人揃って小さな子供を見下ろした。
ニコニコと簾は笑顔で見上げている。
「パパもね〜天ちゃんセンセーとクリスマスにデートなの〜」
「えぇっ!?天ちゃんが!!」
「ケン兄と天蓬が?って…簾をどうするんだよっ!?」
まさか自分が予定を入れる前に子守決定かと、悟浄は内心で焦った。
「えー?レンがなぁに?ごじょちゃん」
事情が分からない簾はきょとんと悟浄を見上げる。
「あ…いや、な。ケン兄と天蓬がデートの時、簾はどーすんのかなぁ〜って」
それとなしに悟浄は探りを入れた。
直接捲簾から頼まれてもいないが、かと言って安心は出来ない。
簾の面倒を見たくない訳じゃないが、さすがにイヴだけは勘弁して欲しかった。
「んとね。イヴはパパと天ちゃんセンセーとレンと3人でクリスマスパーティーするんだって〜。クリスマスはパパと天ちゃんセンセーがデートだから、レンはごじょちゃんかおばあちゃんの所で遊んでもらいなさいってパパが言ってたの」
「チッ…ケン兄考えたな。つーか天蓬の入れ知恵か」
複雑な表情で悟浄は腕を組んで唸る。
イヴに簾を預かれと言っても、まず悟浄は承知しないだろう。
それに捲簾としてもイヴぐらいは簾と一緒に過ごしたかったはず。
天蓬は相当ごねただろうが、捲簾が鉄拳のひとつでもお見舞いして黙らせたのか。
しかし、天蓬も諦めが悪かったんだろう。
それならとイヴは簾に譲って、クリスマスは捲簾と二人っきりで過ごしたいと得意の泣き落としでもしたに違いない。
捲簾だって天蓬とつき合い始めて初めてのクリスマス。
ああ見えて案外アニバーサリー大好きな捲簾が、天蓬に誘われてイヤという訳が無い。
「まぁ…イヴじゃないからいいけどな」
悟浄は深々と溜息を零して髪を掻き上げた。
「あのー…悟浄?」
いきなりテンションの下がった悟浄に、八戒が首を傾げる。
それよりも問題は自分達の方だ。
あの偏りまくった八戒のクリスマスイメージは間違いなく。
「八戒さぁ〜」
「はい?」
「実はクリスマス…デートしたことねーだろ?」
「えっ!?」
思いっきり八戒の声が裏返った。
視線もそわそわと落ち着かな気に揺れ始める。
「まぁ、あの時の思い出が忘れられません、って言われるよりは全然いいけど」
「な…なななな何を根拠にっ!僕だってデートの1回や2回っ!!」
「…あんの?クリスマスに?恋人同士でラブラブのクリスマスデート」
「うっ…どうせ…ええ、そうです!無いですよっ!どうせ僕は悟浄と違ってモテませんでしたしっ!普通のデートさえロクにしたことなんかっ」
八戒はあまりの情けなさに少し涙目になって、余裕綽々の悟浄を睨んだ。

しかし。
何故だか目の前には悟浄の全開笑顔。

「あーっ!もぅっ!!八戒ってばすっげ可愛い〜んvvv」
「うわぁっ!?」
突然抱き締められて、八戒の鉄拳が悟浄の顎に炸裂した。
吹っ飛んだ悟浄がアスファルトに崩れ落ちる。
「あ…つい条件反射で」
我に返った八戒が慌てて悟浄の元にしゃがみ込んだ。
「すみませんっ!悟浄大丈夫ですか!?」
「酷い…八戒ぃ〜俺のこと愛してないのねええぇぇっっ!!」
顎を押さえた悟浄が上目使いで拗ねまくる。
何故だか横座りでしくしくと泣き伏した。
演技過剰な嘘泣きに、八戒は心配を通り越して呆れ返る。
「もーやめてくださいよぉ…皆さん見てるじゃないですかぁ」
何やらさっきから視線が突き刺さって痛い。
チラッと周りを伺うと保母達は勿論、園児の母親達からも一斉に注目されているのが分かる。
あからさまな視線を向けたりはしていないが、何故だか皆の肩が震えていた。
「八戒センセー…何でみんな笑ってるの?」
簾はキョロキョロと周りを見回して、つぶらな瞳で視線を向けてくる。
結構その純粋な視線が一番堪えた。
つい八戒が笑顔を作ろうとして失敗する。
「もぅっ!悟浄がこんなところで抱きついたりするからですよっ!恥ずかしいじゃないですかぁ〜」
簾に引っ張り起こされた悟浄は、八戒の言葉にムッと唇を尖らせた。
「何で恥ずかしいんだよっ!俺と八戒はお付き合いしてるんだろー?恋人同士抱き合って何が恥ずかしいんだよ」
悟浄のあからさまな主張に、見る見る八戒の頬が紅潮する。
慌てて顔を隠すと、悟浄に背中を向けた。
「おい、コラ八戒!こっち向けっての!!」
「…ヤ、です」
「はぁ〜っかいぃ〜」
低い声音で悟浄が凄むと、八戒は顔を掌で覆ったままその場に座り込む。
「へ?ちょっと…八戒?」
「で…すよ…っ」
「え?何?聞こえねー」
ぼそぼそと呟く八戒の声が聞き取れず、悟浄が八戒の方へと屈み込んだ。
「ですからっ!僕はっ…そういうの…慣れてないんで…す」
路上で膝を抱え照れまくる八戒に、悟浄は苦笑を零す。
腕を伸ばしてポンポンと八戒の肩を叩いた。
「悪ぃ。つい…俺のクセでさぁ〜」
チラリと腕の間から八戒が睨み付ける。
直ぐに視線を戻して腕に顔を埋めた。
「そんなの…悟浄は手慣れてるでしょうけど。僕は嫌いです」
嫌いと言われて、悟浄の表情が真剣になる。
溜息を零しながら八戒の側へとしゃがみ込んだ。
「八戒は…俺が嫌い?」
悟浄の声の変化に八戒も気付く。
腕から顔を上げると、僅かに目を見開いた。

哀しげな、真摯な表情。

自分の不用意な失言が悟浄を傷つけたと分かり、八戒はぎこちなく視線を伏せた。
悟浄の眉間が不安で歪む。
本当はこんなこと、女々しいから言いたくないけど。
悟浄にこんな下らないことで勘違いされるのは困る。
八戒は悟浄の掌に触れて、想いを伝えるように強く握り締めた。
「そうじゃなくて…知りたくもない悟浄の今までが分かってしまうのが嫌なんです」
目元を赤く染めて拗ねた八戒は、プイッと横を向いた。
悟浄はぼんやりと見つめていたが、八戒の本心が分かると穏やかに口元を綻ばせる。
「なぁ…それってヤキモチ?」
「…そう言ってるんですけど」
不本意そうに八戒が呟くと、悟浄は嬉しそうに微笑んだ。
「でも俺…今もそーだけど、これからも八戒だけだぞ?」
「…当たり前です。僕はもの凄く心が狭いんですよ」
「んーでも、ヤキモチ焼く八戒ってすっげぇ可愛いから、やっぱ抱き締めちゃう〜vvv」
「ちょっ…話を聞いてなかったんですかっ!!」
「イデデデ…八戒っ…ソレ痛いっての!」
抱きつこうとジタバタ身動ぐ悟浄の身体を、八戒は真っ赤な顔で押し返す。
「八戒センセー…向こうで呼んでるよぉ?」
路上で揉み合っていた二人の身体がピタリと止まった。
八戒が腕時計に視線を落とすと、既に8時半。
「ああっ!こんなコトしてる場合じゃないですっ!!」
「俺とのスキンシップがこんなこと扱いな訳ぇ〜?」
いじけ出す悟浄の頭上にポコンと八戒の拳が落とされる。
「とにかくっ!イヴの話は後で!夜に悟浄の所寄りますから」
「んー俺今日はバイトねーからお泊まり決定な」
「………夜ご飯何がいいですか?」
「カレーが食いたいな〜♪」
勢いよく立ち上がると、悟浄は八戒の腰を引き寄せた。
「それと…八戒、な」
耳元に甘い声音で囁くと、八戒の身体が小さく震える。
「…あんまり食べ過ぎないで下さいよ」
「りょーかい」
嬉しそうに微笑む悟浄に、八戒は溜息を零した。
八戒の身体から腕を外すと、ポンと肩を押しやる。
「簾っ!ちゃーんとイイ子にしてろよ〜。後で迎えに来るから」
「ごじょちゃん、バイバァ〜イ!」
八戒と手を繋いだ簾が手を振り返した。
「悟浄もちゃんと学校に行って下さいよ。時間大丈夫なんですか?」
「今日は3限からだから大丈夫だって。んじゃ後でな」
小さく手を閃かせると、悟浄は園に入っていく二人を見送る。
入口に入ったのを確認すると、悟浄は車に乗り込んでエンジンを掛けた。
「しっかし…八戒のヤツ、クリスマスデートしたことなかったのかぁ」
あの雑誌の特集マニュアルのような知識を今時信じてるヤツなんてかなり貴重だ。
あんな記事に踊らされてイヴを夢見てるのなんか、オトコも居ない寂しい年増のオンナだけだろう。
じゃなかったら、八戒同様イヴにデートしたことがない哀れな野郎ぐらいだ。
悟浄はハンドルに腕を付いて考え込む。
「でもなぁ…八戒がそーいうデートしてみたいっていうんなら考えねーと」
実は。
こうして念願の八戒とお付き合いを始めても、初デートがトラブルでダメになって以来1度もデートをしていなかった。
どうせなら悟浄としても八戒を喜ばせたい。
そうは思うのだが。
「八戒の言う通り、今からイヴの予約なんか間に合わねーしなぁ」
イヴといえば言わずと知れた恋人達のスペシャルメインイベント。
やはりマニュアル信奉者はかなり多く、レストランもホテルも半年前には押さえてないと、この時期に空きなんかある訳がない。
「まぁ…手が無い訳じゃねーけど…確実にグレードは落ちるか」
エスコートするレストランやホテルの質で八戒が愛情を計るとは思わないけど。
何も手を打たないよりはいいだろう。
それと後は。
「プレゼント…だな」
これはもう決まっていた。
クリスマスじゃなくても、八戒の誕生日にでも贈ろうと思っていたし。
「とりあえず、八戒に男前なトコロを見せねーとなっ!んでもって惚れ直しちゃったりしたら……1発ぐらいヤラせてくんねーかな?」
別に八戒に抱かれることが不満じゃないけど。
八戒が居ないからこそ、悟浄は下心を隠しもせずに本音を呟いた。



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