Christmas Attraction



「悟浄…大丈夫なんですか?何か最近疲れてません?」
簾を送り届けに来た悟浄を眺めて、八戒は心配そうに顔を顰めた。
それもそのはず。
悟浄の目の下にはクッキリと黒いクマが出来ている。
視線も虚ろで、先程から欠伸を連発していた。
「んー…ちょーっと単発でバイト忙しかったから。それも終わったから平気ぃ〜。それよりも」
フラフラと近付いた悟浄が、唐突に八戒へ抱きついた。
「充電〜vvv」
「ごっ悟浄!何いきなり抱きついてるんですかぁっ!」
八戒は焦って引き離そうとするが、しがみ付いている身体がやけに重いことに気付く。
グッタリと体重を八戒に預けて、悟浄が小さく溜息を零した。
八戒の表情が不安で曇る。
「本当に大丈夫ですか?今日は帰ってゆっくり寝た方がいいですよ」
「その予定…もう授業もねーし〜ふぁっ!眠ぃ」
ゆっくりと身体を起こすと、悟浄は手の甲で眠そうに目元を擦った。
「ごじょちゃん…大丈夫?」
簾も心配そうに悟浄を見上げる。
最近悟浄は明け方までバイトをしていた。
連日疲れ切って帰ってくる悟浄を、兄である捲簾も気遣って自分が簾の送迎をすると言ったらしい。
それでも悟浄はただ笑って首を振り、自分がやると言って聞かなかった。
毎日一睡もせずに簾を送りにやってくる悟浄を、簾も察して子供なりに気遣っているらしい。
口元に苦笑を浮かべると、悟浄は簾の頭をガシガシと撫でた。
「だぁ〜いじょうぶだっての!心配しなくったって1日寝れば元気になるからさ」
「ホント?」
「ああ。もうムリにバイト入れる必要も無くなったしなぁ」
「ムリに…バイト?」
八戒が聞き咎めて眉を顰める。
あ、と悟浄は慌てて口を塞いだ。
「そ…そんじゃ、俺帰って寝るから!簾後でな〜」
「うんっ!ごじょちゃんバイバ〜イ」
「ちょっと悟浄っ!話が…」
八戒が慌てて引き留めようと声を上げるが、悟浄は誤魔化すように立ち去ってしまう。
いつもはしつこいぐらい八戒にちょっかいを掛けるクセに、気不味くなると悟浄の逃げ足は早かった。
さっさと走り出す車を見送りながら、八戒の視線が不穏に眇められる。
「…絶対何か隠してますね、アレは」
悟浄の態度は、いっそ分かりやすいほどに挙動不審だ。
先程悟浄がうっかり口を滑らせたことから分かるのは、ここ数日間のバイトのこと。
どうやら何か目的があってバイトを増やしていたらしい。

いったい何で。
そんなにお金が必要なのか。

普段から悟浄は週に3日、カフェとクラブが併設されている複合店でバイトをしている。
夜間シフトも多いし客の受けもいいので、その店では長く働いているらしく時給も結構いいようだ。
それに加えてギャンブルが趣味で、パチンコにスロットは当たり前。
競馬競輪に競艇と麻雀等々、賭博三昧。
それで貯金も増やしていると言うから呆れ返るぐらいだ。
普通に生活している分にはお金にそうそう困らないはずなのに。
どうして無理をしてまでバイトを増やす必要があるのか、八戒にはまるで分からなかった。
暫し腕を組んで考え込む。
「…やっぱり年の瀬も近付いて、餅代とか。何かと入り用なんでしょうか?」
考えつく答えがやけに所帯じみている。
「八戒センセー?どーしたの??」
難しい顔でブツブツと独り言ちる八戒を、簾は不思議そうに見つめた。
八戒は我に返って、ニッコリ微笑みを浮かべる。
小首を傾げている簾の頭を優しく撫でた。
「何でもないですよ。さ、お部屋に入りましょうね〜」
「はぁ〜い♪」
小さな手を繋いで、八戒と簾は園内に入って行く。

この時。
八戒の脳裏からは、悟浄と約束したイヴのことなどすっかり抜け落ちていた。






いつもと変わらぬ早朝。
八戒は布団の中からムクッと起き上がると、枕元においてある目覚ましのセットを解除する。
寝起きの良い八戒にとって、目覚ましはいつも気休めだ。
大抵アラームが鳴る前に起床していた。
今日で保育園の方は終了し、園児達は明日から冬休みに入る。
大きく伸びをして起き上がると、寝ていた布団からシーツを勢いよく剥がした。
布団だけをテキパキ畳むと、押入へとしまい込む。
部屋の換気をしようと窓を開けると、朝の冷たい空気が勢いよく流れ込んできた。
「今日はクリスマス会ですねぇ…」
何気なく呟いて、八戒は机の上へと視線を向ける。
整頓された机上には、綺麗にラッピングされた小さな箱があった。
「結局悟浄…何も言ってきませんでしたか」
数週間前。
あれほどイヴの予定は開けておけと迫ってきたにも拘わらず、それ以来具体的な予定は何も話していなかった。
「どうするんでしょう…一体」
八戒は箱を手に取ると、小さく溜息を零す。

初めて悟浄と過ごすクリスマスイヴ。

何か記念になるプレゼントを贈ろうと買ってみたけれど。
このままだと渡せるのかどうかも分からない。
「言い出したのは悟浄だから、予定を入れてると言うことは無いと思いたいですけど…ね」
八戒の頬に寂しげな笑みが浮かんだ。
一緒に過ごす時間が例え短くても。
せめて悟浄にあって、直接プレゼントだけは渡したい。
八戒は手にした箱を、準備していた仕事用デイバッグの中にしまった。
「一人で考えてても仕方ないですよね。後で仕事終わってから電話してみればいいし」
気持ちを入れ替えて、八戒はお湯を沸かそうとキッチンへ足を運ぶ。
「あれ?ファックス…いつ入ったんだろう?」
エレクターにおいてあるファックスの受信ボタンが点滅していた。
昨夜寝る時には何も受信していなかったはず。
一体誰がこんな早くに。
何か保育園から緊急の用事かも知れないと、八戒は用紙をセットして受信ボタンを押した。
打ち出ししている間に、やかんを火にかけようとキッチンへ向かう。
顔でも洗うかと洗面所に向かおうとした時、打ち出し終わった用紙が床へ落ちた。
八戒はもう一度戻って、用紙を拾い上げる。
打ち出された文面を目にして、八戒は瞳を瞬かせた。
送信者は悟浄。
マジックで大きく書かれた内容はたった一言。

『今日の夜はデートだ』

大きなハートマークで囲まれている。
八戒の双眸が驚きで見開かれ、すぐに嬉しそうに和らいだ。
悟浄らしい強引な誘い文句。
「忘れてなかったんですね…」
用紙をテーブルに置いて微笑む。
しかし。
「あっ!?でも僕何もしてないっ!!」
悟浄と過ごす初めてのクリスマスイヴで、しかも念願の初デート。
最近悟浄が急激にバイトを増やして忙しくなった為に、顔は毎日合わせていてもゆっくり相談するヒマは皆無だった。
今更ながら八戒は真っ青になって愕然とする。
「僕としたことがっ!!」
八戒はテーブルに突っ伏すと、寝癖の付いた頭を掻き毟った。
今からじゃ自分では何もできない。
当日なんてレストランの予約どころじゃないだろう。
「…初めてのデートが居酒屋っていうのも夢がないかなぁ」
決して安く済ませたい訳ではないが、今日に限って言えば予約無しで食事が出来る店なんて、そういう手軽なトコロしか空いてないことぐらい分かる。
八戒はガックリと項垂れた。
「どうして僕はこういう時に限って気が利かないんだろう…ヤになるっ!!」
誘ってきたぐらいだから、きっと悟浄は何か考えているはず。
そう言うところは案外卒がない。
きっと自分なんかよりも交友関係も広くて遊び慣れている分、色んな情報も豊富だろうから。
「でも…プレゼントは用意しておいて良かった」
欲しかった食器洗浄機は諦めた。
悟浄に喜んで貰いたくって、自分ではかなり奮発したつもりだ。
プレゼントの金額イコール愛情じゃないけれど。
それでも恋人にはそれなりの物を贈りたかった。
一応オトコのプライドとして。
「…悟浄もオトコですけどね」
八戒はクスクスと笑いを漏らした。
それに今日のデートのエスコートで、悟浄のセンスや趣向も分かる。
自分のまだ知らない悟浄の一面を垣間見られるのは嬉しい。
「さてとっ!今日も張り切って仕事しちゃいましょう〜」
朝っぱらから上機嫌で、八戒は身支度を始めた。






「今日は可愛い格好で来るように」
「……………はい??」
真剣な表情で告げられたふざけた言葉に、八戒は口を開いたまま呆れ返った。
レストランにノータイはダメだとか言うのならまだしも、可愛い格好って何だ?
しかもオトコの自分に対して可愛い格好。
八戒は無言のまま悟浄の頭をパカンと殴りつけた。
「痛っ!いきなり何すんだよぉ〜っ!!」
「何すんだじゃないでしょうっ!可愛い格好って言うのは何なんですかっ!!」
「え?だから八戒がより可愛く見える格好」
「………。」
八戒は眉間に皺を刻んで額を押さえる。
「あのですねぇ〜オトコの僕がっ!可愛くなってどーすんですかっ!!何ですか?僕にミニスカートでも穿けって!?」
「うーん…別に八戒の女装が見たい訳じゃねーから。どうせならコートの下素っ裸の方が俺的には萌え…」
言い終わらぬうちに悟浄の身体が路上に吹っ飛んだ。
「八戒いたぁ〜いっ!!」
「何馬鹿なこと言ってんですっ!それじゃ変質者じゃないですかーっっ!!」
「ちょっとしたお茶目なジョークだろぉ〜」
「…じゃぁ、何で視線逸らしてるんです?」
悟浄もちょっとは本気で見てみたいと思ってるに違いない。
胡乱な視線で八戒は悟浄を見下ろした。
「八戒ってばひっどぉ〜いっ!俺はちょこーっと刺激的なシチュエーションに興味あるだけだもんっ!」
「だもん、じゃないです。やりませんからね」
シクシクと嘘泣きする悟浄に、八戒はキッパリと断言する。
「分かった…じゃぁ、違うの考える」
「考えなくって良いんですってばっ!もうっ!!」
真っ赤な顔をして八戒が悟浄をベシベシと叩いた。
悟浄は笑いながら避けている。
「ごじょちゃ〜ん。しちゅ…何とかってなぁに?」
興味津々で簾が瞳を輝かせた。
「お?簾も男の子だもんなぁ〜興味あるよなぁ〜♪シチュエーションっつーのはな?例えば八戒にスケスケのパジャマを着せたりぃ〜」
「子供に何話してるんですっ!!」
慌てて八戒が悟浄の口を掌で塞ぐ。
なおも言い募ろうと暴れる悟浄を、八戒は必死になって抑え込む。
簾は二人をじっと見上げて考えると、ニッコリ笑った。
「あっ!それならレン知ってる♪この前天ちゃんセンセーがパパに持ってきてたの〜」
無邪気な子供の爆弾発言に、八戒と悟浄は瞬間凍り付く。
「………はぁっ?ケン兄に!?スケスケベビードールぅ??」
「天ちゃんも何考えてるんですかーっっ!!」
憤慨する八戒に呆然と立ち竦む悟浄。
すぐに我に返った悟浄が、恐る恐る簾を見下ろした。
「なぁ…簾?ケン兄さ、そのパジャマ………着たの?」
悟浄の突っ込みに八戒は目を見開く。
簾は小首を傾げて少し考えた。
「うう〜ん。パパね、真っ赤な顔して天ちゃんセンセーに怒って〜天ちゃんセンセーに着ろって洋服脱がせようとしてドタドタしてた♪」
「…いや、ケン兄の発想もどうだろうな」
「………。」
悟浄の尤もな独り言に八戒も頷く。
「でも、八戒は似合うな、うん」
「貴方の発想も相当おかしいですっ!」
八戒は悟浄の鳩尾に肘鉄を喰らわせた。
「うがっ!ってぇ〜」
身体を折り曲げて悟浄が大きく咳き込む。
「自業自得ですよ…そんなコスプレなんてどうでもいいです。それよりっ!」
「ん?何だよ??」
腹を押さえたまま、悟浄が八戒を見上げた。
「何だじゃないでしょう?可愛い格好ていうのは兎も角として。普通の服装でいいってことなんですか?」
「そうそう。そんな固っ苦しい店じゃねーから、スーツとかじゃなくても大丈夫。あ、でも居酒屋とかじゃないぜ?結構人気のあるイイ店だから、期待してろよ〜♪」
悟浄は口端を上げて得意げに笑う。
八戒としては複雑な心境だ。
「何か…全部悟浄にお膳立てして貰っちゃってんですねぇ」
「何?んなこと気にしてんの?」
「気にしますよぉ…だって」
「ストーップ!誘ったのは俺なんだから、八戒は楽しんでくれればいーの!」
「でも…」
八戒が言い募ろうとすると、素早く悟浄が触れるだけのキスを仕掛けた。
「ごっ!ごごごご悟浄っ!?」
八戒はカッと頬を紅潮させて、掌で口元を覆う。
「あっはっはっ!真っ赤になってんぞ〜?すっげ可愛いvvv」
「こんなっ…公衆の面前で…っ」
「大丈夫だって!俺の影になってたし」
「そう言う問題じゃ…」
「そ?別に俺は八戒と付き合ってるの隠すつもりもねーし、やましいとか恥ずかしいとも思ってもねーよ」
「ですから…僕は慣れてないんですってば」
「そうだっけ、悪ぃ!」
全く悪びれずに悟浄は笑った。
八戒も小さく溜息を吐くと、苦笑を零す。
「もぅ…降参です。今日は素直に悟浄についていきます。それで、何時に待ち合わせしましょうか?」
「八戒は今日仕事何時に上がれる?」
「えっと…ちょっとデスクワークがあるので、一旦自宅に戻って4時は過ぎちゃうと思います」
「んじゃ、駅前に5時でどーよ?」
「それなら大丈夫です。駅前に5時ですね?」
「あの謎のモニュメント前な」
「分かりました。今度はちゃんと遅れないで行きますから」
「遅れそうなら携帯、な」
二人は以前トラブルに巻き込まれた八戒の遅刻で、デートがお流れになっている。
お互い顔を見合わせると、一斉に噴き出した。
「そんなに笑わないで下さいよぉ〜!反省してるんですよ?」
「いや…何かあの時はマジでタイミング悪かったよな」
「いーなぁ〜ごじょちゃんたち楽しそう」
悟浄の腕にぶら下がって、簾が羨ましそうに呟く。
「簾だって、今日はパーティーなんだろ?サンタさんにプレゼント頼んだか?」
「頼んだっ!レンね、ゲームソフトお願いしたの!」
「そっかそっか〜♪じゃぁ、今日はイイ子にしてねーとな?」
「うんっ!」
元気良く簾は返事をした。
「じゃ、そろそろ中に入りましょうね」
「そんじゃ、後でな。簾はケン兄が迎えにくるから」
悟浄が小さく手を振る。
「分かったー!ごじょちゃんバイバァ〜イ」
八戒は微笑みながら小さく頷くと、簾を連れて園内に入っていった。
後ろ姿を見送ると、悟浄は車へと戻る。
「さてと!注文してたアレ、取りにいかねーとな。忘れたら洒落になんねーし…八戒驚くかな〜♪」
アレを渡したら、八戒はどんな顔をするだろう。
もの凄く驚いて、喜んでくれるかな。
その時を想像して小さく笑みを零すと、悟浄はサイドブレーキを解除してアクセルを踏み込んだ。



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