Christmas Attraction |
「………やっぱり早く来すぎた」 八戒との待ち合わせは夕方5時。 いつかデートの約束で待ち合わせた駅前。 作者も作品の意図も謎なモニュメント前で、悟浄は黄昏れてしまった。 今日は1日緊張しっぱなしで。 家にいてもソワソワと時間ばかりを気にしていた。 意味もなく部屋中をウロついたり。 今日は何を来ていこうかと、クロゼットを開けて一人ファッションショーまでしてしまった。 それでも時間は進まない。 持っていくモノなど大したこと無くても、テーブルに並べて置いていちいち指さし確認までしたし。 風呂に入って八戒のことを考え、危うく逆上せそうになったりまで。 どうにも我慢の限界が来て、こうして待ち合わせ場所に来てみればまだ4時になったばかり。 八戒が来るまであと1時間もあった。 悟浄はコートの前を掻き合わせて、ひとり赤面してしまう。 何を思春期のガキみてぇに浮かれてんだ、俺。 ブツブツと独り言を呟きながら、照れ隠しにモニュメントをベシベシ叩いてる姿はかなり滑稽だ。 同じように待ち合わせしている人達が、悟浄に奇異の視線を浴びせる。 「あんなにカッコイイのに勿体ない」とか。 「もしかしてフラれちゃったのかしら、可哀想に」とかとか。 本人与り知らぬ所で勝手な憶測が飛び交っていた。 もちろん、そんなことを囁かれているなんて悟浄は気づきもしない。 モニュメントを見上げて、一人妄想に耽っていた。 八戒どんな服着てくるかなぁ。 寒いから頬なんか赤く染めて、遠くから俺のこと見つけて、『悟浄ぉ〜』なーんて息切らして走ってきて。 んでもって俺が『八戒…すっげ頬冷たくなってるな』とか言って掌で頬を包んで。 『でも、悟浄の手は暖かいですよ』って、八戒が頬擦りしてはにかみながら微笑んじゃったりっ! かぁーっ!!ぜって可愛いっ!もー抱き締めるね、俺はっ! ニヘラッとだらしなく相貌を崩しまくった色男の周りから、徐々に人々が遠ざかっていく。 暫く自分だけの世界に浸っていた悟浄が、はっと我に返った。 ふと、腕時計に目をやる。 まだ時間は10分も経っていない。 悟浄は溜息を吐いて、噴水の縁へと腰掛けた。 コートを探って煙草を取り出すと、慣れた仕草で火を点ける。 「早く八戒来ねーかなぁ…」 小さく独り言ちながら、空気に溶け込む煙を目で追った。 すっかり辺りは陽が落ちて、暗くなっている。 この場所は華やかなクリスマスイルミネーションのせいで明るいが、一人でいると孤独感で寂しくなった。 何気無しに周りを見遣れば、どこもかしこも幸せそうに微笑み合うカップルだらけ。 何となくふて腐れて悟浄は俯いてしまった。 早く。 早く、1分1秒でも早く八戒に逢いたい。 側にあった吸い殻入れにフィルターを押しつけると、ポケットへ手を押し込んだ。 ゴソッ、と。 指先に当たる箱の感触。 八戒へのクリスマスプレゼント。 こうして自分から恋人にプレゼントを贈るなんて悟浄は初めてだった。 相手に何を贈れば喜んで貰えるか、それこそ頭痛がする程考えて考え倒して。 ちょっと恥ずかしかったが、これなら喜んで貰えるだろうと思い、自分から店に予約までして用意したプレゼント。 今までこんなに緊張してモノなんか買ったことは無い。 悟浄はポケットの中で、そっと箱を握り締めた。 コレを渡した時、八戒はどう思うだろうか。 喜んで貰えればそれが一番嬉しいけど。 でも、本当にコレを贈る意味を話したら。 八戒は何て答えてくれるんだろう。 「…今度は僕が待っていようと思ったのにな」 すぐ横から、柔らかい声が聞こえてきた。 悟浄は我に返って、勢いよく顔を上げる。 目の前に。 すぐ手の届く場所に、大切な人が居る幸せ。 悟浄の腕がゆっくりと上がった。 差し出された手を、八戒が両手で優しく握る。 「こんなに冷えてしまって…どれだけ待っていたんですか?」 「え?あぁ…そんな待ってねーよ」 「…嘘つき」 八戒が微笑みながら、暖めるように悟浄の冷えた頬を両手で包んだ。 寒さのせいで、頬が赤らんでいた。 「前にも言ったでしょ?こんなに寒い所にいないで、カフェでコーヒーでも飲んで待っているとかして下さいって」 八戒の掌から伝わる暖かさに、悟浄はウットリと瞼を閉じる。 「ん…でもさ。八戒を待たせるのも、入れ違いになるのもヤだから」 「そんな…嬉しいこと言わないで下さいよ」 悟浄がゆっくり目を開けると、そこには幸せそうな満面の笑み。 あんまりにも綺麗で。 愛おしそうに自分を見つめるから。 悟浄は急に恥ずかしくなって、俯いてしまった。 それでも、八戒の優しい空気は変わらない。 小さく笑いを零すと、八戒は悟浄の頬から手を離した。 急激に熱を失い、悟浄は僅かに身震いする。 改めて外の寒さに気付いた。 「悟浄、この後どんな予定なんですか?」 「え?あっと…そうだなぁ〜」 悟浄は立ち上がると時間を確認する。 まだ、4時半だった。 食事をする店には6時に予約を入れてある。 腕を組んで悟浄は思案した。 「まだ時間早ぇから、ゆっくりお茶でもしよっか。それとも何かみたいモノでもある?」 悟浄がお伺いを立てると、八戒は緩く首を振る。 「いえ、特には…」 「そっか。じゃぁ、ビルん中入ろ…」 唐突に悟浄が言葉をとぎらせ、じっと八戒を見つめだした。 視線を足先からゆっくり上げて、顔まで。 じっくり眺めると、ニッコリ微笑んだ。 訳が分からず、八戒は首を傾げる。 「あの…どうかしました?」 「いやぁ…似合うなーって」 「え?」 「その真っ白いコート。八戒にすっげぇ似合ってる」 「あ、これですか?」 僅かに頬を赤らめて、八戒が照れくさそうに笑顔を浮かべた。 デザインがシンプルな純白のハーフコート。 色白の八戒によく似合っている。 ざっと見た感じはカシミアだろうか。 かなりイイ物だと悟浄にも分かった。 「それってカシミア?高かっただろ」 「えーっと…そうなんですか?僕あんまり詳しくないんですよ。でももの凄く暖かくって」 「ちょっと、いっか?」 悟浄が手を伸ばして八戒の袖口に触れる。 「うん。やっぱカシミアだ。ボーナスで買ったん?」 「えっ!?ボーナスで買うほど高い物なんですか??」 「は?だって…八戒が買ったんだろ?」 「あ…いえ。これは…そのぉ…」 何だか八戒の歯切れが悪い。 悟浄が不審気に眉を顰めた。 「…誰かにプレゼントされた?」 自分で言いながらも、悟浄はムカムカと胸焼けがしてくる。 怒りと嫉妬で目が眩んだ。 じっと睨んでいると、八戒は見る見る顔を真っ赤に染める。 何だよその顔っ! 誰かに貰ったコートの話なんかで、そんな可愛い顔なんかして。 すっげ胸糞悪ぃ。 誰から貰ったんだっ!? 何でそんなモノ、俺とのデートに着て来るんだよっ! 理不尽な怒りが、悟浄の頭をグルグル駆け巡る。 悟浄はグッと掌を握り締めた。 そうしていないと、バカみたいな泣き言を吐き散らしそうで。 唇を必死に噛みしめて俯いた。 そんな悟浄の様子に、八戒は全く気付いていない。 暫く逡巡してから漸く口を開いた。 「これ…天ちゃんからのクリスマスプレゼントなんです」 「え…天蓬…から?」 思いもよらない人物の名前を聞いて、悟浄は目を丸くする。 八戒は視線を落としたまま、話を続けた。 「この前…悟浄とクリスマスの約束したって話を天ちゃんにしたんです。そしたら昨日突然天ちゃんのマンションに呼び出されて…」 『1日早いですけどね、クリスマスプレゼントです』 『え?天ちゃんが…僕に、ですか?』 目の前に差し出された大きな手提げの紙袋に、八戒は目を瞬かせる。 『何か変ですか?』 『いえ…だって今までそんなことなかったじゃないですか』 『そういえばそうでしたっけ。まぁ、でも今年は去年までと違いますからね』 『違うって…』 天蓬の意図が分からず、八戒は首を傾げた。 戸惑っている八戒へ天蓬は紙袋を押しつける。 『とにかく開けてみて下さいよ』 『そうですか?じゃぁ…』 八戒は紙袋を膝に乗せると、止めてあったテープを剥がした。 中に入っていたのは、暖かそうな服。 紙袋から出して広げてみる。 それは真っ白なコートだった。 手に触れた毛の感触はサラリとしていて、綺麗に目が詰まっている。 『天ちゃんコレ…』 『折角ですから羽織ってみて…ね?』 八戒は即されると、立ち上がってコートに袖を通す。 『うん、裾の長さも丁度良かったですね。意外と八戒は背が高いからどうかなって思ったんですけど』 天蓬が微笑みながら、満足そうに頷いた。 『でも、いいんですか?コレ高いでしょう』 『え?そうでもないですよ…って言うと、何だかプレゼントって言えなくなるので。まぁ、普通のコートよりは高いかな、っていうことにしておきます』 『でも突然何でですか?』 『だって、八戒デートなんでしょ?悟浄クンと』 『えっ!?そうですけど…それとどんな関係が?』 『クリスマスイヴにデートなんて、恋人同士のメインイベントじゃないですか。八戒のことだからどんな服を着ていこうとか、全然考えたりしてないと思ったんですけど…違います?』 思いっきり図星を突かれて、八戒は黙り込む。 次第に羞恥で頬が熱くなってきた。 天蓬が小さく溜息を零す。 『やっぱり…まぁ、八戒は初心者だから仕方ないですけど。悟浄クンの方はもの凄く期待してるんじゃないんですかねぇ』 『期待って…だって…僕オトコですよ?そんな着飾ったりしたって、意味なんか…』 『あるでしょう?少なくとも悟浄クンには。誰だって恋人が綺麗だったり可愛かったら嬉しいモンなんですよ。八戒だって、悟浄クンがいつもより着飾ってたりしたら、見惚れるんじゃないんですか?』 『………。』 悟浄のいつものラフな服装とは違った格好。 それも自分のためにお洒落に気を遣ってたりして、目の前に現れたら。 『ちょっと…いいかも』 八戒が小さく呟くと、天蓬は満面の笑みを浮かべる。 『で、色々リサーチしまして…と言っても捲簾に悟浄クンが好きそうな感じを聞いたんですけどね。八戒が純白で清純そうなイメージで現れたらいいんじゃないかって』 『いいって…何がですか?』 『悟浄クン、ものすっごぉ〜く喜ぶと思いますよ?八戒に惚れ直すんじゃないですかねぇ』 『惚れっ…そんなコトっ!』 顔中真っ赤にして、八戒は俯いてしまう。 『まぁまぁ、今からそんなに照れてどうするんですか〜あははは』 八戒の肩をポンポン叩いて、天蓬は暢気に笑った。 「…成る程。要するに、八戒のその格好は俺のためだって言うんだな?」 うんうんと頷いて、悟浄は嬉しそうに頬を緩める。 ますます八戒の頬が紅潮した。 「もぅ…悟浄まで僕をからかって。きっと天ちゃんは賄賂のつもりなんですよ。明日僕らに簾クンの面倒を見て貰うから」 火照った頬を掌で覆い、悟浄を上目遣いに睨む。 「別に理由なんか何だっていーよ。だってマジ八戒可愛いし♪」 「かわっ!?」 八戒は言葉を詰まらせて唇を戦慄かせた。 恥ずかしくて恥ずかしくて。 どうしたらいいのか分からない。 八戒が小さく唸っていると、ふいに肩が暖かくなった。 悟浄の腕が八戒を引き寄せる。 「こんな所じゃ風邪引いちまう。何か暖かいモン飲んで落ち着こう、な」 優しく微笑まれて、八戒は強張っていた肩から力を抜いた。 まぁ、本当に悟浄が喜んでくれたんなら、いいかな。 八戒も身体を擦り寄せると、笑顔を見せた。 |
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