Christmas Attraction



暫くゆっくりお茶を飲みながら、取り留めもない話をして。
何て事はないこういう時間を過ごせるのも嬉しくて。
窓の外に目をやれば、すっかり陽も落ちていた。
クリスマスイルミネーションが宝石のように輝いている。
「八戒…どした?」
ぼんやり眺めていると、悟浄が声を掛けてきた。
八戒は微笑みを浮かべて、窓の方へ視線を向ける。
「いえ…クリスマスだなーって。綺麗ですよねぇ」
「あぁ、アレね。何か毎年やってるけど、年々派手になってるよな〜」
「そうなんですか?」
悟浄に言われて改めてイルミネーションを眺める。
保育士になって就職が決まってから、八戒はこの街へと引っ越してきた。
以前住んでいた隣県からだと通勤するのに不便だったので、それなら職場の近くに引っ越そうと一大決心。
大学を卒業と同時に入っていた学生寮から、とりあえず天蓬のマンションへ間借りした。
保育園の研修をこなしつつ新居を探して、ようやく念願の独り暮らしを始めたところだ。
まだ越してきてから日も浅い八戒は、このイルミネーションを見るのは初めてだった。
「綺麗ですよねぇ…」
八戒が溜息を零すと、悟浄は腕を組んで何やら考え込む。
「どうかしたんですか?」
「いや…この場合、こんなイルミネーションより八戒の方が綺麗って言うべきかなぁ〜って」
「…何バカなことで悩んでるんですか」
頬を紅潮させて八戒は悟浄を睨め付けた。
「ははっ…八戒顔赤くなってんぞ〜」
「からかわないで下さいよっ!」
八戒が熱くなってしまった頬を掌で隠して、視線を逸らす。
悟浄は口元を緩めて上機嫌に八戒を眺めた。
「え〜からかってなんかねーけど?ホントにそう思ってるんだも〜ん」
「そんな…今まで散々女性に言ってたようなこと、僕にまで言わなくてもいいです」
「あれ?八戒ヤキモチ焼いてんの?」
「そんなんじゃ…ないです」
悟浄は頬杖を付いて、八戒をじっと見つめる。
「まぁ、美人に美人っていうのは当たり前だと思うけど。でも八戒がいっちばん美人♪」
嬉しそうに見つめられて、ますます八戒の頬が羞恥で紅潮した。
「あーっ!もぅっ!前にも言いましたけどっ!僕はオトコなんですから美人って言われたってピンとこないし、嬉しくもないです」
横を向いたまま八戒が言うと、悟浄はニッコリと微笑みを浮かべる。
手を伸ばして八戒の掌をキュッと握った。
八戒がそっと顔を伏せる。
「俺も前に言ったけど、オトコでもオンナでも美人は美人だろ?俺は八戒のこの長くて綺麗な指も好きだし、顔も瞳も…全部好き」
強く掌を握り締められて、八戒は小さく身体を震わせた。
俯いて表情を隠してはいるが、怒ってはいないようだ。
ただそんな風に言われるのに慣れていなくて。
悟浄のように気の利いた言葉さえ返せない。
戸惑いと恥ずかしさで、八戒はどうしたらいいか分からなかった。
「あ、それともう一つ」
悟浄の声に八戒が顔を上げる。
真っ直ぐ八戒へと視線を合わせると、悟浄は口端を上げる。
八戒に向かってゆっくりと顔を近づけた。
悟浄は声を潜めて呟く。
「…顔に似合わずエッチなところも好き」
握った指先に唇を押し当てると、八戒の顔が真っ赤に染まった。
困りきってオロオロと視線を彷徨わせる。
それでも。
繋がれた指先はそのままで。
「そっ…そーいうこと…っ…こんな所で言わないで下さいよ」
「じゃぁ、どこならいー訳?」
「それは…その…だからっ…」
「…ベッドの中で、とか?」
意味深に悟浄が囁くと、八戒は考えるように首を傾げる。
「そうですねぇ…どうせなら、僕のモノが悟浄の中入って、いっぱい悟浄の悦いトコロに挿れたり出したりした後、達く寸前にギュッとしがみ付いて耳元で言われた方が…」
「お前こそっ!んな詳細なエロいこと平然としゃべってんじゃねーよっ!」
あからさまに卑猥なコトを言われて、八戒に抱かれている自分の痴態を思い出してしまった。
羞恥で全身真っ赤に紅潮させ、悟浄が喚き立てる。
慌てて八戒が悟浄の口を掌で塞いだ。
「ダメですよ〜そんな大きな声出しちゃ。恥ずかしいじゃないですかぁ」
「…お前の言動の方が恥ずかしいわ」
悟浄はムッと八戒を睨み付け、掌にカプッと噛みついた。
「イタッ!噛まないで下さいってば」
八戒は手を引いて、噛まれた掌をわざと痛そうにして撫でる。
それに舌を出すと、悟浄が苦笑を浮かべる。
「んな強く噛んでねーだろ?まぁ、掌に歯形あっても色っぽくも何ともねーな」
悟浄が肩を揺すり、ククッと喉で笑った。
八戒も笑みを浮かべる。
「後でちゃ〜んと仕返ししますからね」
「うわっ!何処噛む気だよぉ〜見えない所にしてねん♪」
「この寒い冬に薄着をする訳でもないでしょう?問題ないですね〜」
「んー?言われてみればそっか…いやいや、俺家の中では薄着だから。簾に突っ込まれたら困るでしょー?第一ケン兄に張り倒されるっての」
「それもありますか…いちおう努力はしますけど。でも悟浄、胸とか脚の付け根とか噛まれながら吸われるの好きでしょう?」
真面目な顔で聞き返され、悟浄はコーヒーを噴き出しそうになった。

どこまで本気で、どこまでふざけているのか。

咳き込みながら悟浄は密かに煩悶する。
「悟浄!大丈夫ですか!?」
八戒におしぼりを渡され、悟浄は涙目で頷いた。
心配げに八戒が顔を覗き込む。
漸く咳が治まって、大きく息を吐くとおしぼりで口を拭った。
「…あのな?八戒」
「え?何ですか?どこか苦しいとか?」
「………も、いい」
悟浄はガックリと肩を落とし、テーブルに肘を突いて脱力する。

駆け引きとか出来るような性格じゃねーよなぁ。
八戒がマジな顔してエロい事言うのも、それはそれで結構クルっつーか。

額を押さえて悟浄が溜息を漏らした。
「あのー…悟浄?」
不安げに八戒が瞳を揺らす。
店内の時計に目をやると、それなりに時間が経っていた。
「そろそろメシ食いに行くか」
残りのコーヒーを胃に流し込むと、悟浄が伝票を手に取る。
「あっ!僕が払いますよ」
八戒が手を伸ばすと、悟浄は手を引っ込めて避けた。
「いーっての!今日は俺が八戒をぜ〜んぶエスコートすんの!」
「でも…それって何か…ズルイです」
上目遣いで頬を膨らませる八戒に、悟浄はグッと息を飲んだ。
悟浄は八戒のこの顔に弱い。
だからといって妥協する訳もなく。
「いーからっ!今日は俺にカッコつけさせろっての、な?」
「悟浄はいつもカッコイイからいいじゃないですか。何か僕情けないですよぉ」
「え?俺ってそんなカッコイイ?」
デレッといきなり相貌を崩して喜ぶ悟浄に、八戒が眉を顰めた。
「…前言撤回。ヘンな顔になってますよ、悟浄」
「誰がヘンな顔だよっ!」
憤慨する悟浄に、八戒が笑いを零す。
「嘘ですよ。悟浄はカッコイイです」
「…なぁ〜んか投げやりな言い方。感じわっるぅ〜い」
後ろの壁にのの字を書いて、悟浄がいじけ出した。
ますます八戒の笑いが治まらなくなる。
「ホントですって。でもそんな風に拗ねちゃう悟浄はもの凄く可愛いですよ?」
「ごじょ全っ然嬉しくなぁ〜いっ!」
「もぅ…機嫌直して下さいってば」
困ったように微笑む八戒に、悟浄がチラッと視線を向けた。
「…じゃぁ、今日は素直に俺に付いてくる?」
「ソレとコレは話が違うでしょ」
「おーなーじーなーのっ!」
プイッと顔を背ける悟浄に、八戒はやれやれとお手上げになる。
ここでうんと頷かないと、悟浄の機嫌は下降するばかり。
折角のクリスマスイヴなのに、喧嘩なんかしたくない。
八戒は腕を組んで少し考え込んだ。
「…分かりました。今日は大人しく悟浄に付いていきますから」
「本当に?もう無粋なコト言わねー?」
「ええ、言いません。その代わり」
「その代わり?」
「バレンタインは僕が悟浄をエスコートしますからねvvv」
「ええーっ!何でだよぉ〜ズリィ!!」
横暴だ、と悟浄がブイブイ文句を垂れる。
「僕だってオトコなんですよ?僕なりに悟浄のことを考えて、喜んで貰えることしたいって思うんです。悟浄だってそうでしょう?」
「そりゃ…そうだけど」
納得いかない表情で、悟浄は頻りに首を捻った。
八戒は内心で舌打ちすると、そっと視線を落とす。
瞳に涙を浮かべて、寂しそうな笑顔。
気付いた悟浄は驚いて目を見開いた。
「悟浄は…僕の気持ちを分かってくれないんですね…っ。僕だって大好きな悟浄に喜んで貰えるように何かしたくっても…そんな僕の愛情さえも否定するんですか…うっ」
小さくしゃくり上げる八戒に、悟浄はオロオロと慌て出す。
「そっ…そんなことないって!分かってるからっ!ちゃーんと八戒の気持ちは分かってるって!」
悟浄は必死になって八戒を宥めた。
「………本当に?」
瞳を潤ませて、八戒は悟浄をじっと見つめる。
ブンブンと音が鳴るほど、悟浄は何度も首を縦に振った。
「じゃぁ、バレンタインは僕が悟浄のことデートに誘ってもいいですか?」
「うんっ!わー楽しみだなぁ〜」
ここで八戒の機嫌を損ねてはマズイと、悟浄は努めて明るく振る舞う。
多少笑顔が引き攣っているのは見逃して欲しい。
ドキドキしながら八戒の様子を伺っていると、漸く伏し目がちだった目が瞬きした。
ゆっくりと上げられた顔には満面の笑顔。
「そうですか♪バレンタインは悟浄が喜んで貰えるように頑張りますね」
「………あれ?」

ニッコリ。

騙されたっ!と気付いても、もう遅い。
よかったよかったと、八戒は嬉しそうに紅茶の残りを飲んでいる。
「ううう〜っっ!!」
悔し紛れに呻いてみても、もう八戒は我関せず。
恨めしそうに見上げてくる悟浄にも、ただ笑顔を向けるだけ。
それでも悔しくて、突っ伏しながら机下で脚をバタバタさせていると、八戒が悟浄の頭をポンポンと叩いた。
「ねぇ、悟浄。時間…大丈夫なんですか?」
八戒に言われて悟浄はハッと顔を上げる。
「そうだった!忘れるトコだったっ!」
「忘れるって…」
あんぐりと口を開けて呆れる八戒を、悟浄が背中を押して即した。
「ほら、行こう!え〜っと伝票っと」
コートを羽織るとポケットの財布を探る。
レジに立つ悟浄の後ろから八戒はのんびりと声を掛けた。
「ところで。お店ってどの辺なんですか?」
会計で精算していた悟浄が肩越しに振り返る。
「こっから電車で5つだから…20分は掛からないと思うけど」
「そうなんですか…」
「ホントは車でも良かったんだけど、そうすると酒飲めねーだろ?店の近くに駐車場も無いと思ったし…面倒?」
「そんなことないですよ。僕は普段車なんて使ってませんし」
笑って首を振ると、悟浄は安堵した。
「そんじゃ行こっか」
「ええ」
八戒が悟浄の腕に身体を寄せると、悟浄は小さく目を見開く。
すぐに嬉しそうに微笑むと、二人は互いに寄り添って駅へと向かった。



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