Christmas Attraction |
電車に乗って20分。 若者の遊び場というよりは、大人が好んで訪れる街に着いた。 雑誌の買い物・グルメ特集でも頻繁に取り上げられている。 しかし、悟浄はその繁華街から外れた道を選んで歩き出した。 どんどんと街の賑やかな明かりからは遠ざかっていく。 八戒が周りを見渡すと、一帯は住宅街らしい。 そのマンションの1F等には輸入雑貨店やカフェが入っているようだ。 静かな佇まいの道を、悟浄はのんびりと歩いていく。 「悟浄、悟浄?」 さすがに気になって八戒は声を掛けた。 「ん?どした?」 「何か…この辺住宅街でしょう?本当にお店なんかあるんですか?」 「これがあるんですよ〜。大丈夫!まぁ、付いてくれば分かるからさ」 「そうなんですか…」 それでもまだ不安なのか、八戒は辺りをキョロキョロと見渡した。 周りはマンションや雑居ビル、専門学校らしき建物ばかり。 とてもレストランがあるとは思えない。 しばらく歩いていると悟浄が立ち止まった。 「到着〜。ココだよ」 「ココ…って…嘘でしょ?」 八戒は目を丸く見開いて驚愕する。 高い建物ばかりが立ち並ぶ中、ポッカリと現れた日本家屋。 周りは竹に囲まれて、落ち着いた風情の料亭のようだ。 打ち水された石畳に、丸い提灯。 奥へと進むと重厚な引き戸の入口があった。 悟浄の袖口を掴むと八戒が引っ張る。 「ご…悟浄?ココって所謂料亭じゃないんですか?」 八戒の料亭イメージは、高い・一見お断り・政治家の会合。 とてもじゃないが、庶民の自分たちが来るような場所ではない。 急に緊張しだした八戒に、悟浄がプッと噴き出した。 「違う違うっ!まぁ店構えはそんな雰囲気だけど。ココはそ〜んな畏まった店じゃねーから安心しろって」 「でも…どう見たって」 「何てーの?最近流行の隠れ家的店ってヤツ。ここは気軽に食える創作和食の店」 「気軽に…創作和食?」 八戒には聞き慣れない言葉だ。 言葉通り首を傾げていると、悟浄が先に門をくぐって手招く。 「そうだなぁ…ちょっと高級な居酒屋だと思えばいいんじゃねーかな?居酒屋の高級なんて値段は知れてるだろ?」 「そうかも知れませんけど。僕は初めてです」 「そ?じゃぁ、丁度良かった。値段も手頃で料理も上手いし、この店の雰囲気だろ?それに最近雑誌のグルメランキングにも載ったらしくって、人気あってさ〜なっかなか予約取れねーんだって」 悟浄は説明しながら八戒を即して引き戸を開けた。 その店の内装を目の当たりにして、またもや八戒は息を飲む。 正面の大きく開けたフロアーにモダンなテーブル席が数席。 その奥に重厚な木の造りのカウンター。 淡い光の空間は暖かで落ち着いている。 呆気に取られて眺めていると、すぐに従業員が案内に来た。 悟浄が予約の旨を告げると、先に立って席の案内をする。 そこでも八戒は驚いた。 テーブル席を縫うように砂利が敷き詰めらた歩道が現れる。 砂利の上には点々と敷石が置かれ、まるで茶室へ案内されている気分になった。 奥には格子と障子二重扉の部屋が数室あるらしい。 そのうちの一部屋に案内された。 礼儀正しく挨拶をした従業員が、一旦部屋を離れる。 部屋は落ち着いた和室に掘り炬燵。 八戒は腰を落ち着けると、思わず溜息を零した。 「…どした?」 「いえ…何かビックリしちゃって。こんなお店ってあるんですねぇ」 「ココの売りの一つが区分けされた個室でさ。いちおう部屋事にテーマがあって内装も違うんだってよ〜」 「へぇ…凄いなぁ。全部違うなんて」 「ちなみにココは遊郭」 「…悟浄にはピッタリですね」 「俺が選んだ訳じゃねーんだけど…」 悟浄が顔を顰めると、八戒は小さく噴き出す。 肩を震わせ笑っている八戒を眺めて、悟浄は満足そうに微笑んだ。 「さてと。料理どーする?酒はお勧めの地酒でいい?」 「僕は詳しくないので。悟浄に任せますよ」 「そっか?んじゃ…折角だからクリスマスのお任せコースにしてみっか」 悟浄が手早くメニューを決めたところで、タイミング良く従業員がおしぼりとつきだしを持って現れる。 メニューを指して伝えると、従業員は静かに部屋を辞した。 「それにしても…人気のあるお店なんでしょ?よく予約取れましたねぇ」 「ああ、それな。ちょーっと手を回して…な」 「は?手を回すって??」 「俺さ、バイトでクラブのバーテンやってるだろ?」 悟浄は週に3日、カフェとクラブの複合店で働いている。 その店に行ったことはないが、悟浄から話は聞いていた。 「で、クラブとココの店…オーナーが同じなんだな〜」 「え?そうなんですか??」 「最初思い当たる店当たってみたんだけど、やっぱイヴはどこも予約いっぱいでさ。雑誌眺めて悩んでたら、たまたまオーナーが来店してて。ちょっと相談してみた訳。そしたら席取ってくれてさぁ〜。前にダチの結婚式の二次会で来たことはあったんだけど。ここなら料理も旨いし、八戒も喜ぶかなーって」 「そうだったんですか…それじゃ、オーナーさんに感謝しないとですね」 「いや…その分休みだったはずの年末大晦日まで3日間、きっちり仕事入れられたし」 悟浄はブツブツと不平を零す。 年末に来る客なんて、夜はオールで大騒ぎ。 人も普段どころではなく集まるし、忙しさも半端じゃない。 「そっか…大晦日も明け方まで仕事なんですか?」 残念そうに八戒が呟くと、悟浄が慌てて首を振った。 「いやっ!カウントダウン終わって少ししたらぜってぇ上がるしっ!さっさと帰ってくるからっ!」 あまりの慌て振りに、八戒はきょとんとする。 「だって、悟浄仕事忙しいんでしょう?」 「んだよぉ〜俺んちに居て待っててくんねーの?」 悟浄が口端を上げてニヤリと楽しげに笑った。 何かあっただろうか? 悟浄が仕事なら正月に遊びに行けばいいと思ったのに。 八戒は暫し考え込む。 「え…あっ!」 漸く悟浄の意図が分かって、八戒は僅かに頬を赤らめた。 「はぁ〜っかいぃ〜♪今ナニ考えた?」 「何って…べっ…別に…何にも考えてませんよ?」 ソワソワと八戒の視線が泳ぎ出す。 悟浄は挙動不審な八戒の様子に、笑いを堪えて肩を震わせた。 日毎、悟浄さえ舌を巻くほど卑猥な行為をスルくせに。 未だに八戒の反応は初だ。 悟浄としてはそのギャップが面白くって仕方ない。 テーブルに両肘を突いて、悟浄は上目遣いでじっと八戒を見つめた。 「せーっかく愛しい恋人が居るんだし?姫はじめは外せねーだろ?」 「ひめっ!?」 八戒の声が思いっきり裏返るのと同時に、障子がカラリと開く。 「失礼致します」 従業員が挨拶しながら丁寧に頭を下げた。 地酒の瓶に、冷やしたグラス。 前菜の膳が運ばれてきた。 テーブルに料理を置くと、また静かに部屋を辞す。 格子が閉まるのを見計らって、悟浄が思いっきり噴き出した。 腹を抱えて畳へと突っ伏す。 「悟浄っ!そんなに笑うこと無いでしょうっ!もうっ!!」 顔を真っ赤にして八戒が怒った。 「い…や…っ…そんな…にっ…期待されちゃっ…てて…うれしっ…プーッ!!」 どうにも我慢出来ずに噴き出してしまい、更に八戒の機嫌が急降下する。 すっかり視線も据わりきって、笑い転げる悟浄を無視し、勝手に地酒の封を開けた。 「あっ!何開けちゃってるんだよーっ!」 焦って悟浄が手を伸ばすが、取られまいと八戒が瓶を抱き寄せる。 「…悟浄は一人で笑うのに忙しいんでしょ」 「悪かったってぇ〜八戒があんまり可愛い反応するからさ〜」 「知りませんっ!」 プイッとわざとらしく視線を逸らす。 「ゴメンって…な?機嫌直せよ?」 「………。」 「はぁ〜っかいぃ〜っ!あんま苛めると泣くぞっ!!」 「苛めるなんて人聞き悪い。大体何で悟浄が泣くんですか」 「だってぇ…八戒が無視するからぁ〜」 「別に…無視なんか…」 さすがに大人気なかったかと思い、八戒はゴニョゴニョと言い淀んだ。 畳に手を付いた悟浄がスススとにじり寄ってくる。 「なっ…んですか?」 「無視しない?」 小首を傾げて悟浄が伺う。 「だから…無視してませんって」 「ホント?」 「ホントですよ」 オドオドと小動物のように八戒の機嫌を伺う悟浄に、何だか毒気をそがれて苦笑を零した。 「そっか。そんじゃー…」 悟浄の指先が八戒の襟を掴んで引き寄せる。 チュ。 唇を掠める甘い感触。 八戒は驚いて目を見開いた。 「これでご機嫌直して〜ん♪」 戯けた調子で悟浄がウィンクを寄越す。 悟浄らしいと言うか。 八戒がコツンと額を当てた。 「…コレだけですか?」 掠れた囁きに、今度は悟浄が目を丸くする番。 クスクスと笑いを零して、もう一度八戒の唇にキスを贈った。 「続きは後で、な?」 「サンタさんのプレゼントですか?」 八戒は幸せそうに微笑む。 すると。 「あっ!思い出したっ!!」 唐突に悟浄が叫んだ。 勢いよく向かい側に戻ると、掛けてあるコートのポケットを探り出す。 「どうしたんですか?悟浄??」 「だからっ!クリスマスプレゼントだよ〜vvv」 「え?プレゼントって…僕にですか?」 「…他に誰にやるんだよ」 ガックリと悟浄が大きく項垂れた。 ブツブツと不平を零して、畳にのの字を書き出す。 八戒も立ち上がって、後ろに掛けてあるコートのポケットを手探った。 「あ、実は僕も用意してきたんです」 「えっ!マジ!?」 悟浄が破顔して喜ぶ。 ニッコリと八戒も微笑み返した。 「じゃぁさ!一緒にお互い渡さねー?」 「いいですよ」 二人はプレゼントを持った手を背中の方へ隠すと座り直す。 何だか妙に緊張してきた。 悟浄がコホンと咳払いをする。 「そんじゃ、いいか?いっせーの〜」 「失礼しまーす」 元気な声と共に障子が開かれる。 タイミングを外されて、悟浄はテーブルに突っ伏した。 やましいコトをしてた訳でもないのに、八戒は咳き込みながら背中を向ける。 従業員が膳を並べている間、奇妙な空気が流れていった。 「それでは、失礼しました〜」 頭を下げて従業員は素早く退室する。 格子の閉まる音を聞いて、悟浄はガシガシと髪を掻き上げた。 「あーっ!もうっ!!仕切り直しだぁっ!」 改めて向かい合うと、ついつい畏まって正座する。 「んじゃ…今度こそ。いっせーのせっ!!」 素早く手を出すと、二人同時にテーブルにプレゼントを置いた。 「………。」 「………。」 室内に沈黙が落ちる。 八戒と悟浄は互いのプレゼントに絶句した。 瞬きもせずに目の前の箱を注視する。 それは二つとも小さめの箱だった。 何故だか同じラッピングに同じリボン。 どこから見ても同じプレゼント。 しかも買った店まで同じようだ。 とある有名ブランドショップのロゴマークが輝かしい。 「あの…悟浄…コレって…もしかして」 八戒が恐る恐る悟浄に問い掛けた。 悟浄も頬を引き攣らせて八戒を見つめ返す。 「中身…指輪?」 「悟浄もっ!?」 「えっ!?やっぱ八戒もなのかっ!?」 お互い見つめ合ったまま唖然とした。 「と…とにかく、開けてもいっか?」 「え…ええ。そうですね。じゃぁ、僕も…」 贈り合ったプレゼントに手を伸ばし、ドキドキ胸を高鳴らせてラッピングを外す。 このブランドで指輪と言ったら。 「…あ、ラヴリング」 「…やっぱり」 二人して贈りあった物は、カップル垂涎の指輪。 某有名ブランドのラヴリングだった。 |
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