Christmas Attraction



八戒はケースを手に取ると、中から指輪を外した。
少し考えてから、右手の薬指に嵌めてみる。
指輪は節に引っかかることもなく、スッと収まった。
手を翳して、八戒は嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「凄い…ピッタリですよ。でも何で僕のサイズ、分かったんですか?」
八戒が不思議そうに悟浄へと尋ねた。
普段指輪を嵌める習慣など八戒には無い。
指輪を買ったこともないので、自分でも指のサイズなんて知らなかった。
それが何故悟浄には分かったのか。
「俺だって正確なサイズは知らねーよ」
悟浄は満足げに口端を上げる。
「え?じゃぁカンなんですか??」
「まぁ、カンって言やぁカンなんだけどな…半分は」
「半分って…何ですかそれ」
はぐらかしてばかりでなかなか種明かしをしない悟浄に、八戒は眉を顰めた。
唇を尖らせてムッと膨れる。
「はいはい、拗ねないの〜。一応な、測ったことは測ったんだよ」
「測ったって…どうやって?」
「俺の指輪で」
「悟浄のですか??」
八戒はきょとんと瞬きした。
確かに、悟浄は普段から好んでシルバーリングを嵌めている。
しかしその指輪を使ってどうやって測ったのかが、八戒にはさっぱり分からなかった。
「八戒が寝てる時にさ、俺の指輪を嵌めてみた訳よ。で、どれぐらいサイズが違うか目分量で見たの。大体俺より二回りぐらい細かったな、指」
悟浄に言われて、八戒は指輪を嵌めている手をじっと眺める。
「俺のカンは的中だったろ?」
得意げに胸を張って悟浄が威張る。
その様子は何だか可愛らしかった。
まるで、親に言いつけられたお使いに成功した子供のようだ。
つい八戒が口元を緩めて笑う。
「ん?何だよ??」
「いえ?何でもないです。凄く…嬉しいです」
八戒が微笑むと、悟浄の頬がほんのり赤らんだ。
照れ隠しのつもりか、視線を落として冷酒のグラスに口を付ける。
「ねぇ、悟浄も嵌めてみて下さいよ」
「あ…うん。そうだなっ!」
八戒に即され、まず今まで嵌めていたシルバーリングを取った。
悟浄もケースから指輪を外して、八戒と同じように右手の薬指に嵌めてみる。
「ピッタシ…マジでっ!?」
あまりにすんなり入ったので、悟浄は目を見開いて驚いた。
一見悟浄の指は長くて細いのだが、意外に節がハッキリしていて太い。
大抵の指輪は、まずこの節が引っかかってしまうのだ。
それがどうだろう。
八戒のくれた指輪は、悟浄が一緒に店で選んだかのようにサイズが合った。
「よかったぁ…サイズ直ししないで大丈夫ですよね」
「うん…でも何で?俺、サイズ言ったことあったっけ?」
「いえ。今回その指輪を買うまで、悟浄のサイズは知りませんでした」
「えっ!?知らねーのに、何でこんなにバッチリジャストフィットなんだよぉっ!」
「だって、僕はちゃんと測りましたもん」
「へ?測った…って?指をか??」
いつの間にサイズなんて測ったんだろうか?
やっぱり自分と同じで、寝ている間に。
いや、待て待て。
測るって、何を使って測ったんだ?
いくら何でも指にメジャー巻くってのも無理だろう。
メジャーで測るには、指じゃさすがに細すぎだ。
じゃぁ、どうやって?
悟浄はあれこれ考えだし、難しい顔をして唸った。
「違いますよ。指じゃなくて、指輪を測ったんです」
「指輪?」
悟浄には何が何だか分からない。
指輪を測るって?どこを??
薬指の指輪を眺めて、首を傾げた。
「ですから、悟浄がいつも嵌めている指輪の直径を定規で測ったんですよ」
「指輪の…直径!?」
「そうですよ。それでお店に行って店員さんにサイズを調べて頂いたんです」
「へぇ〜成る程な〜」
悟浄は感心してコクコクと頷く。
それならピッタリのサイズを選べる訳だ。
「へへっ…ペアリングだな」
照れくさそうに悟浄が笑うと、八戒が頬を染める。
「コレって、今結構人気のある指輪なんでしょ?僕はそういうの全然疎いから」
「え?知ってて買ったんじゃねーの?」
「実は違うんです。あ、でも指輪を悟浄にプレゼントしようと思って買いに行ったんですけど、何だかいっぱいありすぎて、何を選んだらいいかも分からないしで途方に暮れていたんです…」
「まぁ、確かにな」
普段指輪どころかアクセサリー全般に無縁の八戒。
ショーケースを目の前にして困惑するのなんか容易に想像がつく。
悟浄は自分でもシルバーアクセサリーは好んで買う方だ。
とは言え、シルバーにはそこそこ詳しいが、それ以外となると有名ブランドの代表商品ぐらいしか知らない。
ましてや自分から恋人のために指輪なんか贈ったこともないので、どういう類の物を選べばいいのか何て分からなかった。
まぁ、ラヴリングなら恋人にプレゼントする代表みたいなモンだし、八戒だって知っているだろうと思って決めたのだ。

しかし。
そこに落とし穴があった。

恋人にプレゼントする代名詞のような指輪だけに、手に入れるのが大変だった。
しかもクリスマス商戦に向けて、限定ラブリングを販売するときた。
限定…その言葉に悟浄は弱い。
折角なら八戒にプレミア品を贈りたい。
悟浄は予約開始の前日から、ブランドショップ前でわざわざ並んだのだ。
冬の厳しい寒さにも打ち勝ち、とにかく指輪の予約には成功した。

残るは金銭の問題。

悟浄はクリスマスまでの日を逆算して、めーいっぱいバイトを入れる。
クラブでのバイトもシフトを増やし、それ以外にも日雇いで夜中の工事現場で明け方まで働いた。
それもプレゼントとデート資金捻出のため。
八戒の喜ぶ顔を思い浮かべながら、恋するオトコはがむしゃらに働きまくった。
あまりの健気さに、捲簾さえも気味悪がるぐらい。
今日この日のためを思えば、悟浄には苦でもなかった。

そして、念願の指輪も無事ゲット。

これを渡した時、八戒はどういう顔をするのか?
感激して泣いちゃったりして。
そんでそんでっ!今日こそは八戒を雰囲気に酔わせて、こ〜抱き締めてポスッとベッドに押し倒しちゃったりしても。
『もぅ…今日は悟浄の好きにしていいですよ』
なぁ〜んてコトになったりしてっ!!

………淡い期待だった。
それも呆気なく瓦解する。

まさか、八戒も同じラヴリングを用意していたなんて、夢にも思わなかったから。
無念だ、無念すぎる。
思わず涙ぐみそうになって、ぐっすんと鼻を啜った。
勿論、八戒はそんな悟浄の葛藤など微塵も察してはくれない。
「それで…同僚の保母さんに訊いてみたんです。恋人に貰ったら何が一番嬉しいかって」
「あぁ、保母さんね…そうだろうなぁ」
オンナが貰ったら。というよりは、贈ってもらいたい物ブッ千切りトップだろう。
しかもここ数年、やたら芸能人がテレビ画面でご披露しているせいか、ラヴリングの人気も凄まじい。
まぁ、ソレを狙って悟浄も八戒へのプレゼントに選んだぐらいだ。
「そうしたら、何か…この指輪がいいってやたら勧められちゃって。それにコレって恋人同士、カップルで嵌めるモンなんでしょ?」
「そうそう。芸能人も恋人に贈ったりカップルで嵌めてたりしてるしな。名前からしてそのまんまじゃん」
「らしいですねぇ。で、僕もお店を教えてもらって買いに行ったんです。でも…まさかあんなに高い物だなんて思ってもいなくって」
それはそうだ。
別にラヴリングに限らず、こういうモノにはピンからキリまでグレードがある。
八戒が驚く程とんでもないラヴリングは、おそらくダイヤが入ったリングだろう。
悟浄だっておいそれとは買えない。
かといって、一番低いグレードというのも気が引けるし、何よりプライドもある。
甲斐性なしと思われるのも情けないので、それよりはちょっと上のグレードを選んだ。
八戒も同じコトを考えたらしい。
「カップルで揃える物だって聞いたから、本当は自分も同じの買うつもりだったんです」
「…実は俺も」
二人は顔を見合わせると、バツ悪そうに苦笑を零す。
悟浄は買おうと思えば、もっと高いグレードの物を選べた。
ちょっとスロットと競馬と2〜3日回ればそれなりの金額を稼げたはず。
しかしそんな金でプレゼントを買っても、きっと八戒は喜ばないだろう。
そう思ったから真冬の寒い深夜でも、汗水流して働いた。
それでも短期間で稼げる金額などたかが知れている。
結局八戒の指輪を買っただけで終わりだった。
そしてそれは八戒もまた同じ。
保父になってから日の浅い八戒は、賞与もまだ満額は出ない。
今回に限って言えば寸志程度だった。
それでもクリスマスには絶対悟浄にプレゼントを渡したい。
その一心で、以前から欲しかった食器洗浄機も諦めた。
足りなかった分は、学生時代にバイトしてコツコツ貯めた貯金を切り崩すしかなく。
とてもじゃないがその他に豪勢な食事なんて、自分の甲斐性では無理だった。

でもやっぱり。
どうせなら、二人お揃いの指輪が欲しかった。
いつか絶対買おうと、ひそかに決めていたのに。

意外な程あっさり念願は叶ってしまった。
二人は互いの薬指を見つめ合う。
「僕たち…お揃いですね」
「だな。俺コレは普段からずーっとつけて、ぜってぇ外さねーから」
「僕だって…折角悟浄から貰ったプレゼント。ずっと身につけます」
「ホント?」
「勿論…それに指輪って…何だか束縛される気になりませんか?」
八戒は悟浄から視線を外さずに、指輪に口付けた。
「コレは、僕が悟浄のモノだって言う証でしょ?」
「は…っかい…っ」
悟浄が瞳を潤ませて八戒を見つめる。

本当に?
俺のモノ?
指輪で戒めている限り、ずっとずっと。
八戒は俺だけのモノ。

「悟浄も…僕だけのモノです。絶対誰にも渡しませんからね?ずっと一緒ですよ?」
何度も何度も悟浄は頷いた。
八戒になら束縛されるのが嬉しくて仕方ない。
目頭が熱く濡れてきたのを、きつく目を瞑って堪えた。
自分はいつからこんなに涙腺が緩くなったんだろう。
八戒の言葉一つでこんなに。

「あ…プロポーズなんですけど、一応」

驚いて悟浄が顔を上げた。
まじまじと八戒の顔を眺めて絶句する。
目の前には鮮やかな極上笑顔。
「…返事は?悟浄」
悟浄の顔がカッと真っ赤に紅潮した。
困惑と歓喜で瞳が揺れる。
「悟浄…愛してます」
八戒の真摯な声に、悟浄の身体が震えた。
「あ…えっと…だからなっ!」
突然悟浄は叫びながら立ち上がると、そのまま八戒目がけてダイブする。
「え?うわっ!?」
慌てて八戒は悟浄の身体を抱き止めるが、勢いに敵わず後ろへひっくり返ってしまった。
「いたた…悟浄どうしたんですか?」
悟浄は八戒の肩口に顔を埋めて動かない。
小さく溜息を吐いて、八戒が縋り付く背中を優しく撫でて宥めた。
「そんなの…訊かれるまでもねーよ。俺はお前のモンなんだろ…っ」
耳元で囁かれる微かな声。
でも、それだけで充分だった。

だから。
何度でも何度でも。
身体中に湧き上がる気持ちを言葉にする。

「悟浄、愛してます」
「ん…俺も」
蕩けそうな笑みを浮かべて、八戒は強く悟浄の身体を抱き締めた。



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