*****The Future Ties*****



今日も騒がしい悟浄宅。
朝から八戒はせっせと重箱にお弁当を詰めている。
しかも3段重。
見目も麗しいおかず達がギッシリと入っていた。
その重箱とは別に、大きなタッパにはこれまた三角おにぎりがズラッと並んでいる。
その数20個。
ハイキング出かけるにしても、二人には多すぎるお弁当だった。
八戒は重箱の蓋を閉めると、大きな風呂敷で包み出す。
「ふぅ…こんなもんですかね」
漸く一仕事を終えて、大きく伸びをした。
「八戒〜用意出来たのか?」
ソファで転がっている悟浄が、声を掛ける。
胡座をかいた足下には、小さな物体がベッタリと貼り付いていた。
おしゃぶりを銜えながら、ウトウトしている。
八戒は準備したお弁当達を、大きな手提げ袋にしまった。
「どうにか終わりましたよ〜」
ダイニングから悟浄の居るリビングまで微笑みながらやってくる。
「おや?悟能寝てしまいましたか」
「んー、またすぐに起きるんじゃねーの?」
「そうですねぇ。もう少ししたらお腹も空くでしょうし。あ、悟能の離乳食は冷蔵庫に入れてありますから。レンジで暖め直して下さいね」
「おっけ〜♪で?俺のメシは??」
悟浄がソファから八戒を見上げて笑う。
「ちゃんと一緒に冷蔵庫に入ってますよ」
唇に軽いキスを落として、八戒も笑い返した。
「それにしても…今8ヶ月かぁ」
「早いモンですよねぇ。僕たちの時は、何だかあっという間だったような気がしますけど」
「だよな。何か毎日バタバタしてたし、出産なんて訳分かんねーしさ。チビ猿大丈夫なんかぁ〜?」
「悟空はあれでいてシッカリしてますから、僕はさほど心配してませんけど。問題は…」
「…パパのほうか」
悟浄は小さな息子を抱えながら唸る。

ちょうど8ヶ月前。
八戒と悟浄の間に正真正銘二人の息子、悟能が産まれた。
時を同じくして、悟空の妊娠が発覚。
疑う余地もなく、三蔵と悟空の子供だ。

自分たち以上に出産・子育てには疎いだろう彼らを、八戒と悟浄は猛烈に心配する。
せめて予備知識ぐらいはと、八戒は三蔵の寺院に定期購読していた『たまごくらぶ』『ひよこくらぶ』を送り付けた。
悟空に関しては体調の方が心配で、電話で連絡を取ったり、時間があれば様子を見に寺院へ出向いたりもしている。
最初こそはつわりが酷くて、ろくに食事も取れなかったらしいが、安定期に入って落ち着くと従来以上の食欲が復活していた。
その量はほぼ2倍。
間違いなく、お腹の子は悟空の血を引いているようだ。
本日も悟空の様子伺いに、八戒は差し入れ持参で寺院へ向かう。
「それじゃ、そろそろ行ってきますね」
「おう。サルと生臭ボーズにヨロシクな〜」
悟浄が悟能を支えて身体を起こした。
ふと、悟浄が首を傾げる。
何かを考え込んで、眉間に皺が寄った。
「どうかしましたか?悟浄」
「え?あー…何かさ。ちょっと気になったんだけど」
「はい?」
「三蔵さ…毎日何してんの?」
「三蔵…ですか?」
八戒は荷物をローテーブルに置くと、悟浄の隣へ腰掛ける。
「ほら、俺はコイツが産まれてから一度も寺院に行ってねーじゃん?」
「あぁ…そう言えばそうでしたねぇ」
想像以上に子育ては忙しく慌ただしい。
ましてや大人とは生活サイクルがまるで違う。
寝たい時に寝て、起きたい時に起きる。
赤ん坊に時間なんか関係ない。
悟浄は慣れない子育てのせいで、一時体調を崩していた時がある。
育児ノイローゼと言う程大袈裟ではなかったが、かなり疲れていた。
側に八戒が居なければ、確実に参っていたかも知れない。
悟浄自身がそんな状態だったので、未だ妊婦さん悟空や新人パパ候補の三蔵には会っていなかった。
悟空とは何度も電話で話はしているが、三蔵の様子が伝わってこない。
直接悟空に訊いても、何だか要領を得ないし。
ふと思い出しては八戒に訊こうとするのだが、帰宅した八戒の顔を見るとあっさり忘れてしまって。
「だってよ〜?三蔵って何でも人任せの面倒くさがりで、傍若無人野郎じゃん?そんなんで悟空大丈夫なのかなーって」
「…悟浄は優しいですね」
穏やかな微笑みを向けられて、悟浄の頬が僅かに紅潮した。
「何言ってんだよ…バカッ!」
悟能を胸に抱いて、プイッと視線を逸らす。
ますます八戒の笑みが深くなった。
「三蔵はですねぇ…見事に悟浄の予想を裏切ってますよ」
「は?俺の予想??」
悟浄が目を丸く見開く。
「ええ。三蔵のことだから、相変わらず何もせずに傍観してるだけだと思ってるんでしょう?」
「…違うのか?」
冷静に考えてみても。
普段の三蔵は親としては失格、ハッキリ言って役立たずだ。
妊婦というのはデリケートでナーバスになりがちなのに。
三蔵の破壊的性格は、悟空を癒すどころかストレスにしかならない。
そう、悟浄は踏んでいたのだが。
「人間って…あんなに変われるモンなんですねぇ…寺院に行って三蔵に会う度実感しますよ。全くどっちが妊婦なんだか」
「へ???」
八戒の言ってる意味が理解できず、悟浄はしきりに首を捻った。
クスクスと八戒は苦笑を零す。
「今は悟能も少し風邪気味ですから、体調が良くなったら悟浄も一緒に寺院へ行きましょうね。あのインパクトは見ないことには…説明しがたいんですよ」
「ふぅ〜ん…よく分かんねーけど。ま、俺も悟空の様子が見てぇし、そーすっか」
悟浄が納得すると、八戒はソファから立ち上がった。
「出かける?」
「はい。なるべく遅くならないように戻ってきますから。帰りに買い物もしてきますね」
「あ、ジープで行くんだろ?じゃぁ悟能の紙おむつ、あとちょっと無くなるから買ってきて」
「あれ?もう買い置き無くなっちゃいましたか?」
「だって…最近コイツ良く食うしさぁ。やけに新陳代謝いいんだよな」
「まぁ、良くお漏らししちゃうところは、悟浄似ですかね」
「俺が何時お漏らししたんだよっ!!」
「え?夜なんか僕のモノ咥え込んでしょっちゅう…」
「何馬鹿なこと言ってやがんだっ!さっさと行けえええぇぇっっ!!!」
真っ赤な顔で悟浄が怒鳴りつける。
八戒は怯むどころか、上機嫌で微笑んだ。
「もぅ…悟浄ってば可愛いですねぇvvv」
何だか八戒からピンクのオーラが漂い出す。
悟浄は悟能を抱えてガックリと項垂れた。

こ…コイツにだけは、いつまで経っても勝てねぇ。

深々と溜息を零すと、腕の中のカタマリがもぞもぞと蠢いた。
パッチリと翡翠色の大きな目が悟浄を見上げる。
「あ〜vvv」
ニッコリ笑って、小さな掌を悟浄へと伸ばしてきた。
「お?お目覚めか。おっはよ〜悟能♪」
悟浄は息子の柔らかい頬へとキスをする。
息子も上機嫌にキャッキャッとはしゃいだ。
「…狡いです。悟能だけ」
幸せ全開オーラから一変して、八戒が暗い空気を背負いながらいじけだす。
悟浄は思いっきり呆れた視線を向けた。
「なぁ〜に自分の子供にヤキモチ焼いてんだよ」
「だって…」
上目使いで拗ねる八戒に、悟浄が手招く。
誘われるままに八戒が近付いた。
悟浄の腕が上がると、八戒の頭を強く引き寄せる。

ちゅ。

「…さっさと行ってこい。日が暮れるだろぉ」
「悟浄〜vvv」
感極まった八戒がぎゅっと悟浄の頭を抱え込んだ。
強く抱き締め、悟浄の髪に頬摺りを繰り返す。
「だーかーらっ!早く行けっての。で、早く帰ってこい」
「分かりましたっ!悟浄寂しいかも知れないけど、悟能と一緒に我慢してお留守番しててくださいねっ!!」
「…俺まで子供扱いかよ」
「だって、悟浄と離れる僕が寂しいですもん…」
一度強く抱き締めると、八戒は名残惜しげに悟浄から離れた。
改めて手提げ袋を持つと、玄関へと向かおうとする。
「おい、八戒」
悟浄が八戒を呼び止めた。
「何か忘れてねー?」
「忘れ物…ですか?」
八戒は室内をキョロキョロと見回す。
とりたてて忘れているモノはなさそうだが。
「別にないですけど?」
「あるだろ〜?」
悟浄が指で唇を示す。
「…行ってきますのご挨拶は?ダーリン」
「あっ!」
慌てて八戒が戻ってきた。
身体を屈めると、悟浄の唇に軽く口付ける。
一緒に息子の頬にも。
「行ってきますね、ハニーvvv」
「早く帰って来ないと、浮気しちゃうから♪」
「…何か、言いました?」
「いえ…冗談です。大人しくお留守番してマス」
禍々しい八戒の微笑みに、悟浄が顔を引き攣らせた。
悟能がジタバタと八戒に向かって手を伸ばす。
「あーっ!あーっっ!!」
「悟能はダメだって。お前は俺とお留守番なの〜。ほら、バイバ〜イって」
愚図りだしそうな息子を抱え直して、背中をポンポン叩いて宥めた。
視線で早く行けと、八戒を即す。
「じゃ、行ってきますね」
「気ぃつけろよ〜」
悟能の手を取って、一緒に手を振り見送った。
静かに扉が閉まる。
荷物を待っていたジープに積むと、八戒は空を見上げた。
「さてと、行きましょうかねジープ」
八戒は運転席に乗り込むと、軽快にアクセルを踏んで走り出す。
目指す場所は、三蔵と悟空の住む長安近くの大きな寺院。
「二人とも元気にしてるかなぁ…ねぇ、ジープ?」
返事を返すように、エンジンが回る。
八戒はジープと共に寺院に向かって行った。






「うん…うん…分かった。じゃぁもう少ししたら八戒着くんだ。うん…へーきだって!うん…そんじゃな」
悟空は受話器を静かに置いた。
嬉しそうに背後を振り向く。
「さんぞっ!今日八戒が来るって。今悟浄から電話あった」
「そうか…で、何時来るんだ?」
三蔵は長椅子に腰掛けて、モクモクと指先を動かしている。
トコトコと三蔵の元へ戻ると、その横に勢いよく乗っかった。
「おい、静かに座れ。子供に触る」
顔を顰めて、三蔵が睨んでくる。
「そんな…平気だって〜。もう安定してるんだからさぁ」
「バカ猿。何事にも完全とか完璧っていうのはねーんだ。大人しくしてろ」
「…はぁ〜い」
唇を尖らせて、悟空は返事を返す。
「八戒早くこねーかなぁ…腹減った」
悟空は八戒が持ってくるお弁当を期待して、窓の外へと視線を向けた。



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