*****The Future Ties*****



「よいしょっと…ふぅ。結構重いですね、さすがに」
八戒が後部座席から荷物を下ろすと、ジープも変化をを解いた。
羽ばたくと八戒の肩へ降りる。
勝手知ったる三蔵の家。的な寺院に、八戒はスタスタと入っていった。
既に八戒のことは知られているので、途中僧侶とすれ違っても別段何も言われない。
気のせいか、僧侶達からやけに同情の視線を向けているような。
とりあえず軽く会釈して、三蔵達の居る別棟を目指した。
寺院の回廊をのんびり歩いていると、どこからともなく爽やかな音が聞こえてくる。
「…モーツァルトですか。また基本的なマニュアルを押さえてますねぇ」
流れてくるのはピアノの音色。
荘厳な寺院にクラッシック音楽。
何とも奇妙な組み合わせだ。
更に奥院まで進んでいくと、今度は風に乗って穏やかな匂いが漂ってくる。
八戒は立ち止まると、クンクンと鼻を利かせた。
「これは白檀ですねぇ…いい香り」
寺院で白檀の匂いがしても不思議ではない。
香としてはもっともポピュラーで代表的なものだから。
不思議ではないけど。
「…でも、ちょっと焚きすぎでしょう」
八戒は大荷物を抱えながら、呆れた溜息を吐く。
何だか先週訪れた時よりも、パワーアップしている気がする。
言うまでもなく、三蔵の拘り具合が。
漸く部屋の前に着くと、八戒は扉をノックした。
「三蔵、悟空〜いらっしゃいますかぁ〜?」
声を掛けると直ぐに扉が開かれた。
「八戒いらっしゃーいっ!!」
悟空が熱烈歓迎で、笑顔を向ける。
さすがに身重なので、飛びつくような真似はしない。
「入って入って♪さっき悟浄から連絡貰ったんだ〜」
「あ、悟浄電話してたんですか」
「うんっ!悟能、ちょっと風邪っぽいんだって?」
八戒は荷物を持ち上げると、悟空に即されるまま室内に入った。
「げほっ…」
突然喉が噎せ返る。
荷物を床に置くと、八戒が慌てて窓を全開にした。
「ちょっと三蔵っ!」
「…何だ?」
換気したおかげで、室内の煙が外に流れ出す。
霞んでいた視界が晴れて、漸く三蔵の姿が目視できた。
「何だじゃないでしょうっ!お香をこんな部屋が真っ白になるまで焚いて…身体に毒ですよ」
「何?身体に毒だと!?」
三蔵が八戒の言葉に過剰反応する。
「そうですよ…物事には程々が丁度良いんです。効能があるからって、沢山焚けばいいってもんじゃないんですよ?」
「…そうか」
何だからしくもなく三蔵が項垂れた。
三蔵としては悟空の身体に良かれとやったことが、かなり裏目に出てしまっている。
極端ではない限り、三蔵の行動は面白いので八戒も見て見ぬ振りをしていた。
「あ、余談ですが。白檀ってリラックス効果もありますけど、同時に
催淫作用もあるらしいですよ〜vvv」
「そんな豆知識はいらんっ!!」
三蔵が僅かに頬を紅潮させて喚き散らす。
あからさまな反応に、八戒はわざとらしく眉を顰めた。
「まさか三蔵…身重の悟空に…」
「テメェと一緒にすんなっ!
変態絶倫野郎っ!!
「やだなぁ〜絶倫は合ってますけど、変態は余計です♪それに僕は悟浄の妊娠期間、渾身の忍耐で耐え抜きましたよぉ?」
「………本当か?」
三蔵が不審気に八戒を横目で睨む。
「もちろんですよっ!だって男の悟浄が妊娠してるんですよ?不測の事態があったら困るじゃないですか。なので、悟浄に
口と手でお手伝いして貰うので妥協しましたvvv」
「シテるんじゃねーかっ!この性欲魔神っ!!」
「えぇ〜?愛する人と一緒にいれば普通ですよ〜」
「いっぺんお前は、エロガッパと一緒に護摩炊きしてやる」
「ヤだなぁ〜。そんな
悪霊扱いしないで下さいって」
「………もっと質悪ぃだろ」
三蔵の吐き捨てた言葉はキッパリ無視して、八戒は悟空をにこやかに振り返った。
「あ、悟空。お弁当作ってきましたよ」
「ホント?わぁ〜いっ!!」
悟空は大喜びでぴょんぴょんと跳ねる。
「バカ猿っ!そんなに跳ねるんじゃねーっっ!!」
額に青筋を浮かばせ、三蔵が怒鳴りつけた。
やはり、三蔵は変わっている。
本来ならここで、伝家の宝刀ハリセンが悟空の頭上に炸裂しているところだ。
悟空の体調に関して、三蔵の方こそがナーバスになっているらしい。

全く…本当にどっちが妊婦なんでしょうねぇ。

八戒はこっそり笑いを噛み殺した。
手提げから重箱とタッパを出すと、座卓の上に置いた。
この部屋には悟空の寒さ対策として、掘り炬燵がある。
「すっげぇ〜3段重だぁ」
今にも涎を垂らしそうな勢いで、悟空が瞳を輝かせた。
「三蔵もお昼まだですよね?たくさんありますから、悟空と一緒にどうですか?」
八戒が振り返ると、長椅子で指を動かしていた三蔵が視線を上げる。
「…そうだな」
「あ、じゃぁ俺お茶持ってくるね〜」
「いいから座ってろ。俺が持ってくる」
三蔵は立ち上がると、スタスタと部屋を出て行った。
その姿を八戒が呆然と見送る。

三蔵がっ!
自分からっ!
お茶を用意するですってーっ!?

驚きすぎて、思わずぽかんと口を開いたまま硬直した。
悟空の方は慣れているのか、大して気にも留めずウキウキと重箱の包みを開け始めている。
とりあえず八戒も炬燵に潜り込んだ。
「ねぇ悟空?」
「ん?なぁに、八戒??」
「三蔵って…最近ああなんですか?」
「え?三蔵がなに??」
聞かれてる意味が分からず、悟空は小首を傾げる。
「いえ…三蔵が自分でお茶入れたりしてるのかなーって」
「ああ、あれね。もぅすっげぇうるさいの。俺に動いちゃダメだって言ってさ。お茶もさ、お盆で持ってくると両手が塞がるだろ?その状態で転んだりしたら身体支えられないからって。食事の給仕も、俺の風呂も着替えもぜ〜んぶ三蔵が手伝うの。さすがにトイレは泣いて断ったけどね〜」
「三蔵…いくらなんでも極端すぎですよ」
「やっぱり八戒もそう思うだろ?」
「ええ。身体に気を使うのと、過保護は違いますからねぇ」
「八戒から言ってくれる?俺が言っても鼻で笑って終わりだから」
「はぁ…困ったヒトですねぇ」
八戒は寄ってしまった眉間をグリグリ指で押した。
「茶ぁ持ってきたぞ」
「ああ、僕がいれますよ。三蔵も座って下さい」
八戒は三蔵から茶器を受け取る。
「…何かいつもと違いますね?」
お盆に載っているのは、急須ではなくティーポット。
湯飲みではなくカップが載せてあった。
暖められたポットからは、仄かに花の香りが漂ってくる。
「特別にブレンドして貰ったハーブティーだ。リラックス効果があるらしいからな」
「………三蔵ぉ」
徹底した被れ具合に、八戒は思いっきり脱力した。
「何だったらお前も持って帰るか?好きなんだろう」
「ええ…帰りに頂いていきます」
八戒は何も言い返す気が起きず、カップにハーブティーを注ぎ分ける。
「いっただっきま〜っす!」
パンッと掌を合わせると、悟空はもの凄い勢いで食事を始めた。
行儀悪い悟空の手を叩きながら、三蔵も食事に箸を付ける。
その騒がしい様子を眺めつつ、八戒はハーブティーを啜った。
ふと、視線の先に本棚が入る。
「へぇ…随分と揃えてるんですね」
「知識はあった方がいいだろう」
あっさりと三蔵が応えた。
八戒は苦笑して立ち上がり、本棚へと近付く。
「結局三蔵も定期購読にしたんですか」
本棚には八戒が送り付けた「たまごくらぶ」「ひよこくらぶ」と共に、最新号まで揃っていた。
1冊抜き出し、パラパラとページを捲る。
幼児グッズの通信販売のページを八戒は眺めた。
「へぇ…このバック、便利そうでいいなぁ」
何気なく独り言ちて、雑誌を元の場所へと戻す。
棚を眺めていた八戒の視線が、ピタリと止まった。
目をまん丸く見開いて、八戒は金縛りに合う。
そっと、雑誌を抜き出して表紙を確認してみた。

三蔵…何で
「すてきな奥さん」まで買ってるんですか?

もちろん、悟空が読む訳ない。
八戒は見なかったことにして、そっと雑誌を戻す。
「おい悟空。八戒が来たんだから丁度良い。アレ渡しておけよ」
「ん?アレって何だっけ??」
「クマだよ、クマ!」
「ああ、そうだった!八戒〜」
悟空が炬燵から手招いた。
呼ばれて八戒も炬燵へと戻る。
「何ですか?」
「あのさ、檀家さん達から貰ったクマのぬいぐるみがあるんだけど、悟能にどうかなーって思って」
「悟能にですか?」
「うんっ!悟能、ぬいぐるみ嫌い?」
「いえ…そんなことありませんけど。でもいいんですか?折角お祝いに頂いた物なんでしょう?」
「あー…うん。でも三蔵が、子供部屋には合わないからって…」
「え?合わない??」
八戒は不思議そうに三蔵へと視線を向けた。
「ん〜確かに俺もちょっと合わないかな〜とは思うけど」
何だか悟空の言葉が歯切れ悪い。
ますます八戒の疑問は深まるばかりだ。
「…部屋見れば分かる」
三蔵がボソッと呟いた。
「部屋…ですか?」
「ああ。以前お前が使っていた部屋を、子供部屋に改築したんだ」
「へぇ〜そうなんですか。見てみたいなぁ」
一体どんな部屋なのか、純粋に興味がある。
悟能の子供部屋を作る時の参考にもなるかもしれないと、八戒は考えた。
「んじゃ、見る?」
「あ、食事が終わってからでいいですよ」
「ん?もう食った」
「………え?」
言われて炬燵上を見れば、あれほどあったお弁当が綺麗に無くなっていた。
さすがに八戒は絶句する。
悟空は立ち上がると、八戒の腕を引っ張った。
「こっちこっち♪」
「はいはい」
八戒は引かれるまま、悟空に付いていく。
扉自体は八戒もよく知っている木製の扉で、全く変わっていなかった。
「開けてみてよ♪」
「ええ」
ノブに手を掛け、八戒は扉を押し開く。
そこは。
正しく、言葉通り子供部屋だった。
八戒はあまりの驚きに声も出ない。
部屋の壁紙は白を基調に、パステル系の淡い花柄模様。
小さな幼児用の可愛らしいベッドには、レースをふんだんに使ったベッドカバーが掛けられている。
部屋の隅には最新式のベビーカー。
その横には、乳児と出かけるのに使用する藤製のカゴ。
これにもフカフカのクッションに、清楚なレースが縁取られている。
そして、何より八戒が驚愕したのは。

「何ですかぁ〜っ!このスヌーピールームはっっ!?」

そう。
部屋中大小様々なスヌーピーのぬいぐるみが、所狭しと大量に溢れかえっていた。



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