*****The Future Ties***** |
コンコン☆ 陽も高く昇った正午。 悟浄宅の扉を律儀にノックする音がした。 いつもなら返事をして応対する八戒は、キッチンでおやつの仕込み中。 当然玄関先の音など聞こえていない。 片や家主の悟浄と言えば。 悟能を腹に乗せて親子共々うたた寝していた。 やっぱりノックの音など気づきもしない。 「八戒ぃ〜!悟浄ぉ〜!居るんだろーっ!!」 外から聞こえてきたのは悟空の声。 いち早く気づいた悟能が、パッチリと目覚めた。 キョロキョロと首を巡らせると、父親の姿はない。 「…んが」 何事か寝言を呟いて寝ている母親を見つめ、悟能はよちよちと悟浄の身体を這い上がった。 「あー!あーっ!!」 紅葉のような小さな掌で、悟浄の頬をペチペチ叩いて起こそうとする。 その間も外では悟空が開けろと喚いている。 「もーっ!手ぇ塞がってんだってばぁっ!八戒ぃっ!ごーじょーおーっっ!!」 生憎今日は冷えるので、窓は閉めたまま。 窓ではジープが家の中を覗き込み、コツコツと小さな頭をぶつけている。 「あぅ〜っ!!」 悟能が必死に悟浄の顔を叩いていると、嫌そうに小さな手を振り払われた。 「ん…っかい…ねむ…も…少し」 完璧に寝惚けている悟浄は、愛息の努力も八戒の悪戯だと勘違いしている。 「あーうぅ〜っ!」 いい加減痺れを切らした悟能は、ムスッと怒ってしまった。 尚も外からは悟空の叫び声が続いている。 「さみーっ!あーけーてー八戒っ!何で聞こえねーんだよぉっ!!」 いつも自分を可愛がって遊んでくれる悟空が困っていた。 悟能は小さな頭で考え込む。 悟空に早く逢いたいし、遊んで欲しかった。 しかし父親は何処にいるのか分からない。 目の前の母親は、モゴモゴ寝言を呟いて一向に起きる気配がない。 悟能は周りを見渡しながら、何やら思案する。 八戒と悟浄の息子悟能は。 見た目は悟浄ソックリで、髪と瞳の色は八戒譲り。 頭の回転の良さは、どうやら八戒に似たらしい。 そして。 短絡的な突発行動はどう考えても悟浄にソックリだった。 ソファの上に自分がさっきまで遊んでいたおもちゃを見つける。 「あぅvvv」 短い腕を懸命に伸ばして、どうにか届いたモノを手に取った。 それがマズかった。 いつも寝る時に抱えているクマのぬいぐるみや、タオル地のうさぎさんなら良かったのに。 悟能の小さな手に握られていたのは、木製のブタさんだった。 そのブタさんを。 悟能は迷いもせず、思いっきり悟浄に向かって投げつけた。 ガコッ! 「ぃっ…でえええぇぇぇっっ!!?」 おもちゃは見事に悟浄の顔へ直撃する。 突然の激痛に、さすがの悟浄もパッチリ目が覚めた。 「ったた…んだよぉっ!いってぇ〜」 ズキズキと痛む鼻を押さえて、悟浄は脚をバタつかせる。 寝起きで自分に何が起こったか、まるで分かっていなかった。 「あーvvv」 半身を起こせば、息子がニコニコ会心の笑みを浮かべている。 「…悟能?」 顔を顰めて息子を見つめていると、外から大声が自分を呼んでいた。 「ごじょーっ!テメッ!いつまで寝てんだよーっ!!開けてくれって言ってんだろーっっ!!」 何やら半ギレ状態で喚く小ザルの声。 慌てて部屋を見渡せば、ダイニングに八戒は居なかった。 キッチンの方から音はしているが、悟空の声が聞こえていないらしい。 「んだよぉ…しょーがねーなぁ。よっと…」 悟浄は息子を片手で抱えながら立ち上がった。 その時足許に転がる何かを踏んづける。 「イデッ!っぶねーなぁ〜こんなトコにおもちゃ…おもちゃ?」 じっと下を見下ろせば、木製ブタさんが転がっていた。 「………。」 視線を上げて息子を見れば、上機嫌にニコニコしている。 「まさか、な」 こんなちっちゃな幼児が投げつけてくる訳ねーよな。 悟浄は緩く首を振って、頭に浮かんだ疑問を打ち消した。 相変わらず外では悟空とジープが大騒ぎしている。 「へーへー、今開けるって…うっせーっ!ドアが壊れっだろっ!!」 大声で返事を返すと、煩い客を迎え入れるべく玄関へ歩いていった。 悟浄は基本的に親バカだ。 故に息子可愛さのあまり、肝心なことを忘れている。 自分の愛息には、あの八戒の血が色濃く流れていることを失念していた。 当然、目的の為なら手段を選ばない。 床に転がる木製ブタさんに悟浄の血が付いていることを、幸い本人は気づかなかった。 漸く悟浄が扉を開けると、目の前には盛大にふくれっ面をした悟空が不機嫌に立っていた。 「おっせーよっ!すっげぇ呼んでんのにさ。俺もジープも凍えるかと思った」 「悪かったっての。ちょっと悟能と昼寝してたんだよ」 家の中に招き入れると、まだ寒い寒いとぼやいている。 中に入った悟空は、キョロキョロと部屋中を見遣った。 「あれ?八戒は??」 「キッチンでお前のオヤツでも作ってんだろ?おーいっ、八戒ぃ〜!小ザルちゃん来たぞ!」 「猿ってゆーなよっ!」 悟空が背伸びして悟浄へ掴みかかろうとした瞬間、ヒョコッと八戒がキッチンから顔を覗かせる。 「あ、悟空いらっしゃい♪寒かったでしょ?お昼ご飯も用意できてますからね」 「ホント?八戒さんきゅーvvv」 ご飯と聞いて、悟空の機嫌がコロッと良くなった。 「…現金なヤツ」 悟浄はボソッと聞こえるように呟くと、悟空がムッとして睨んでくる。 「はいはい。悟浄もいちいちからかわないの!悟空も妊婦さんなんですから、落ち着いて。今ココアでもいれますからね」 またもや大騒ぎしそうな気配を察知した八戒が、横やりを入れて二人を宥めた。 すると、八戒が目を丸くする。 「…悟浄。何で鼻血垂らしてるんですか?」 「へ?鼻血って…うわっ!ホントだっ!!」 「にっぶー。何で気がつかねーんだよ」 そのまま手で拭おうとするのを八戒が慌てて止めた。 すぐにティッシュを持ってきて、そっと悟浄の鼻を押さえる。 「はい、このまま押さえて下さい。だけどどーしたんですか?何か鼻も赤くなってますし」 「んー、分かんね。悟能と昼寝してたらすっげぇ激痛がしてさ。寝惚けてぶつけたのかなぁ」 「もぅ…危ないですねぇ。気を付けて下さいよ?」 「そーだよっ!悟能落としたら大変じゃん!」 「わーってるよっ!ったく…マジで今日はついてねぇ」 二人掛かりで説教されて、悟浄はバツ悪げに視線を逸らした。 「なー?悟能。恐かったよなー?」 「あぅ〜vvv」 悟空に抱き抱えられて、悟能は嬉しそうにはしゃぐ。 キッチンから八戒が飲み物を持って戻ってきた。 「はい。悟空も一休みしましょう。疲れたでしょう?悟浄もタオル濡らしてきましたから、血を拭いて」 「はぁ〜い♪」 「あ…てててて。やっぱ鼻ん中切れてるかも」 悟浄は痛む鼻を押さえて椅子に座ると、目の前にコーヒーが置かれる。 八戒も自分の分を置いて椅子を引く。 「あ、悟空。悟能をこっちへ。さすがに抱いたままじゃ座りづらいでしょう?」 「うん…よいしょっと」 悟空は膨らんだお腹をそっと支えて、ぎこちなく椅子へ座った。 その様子をじーっと悟浄が眺める。 「何かさ…やけにでっかくなってねーか?」 「ん?そうかなぁ。悟浄もこんなモンじゃなかったっけ?」 ココアの入ったカップに口を付けて、悟空は小さく首を傾げた。 「………。」 俺はそんなタヌキの置物みてぇに膨らんじゃいなかったって。 声に出さずにそう突っ込み、悟浄がマジマジと悟空のお腹を見つめる。 妊婦の基準なんかよく分からないが、客観的に見たって悟空のお腹は大きく膨らんでいた。 悟能の産まれた時の大きさを基準にすると、優に2〜3人入っててもおかしく無さそうだ。 小柄な悟空の3分の2は腹じゃないかという程、立派に膨らんでいる。 さすがに八戒もそう思ったらしく、悟空のお腹に視線を遣って首を傾げた。 「悟空。もしかして…お腹の赤ちゃん、双子とか?」 「えっ?」 「あーっ!その手があったか!それならそんなにでっかくなって当然だな〜」 「…違うけど?お医者さんはそんなこと言ってないけど」 「ええっ!?」 「なっにぃっ!?じゃぁ、そのバカでっかい腹ん中!ナニが入ってんだよっ!?」 「ナニって…赤ちゃんに決まってんだろっ!」 悟空が顔を真っ赤にして激怒する。 ちょっと悟空も気にしてはいたのだ。 お医者さんからも『あんまり赤ちゃんに栄養を与えすぎても、悟空の身体が大変だからね』と、ダイエットするよう言われている。 手足や顔、身体の線は昔と差程変わっていないが、何しろお腹だけが見事に肥大化していた。 「そうですよっ!悟浄いくら何でも失礼でしょう?悟空はともかくとして三蔵の子供なんですよ?ナニが出てきても不思議じゃありませんよっ!」 「何気にお前の方が失礼だよ…」 悟浄は頬杖付いて、大きく溜息を漏らす。 「んで?子供の方は順調なんか?」 「おうっ!予定だと後1週間ぐらいで産まれるってさ〜♪」 嬉しそうに悟空がニッコリ笑った。 悟空にマタニティブルーは皆無らしい。 「そう言えば…何か随分荷物あったみたいですけど?」 玄関横に悟空が持ってきた大きな紙袋が置いてあった。 八戒に言われて振り返ると、悟空は思いだしたように頷く。 「アレな。病院の看護婦さん達から貰ったんだ〜」 「何っ!?白衣の天使からナニ貰ったんだよっ!」 「…悟浄ってば♪」 満面の笑みを浮かべて、八戒が思いっきり悟浄の脚を踏みにじった。 「ーーーーーっっ!!!」 悲鳴を喉に貼り付かせ、悟浄はテーブルに突っ伏してジタバタと悶える。 「悟空?看護士さんたちから何を頂いたんですか?」 「え?何か子供が産まれたら使ってね、ってちっちゃな靴とかベビー服とか…あとぬいぐるみもあった!」 「そうなんですか?」 八戒はきょとんと目を丸くした。 自分達の時はそんなことは無かった。 確かに親切に面倒看て貰ったが、あくまでも彼女たちは職務を果たしただけであったし。 どういうことだろうか、と八戒が首を傾げる。 「まったくさぁ〜女ってホント格好いい男に弱いよね〜」 「あー?なぁに生意気なこと言ってんだ!テメェが言うには100年早ぇよ!」 痛みから復活した悟浄が、ベシッと悟空の頭を叩いた。 「いってぇなぁ!俺じゃねーよ、三蔵だもんっ!」 悟空は思いっきり頬を膨らませて拗ねる。 「は?三蔵…ですか??」 意外な人物の名に八戒と悟浄は顔を見合わせた。 唇を尖らせて、悟空は脚をプラプラさせる。 「前にさ…三蔵と一緒に定期検診行ったんだ。そしたら三蔵見て看護婦さん達すっげぇ大騒ぎで。三蔵は全然気にしてないし、それから公務が忙しくて一緒に行ってないんだけど。いっつも検診行くたびに看護婦さん達に三蔵のこと色々聞かれるんだよなぁ」 毎回のことなのか、悟空は辟易してるらしい。 これには八戒と悟浄も同情する。 「まぁ…もうちょっとの我慢ですよ。それに看護士さん達も悪気はないんでしょう?」 「うん…結構俺の体調も気遣ってくれるし、色々貰えたりもするしさ」 「お祝いして貰えるのは嬉しいでしょう?」 「…うんっ!」 漸く悟空が元気良く笑った。 やれやれ、と悟浄も苦笑いして煙草を取り出す。 「悟浄。煙草吸うなら外で。妊婦さんがいるんですよ?」 「はぁ〜い。わっかりました〜」 悟浄は椅子から立ち上がると、掌をヒラヒラさせて外に出て行った。 「悟空。お腹空いたでしょう?今暖め直してきますからね」 「うんっ!八戒ありがと♪」 「ちょっと待ってて下さいね」 八戒も立ち上がって息子をお昼寝カゴに寝かせて、いそいそとキッチンへ戻っていく。 「腹減ったなぁ〜」 腹の虫が騒ぐお腹を悟空は掌で撫でる。 食事の前に手を洗おうと、悟空は椅子から立ち上がった。 ズキッ… 「いっ…た…あ…っ」 突然腹部に激痛が走り、悟空が床に座り込む。 こんな痛みは今までなったことがない。 「ど…しよっ…いって…よぉ…さんぞっ!」 座っていることも辛くて、悟空はそのまま倒れ込んでしまった。 ガンガンと迫り上がる鼓動で耳鳴りまでしてくる。 腹部の痛みはどんどん酷くなっていく。 「さん…ぞぉ…助け…っ」 強烈な痛みに悟空の意識は朦朧としてきた。 「はぁ〜俺も腹減ってきたなー…悟空っ!?」 床へ倒れ込んでいる悟空を見つけ、悟浄が慌てて走り寄る。 「悟空っ!おいっ!どうした!陣痛かっ!?」 「ごじょ…痛…いぃ」 浅い呼吸を繰り返して、悟空の手が悟浄へ縋り付く。 悟浄はキッチンへ向かって大声を上げる。 「おいっ!八戒っ!悟空陣痛が来たっ!ジープで病院連れてかねーとっ!」 切羽詰まった声に、八戒もキッチンから飛び出してきた。 「悟空っ!大丈夫ですか!?」 「こっちはいーから!ジープの方頼むっ!」 「はいっ!悟空頑張って下さいねっ!!」 「は…っかい…」 「悟空、そのまま動くなよ?抱き上げるからな」 極力負担を掛けないように、悟浄はゆっくりと悟空の身体を抱き上げる。 八戒はジープを呼ぶと大慌てで外に飛び出した。 |
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