*****The Future Ties*****



「悟空っ!頑張って下さいね!すぐに病院行きますからっ!!」
八戒はジープのエンジンを掛けながら、悟空へ声を掛ける。
悟空の身体を抱きかかえた悟浄が、慎重に助手席へ下ろした。
「おいっ!大丈夫か?ちょっとだけ我慢しろよ!」
「う…ん…っ」
球のような脂汗を額に滲ませ、悟空は気丈に頬笑む。
「悟浄、僕の部屋のクロゼットに大きめのバッグがあるので取ってきてくれますかっ!万が一の為に取りあえず必要なモノを用意しておいたので。あと悟能も連れてきて下さい!」
「分かったっ!」
八戒の指示に頷くと、悟浄は慌てて家へ駆け込んだ。
猛ダッシュで八戒の部屋からバッグを取り上げ、リビングで目を丸くして座っていた我が子を抱き上げる。
唯ならぬ雰囲気を察知して、悟能が泣きそうになった。
家の鍵を閉めつつ、息子の背中をポンポンと宥める。
「大丈夫っ!恐くねーからな!八戒お待たせっ!」
ひょいっと身軽に後部座席へ飛び乗るのと同時に、ジープが走り出した。
グッタリと座席に沈んでいる悟空を、後から悟浄がそっと支える。
「もうちょっとだからな!頑張れよ!?」
「ううぅぅ〜痛いよぉ…っ…さんぞ…ぉっ」
あまりの激痛に、悟空の意識は混濁していた。
悟浄が必死に声を掛けても、耳に届いてないようだ。
異常なほど流れ落ちる汗を、悟浄はタオルで拭ってやる。
「八戒ぃ〜ヤベェよ!もっとスピード出せねーかっ!?」
「そうしたいんですけどっ!下手にスピード出しても今の悟空には振動が辛いでしょう?出来るだけ揺らさないようにって考えると、これが限界なんですよっ!」
八戒は前方を睨み付けて、怒鳴るように吐き出した。
穏やかな八戒の何時にない乱暴な口調。
苛立っているのは悟空を心底心配しているからだ。
悟浄にもそれは痛いほど分かるので、それ以上無理を言えない。
「あぅ〜?」
「ん?悟能も心配か?頑張れーって励ましてやれ?」
息子の身体を悟空の方へ傾けると、小さな掌が柔らかな大地色の髪に触れた。
宥めているつもりなのか、拙い動きで悟空の頭を何度も撫でる。
「もうすぐ病院着きますからねっ!少しスピード上げますよ!!」
八戒は慣れたハンドル捌きで、舗装のされていない悪路を難なく飛ばした。
「さんぞ…っ…出…ちゃう…よぉっ」
お腹を抱えて魘される悟空に、悟浄はオロオロ落ち着かない。
「はっ八戒!出ちまうって!どーすんだよっ!?」
「どこから出るんですかっ!?」
「えっ?あ…そっか…悟空っ!お前の身体じゃ出ようがねーから、大丈夫だっ!」
励ましにもならないボケをする程、悟浄も小さくパニックを起こしていた。

あともうちょっと。
もう少しの我慢で病院に辿り着く。

「着きますよっ!」
視界の先に漸く病院が見えてきた。
八戒は絶妙なアクセル加減で減速し、急ブレーキ一歩手前で病院の玄関前に停車させる。
エンジンを切ると八戒が飛び降りて、助手席側へ駆け寄った。
「悟浄は先生に知らせてきて下さいっ!」
「おうっ!」
息子を抱いたまま、悟浄は猛スピードで病院に雪崩れ込む。
「悟空、着きましたよ。立てますか?」
「ん…は…っかい…無理ぃ」
緩く首を振って、悟空が顔を顰めた。
もう陣痛の痛みが限界らしい。
身体を少しずらす気力も無くなっていた。
「分かりました。じゃぁ、抱き上げますから腕を僕の背中に回して下さい」
「う…ん」
どうにか腕を上げて八戒の背中に縋ると、慎重に身重の身体を抱き上げる。
「八戒っ!ストレッチャー!こっちこっち〜っ!!」
病院の看護師達が外までストレッチャーを出して迎えに来た。
悟浄の慌てた様子に唯ならぬ空気を感じて機転を利かしてくれる。
目の前に運ばれたストレッチャへ、八戒は抱いている悟空の身体をゆっくり下ろした。
「すぐに処置室へ運びますから!お父さんの方へご連絡して下さい」
看護師達は大急ぎでストレッチャーを運び入れて行く。
ぽつんと取り残された二人は。

「…お父さん?」
「お父さんですか?って…ああっ!?」
「「三蔵っ!!!」」

二人の声が同時に重なる。
唐突の事態に、肝心な人物の存在がスコーンと抜け落ちていた。
「三蔵へ連絡入れないと!赤ちゃん出産の瞬間に間に合わなくなっちゃいますよぉ〜っ!」
「ヤベェだろ、そりゃ!俺ら末代までネチネチと呪われるぞっ!」
八戒と悟浄は荷物を取り上げると、慌てて病院内へ走り込む。
受付前に置いてあった公衆電話へ追突する勢いで駆け寄り、受話器を外して小銭を入れた。
「早く〜早く出て下さいよっ!」
イライラと八戒が電話を掌で叩く。
コールしているがなかなか出る気配がない。
「もぉ〜っ!受付の方は何してるんですかっ!職務怠慢ですよっ!!」
一度切って再度掛け直そうかと耳から受話器を外した時。
『…もしもし?』
「ああっ!三蔵はっ!?三蔵を大至急呼んで下さいっ!緊急事態ですっ!!」
『どちら様でしょうか?』
「貴方と問答しているヒマもないんですよっ!八戒です、猪八戒っ!早く三蔵を出して下さいってばっ!!」
『あのー…三蔵様はつい先程、
火急の用事が出来たとおっしゃって、お出かけになられましたが?』
「なんですってーーーっっ!?よりによってこんな非常時にっ!!何処に行ったんですかっ!大至急連絡したいんですっ!!」
物凄い形相で髪を掻き回しながらキレる八戒に、悟浄は口をぽかんと開けて唖然とした。
いつもは沈着冷静で何事にも動じない八戒が、ここまで余裕のないのも珍しい。
どうやら、こんな時に限って三蔵は出かけていて不在のようだ。
「何処に行ったか早く教えて下さいっ!」
『麓の病院だと仰っておりましたが…』
「麓の?病院??」

それは此処の病院のことだ。

「病院へ?三蔵はココへ向かっているんですかっ!?」
『八戒殿は病院へいらっしゃるのですか?何でも悟空が大変だと仰って、こちらに待機しておりました僧達をお連れになって病院の方へ』
「は?他の僧達と一緒に??」
予想外の行動に、八戒は目を見開いた。

…何だか胸騒ぎが。

受話器を握る手が唯ならぬ悪寒で小さく震えた。
思わず顔が引き攣ってしまう。
「なになに?三蔵がどうかした??」
豹変した八戒の様子に、悟浄は小さく首を傾げた。
「そうですか…分かりました。それじゃこちらで待ってみます」
気の抜けた声音でそう告げると、八戒は静かに受話器を下ろす。
元の位置に戻すと、電話機にグッタリ脱力した。
「おい?どうしたんだよ?三蔵は?」
心配そうに顔を覗き込む悟浄を、八戒が何とも言えない表情で見上げてくる。
「三蔵はこちらへ向かってもう出かけたそうです…」
「へ?マジで?何で分かったんだっ!?」
「多分…悟空の声が聞こえたんじゃないでしょうか?大慌てで出かけたらしいですから」
「あー。そういや、三蔵はそんな
ラブラブ必殺技持ってるんだっけ?」
「何ですかそのふざけたネーミングは」
「だってそうじゃん。何時でも惚れてる相手の声が聞こえるなんて、これ以上ない必殺技じゃん」
ケロッと答える悟浄に、八戒は力を抜いて溜息を零した。
「まぁ、その必殺技のおかげでいち早く向かってるようですけど…」
「けど?何かあったん??」
「…イヤぁ〜な予感がするんですよねぇ」
「は?」
顔を顰めて呟く八戒に、悟浄がきょとんとする。
「何でも、三蔵…寺院にいた僧侶達を引き連れてるらしいんですよ」
「あぁっ!?坊さん達を?何で??」
「それは僕だって聞きたいですよ」
八戒が電話機に項垂れるのを眺めて、悟浄は頻りに首を捻った。

三蔵は僧侶達を病院へ連れてきて、一体どうするつもりなのか。

ゾクリッと悟浄の背筋が怖気立つ。
「八戒ぃー…俺、何かすっげヤな予感がしてきた」
「でしょう?今の三蔵が平静じゃないからこそ何かやらかしそうで」
「だな…産まれてくる子供の為に編み物しちゃうぐらい平静じゃねーよな」
八戒と悟浄は互いに顔を見合わせ溜息を零した。
悟空が懐妊したと分かった時から、三蔵の浮かれようといったら半端じゃない。
そんな三蔵が心待ちにしていた我が子の誕生に、どんな常軌を逸した行動をしでかすか。
考えれば考えるほど杞憂は深まった。
「と…とにかく。分娩室へ行きましょうか」
「そうだな…うん。悟能も赤ちゃん見たいよな〜?」
「あぅvvv」
八戒と悟浄が分娩室へ向かおうと歩き出す。

すると。
何処からともなく物凄い地鳴りが聞こえてきた。

「…八戒」
「…ですかね?」
二人は揃って玄関の方へと目を向ける。
よーく目を凝らして見れば、何やら土煙を上げるモノがこちらへ突き進んできた。

「サルーーーーーッッ!!!!!」

自動ドアが開くのも待たずに無理矢理こじ開け、物凄い形相の三蔵が絶叫する。
その後方に何やら大荷物を持った僧侶達の集団が、よろけながらも必死に付いて来ていた。

大荷物を持った僧侶の集団。

八戒と悟浄がその異様な光景に顔を強張らせた。
三蔵が二人を目敏く見つけて、駆け寄ってくる。
「おいっ!悟空はどうしたっ!?」
目の前までやってきた三蔵の姿を眺めた二人は、呆然と目を見開いた。
異様なんて甘い状態じゃない。
「悟空ならさっき分娩室へ入ったところですから」
「そうか…」
三蔵が心配そうな表情で、分娩室のランプを見上げた。
漸く追いついた僧侶達が荷物を置くと、全員息を切らせて廊下に撃沈する。
「てめぇら!へたばってるヒマなんかねーんだよっ!オラッ!さっさと準備しねーかっ!!」
三蔵は倒れ込んでいる手前の僧侶を足で蹴りつけた。
「は…承知っ…しましたっ!」
僧侶達が一斉に立ち上がり、その場で荷解きを始める。
一体何事が起きるのかと、八戒と悟浄は慌てだした。
「お…おい?三チャン?一体何を始めるわけぇ〜?」
思わず訊ねる声もひっくり返る。
「それにその格好…何で正装なんかしてるんですか?」
「あ?」
矢継ぎ早に質問されて、三蔵がイライラと振り返る。
今日の三蔵は平素と違っていた。
法衣を身に纏っているのは変わりないが、何故だか荘厳な正装をしていた。
まるで公式な行事に出席するかのような出で立ちだ。
一目で高価だと分かる白を基調にした華麗で優美な衣装。
袈裟の金糸と紫糸の刺繍も豪華だ。
三蔵の美貌と気高さを良く引き立ててはいる、が。
病院に来るには異質で浮いている。
「…確かに。我が子の誕生に正装で対面したいのは分かりますけど」
「…俺は分からねーぞ」
八戒と悟浄がひそひそと小声で言い合う。
「お前らもちょっとソコどいてろ!準備が出来ねー」
三蔵の指示通りに働く僧侶達が、申し訳なさそうに八戒達を押し退けた。
ソコに次々用意されていくモノを、悟浄は不思議そうに眺める。
持ち込んだモノが組み立てられていくと、段々八戒の顔が驚愕に変わった。
出来上がりつつあるモノを注視して、咄嗟に言葉も出ない。
予想外の展開に、八戒は止めるのが遅れてしまった。
出来上がって設置されたモノを見上げて、悟浄が首を傾げる。
「八戒ぃー。
コレって何だ?」
「あー♪」
組み立てられたモノが物珍しいせいか、悟能も興味津々で楽しげにはしゃいだ。
しかし、八戒の心境はそれどころじゃない。
暢気に傍観している間はなかった。
さすがに火が点けられた段階で悟浄も異常に気づき、悟能と一緒にぎょっと驚く。

「三蔵っ!」
「うるせぇ。静かにしやがれ。気が散る」
「散って結構ですっ!」
「何だとぉ?テメェ…」
「病院で護摩壇なんか焚いて祈祷しないで下さいっっ!!!」

ブチ切れた絶叫が静かな廊下でこだました。
分娩室の前で結跏趺坐していた僧侶達と三蔵は、八戒の剣幕に目を丸くする。

そう。
三蔵はわざわざ護摩壇を用意してまで、悟空の安産祈願をしようとしていた。



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