*****The Future Ties*****



「…まだかな?どんぐらい時間掛かるんだ?」
「…そうですねぇ。帝王切開ですから、自然分娩よりは早いですけど」
「…俺ん時もそーだった?」
「…ええ。でもこの子が無事に産まれるのかとか、悟浄の身体は大丈夫なのかって色々心配で考え過ぎちゃってたから時間の感覚が無くって、よく覚えてないんですよ」
「…そっか。俺は麻酔で寝てたから全然覚えてねーしなぁ」
「…心配で待たされる時間って、物凄く長く感じるんですよ」

ぺちぺち。

「…早く産まれて欲しいんだけど」
「…そうですねぇ。でもこればっかりは僕らでどーこーすることも出来ませんし」

ぺちぺちぺち。

「…俺、結構限界なんっすけど」
「…言っちゃダメです。僕だって我慢してるんですから」
「…にっ逃げちゃダメ?俺と悟能は外で待ってるから」
「…ダメですよっ!僕だけに押し付ける気ですか!?」

ぺちぺちぺちぺち。

「悟能ぉ〜?真似しちゃダメですよぉ〜」
八戒が笑顔を引き攣らせて、悟浄の頭を叩いていた我が子の腕を引き戻す。
「あーっ!ぶぅっ!!」
楽しい遊びを邪魔されて、息子はちょっとご機嫌斜めだ。
『やりたいっ!やりたいっ!』と、八戒に戒められた腕を振り回して駄々を捏ねる。
息子に叩かれ続けていた悟浄は、髪を掻き上げ溜息を零した。

子供が何でも真似をしたがるのは良くある事だ。
それでも。
この場でコレはちょっと…というか、かなり真似して欲しくない。

分娩室前を取り巻く異様な雰囲気に、八戒と悟浄は憂鬱な気分になった。
このままだと悟空の出産を心から喜べなくなりそうだ。
八戒は意を決すると、立ち上がって鋭い視線を投げつける。

「三蔵っ!いい加減にして下さいっ!!」
「あ?今大事な所なんだから邪魔すんじゃねーっ!」
「邪魔してるのは貴方ですっ!」
「っんだと?テメッ…」
「こんな状態じゃ悟空も安心して出産できませんっ!!」
「……………何だと?」

三蔵の動揺に、周囲で張り詰めていた空気が一気に弛んだ。

ポクポクポクポク。

「そんな木魚連打しながら読経なんか上げたりしたら、赤ちゃんが産まれる前に
昇天しちゃいますよっ!!」
八戒の絶叫に厳かで陰鬱な音がピタリと治まる。
護摩壇祈祷を八戒に叱られ諦めた三蔵は、悟空を心配して気が気ではなかった。
悟空が苦しんでいるのに、じっと待っているなんて出来ない。
何か自分に出来る事はないか、と。
八戒に追いやられた喫煙所で、三蔵は煙幕を焚きながらウロウロ思案した。
そんな最高僧を、連れて来た僧達も固唾を呑んで見守る。
今の自分に悟空を手伝う事は無理だ。
願うのは我が子の誕生と悟空の無事のみ。

「…願う?」

ピカッと三蔵の脳裏で名案が閃いた。
すっかり動揺して血迷っている三蔵は、違う手段に打って出た。
それが。
分娩室前での安産祈願の読経だった。
ポクポクポクポク、と。
軽快な木魚の音に、僧達の地を這うような大合唱。
我が子の誕生に輝かしいはずの雰囲気が、一気に昏く落ち込んできた。
木魚の音が面白いらしく、悟能は僧の真似をして悟浄の頭を叩いて喜んでいる始末。
最初は八戒と悟浄も『見ざる聞かざる言わざる』で我慢していたが。
段々と佳境に入って気も念も篭もった読経に、忍耐の緒がプチッとキレた。
視線の据わった物凄い形相で、八戒は三蔵の肩をガッチリ掴む。
「いいですか?貴方はこれから父親になるんです。守らなきゃならないモノが誕生するんですよ?その貴方がそんなに取り乱して動揺していては、赤ちゃんも安心して産まれて来れません」
「………っ!?」
八戒に諭され、三蔵の瞳が不安げに揺れた。
「大丈夫です。悟空は強いですし、産まれてくる子は貴方と悟空の血を引いて居るんですから。『ちゃんと守ってやるからさっさと出てこいっ!』ぐらいの気概で貴方は待っていればいいんですよ?」
穏やかな声で励まされた三蔵は、強張っていた肩からふっと力を抜く。
三蔵の周りから刺々しい空気が瞬時に消えた。
悟浄が悟能を抱え直して、三蔵の肩を小突く。
「だぁ〜いじょうぶだっての!アイツ陣痛起きる寸前までメシメシって元気だったんだぜ?腹の子供も順調すぎるぐらい育ってたんだし、どどーんとお父さんは待ってなさいっての!」
「…お父さん?」
「そうですよ?三蔵が今一生懸命生まれようとしている子のパパなんですからね」
「そっか…俺が父親、か」
苦笑いを零した三蔵は、明かりの消えない分娩室のライトを見上げた。

…早く、産まれてきやがれ。
ちゃんと、俺がテメェを守ってやるから。

分娩室の前で一瞬の静寂が訪れた。
すると。

ホギャアアアアァァッッ!!

元気な産声が分娩室から上がった。
三人は一斉に扉を見つめる。

「…産まれた?」
「産まれましたねぇ。物凄く元気な声で」
「産まれた…のか」

呆然としている三蔵の背中をパンパンと二人が叩いた。
「おめでとうございます三蔵」
「よっ!三チャンもいよいよお父さんだね〜っ!!」
「…悟空は?アイツは無事なのか!?」
三蔵が慌てて分娩室へ近付くと、ゆっくり目の前の扉が開く。
中から出てきた看護師は、柔らかいタオルに包まれた小さな存在を大切そうに抱いていた。
「お父さんおめでとうございますっ!元気な男の子ですよ〜」
三蔵は看護師の差し出した我が子をマジマジと見つめる。

柔らかそうなぽわぽわした金色の髪に大きな目。

「ほら、三蔵抱いて上げないとっ!」
八戒に即され、三蔵が恐る恐る我が子を抱いた。
小さな存在だが、腕には間違いなく命の重さがある。
自然と三蔵の表情が綻んだ。
「へー。顔はチビ猿ちゃん似だな」
「悟能と一緒で、髪と瞳は三蔵似ですかねぇ?」
「まだ目が開かないから分かんねーけど、そうなんじゃん?」
三蔵が頬を指で触れると、子供の小さな手が何かを探すように動いた。

キュッ…

小さな掌が三蔵の指を力強く掴んでくる。
「お?ちゃーんとパパだって分かってんじゃん」
赤ちゃんの顔を覗き込んで、悟浄がニッと笑顔を浮かべた。
「それにしても…残念です。
僕の野望が…悟能のお嫁さんが…」
「あぁ?ナニ言ってんの?八戒」
腕を組んでブツブツ愚痴を零す八戒に、悟浄が呆れた視線を向ける。
どうやら八戒はまだ諦めていなかったらしい。
さすがに男の子じゃ嫁には貰えないが。
「いえいえ、悟空と三蔵の子供なら将来有望…絶対可愛く育ちますよね。
この際男の子でも別に…
「お前の常識を子供に押し付けんなっ!!」
悟能をしっかり抱き締めながら、悟浄は物騒な欲望を膨らませる八戒に怒鳴りつけた。
幸いな事に我が子に夢中な三蔵には聞こえていない。
「ったくぅ…いい加減にしろよなっ!」
「痛っ!もぉ…いきなりぶたないでくださいよぉ」
悟浄にゲンコツを喰らって頭を押さえる八戒を、悟浄は睨んでいたが。

あれ?そう言えば。

「なぁ?悟空は?」
「え?そう言えば…遅いですよねぇ」
いつまで経っても分娩室から悟空の姿が現れない。
出産は無事に終わったのだから、病室へ移動してもおかしくないはず。

まさか?悟空の身に何かっ!?

気が付いた八戒が慌てて看護師に詰め寄る。
「すみませんっ!悟空は?この子の母親はっ!?」
異様な事態に気付いた三蔵も、我に返って看護師を見つめた。
心配そうに悟浄は悟能を抱き締め、じっと分娩室のランプを仰ぐ。
しかし。

「あぁ…お母さんはまだ…」

看護師の方は至って冷静。
ニコニコ微笑みながら、背後の分娩室を振り返った。
その直後。

フギャアアアアァァッッ!!

「……………あ?」
「……………おや?」
「……………何でっ!?」

何故だか分娩室からまたもや産声が上がる。
居合わせた三人が呆然とする中、パタパタと分娩室から足音が聞こえてきた。
「おめでとーございますっ!今度も可愛らしい男の子ですよ〜」

「「「はあああぁぁっっ!??」」」

驚愕のあまり三人揃って声が裏返る。
はい、と差し出されたもう一人の我が子を、三蔵が慌てて抱き直した。
両腕に抱いたそっくりな我が子を、三蔵がキョロキョロ見比べる。
「うわー、双子かぁ。それにしてもソックリな」
「一卵性なんでしょうけど…ホントにソックリですねぇ」
「でもやっぱりな。あの腹の大きさは絶対ぇ一人じゃねーって思ったし」
「そうだったんですねぇ」
「………双子」
まさかいきなり二人の子持ちになるとは夢にも思っていなかった三蔵は、唖然としたまま固まっていた。
「それにしても悟空はお疲れさまですね」
「ホントだよな〜。俺なんか悟能だけだって大変だったのに」
「ですよねぇ〜」
八戒と悟浄が感慨深げに頷き合ってると。

「あのー…実はですね?」

子供を連れてきた看護師達がニッコリ微笑んでいた。
その笑顔が何だか困ったように引き攣って見える。
「え?悟空に何か…あんの?」
厭な予感がして、悟浄が思い切って看護師へ問い返すと。
その時。

ピギャアアアアァァッッ!!

またもや分娩室から元気な産声が上がった。
「……………。」
「おいおいっ!ちょっと待てよっ!」
「って言うことは…まさかっ!?」
まん丸く目を見開いて愕然としているところへ、またまた看護師が笑顔で出てきた。
「おめでとうごさいます〜っ!今度も元気な男の子ですよっ!」

「「「三つ子ーーーっ!!?」」」

さすがに三蔵も三人は抱えられないので、変わりに八戒へ渡される。

しーん…。

三人の間に奇妙な沈黙が流れた。
静寂を破ったのは悟浄。
「…どうりで。あんなに腹がデカかった訳だ」
「三人なら当然でしょうねぇ…そういえば悟空の食欲もハンパじゃなかったですし。悟空一人だけでも相当なのに、それプラス三人分なら当然ですよね」
生まれたての子供を眺めて、八戒と悟浄はつくづくと溜息を漏らした。
「ん?コイツだけちょっと違うな」
先に生まれた二人に比べて、最後に生まれた子は三蔵のミニチュア版みたいだ。
金色の髪は勿論、生まれたての乳児にしては端正な顔をしている。
「本当ですね。この子だけは三蔵似ですか」
「だよな?目の辺りと口元なんか、すっげ生意気そー」
「…誰が生意気なんだ?」
「じょっ…冗談だってイヤンッ!」
こめかみに銃口を突き付けられ、悟浄が笑って誤魔化す。
「もー、三蔵もダメですよ?こんな所で発砲したら赤ちゃんがショックで心臓止まっちゃいますってばvvv」
八戒にニッコリ笑顔で銃身を掴まれ、三蔵は渋々銃を下ろした。
待機していた僧達も無事に出産が終わったと分かり、ホッと胸を撫で下ろして安堵する。
悟浄と三蔵が睨み合っていると、分娩室から悟空が出てきた。
無事に我が子が産まれたのが分かるのか、眠っている顔も穏やかで母らしい慈愛に満ちている。
「…よく頑張ったな」
我が子を両腕に抱いたまま、三蔵が眠っている悟空の額に唇を落とした。
嬉しさを上手く表現できない三蔵の、不器用ながらも真摯な感謝の証。
優しさがあふれた三蔵の表情に、悟浄もからかうのを忘れる程だ。
「三蔵、悟空が目覚めるまで付いて上げて下さい。この子達は僕らでちゃんと看ていますから」
八戒が声を掛けると、三蔵がプイッと視線を逸らせる。
「………頼む」
恥ずかしげに頬を染める三蔵に、八戒は苦笑いして頷いた。




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