*****The Future Ties***** |
右を向いても左を向いても、もちろん目の前もスヌーピーだらけの部屋。 さすがに八戒も呆然と立ち尽くした。 「ん?どしたの八戒?」 押し黙って部屋の中を見つめる八戒に、悟空が声を掛ける。 ギギギーっと、音が鳴りそうな程ギクシャクと八戒が振り返った。 「悟空…コレは一体どうなってるんですか?」 「コレって?」 「このスヌーピー軍団です」 八戒は手前に座っている巨大スヌーピーを指差す。 「あぁ、コレね。すっげぇだろ〜♪」 悟空が笑いながら、ぬいぐるみの頭をポンポンと叩いた。 「部屋の改装が終わってから、何か部屋がスッキリしすぎて子供部屋に見えないって三蔵が言ってさ。一人で街に買い物に行ったんだよ」 まぁ、確かに。 ぬいぐるみがなければ、かなり閑散とした部屋かも知れない。 昔自分が一時期間借りしていた時よりも壁紙が明るくなってはいるが、元々物が少なくかなり殺風景な部屋だった。 折角産まれてくる子供のためにも可愛らしい部屋をと、三蔵が拘るのも分からなくはない。 ないけども。 いくらなんでも、ここまでする必要はないと思うのだが。 「そんでさ。俺てっきり家具でも買ってくるのかと思ったら、三蔵手ぶらで帰ってきたんだよね〜」 「手ぶらですか?」 「そう。なーんにも持って帰ってこねーの」 「はぁ…」 確かにこれだけのぬいぐるみ、三蔵一人では持ち帰れはしないだろう。 「で、帰ってきた途端『イヌとネコ』どっちがいいかって訊かれて…」 「悟空は『イヌ』って答えたんですねぇ」 成る程。 イヌだからスヌーピーなんですね。 じゃぁ悟空がネコって答えたら、今頃この部屋はキティーちゃん部屋だったと。 バカらしい程単純だ。 「うん、そうっ!そしたら、また次の日三蔵が街に出かけてって。やっぱり手ぶらで帰ってきたんだけどさぁ」 「まぁ、三蔵が大荷物抱えて帰ってくるっていうのも、想像できませんがね」 「だよなぁ〜。で、次の日になったらいきなりトラックが来てさ、すっげぇビックリしたっ!だってトラックの荷台、ぬいぐるみだらけだったんだぜ!?」 「そりゃぁ…ビックリするでしょうねぇ。僕だってこの部屋見てビックリしましたから」 三蔵ってば…口にこそ出さないけれど、子供が産まれてくるのが余程嬉しいんでしょうねぇ。 その気持ちは分かりますけど。 チラッと八戒は三蔵の方へと視線を向けた。 何事もない素振りで、平然と茶を啜っている。 「それにしても以外ですねぇ。三蔵がスヌーピー好きだとは」 「…誰が好きだって言った」 「えっ?違うんですか??」 これだけ大量のスヌーピーを揃えるぐらいだ。 2〜3のおもちゃ屋を渡り歩いた程度じゃ無理だろう。 八戒は三蔵が自分の最高僧権限を、ここぞとばかりに発揮しまくったと踏んでいた。 それも全て自分の産まれてくる子供に、自分の好きな物を与えたいという親心なのだと思っていたのだけど。 どうやら違うらしい。 心底嫌そうな顔で、三蔵は八戒を睨み付けてきた。 「雑誌を読んだら、部屋にぬいぐるみを飾ったりしてたからだ」 「は?それだけの理由…ですか??」 「…そうだが?何か文句あるのか?」 「いえ…文句なんかありませんけど」 雑誌に載ってたから? いくら何でも雑誌にだって、こんなUFOキャッチャー状態の部屋なんか紹介してないだろう。 「じゃぁ、何でこんなにいっぱい買ったんです?」 八戒は先程から謎だった疑問を三蔵に投げかける。 「あ?子供はいっぱいあると嬉しいんじゃねーのか?」 「………はぁ!?」 どこからそんな発想が出るのか。 ますます謎は深まるばかりで、八戒は眉間に皺を寄せ小さく唸った。 「コイツは大喜びだぞ?」 三蔵にコイツ呼ばわりされた悟空は、子供部屋で巨大スヌーピーに座っている。 「ん?八戒なに??」 話を聞いていなかったらしく、悟空は小さく首を傾げた。 「悟空はこの部屋、嬉しいんですか?」 「え?こんだけいっぱいだとさ〜面白くねー?」 「面白い…っていうか」 異常だろうっ!? 叫びたい言葉を無理矢理飲み込んで、八戒は愛想笑いを浮かべる。 「確かに悟空が喜んでいるのならいいんですけど。それよりもまず、悟空はもう子供じゃないでしょうっ!」 「あ?見りゃぁ分かるだろうが。ガキだよ、ガキ猿」 「猿ってゆーなっ!三蔵のハゲ!」 「あー?てめぇ、もういっぺん言ってみろ!」 「三蔵の生臭エロ坊主ぅ〜」 大きなスヌーピーに抱えられているような状態で、悟空は思いっきり三蔵へ舌を出した。 「悟空…ダメでしょう?本当のこと言っちゃ♪」 「どーいう意味だ、八戒っ!」 「何怒ってるんですか?だって、貴方は子供だと思っている悟空に、大人の分別も弁えないで手を出して猥褻行為を働いた挙げ句に孕ませたんですよねぇ?正しく生臭エロ坊主じゃないですか〜あははは♪」 辛辣な言葉を吐きながら、八戒はのほほんと朗らかに笑う。 三蔵の額に怒りの血管が浮かびまくった。 それでも言い返せば10倍返しは目に見えているので、渾身の忍耐で怒りを抑え、無言のまま八戒を睨み付ける。 「でも…三蔵はきっちり責任取るんだし、悟空もそれを受け入れて幸せなんだから問題ないんですけど?」 「八戒…」 三蔵が八戒の言葉に驚いて、目を見開く。 「そうは言っても。最高僧がエロ坊主なんて、世間的には誉められた行為じゃありませんから♪」 「んなこと知るかっ!」 思わず逆ギレして、三蔵が吐き捨てた。 すっかり機嫌を損ね、三蔵は拒絶するように背中を向ける。 そして何やらゴソゴソとカゴを引き寄せると、指先を動かし始めた。 一体何を始めたのか。 この部屋に来た時から、八戒は三蔵が何をしているのか気になっていた。 そっと足音を忍ばせて、八戒が三蔵の背後へと近付く。 少し離れた位置から、三蔵の手元を覗き込んだ。 それを確認して、八戒の目が驚愕で見開かれる。 「三蔵…その手に持っているのはもしかして〜」 「あ?コレがどうかしたか?」 「それって…靴下、ですよね?赤ちゃん用の」 三蔵がモクモクと動かしていたのはカギ編み棒。 編み棒でまさに作成中だったのは小さな靴下だった。 「ちょうど産まれる頃は寒くなってるからな。必要だろうが」 確かに。 これから本格的な冬に入る。 乳児の身体は、外部からの抵抗に慣れていない。 ちょっとした気温の変化でも体調を崩すだろう。 それは分かるのだが。 三蔵が?子供のために、手編みの靴下を!? 衝撃な出来事に遭遇した八戒は、思わず立ち眩みでふらついた。 見てはいけない物を見てしまった。 何だか意味もなく罪悪感に駆られるのは何故だろう。 三蔵…貴方、自分のパーソナリティを考えて下さいよっ! 八戒の許容量も限界いっぱいいっぱい。 胃の辺りがムカついてきて、消化不良でも起こしそうだ。 八戒はガックリと床に力尽きる。 「あれ?八戒どうしたんだよっ!」 子供部屋から慌てて悟空が駆け寄った。 頭を緩く振って、八戒は笑顔を浮かべる。 「ああ…ちょっと目眩がしただけですから」 「大丈夫?休んだ方がいいんじゃねー?」 心配そうに悟空が八戒の顔を覗き込んだ。 「そんな…本当に大丈夫ですから」 八戒はフラリと立ち上がると、悟空に導かれてコタツへと入った。 奇妙な静寂が部屋に満ちる。 コタツ布団の上でジープは丸くなってお昼寝中。 悟空はニコニコしながら、三蔵の指先を眺めていた。 ちょっと冷静になろうと、八戒はお茶を啜る。 「三蔵ってば…いつから編み物なんか始めたんですか?」 八戒に問い掛けられ、編み目から三蔵が視線を上げた。 「先月ぐらいだよなー♪」 三蔵の代わりに悟空が元気に答える。 制作途中の靴下をよく見れば、結構編み目も細かく綺麗だ。 内心で八戒が感心していると、三蔵は小さく溜息を吐く。 「仕方ねーだろ。無いんだからな」 「は?何が無いんですか??」 八戒は小首を傾げた。 「赤ちゃん用の服も揃えなきゃって話してて、三蔵と本見たんだけど〜三蔵が全然気にいらなくってさ」 悟空が小さく苦笑を零す。 「欲しいのがねーなら、自分で作るしかないだろう」 ボソッと呟くと、三蔵はまた編み物を再開した。 八戒はポカンと呆けてしまう。 乳児の服なら、自分たちも店やカタログで色々見ていた。 色も柄も形もかなり豊富で、選ぶのに目移りする程だ。 それなのに。 欲しい服が無い? 一体三蔵は、どんな子供が産まれると想像してるんでしょうか? 何となく想像するのを頭が拒絶した。 三蔵に聞いたところで、素直に答えるとも思えない。 面白いんですけど…すっごい疲れますねぇ ここまで豹変するのも珍しい。 それほど三蔵にとっては、アイデンティティを根底から覆されるのも厭わない程大切なことなんだろう。 悟空と自分の間に子供が産まれるというのは。 「悟浄もそうでしたけどねぇ…」 無意識に八戒は呟いた。 自分は望んでいたことだけど、悟浄は違う。 でも、自分の身体に命が宿っていると分かってから、悟浄は随分と変わった気がする。 長い間八戒と一緒にいても、悟浄は個人主義で何者にも囚われない奔放さがあった。 それが子供を身籠もって出産してからは、まず第一に生活が八戒と子供を中心に過ごすようになる。 悟浄の中から不安定な危なっかしさが消え、随分穏やかな表情を見せるようになった。 子供を中心にして、悟浄と八戒がお互い強く結びつく。 これが家族というものだろうか。 きっと、三蔵は同じ思いをしているはず。 それは理解できるけど。 「イマイチ不気味というか…」 「ん?八戒なんか言った?」 ジープの頭を撫でていた悟空が、呟きに気付いて振り向く。 三蔵は八戒の心情を感じ取ったのか、不機嫌そうに八戒を睨んだ。 「いえ、何でもないです♪」 「???」 「チッ…」 はぁ…悟浄は遊びに来たがってたけど、これじゃぁ命を落としかねませんね。 こんな奇異で面白いこと、悟浄が大人しくしているハズがない。 そう遠くはない先の大騒ぎを予感して、八戒は重い溜息を零した。 |
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