*****The Future Ties***** |
夕方近く。 外からジープのエンジン音が聞こえてきた。 「お?帰ってきたな」 ソファに寝そべってテレビを見ていた悟浄は、音に気づいて身体を起こす。 息子はすやすやとお休み中で、かなりヒマを持て余していた。 玄関まで出迎えようと、悟浄は上機嫌で立ち上がる。 窓から外を覗くと、丁度八戒がジープから荷物を降ろしていた。 ふいに、悟浄の眉が顰められる。 「八戒のヤツ…何かあったんか?」 妙に動きが緩慢で、荷物を降ろす度に溜息なんか零していた。 悟浄は腕を組んで考え込む。 朝、家から外出する時は、普段と変わらない様子だった。 いつもよりは上機嫌だったぐらいだ。 そうなると、必然的に思いつくことは一つ。 「寺で何かあったのかなぁ??」 別に具合が悪いということでは無さそうだけど。 窓越しに唸っていると、いつの間にか荷物を降ろし終えた八戒がジープと共に帰ってきた。 「…ただいまぁ」 八戒にしては珍しく、脱力しきった覇気のない挨拶。 「おかえり。どーしたん?随分お疲れみたいだけど??」 悟浄が近づくと八戒は両手に抱えた荷物を床へ降ろして、そのまま座り込んでしまった。 「おい?大丈夫かよ!?」 慌ててしゃがみ込んで、悟浄は様子を伺う。 それに、八戒は疲れた表情で頬笑んだ。 「あー…具合が悪いとかじゃないんです。ただ…必要以上に神経を磨り減らしてしまって」 「は?神経を…って、何ソレ??」 意味が分からず悟浄は首を傾げる。 「それより…悟能は?」 「ん?ああ…寝てるよ。昼も食欲旺盛だったし、グズることもなかったから」 「それはよかった…はぁ」 八戒はまた深々と溜息零した。 「とりあえず座った方が良くねー?ほら」 「あ、すみません」 床に座り込んでる八戒に、悟浄が腕を貸す。 悟浄の方へ身体を預けると、簡単に持ち上げられた。 そのまま支えられ、ソファの方へと移動する。 「座ってろよ。コーヒーいれてやるから」 「あっ、具合が悪い訳じゃないから大丈夫ですよ。僕が…」 「でも疲れてるんだろ?いーから座ってろ!」 立ち上がりかけた八戒の肩を、悟浄はソファへと押し戻した。 キッチンへ行く途中に、八戒が買い物してきた荷物を拾い上げる。 「適当に冷蔵庫突っ込んどくから、後で整理しろよ〜」 ヒラヒラと手を振って、悟浄はキッチンへと消えていった。 「はぁ…何か心配かけちゃってますねぇ」 それでも。 たまにはこういうのも悪くはない。 悟浄には怒られそうだが、心配されるのは結構嬉しかった。 自然と笑みを浮かべながら、八戒はソファへと身体を沈める。 時計を見れば4時少し前。 「結構長居してたんですねぇ」 買い物自体は既にリストを作っていたので、さほど時間は掛からなかった。 結局寺院で引き留められたのが、疲労の原因だ。 ただでさえ見慣れない三蔵に疲れを覚えたというのに。 その疲れの原因である当の本人から丁度良いとばかりに引き留められ、マンツーマンで編み物教室までさせられる始末。 まさかあそこまで三蔵が凝り性だなんて、八戒は思いも寄らなかった。 「これで子供が産まれたら…どうなっちゃうんでしょうかねぇ」 何だか想像することを、頭が拒絶する。 沸き上がった怖気と共に頭を振っていると、悟浄がカップを持って戻ってきた。 コーヒーのローストした良い匂いが漂ってくる。 家に戻ってきたんだと、八戒は改めて実感した。 「…何やってんの?」 妙な行動をしている八戒を、悟浄は目を丸くして見下ろしている。 とりあえず声を掛けて、カップを八戒へ差し出した。 「あ、ありがとうございます〜」 悟浄からカップを受け取ると、気を落ち着けようとカップに口を付ける。 「はぁ…美味しいです」 「そりゃ、よかった」 リモコンでテレビを消すと、悟浄は八戒の横に腰を下ろした。 「で?何があった訳?」 コーヒーを啜りながら、悟浄が視線を向けてくる。 八戒はカップを両手で持ったまま、少し思案した。 「何があった…って言う訳でもないし。でも確実にあったというか〜」 「…何が言いてぇんだよ、おい」 意味不明な呟きに、呆れた口調で悟浄がツッコミを入れる。 八戒にしては珍しく歯切れが悪い。 何かを逡巡しているのは分かるが、自分にも言えないようなことなのか? そう思うと、悟浄は胃の辺りが不快感でムカムカしてきた。 「んだよ…俺に隠し事?」 あからさまにふて腐れて、悟浄がボソッと吐き捨てる。 物思いから戻ってきた八戒は、悟浄の様子に気づいて焦った。 「違いますっ!そんな大したことじゃないんです」 「大したことじゃねーのに、言えねー訳だ?あ、そぉ〜?へぇ〜」 ますます機嫌を損ねて、悟浄は八つ当たるようにカップを囓る。 「もぅ…揚げ足取らないでくださいよ。ただ…悟浄に話すと…」 八戒が言い淀んで、悟浄を見つめた。 「俺に話すと何?」 「悟浄の命に危険が…」 「はぁっ!?」 物騒な話に、悟浄は間抜けた声を上げる。 俺の命に係わるって…一体何があったんだ? 悟浄は驚愕したまま硬直した。 コーヒーに口を付けて、八戒がまたもや溜息を吐く。 「絶対悟浄ってば…面白がって調子に乗ると思うんですよねぇ」 「へ?面白いこと??」 ますます意味が分かんねー。 面白いことなのに、何で命が危険なんだ? 難しい顔で悟浄が首を捻った。 「こうさぁ〜ん。はーっかいvvv気になるから教えろよぉ〜」 悟浄は八戒にしなだれかかって、上目遣いに甘えてみる。 得意の甘え攻撃に、八戒は一瞬息を飲んだ。 八戒の理性が、試されるようにグラグラと揺れ動く。 ちぇっ…意外としぶといねぇ。 んじゃ、もう一押し♪ 悟浄はカップをローテーブルへ置くと、いきなり八戒の身体へとしがみついた。 額をグリグリ胸に擦り付け、甘え倒してくる。 バランスを崩した八戒が、慌ててカップをローテーブルに置いた。 「悟浄…突然どうしたんですか?」 八戒が声を掛けると、腕の中から悟浄が潤んだ瞳でじーっと見上げてくる。 「八戒ぃ…ごじょーだけ仲間外れ?」 ブチブチッ! 呆気なく八戒の理性はブチ切れた。 「ごじょおおおぉぉっっ!!!」 感極まって絶叫しながら、ぎゅうぎゅうと悟浄の身体を抱き締める。 悟浄はそれに逆らうこともなく、あまつさえ自分から擦り寄った。 「なぁ…教えて?」 「はいっ!!!」 返事を確認すると、悟浄は八戒の身体をベリッと強引に引き剥がす。 「え?悟浄??」 「で?何があった訳?」 「え…あれ??」 突然の豹変に、八戒は瞳を瞬かせて面食らった。 さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら。 ニヤニヤと口端に笑みを刻んで、悟浄がネタ晴らしを催促する。 漸く悟浄の思惑に気づいた八戒は、真っ赤な顔で憤慨した。 「狡いですっ!悟浄騙しましたねっ!!」 「んだよ…人聞き悪ぃなぁ?駆け引きだろ〜。ほら、俺ってば根っからの賭博師だから♪」 「…酷いですっ」 八戒は恨めしそうに悟浄を睨め付ける。 「んなの、八戒がなかなか吐かないからじゃん。何でそんなに言いたくねーの?そんな風にされるから、ますます気になって聞き出したくなるんじゃねーか!」 「まぁ…そうなんでしょうけど。僕は悟浄のコトが心配で」 「あ?俺そんなに柔じゃねーぞ?いいから言ってみろって!」 チラッと八戒は視線を寄越して、諦めたのか盛大な溜息を吐いた。 「今日…僕、寺院へ行きましたでしょ?」 「ああ。何?三蔵と悟空のこと?悟空に何かあったのか??」 「いえ悟空は…順調に胎児も成長してるようで、最近は元気にお腹を蹴ってくるらしいです」 「へぇ〜良かったじゃん。他に何か問題あんの?」 「問題は悟空ではなく…」 「…三蔵?」 悟浄の問い掛けに、八戒はコクリと大きく頷く。 「何?やっぱりアイツ面倒臭がってな〜んにもしねーの?」 これは悟空の妊娠が発覚してから危惧していたこと。 あの唯我独尊生臭坊主が、子供が出来たからって変わるとは思えなかった。 やはり相変わらず、妊婦の悟空を気遣うこともせずに我が侭放題しているのだろうか。 「違うんです…全く正反対なんです」 「は?正反対…って??」 顔を顰めてあれこれ思案していた悟浄は、八戒の言葉に目を丸くした。 八戒は苦笑して肩を竦める。 「ですから、正反対なんですよ。今までの三蔵とは。もう〜見てるコッチが痒く成る程マメなんですっ!」 「三蔵が…マメ?」 悟浄の眉間にクッキリと不審の皺が寄った。 「見てて呆れますよ…甲斐甲斐しく悟空の面倒を見てるのはいいんですけど、過保護を越えた心配までしてるんです。産まれてくる子供の為に三蔵が子供部屋改築したり、ベビー服だって三蔵のお手製でっ!…あれはハッキリ言って常軌を逸しています!異常ですよっ!!」 やけに興奮気味に八戒が力説する。 三蔵が甲斐甲斐しい? ベビー服が…三蔵のお手製だぁ〜?? 想像を絶する八戒の話に、悟浄はふら〜っと気が遠くなってきた。 何だか綺麗なお花畑が見えてくる。 「悟浄っ!しっかりして下さいっ!!ごじょーっっ!!!」 意識が朦朧としているところを、八戒が必死になって意識を引き戻した。 我に返った悟浄は、ブンブンと大きく頭を振る。 「やべぇ…今いきなり違う世界にイキそうになった」 「分かりますよ悟浄。僕はソレを!目の前で散々見せつけられたんです」 「………大変だったな」 「ええ、本当に」 しみじみと悟浄は八戒を労った。 悟浄は慰めるように、八戒の肩へぽてっと頭を乗せる。 「でもさぁ…な〜んか怖いモノ見たさもあるな」 「そう言うと思ったから心配してるんじゃないですかぁ」 「あー成る程ね。でも多分…そこまでスゲェと、からかう余裕ねーかも」 「…それもそうですねぇ」 甘えてくる悟浄の頭を撫でつつ、八戒も同意して頷いた。 「何か…子供産まれたらどーなんだろうなぁ、三蔵」 「…怖い想像させないで下さい」 おむつを取り替える三蔵。 乳児の洋服を全て手作りする三蔵。 ベビーカーを押して、親子仲良く遊園地に出かける三蔵。 父兄参観に率先して参加する三蔵。 運動会にビデオ片手に嬉々として子供を撮り捲る三蔵。 PTAに参加して父母達を牛耳る三蔵。 「八戒…不気味な想像はその辺でやめておけよ」 「…はい」 見る見る顔面蒼白になっていく八戒に、悟浄が歯止めを掛けた。 「そんで?アイツらどっちが産まれるか知ってんの?」 「悟空がそれじゃ産まれた時につまらないからって、聞かなかったみたいですよ」 「お楽しみ袋じゃねーっての」 悟浄は額を抑えて呆れ返る。 悟空らしいと言えばらしいが。 「今からそんなんで、女の子が産まれたりしたら大変だろうなぁ〜三蔵サマってば」 「ですよねぇ…でも、僕だって負けませんよっ!」 妙に気合いを入れる八戒に、悟浄は頭を上げる。 「へ?何が負けねーんだ??」 「だってっ!三蔵と悟空の子供だったら、絶対可愛いですよ。ヘンな虫が付く前に、さっさと婚約して悟能のお嫁さんにするんですっ!!」 「はぁ?何バカなこと言って…」 「バカなことじゃないですっ!こういうコトは先手必勝!手を付けたモン勝ちですからねっ!」 「おいおい…悟能はまだ1才にもなってねーし、相手は産まれてもいないんだぞ?」 さすがに悟浄も唖然とした。 三蔵のこととやかく言ってるけど、八戒も充分張り合ってるっての。 悟浄はコッソリ溜息を零す。 「何ですか?溜息なんか吐いちゃって」 興奮状態のまま、八戒が悟浄を睨んだ。 我関せずと、悟浄が視線を逸らす。 「僕らの大切な悟能の将来のことなのに…もうちょっと真面目に考えて下さいよっ!」 「はいはい。そん時になったら考えるっての。第一恋愛はモチロン、結婚するもしないも当人同士の問題じゃねーか」 「そうは言いますけどね?」 「じゃぁ、八戒は…例えば親から三蔵と結婚しろって言われたらすんの?」 「悟浄が居るのにする訳無いでしょうっ!!」 「だろ?」 「あ…」 悟浄はニッと笑って、八戒の頭をポンポンと叩いた。 バツ悪そうに、八戒は俯く。 「そうですよね…」 「ま、お前が悟能を大切に思ってるのは分かっけどさ」 「何か僕…バカみたいで」 「ん?そんなことねーよ。そんだけ八戒に愛されてるんだから、悟能は幸せじゃん」 「悟浄…」 八戒が嬉しそうに悟浄を見上げた。 「でもさ。あんまり悟能ばっか構ってると、俺が拗ねるからな〜」 双眸を眇めて、悟浄は楽しげに笑う。 八戒は腕を伸ばして、悟浄を抱き締めた。 「モチロン、一番大切なのは奥さんですよ〜vvv」 「いやん、ダーリンってば♪」 一瞬視線を合わせると、二人同時に噴き出す。 「くくくっ…それやめろって言ってんだろ〜っ!!」 「だって…本当のことじゃないですかぁ」 八戒がわざと頬を膨らませて拗ねると、悟浄の笑いが止まらなくなった。 「マジ…勘弁っ!腹がいてぇ〜!!」 「もぅ。そんなに笑わなくてもいいじゃないですか〜」 互いの肩口に伏せて、ひとしきり笑い合う。 すると。 寝室の方から乳児の泣き声が聞こえてきた。 「あ、悟能がお目覚めだ〜おむつかな?」 悟浄は立ち上がって寝室へと向かう。 「悟浄!おむつの替え、買ってきましたからね」 「おっけ〜」 軽い返事を返すと、慌てて走りながら出ていった。 八戒もカップを持って立ち上がると、ダイニングへと向かう。 「さてと。夕飯の準備でもしましょうか」 使い慣れたエプロンをすると、上機嫌で今日の献立を考え始めた。 |
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