*****The Future Ties*****



「はい、着きましたよ〜♪」
ジープのエンジンを切ってサイドブレーキを引くと、八戒はニッコリ微笑みながら助手席を振り向いた。
「八戒…ティッシュくれ。悟能鼻水垂らしてる」
「おや?やっぱり寒かったですかねぇ」
八戒はバッグを漁ってポケットティッシュを探す。
悟浄に抱えられた息子の頬は、寒さで林檎色に染まっていた。
やはりオープンタイプのジープは冬仕様ではない。
八戒からティッシュを受け取った悟浄は、息子の鼻を丁寧に拭った。
「…悟浄も鼻かんだ方が良いですよ」
「んぁ?」
ハンドルに腕を掛けて、八戒がクスクスと苦笑を漏らす。
そういう悟浄も鼻水が出ていた。
そっくりな顔をした親子が同じように鼻水を垂らしている姿は、何だか微笑ましい。
「ったく…風が寒すぎるんだよなぁ」
ブツブツと不平を零して、悟浄もチーンッと思いっきり鼻をかんだ。
「ジープもさぁ〜冬には
冬毛で屋根付きとかになんねーの?」
「…猫じゃないんですから」
八戒は助手席側に回ると、悟浄から悟能を受け取る。
「悟能も寒かったですねぇ。もうすぐ暖かい部屋に行けますよ〜」
悟能のフードを目深に被せ直し、背中をポンポンと叩いた。
ジープから降りた悟浄も、被っていたニット帽で耳を覆う。
「大丈夫かな?悟能、また風邪引いたりしねーか?」
八戒の横に並んで、悟浄は心配そうに息子の顔を覗き込んだ。
手袋をした掌で、真っ赤な頬をそっと撫でる。
変化を解いたジープが大きく羽ばたいて、八戒の肩へと降りた。
ピィと一声鳴いて長い首を伸ばし、同じように悟能の顔を覗く。
「ジープも…大丈夫ですって。この前予防注射もしてきたんだし、お熱もありませんから」
難しい顔をしている悟浄とジープに、八戒は安心させるように微笑んだ。
「とにかく早く中入ろうぜ。大人だって寒いんだも〜ん」
「そうですね。あ、悟浄そっちの荷物持ってきて下さいね」
「お?コレね。忘れるトコだった」
「忘れないで下さいよ…今日の目的はソレを三蔵達に渡すことなんですから」
「え?遊びに来たんじゃねーの?」
悟浄は箱を抱えて、きょとんと瞳を瞬かせる。
「いえ…もういいです。さ、早く行きましょう」
やれやれと額を押さえながら、八戒はさっさと階段を登り始めた。
悟浄も慌てて八戒の後を追う。
「何だよっ!置いてくなよーっ!」
「はいはい、置いてったりしませんから、泣かないの」
「泣いてなんかねーっ!!」
騒がしい遣り取りをしつつ、一家は三蔵の住む離れへと向かった。






相変わらず寺院は閑散としている。
途中数人の僧侶達とすれ違うが、人の声もなく静まり返っていた。
「相変わらず辛気くせーの」
悟浄が呟くのを、八戒が苦笑して肘で突く。
「お寺が騒がしかったら変ですよ。いいじゃないですか、静かな環境で。胎児と母胎には理想的でしょう?」
「え〜?そっか??何か静かすぎても落ち着かなくねー?」
「それは悟浄が騒がしいところにいつも出入りしてるからですよ。まぁ心地良い環境なんて人それぞれでしょうけど…あ」
何かに気付いた八戒が立ち止まった。
攣られて悟浄も立ち止まる。
「何?どーかした??」
「…モーツァルトの次は環境音楽ですか」
「へ?環境音楽??」
意味が分からず、八戒の言葉を悟浄がおうむ返しする。
「川のせせらぎ…いや、波の音ですねコレは」
「…波の音?」
言われて耳を澄ませば、微かに打ち寄せる水のような音が聞こえてきた。
悟浄は眉を顰める。
「何で山の中で海なんだよ?川の音じゃねーの?いや、まてよ?この辺に川なんかあったか??」
難しい顔で腕を組み、悟浄がう〜んと唸った。
「ですから、環境音楽なんですって。三蔵が悟空の胎教に流してるんですよ、コレ」
「あ〜?胎教に波の音??」
「通説で良いと言われてるんです。悟浄もこの子がお腹にいる時、僕が色々音楽かけてたでしょう?」
「…そうだっけ?」
妊娠期間中を思い返してみるが、悟浄には記憶がない。
八戒が胡乱な表情で呆れ返った。
「全く…悟浄は僕の気遣いなんか無視して、テレビばっかり見てたから。
悟能の胎教は悟浄のバカ笑いかプロ野球ニュースでしょう
「あっ!何だよっ!ストレス溜めるよりも、笑うってのはいーんだぞっ!」
悟浄が真っ赤な顔で憤慨する。
ギャーギャー喚いている悟浄に、八戒はチラッと視線を送った。
「へぇ?悟浄ってば、そ〜んなに
ストレスがあったんですか?」
「え…いや…そのっ…」
「僕は全然気付きませんでした♪」
ニッコリ満開笑顔で、八戒が悟浄を見つめる。
勿論、瞳は全く笑っていなかった。

だから、その威圧するようなコワイ笑顔がストレスになるんだってばっ!

常日頃から散々思ってはいても、悟浄は言えない。
そんな恐ろしい真似出来る訳がなかった。
悟浄が箱を抱えて硬直していると、八戒に抱かれている悟能が小さな手を伸ばしてくる。
「あー…うぁ?」
八戒の腕の中でジタバタと暴れ出した。
「あぁっ!もう…危ないですよ悟能!仕方ないですねぇ。悟浄、悟能を抱いて下さい。荷物は僕が持ちますから」
箱と交換に手渡されると、悟能はギュッと悟浄にしがみ付く。
嬉しそうに笑う無邪気な笑顔に、自然と悟浄も頬も綻んだ。

カシャッ☆

「………あ?」
瞬間の眩しさに、悟浄は目を瞑る。
「いやぁ〜コレはベストショットですねぇvvv」
何時の間に取り出したのか、八戒の手にはデジカメが。
会心の笑みを浮かべて、満足げにプレビュー画面を覗いている。
「何撮ってんだよ、いきなりぃ〜」
あまりの早業に、悟浄は呆れ返った。
最近の八戒は写真を撮りまくっては、部屋中を写真だらけに飾りまくっている。
2〜3枚なら微笑ましいが何十枚と引き延ばした写真を壁中に貼りまくり、それでも飽きたらず写真立てでも数十個部屋中飾り立てているのが悟浄の悩みのタネだ。
親バカにも程がある。
「これは大きく引き延ばして、リビングの一番良いところに飾りましょうね〜」
「も…勘弁してくれ」
悟浄は息子を抱えたまま、ガックリと脱力した。
悦に浸っている八戒を置いて、スタスタと回廊を歩き出す。
「あっ!ちょっと…先行かないで下さいよっ!」
「うっせー!俺も悟能も寒ぃんだよ!さっさと行くぞ!」
大股で回廊を踏みしめるように突き進む悟浄に、八戒は小さく首を傾げた。
「…こんなに可愛いんですから、照れることなんかないのに」
悟浄の心情など、八戒は全く分かっていない。
八戒も箱を持ち上げると、慌てて悟浄の後を追った。






勝手知ったる三蔵の部屋。
離れの別棟に近付くと、先程より波の音がハッキリと聞こえてきた。
周囲からは冬だというのに、香しい花の香りまで漂っている。
「…何で花の匂いなんかすんだ?」
「今度はアロマキャンドルかアロマオイルですか。これはラベンダーですね」
「アロマ…って何だ?」
聞き慣れない言葉に悟浄は首を傾げる。
「まぁ…部屋の芳香剤とでも思って貰えればいいですよ」
「芳香剤…そういや、
うちのトイレもこんな匂いするよな!」
「トイレって…それ、三蔵の前で言わないで下さいね。悟浄はともかく、悟能まで標的にされかねませんから」
引き攣った笑みを浮かべて八戒が釘を指した。
えーっ!だって同じ匂いじゃねーかよ、と反論して喚く悟浄を無視して、八戒が扉をノックしようと手を上げる。
すると。

「んぁっ…あ…っ…ちょっ…あああぁぁ〜っっ!!」

室内から聞こえてくる悩ましい嬌声に、八戒の身体がその場で固まった。
この声は間違いなく悟空の声だ。
「八戒何やってんだよ?さっさと中入ろうぜ…」
汗を滲ませ硬直している八戒を不思議に思いつつ、今度は悟浄がノックしようと拳を作る。
「あっ…ああ…っあああぁぁ…っ!」
扉を叩く直前に、悟浄の身体もビシッと固まった。
呆然としながら扉をマジマジと注視する。
「八戒…今の声…悟空、だよな?」
「ええ…そうでしょうね」
「もしかして?もしかすると??」
「…どうでしょうか?」
二人顔を見合わせると、引き攣った笑みを浮かべた。

今の時間は昼を過ぎた頃。
昼の最中にこの艶めかしい声は何だっ!?

思わず悟浄の額にクッキリと青筋が浮かぶ。
「あんの生臭坊主!昼間っから妊婦相手に何考えてやがんだっ!」
元妊婦経験者悟浄は大激怒。
悟空は只今臨月だ。
「母胎に無茶なことをして、流産でもしたらどうする気なんだよっ!信じらんねーっ!!」
怒り心頭で悟浄はゲシゲシと廊下を踏めしめる。

いや…流産はどうだろう?流れるところが悟空は無いし。

内心で八戒はツッコミを入れるが、敢えて口を噤んだ。
「悟浄ってば落ち着いて下さいよ。悟能が泣きそうな顔してますよ?」
はっと我に返ると、悟浄は慌てて腕の中の息子を覗く。
口をへの字にして、瞳には涙が浮かんでいた。
どうやら悟浄の怒りが伝わって不安になったらしい。
「あー…悟能に怒ってんじゃねーからっ!泣くなよ〜?イイ子だから…な?」
背中を撫でて身体を揺すり、悟浄は必死に息子を宥めた。
悟浄があやしている間も、室内からは悟空の妖しげな喘ぎ声が聞こえて途切れない。
さすがに八戒も躊躇したが、此処まで来て帰るのも馬鹿らしくてイヤだ。
意を決すると、八戒は扉をノックした。
中からの返事を待たずに、悟浄が扉を蹴り開ける。
「テメェ三蔵っ!悟空に何やって…」
「………あ?」
不機嫌全開の三蔵が、銃の照準をシッカリ悟浄へと合わせていた。
しかし、そこは淫靡な濡れ場などではなく。

コタツの上にはミカンとお茶。
三蔵の傍らには毛糸の入った大きめのカゴ。
そして向かい側には。
炬燵に入ってのたうつ悟空の姿。

「悟空…何やってるんですか?」
八戒は笑顔を引き攣らせて三蔵へと問い質す。
チラリと悟空を一瞥すると、僅かに三蔵の頬が紅潮した。
「…子供が腹を蹴って、くすぐったいらしい」
ボソッと小さな声で三蔵が呟く。
「あっ…やぁ…っ…わわっ…あっはっはっはっ!!!」
右に左に大きく身体を揺らし、悟空は豪快に笑い出した。
「あ…そうなんですか」
八戒はこっそり安堵の溜息を零す。
呆然と悟空の様子を眺めていた悟浄は、我に返ると三蔵を睨み付けた。
「紛らわしーんだよっ!サルが変な声出してっから、俺はてっきり…」
「てっきり…何だってんだ?あぁ?」
カチッと三蔵が銃の安全装置を外す。
「やめてくださいよぉ〜。そんな銃声なんか聞かせたら、悟空のお腹の中で赤ちゃんがショック死しちゃうかもしれませんよ?」
「………チッ」
三蔵は舌打ちすると、忌々しげに銃を下ろした。
漸く笑いが治まった悟空は、大の字になって胸を喘がせている。
「は…あ〜くすぐったくって死ぬかと思ったぁ〜」
「随分と元気な赤ちゃんですね」
「あれ?八戒…悟浄も来てたの??」
「おいおい…何でこの騒ぎに気づかねーんだよ」
悟浄が呆れた口調でぼやくのも気に留めず、悟空は元気良く起き上がった。
「あっ!悟能も一緒じゃん。悟能〜♪」
悟空が呼ぶと、悟能はニパッと笑顔を浮かべて小さな掌を振り回す。
「随分デッカくなったよなぁ。この前会ったの何時だっけ?」
「…定期検診で診療所行った時だろ」
横で三蔵が即答した。
「そっか。あれって先月だから〜ええっ?もうそんなに背が伸びたのか!?」
「悟浄の骨格に似たんでしょうねぇ、きっと」
「お前だって充分デカイじゃん」
「なーなーっ!悟能抱かせて!」
瞳を輝かせて悟空が手を伸ばす。
悟浄は息子を抱えたまま側まで寄ると、こたつに入っている悟空へ手渡した。
「お?やっぱり重くなってるな〜!悟能〜元気だったかぁ?」
「あぅーvvv」
悟空が頬を擦り寄せると、悟能も嬉しそうに笑う。
「やっぱアレだな。赤ん坊はまだ本能だけだし、動物と意思の疎通を図るのが上手い」
「誰が動物だよっ!」
むっと頬を膨らまして、悟浄を睨み付けた。
悟浄は楽しげに口端を上げる。
「えぇ〜?だぁ〜ってぇ〜?おサルさんってば動物でショ♪」
「ごーじょぉっ!!」
「はい、そこまで」
いつも通りに取っ組み合いのケンカでも始めそうな雰囲気になり、八戒がすかさず止めに入った。
「悟浄も大人げなくからかわないの!悟空も、今は妊婦さんなんですよ?」
ニッコリ微笑む八戒の背後に、恐ろしい程真っ黒なオーラが見え隠れしている。
「…ごじょ大人だから静かにします」
「…俺も妊婦さんだから気を付ける」
「良いお返事ですねぇ〜」
幼児相手のように八戒が誉めると、悟浄が唇を尖らせた。
「なぁ〜んだよ…八戒の方が子供扱いしてんじゃん」
「…大人扱い、シテ欲しいですか?ココで」
「なっ…何でもないです」
あまりの恐怖に悟浄と悟空は手を握って縋り合う。
「八戒、もうその辺にしとけ…うざい」
三蔵は溜息を吐きながら、編み棒で頭を掻いた。
悟浄の視線が頭上に集中する。
「…三蔵サマ?それは何??」
悟浄は頬を引き攣らせて、三蔵の手元を指差した。



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