*****The Future Ties*****



三蔵は悟浄にソレ、と指差されたモノへ視線を落とす。
「…見て分かんねーのか」
絶句している悟浄を一瞥すると特に憤ることもなく、もくもくと編み物を再開した。
既に手慣れているらしく、毛糸を掬って通す指先の動きも滑らかだ。
悟浄は目を見開いたまま、呆然と軽快に動く編み棒を眺める。
まだ編み始めたばかりなのか、ただひたすら真っ直ぐ何段も編んでいた。
硬直している悟浄の背後から、八戒が顔を覗かせる。
「あれ?三蔵。また新しいの編んでるんですか?」

また?
またって言うことは…これだけじゃないのか!?

悟浄の額からどっと汗が噴き出してきた。
ここ数ヶ月の間、一体三蔵に何があったのか?

あの、天上天下唯我独尊を勝手に信条としている鬼畜生臭坊主が!
面倒なことには嫌がって指先さえ動かさないあの三蔵が!

あーみーもーのー???

しかもどうやら自ら進んでやっているらしい。
天変地異の前触れか。
またもや桃源郷大ピーンチ!とか、洒落にもならない。
それだけ今の三蔵には、冗談だけでは笑い飛ばせない不気味さがあった。
ただひたすら規則正しく均等に編み棒を駆使して、毛糸を編み続けるだけの行為。
それこそ気の短い三蔵がよくもまぁキレずに続けてるもんだと、悟浄は驚愕を通り越していっそ感心した。
よく見れば、器用に目を抜いて模様編みまでしている。
ぽかんと口を開けて呆けている悟浄に、八戒は苦笑を漏らした。
「この前のくつしたは完成したんですねぇ。今度のは…セーターですか?」
三蔵の手元を観察しながら、八戒が問い掛ける。
チラッと視線を向けると、三蔵は八戒達へ見ていた本を投げて寄越した。
三蔵の愛読書、ひよこくらぶだ。
開かれていたのは、子供服の通販ページだった。
そのページに載っていたのは、小さな幼児用のカーディガン。
どうやらその服を自分なりにアレンジして編んでいるらしい。
八戒も三蔵がそこまで上達しているとは予想していなくて、まん丸く目を見開いた。
三蔵は拘ればとことんまで追求する性格らしい。

できるならこの場でそんな特技を披露して欲しくなかったんですけど。

八戒は密かに冷や汗を掻いている。
こんなに豹変した三蔵を見て、悟浄が黙っている訳がない。
妊婦と子供が居る前で殺傷沙汰は避けて貰いたかった。
騒ぎになる前に釘を刺したいが、今のところ悟浄は大人しい。
大人しいだけに心臓に悪いというか。
驚きすぎて声も出ないのか、瞬きするのも忘れてひたすら編み棒の動きを目で追っていた。
すると、三蔵の動きがピタッと止まる。
「んだよ、鬱陶しい。見てねーでそっちで遊んでろ」
バカにしたような子供扱いにも、悟浄はいつものような過剰反応をしなかった。
大人しすぎる悟浄が薄気味悪いのか、三蔵の眉が思いっきり嫌そうに顰められる。
「おい…バカ河童…」
「なぁ、コレがどーなったらコレになる訳?」
「………あ?」
何故だか悟浄は、瞳をキラキラと輝かせながら雑誌を指差した。
つい三蔵は間の抜けた返事をしてしまう。
「だってよっ!三蔵真っ直ぐ編んでるだけじゃん?でもカーディガンって、こ〜袖もあるし前も2つに分かれてるし…ええっ!?三蔵もしかして失敗っ??」
「…バカが」
三蔵はこれ見よがしに深々と溜息吐いた。
あからさまに馬鹿扱いされてるようで、悟浄がムッと頬を膨らます。
様子を伺っていた八戒が慌てて二人の間へ割って入った。
「ご…悟浄っ!これはパーツ事に別々で編んでいって、後で繋ぎ合わせるんですよ〜」
「別々?」
「ですからね?前身頃と後身頃。袖…っていう具合に分けて編んでいくんです」
「ほぇ〜そうなんだ。何だか面倒くせぇな」
悟浄が感心して頷いていると、三蔵が鼻で笑う。
「テメェには無理だな」
「あ?んだとぉテメッ!」
「悟浄っ!?」
険悪な雰囲気に八戒の顔色がサーッと青くなった。

マズイ、ひっじょーにマズイ。
このままじゃ母胎と幼児に悪影響が。

八戒の脳が打開策を探して高速フル回転する。
「俺は器用なんだからなっ!テメェに出来て俺が出来ねー訳がないっしょ〜?」
「すぐ飽きるだろうが、根性ナシが」
「誰が根性ナシだっ!」
「ほぅ?テメェで自覚がねーのか。重症だな」
「こんのぉ〜生臭エロ坊主っ!表出やがれっ!!」
「俗物淫乱エロ河童っ!ブッ殺す!!」
一触即発。
最悪の状況まで発展した二人の状況に、八戒は頭を抱え込んだ。
こうなったら悟空に何とかして…あれ?
「ぐー…。」
これだけ騒がしいにも係わらず、悟空は悟能を抱き締め、すやすやとコタツで寝入っている。
あまりのマイペース振りに唖然とした。
悟空…そうだっ!
「三蔵っ!三蔵ーっ!!」
「あぁ!?テメェ邪魔すんじゃねー」
三蔵は銃の撃鉄を上げ、悟浄を狙う。
「悟空が寝ちゃってるんですよ、コタツで。こんなところで眠ってしまったら、風邪引いちゃいますよ。妊婦が風邪なんて、胎児に悪影響もいいところです。それに悟空はどんなに苦しくても薬は一切飲めないんですよ?」
我に返った三蔵は、八戒に指摘されコタツの向かい側を焦って覗き込んだ。
八戒の言う通り、悟空は悟能と同じようにヨダレを垂らして暢気に寝ている。
三蔵は悟空の側にしゃがみ込むと、いつもの如くハリセンを振り下ろそうと腕を上げた。
「…悪影響」
ボソッと八戒が呟くと、振り下ろす前に三蔵の腕が固まる。
小さく舌打ちし、寝ている悟空の肩を揺すった。
「おい、起きろサル!こんなところで寝てんじゃねー」
「ぅ〜ん…も…食えねぇー…えへへ」
モゴモゴと口元を動かして、悟空が幸せそうに笑う。
どうやら夢の中で大量のご馳走でも食べているようだ。
「…このバカ」
三蔵は呆れながら溜息混じりに呟く。
悟空の腕の中で熟睡している悟能をそっと抱き上げると、後にいる悟浄へ手渡した。
コタツ布団を捲り上げ、三蔵が悟空の身体を抱き上げる。
「コイツ寝かせてくる。悟能も寝てるんなら子供部屋を使え」
「ありがとうございます、三蔵」
悟空を抱いたまま三蔵が部屋を出て行くと、八戒は悟浄を振り返った。
「それじゃ、お言葉に甘えて子供部屋使わせて頂きましょうか」
「なぁ、ココにそんな部屋あったっけ?」
悟能を抱き直しながら、悟浄は不思議そうに首を傾げる。
以前悟浄が寺院に来ていた時には、そんな部屋はなかったはず。
八戒は困ったように微笑んだ。
「三蔵がね、産まれてくる我が子のために改装して作ったんですよ」
「へ?そんなことまでしやがったのか、アイツ!?」
「顔にこそ出しませんけど…相当嬉しいんでしょうねぇ。あれでも本人は何でもない振りをしているつもりなんですよ」
「どこがだよ…産まれる前から親バカじゃん」
大概八戒も凄まじい親バカっぷりを普段から見せているが、案外三蔵もイイ線で張り合ってるかも知れない。

あー、やれやれ。
父親っつーのはそんなもんなのかねぇ。

悟浄はコッソリ肩を竦めた。
「悟浄、子供部屋こっちですよ」
ドアの前でニコニコと八戒が手招いている。
「あーはいはい。悟能〜あっちでねんねしような〜♪」
部屋も前まで歩いていくと、突然八戒の表情が一変した。
真剣な眼差しで悟浄を見つめてくる。
「な…何だよ?」
訳が分からず悟浄は混乱した。
「悟浄。ココで何を見たって、驚かないで下さいね?」
「へ?驚くって…子供部屋なんだろ?」
「そうなんですけど。この部屋を三蔵が作ったって事を考えると…いえ、何でもないです」
八戒がふっと視線を逸らして遠くを見つめる。
言い知れぬ緊張に、悟浄がゴクリと息を飲んだ。

一体、この子供部屋にどんな秘密があるんだ?

「それじゃ、いいですか?悟浄覚悟はイイですね?開けますよ?」
「ちょっ…チョット待てっ!!」
ノブを回そうとした八戒の手を、悟浄は慌てて押し止める。
何だか心臓がバクバクしてきた。
悟浄の額を冷たい汗が伝い落ちる。
「急にどうしたんですか?」
八戒は瞳を瞬かせて、硬直する悟浄を覗き込んだ。
「と…とりあえず心の準備すっから。ちょい待ち」
思いっきり息を吸い込むと大きく吐き出して、2〜3度深呼吸を繰り返す。
「おっし。何でも来やがれっ!八戒開けてもいいぞっ!!」
悟浄は気合いを入れ直して、ドアを睨み付けた。
「…別に何か飛び出してくる訳じゃないんですけど」
苦笑すると八戒は勢いよくドアを開け放つ。

「☆■▽○×▲◆◎□〜〜〜っっ!?」

あんぐりと大口を開けて悟浄は絶句した。

犬…。
犬、犬、犬、犬っ!

何処を見ても上下左右何処を向いても犬だらけ。
部屋中が犬で埋め尽くされている。
「凄いでしょ〜このスヌーピー部屋」
「すぬーぴー?」
「あれ?悟浄知りませんでしたか?子供に人気のあるキャラクターなんですよ〜♪」
「人気あるにしたって…」
入口で固まったまま動けない悟浄から悟能を抱き上げると、八戒はスヌーピーを掻き分けてベビーベッドへ向かった。
ベッドのファブリックまでスヌーピーづくしという念の入れようだ。
さすがはA型。
拘りだしたら際限がない。
八戒は悟能をベッドへ横たえると、起こさないようにそっと布団を掛けた。
漸く金縛りから解けた悟浄も、スヌーピーを蹴り飛ばしながらやってくる。
「ど?悟能寝てる?」
「気持ちよさそうに寝てますよ」
「そっか…」
我が子の顔を覗き込み、悟浄も安堵の笑みを浮かべた。
改めて室内に首を巡らせる。
「しっかし…何だよ、このぬいぐるみ部屋。三蔵がマジで揃えたの?」
「らしいですよ。悟空が言ってましたから」
「はぁー…青天の霹靂っつーか。あんまらしくねーことばっかされると、何か起こりそうでヤだよなぁ〜」
ブツブツと文句を言いながら、悟浄は窓の外に向かって手を合わせて拝み出す。
思わず八戒はプッと噴き出した。
「悟浄〜相手は最高僧サマですよ?どうせ拝むなら三蔵にでしょ?」
「アイツに拝んだりしたら、それこそマズイだろーっ!あ〜ヤダヤダ」
悟浄がブルッと身震いして嫌がる。
「何もそこまで…三蔵だって我が子可愛いと思うこその親心ですって」
「…何か言ったか?」
ひょいと三蔵がドアから顔を覗かせた。
思わず悟浄が跳び上がる。
「何やってんだ?テメェは」
「何でもねーよっ!」
三蔵に不審気な眼差しを向けられ、悟浄はそわそわと視線を泳がせた。

全く…悟浄は隠し事が下手ですねぇ。

口元に微苦笑を刻んで、八戒が悟浄の肩をポンッと叩く。
「はいはい、悟浄も静かにね。悟能が起きてしまいますから」
「あ…うん」
八戒の助け船に、悟浄は胸を撫で下ろした。
三蔵も興味が失せたのか、視線を逸らす。
その先に何かを見つけて、動きが止まった。
「おい、あの箱は何だ?」
「あっ!そうでした。すっかり渡すのを忘れてましたよ〜」
元々今日の訪問はお祝いを渡しに来るのが目的だ。
「悟浄?」
「ん、俺もーちょっと悟能見てから行く。渡しとけよ、アレ」
「…分かりました」
幸せそうに我が子を見つめる悟浄に、八戒は柔らかな笑みを浮かべた。



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