*****The Future Ties*****



「ったく…何なんだよこのデッケェ箱は。粗大ゴミぐらいテメーの所で処分しろ」
煙草を銜えながら三蔵が『デカイ箱』を手で小突いた。
悟浄に負けず劣らずなヘビースモーカーも、悟空と胎児を気遣って禁煙していたらしい。
八戒は三蔵の変貌振りに小さく苦笑した。
「違いますよ。それはゴミなんかじゃないです。何でゴミに綺麗なラッピングをしてリボンまで施さなきゃならないんですか」
「じゃぁ、コレは何だ?」
「勿論お祝いですよ」
「…………お祝い?」
八戒に言われて、三蔵は入口に放置されていた箱をじっと見下ろす。
何が入っているのか見当も付かないぐらい大きな箱。
縦横深さ1.5mはあるんじゃなかろうか?
そんな大きな箱が、ドンと入口を塞いで無造作に置かれていては邪魔でしようがない。
溜息混じりに煙を吐き出し、三蔵は眉間に皺を寄せた。
「で?一体何を持ってきたんだ」
「僕たちも悟能が産まれる時にお祝い頂きましたからね。折角ですから三蔵開けて下さいよ」
「あぁ?」
三蔵はさも面倒そうに、箱を一瞥する。
一種の照れくささもあるらしい。
全く素直でない三蔵のことは八戒も承知しているので、別に気分を害することもなかったが。
「子供が産まれた後に使えるモノですよ」
「…そうか」
子供のモノと聞いて、三蔵は無意識に笑みを浮かべる。
三蔵は箱を持ち上げると、入口から部屋の中へと運んだ。
箱の大きさの割りには、予想していたほどの重さはない。
一体中身は何なのか。
包装を剥がしていると、子供部屋から悟浄も戻ってきた。
「ん?三蔵に渡したんだ」
「ええ。どうせなら三蔵に開けて貰った方がいいでしょ?」
「まぁ〜な〜。折角贈ったんだし。チビ猿が見てもピンとは来ねーだろうしさ。アイツが喜ぶつったら食いモンだろ?」
「???」
二人の会話を聞きつつ、三蔵は顔を顰めた。

悟空が見てもピンと来ねぇ、だ?
そんな難しいモノって何なんだ??
訳分かんねーぞ。

色々考えながらも手を休めず、三蔵は漸く包装を外した。
箱は普通の段ボール。
三蔵が蓋を開けようとしたその時。

「ちょっと待って下さいっ!」

突然八戒が大声を出した。
驚いて三蔵も手を止める。
「どした?八戒??」
悟浄もきょとんと目を丸くした。
「いえ。どうせなら驚いて貰いたいので、僕が開けます」
「…何で八戒が開けると驚くの?」
「だって。こ〜ジャジャーン♪て三蔵の前に出した方が驚くかなーって」
「…何でもいいからさっさとしろっ!」
三蔵は煙草を銜え、イライラと八戒を即す。
何だかんだ文句を付けていても、結構中身が気になっているらしい。
八戒はニッコリ微笑むと、三蔵の手元から自分の方へ箱を引き寄せた。
「一応ね、僕たちも何を贈ろうか悩んだんですよ。僕が見た限りでは三蔵は既に何でも揃えているから」
「そーそー。三ちゃんってば以外と子煩悩?」
「黙れ、クソ河童っ!」
額にクッキリと血管を浮かび上がらせ、三蔵が怒鳴りつける。
それでも羞恥で頬を染めていては怖くも何ともない。
「もぅ…悟浄もからかっちゃダメですよ。さすがに僕も三蔵が子供部屋まで準備していたのには驚きましたけどね。で、悟浄と子育てというか、子供が産まれてからの家庭に何があると便利か考えた訳です」
「すっげぇ考えたよな〜。で、閃いたの」
「赤ちゃんのいる家庭…お父さんの仕事と言えば、やはり赤ちゃんをお風呂に入れることです」
「…そうなのか?」
三蔵は僅かに目を見開いて八戒を見つめた。
その様子に八戒と悟浄は二人して小さく溜息を零す。
「何だよ三蔵…すっげぇ子育て準備してる割りに、自分の方は全然じゃん」
悟浄に突っ込まれて、三蔵は言葉を失った。
「そうですよ。悟空だって出産したばかりでは心身共に疲れているんですよ?三蔵がその辺きちんとフォローしてあげないと。病院でやってるお父さん学校行ってますか?」
「そんなもんあるのか?」
「かぁーっ!コレだよ。そんなんじゃ悟空も赤ん坊も不安でしょうがねーっての!」
片手で額を覆いオーバーアクション気味に悟浄が嘆くと、三蔵の視線が不安げに揺れる。
戸惑う三蔵を眺めると、八戒は三蔵の肩にそっと手を置いた。
「今度悟空を定期検診に連れて行ったら、病院でお父さん学校の日にち訊いてみるといいですよ。割と定期的にやっているようですから。悟能の時は僕も行きましたしね。結構産まれてから参考になること教えてくれますよ」
「そうか…」
素直に三蔵も頷く。
「それで赤ちゃんが産まれた後、三蔵お父さんがお風呂を入れなくてはいけないんですけど…準備してあります?」
「普通に一緒に風呂入りゃいーんじゃねーのか?」
「ダメダメ〜!んな大人と一緒の湯なんか、赤ん坊には良くねーに決まってんだろ?」
「そうですよ。まぁ入れ方なんかはお父さん学校で勉強して貰うとして。やっぱり、何も準備してなかったんですねぇ。まぁ、そう考えて赤ちゃん入浴セットを用意してみました♪」
「…入浴セット?」
「僕と悟浄の経験から、便利なモノを揃えてみました。赤ちゃん用のソープやシャンプー。身体を洗うスポンジとか、細々としたモノもありますけど。一番は」
八戒は箱の中から次々と品物を取りだしては、三蔵の目の前に置いていく。
三蔵も手にとっては、物珍しげにそれぞれの成分表などを眺めた。
「あ、ちょっと悟浄。箱の蓋押さえてて下さい」
「ん?こうか?」
「はい。じゃぁ出しますよ〜よいしょっ!」
ズルズルと。
箱の中から出てきたものは。

「何だぁ?そのデッケェ入れモンは??」

三蔵は箱から出てきた大きな桶に目を丸くした。
「これは赤ちゃんのお風呂ですよ…よっと」
箱から取り出したプラスチック製のバスタブを、八戒がドンと床に下ろす。
白い大きなプラスチック製のバスタブの底には、可愛らしいスヌーピーの絵柄が描いてあった。
よく見れば、その他のグッズもスヌーピーで統一されている徹底さ。
どうやら八戒は三蔵がスヌーピー好きだと勝手に思いこんでいるらしい。
「ここに温めのお湯を入れて、赤ちゃんを洗ってあげるんですよ」
「そうか…さすがにそこまでは気ぃ回らなかったな」
「でもそのおかげでこうしてプレゼント出来ましたし、僕ら的にはよかったです。本当に凄く悩んだんですよ?僕がここに来る度に色々なモノが揃っているから」
「つい…目に付いたんだ」
三蔵は視線を逸らして、煙草をふかす。
「ぜひ赤ちゃんが産まれたら使って下さいね」
「あぁ…悪い、な」
何とも言えない表情で三蔵は言葉を零した。
人の好意に素直になれない三蔵の、精一杯の謝意。
八戒は嬉しそうに微笑んだ。
「いえいえ。悟空にも喜んで貰えればいいんですが」
「あ?サルにか?これは父親が子供を風呂に入れる時使うんだろ?」
コレは、ですけど」
「…どういう意味だ?」
何やら怪しげな八戒の発言。
三蔵は不審気に眉を顰める。
「一体何が悟空を―――」
三蔵が問い詰めようとした、が。

「なっ…八戒っ!何だよこれはっ!?」

突然悟浄が叫んだ。
三蔵が驚いて振り向くと、悟浄が真っ赤な顔で箱の中を覗き込んでいる。
「何って…見ての通りですが?」
八戒だけは平然と答えて、暢気にお茶を啜っていた。
もの凄い気負いで振り向くと、悟浄が八戒を睨み付ける。
「見たら分かるけどっ!こんなモン何時買ったんだよっ!俺と買い物に行った時はこんなの…」
「だって悟浄とは赤ちゃんグッズを買いに行ったんじゃないですか。ソレは僕個人として、晴れて夫婦になる三蔵と悟空のために買った
新婚さんアイテムですもん」
八戒の言い訳を聞いて、三蔵の瞳が物騒なほど凶悪に眇められる。
悟浄はまた箱の中を覗いて、何やらはしゃぎながら叫んでいた。
「うわっ…お前こんなモンどんな顔して買ったんだよぉ〜」
「どんなって…こんなですvvv」
湯飲みを掲げて、八戒は花も綻ぶ極上笑顔。
思わず悟浄と三蔵は二人して見惚れてしまった。
先に我に返ったのは三蔵だ。
「おい、テメェ…これ以外に一体何持ってきたんだ?」
「三蔵と悟空が楽しめるモノですよ。実は僕も
悟浄のためにお揃いで買いまして…」
「なっにいいぃぃっ!?うちにもあるのかよっ!!」
悟浄の顔が見る見る顔面蒼白に変化する。
明らかに怯えているその表情に、三蔵は小さく息を飲んだ。

一体何が箱の中に入ってるんだっ!?

意を決して三蔵は箱へと近付く。
「どけっ!」
硬直している悟浄を押し退けて、三蔵は恐る恐る箱の中を覗き込んだ。
そこに入っていたモノは。

「………何だコレは?」

三蔵にはナゾの物体だった。
手にとって箱から出したモノはプラスチック製の椅子。
よく風呂場などで使われる物だった。
コレを見て何で悟浄が怯えるのか三蔵には分からない。
「え?何だって言われても見たままですよ♪」
「タダの椅子じゃねーか。クソ河童がやけにビビりやがって、何かと思ったじゃねーか」
三蔵が忌々しげに吐き捨てると、八戒と悟浄の顔がピキッと固まった。
「タダの…椅子?」
八戒の笑顔が不気味なほど深まる。
言い知れぬ不吉さに、三蔵の背筋がゾクゾクと怖気だった。
三蔵は焦って、八戒と手に持った椅子を交互に見比べる。
「い…椅子じゃねーのか?」
「いえいえ〜見ての通り椅子ですよ〜ええっ!椅子ですともっ!!」
やけに気合いの入った八戒に、三蔵はズズッと後ずさった。

ドン。

後ろに立っていた悟浄に背中が当たり、三蔵は振り返る。
「三蔵…」
悟浄のその表情は何とも複雑で、哀愁に満ちていた。
ますます嫌な予感がしてきて、心拍数が勝手に上がっていく。
「何だよ…っ」
「その椅子さ…通称
スケベ椅子っつーの、知ってる…わきゃねーか」
「はぁっ!?」
思わず三蔵の声が裏返った。
とは、言うものの。
三蔵には、悟浄の言う通り『スケベ椅子』自体がよく分かっていない。
呆然と立ち竦んでいると、満面の笑顔をを浮かべて八戒が近付いてくる。
「あ、やっぱり使い方知りませんよね?それじゃ〜実践してみましょうか?」
言うやいなや、悟浄が入口に向かって走り出そうと床を蹴った、が。

「…どちらへ行く気ですか〜、悟浄ってばvvv」
「ひっ!?」

すかさず伸びた八戒の手が、悟浄の腕をガッチリ掴んだ。
あまりの恐ろしさに悟浄の喉が小さく鳴る。
「三蔵と悟空のために僕らが贈ったプレゼントなんですよぉ?三蔵が使い方知らないなら、分かりやすく説明しなくてはいけない義務があります」
「俺はそんなモン選んでねーし、贈ってもいねーっっ!!」
「でも、お金を出したのは悟浄ですから一緒です〜♪」
「何でこんな所で…っ!八戒ヤメ…八戒さんヤメテくださいいいぃぃっっ!!」
八戒に捕まれた腕を振り回して、悟浄は半泣きになりながらジタバタと暴れた。
二人の遣り取りに、三蔵の口元が引き攣る。

一体コイツらは目の前でナニをしようとしてやがるんだっ!?

ついつい勢いに流され、三蔵が硬直していると八戒が悟浄の身体を強く引き寄せた。
「あんまり僕を困らせないで下さいね〜。何でしたら
全裸に剥いて実演しちゃいますよvvv」
「――――――っっ!?」
悟浄の頭が真っ白に弾ける。
ガックリと項垂れて大人しくなった悟浄を、八戒は嬉しそうに椅子へと座らせた。
もう悟浄も逆らう気が起きないらしい。
「ほら、使い方教えますから。三蔵も来て下さいよ」
「別に…俺は…」
「は・や・くっ!してくださいね♪」
凶悪な笑顔で凄まれ、三蔵は渋々近寄った。



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