*****The Future Ties*****



悟空の体調も良く、順調に臨月を迎えていたある日。

「…おや?今日は何かいいことがあるんでしょうかね〜♪」

ダイニングでお茶を飲もうとしていた八戒が、嬉しそうに呟いた。
湯飲みの真ん中で、茶柱が立っている。
しかも3本。
「こんなことは初めてですよねぇ…イイコトがいつもの3倍あるってことなのかな?」
湯飲みに手を添えると、八戒はじっとお茶の水面を見つめる。
イイコトが3倍、ですか。
例えば。

悟浄が賭場で大勝ちして『ほら、八戒にお土産〜vvv』とか言って、僕の大好きなガトーフロマージュと
真っ白いフリルいっぱいのエプロンをプレゼントしてくれるとか!
そのエプロンで悟浄が
裸エプロンしてくれて『ソッチより俺のコト料理してvvv』って言ってくれるとか!
悟浄がエプロンの裾をもじもじ弄って『あ、でも俺が下拵えしてからなvvv』とか言って、期待で瞳を潤ませながら僕の興奮しまくりのナニを、あの可愛いお口と舌で美味しそうに
ご奉仕してくれたりとか!
悟浄が恥ずかしそうに頬を染めながら『もぅ…焦らすなよぉ。俺が八戒のコト喰っちまうぞ〜vvv』とか言って、僕の上に乗り上げてガンガンに
騎乗位でスペシャルサービスしてくれるとか!
悟浄がっ………以下略。

朝っぱらから妄想絶好調の八戒は、不気味な笑いを漏らして肩を震わせる。
「くぁ〜っ!はよーっす…って、八戒?何だその顔っ!?」
起き出してリビングに顔を出した悟浄が、八戒の顔を見るなり声をひっくり返して驚いた。
「おはよーございます〜vvv」
「…おはよーじゃねーだろ。お前、何で
顔中血まみれになってんだよ?」
何も気づかず爽やかに挨拶を返す八戒へ、悟浄は額を抑えて突っ込みを入れる。
顔中血だらけでニッコリ頬笑まれても気味が悪いだけだ。
「え?血なんかドコに…あれ〜?」
「あれ〜?じゃねーよ。さっさと顔洗ってこいって。んな顔見せたら悟能も泣くぞ」
「逆上せちゃったんですかね?あははは」
今の季節は真冬。
程良い空調の中でただ座ってるだけなのに、何をどうしたら逆上せるのか。
悟浄が胡乱な視線を向けると、八戒はそそくさと洗面所へ消えていった。
リビングのお昼寝用バスケットの中を覗き込めば、我が子はすやすやお休み中。
幸せそうな寝顔に、悟浄の頬も綻んだ。
「ふぅ…悟浄も着替えて顔洗ったらどうです?その間に朝食用意しますから」
タオルで顔を拭いながら八戒が戻ってくる。
悟浄は八戒に即され、入れ違いでタオルを奪い取った。
「すぐ昼だろ?コーヒーだけでイイ」
「もぅ…起きるの遅いからですよ?」
「昨夜散々起きれない程の重労働を強いたのはどちら様だっけ?」
肩越しに振り返って睨むと、八戒は口元に意味深な笑みを浮かべる。
「ヤメちゃヤダぁ〜!って散々お強請りしたのはどちら様でしたっけねぇ?」
「…覚えてねーな。夢でも見たんじゃねーの?」
悟浄はプイッと視線を逸らして知らん顔。
そのまま洗面所へ逃げようとする悟浄の腰に、八戒が勢い良くタックルを噛ます。
「うわっ!?」
腰に回った腕でガッチリ拘束され、悟浄は身動きできない。
「フフフフ〜vvv」
「ーーーーーっっ!?」
不気味な含み笑いが腰の辺りから這い上がってきて、ゾワッと全身に鳥肌が立つ。
あまりの恐ろしさに悟浄が硬直していると、八戒は調子に乗って臀部に頬擦りしてきた。
「テメッ!このっ…はーなーせーよぉっっ!!」
悟浄が腰に体重を掛けてぶら下がっている八戒の頭を、必死に引き離そうと藻掻く。
なおも執拗に尻へ顔を擦り付ける八戒に、悟浄も段々ムキになってきた。
八戒はいくら押し返しても悟浄の尻から離れようとしない。
パジャマの上から双丘に顔を埋めて、鼻息も荒く噛みついたりした。
「イテッ!ケツ噛むんじゃねーよっ!何考えてやがる!いい加減にしろーっっ!!」
「ヤ、ですぅ〜。悟浄は嘘つきさんだから、コッチの正直で可愛らしいおクチに訊いてみようかと思いましてvvv」
「はぁ?コッチって…」
「コッチですよぉ♪」
突然八戒が鼻の頭を秘部へグイッと押しつける。
「ぅあ…っ」
じん、と湧き上がった疼くような感触に、悟浄は思わず甘い声を零してしまった。
昨夜の熱を思い出してしまい、羞恥で頬を赤らめる。
「ほら、やっぱり。コッチのおクチは、こぉ〜んな素直なのにねぇ」
「う…うっせー」
悟浄は恥ずかしそうに悪態を吐くと、八戒の頭を小突いた。
「おらっ!もーいい加減離せっての。顔洗えねーだろ〜」
朝から可愛い顔を見れて溜飲下がった八戒は、あっさり悟浄の身体を開放する。
「う〜ん…茶柱効果が出ましたね♪」
「は?茶柱ぁ??」
「いえ。何か今日はいーことありそうだな〜って。ほら、何ボケッとしてるんですか。顔洗ってきて下さい。髪も凄い寝癖ですよ?ちゃんとブラッシングしてあげますから」
「へーへー。ったく…妙な引き留め方したのはお前だろーが」
「何か言いましたかぁ〜?」
ニッコリ全開笑顔の八戒に、悟浄は頬を引き攣らせた。
八戒の背後に真っ黒なブラックホールの幻影が見える。
「なんでもないでぇーっす!」
悟浄は裏返った声で叫ぶと、慌てて洗面所に逃げ込んだ。
「全く…悟浄はいつまで経っても手間が掛かりますねぇ。ま、ソコが超絶可愛いんですけどねっ!」
握り拳を作って悶絶していると、鼻の中が熱くなる。
ついでに股間も。
「あっと…いけないいけない。折角顔洗ったのに、また鼻血噴いちゃうトコロでした〜」
八戒は股間を押さえながら、鼻歌交じりにひょこひょこキッチンへ戻っていった。






ザバザバと勢い良く水を被って顔を洗い終わるとスッキリした。
頬の紅潮もどうやら冷めたみたいだ。
「あのバカ…朝っぱらから妙な真似しやがって」
八戒の奇行は今に始まったことではないが、寝起きでアレは勘弁して欲しい。
ちょっとゲッソリした男前を鏡で眺めつつ、悟浄は大きく溜息を零した。
気を取り直してチクチクしている髭でも剃ろうかと、棚からシェービングフォームを取り出す。
缶を振って、いつもの通りスプレーの頭をポチッと押した。

「どわああああぁぁっっ!?」
「どうしたんですかっ!?悟浄??」

洗面所から聞こえる断末魔の悲鳴に、八戒が驚いて叫ぶ。
慌てて洗面所へ駆けつけると、そこには。
「…悟浄ぉ。何遊んでるんですか〜」
何故か洗面所に泡人間が立っていた。
頭からスッポリと泡を被った悟浄が硬直している。
「ぶはっ!もーっ!何だよコレ〜ッッ!!」
鼻と口に付いて呼吸を遮断していた泡を拭うと、大きく胸を喘がせその場にへたり込んだ。
髪を掻き上げると、ボタボタと床に泡が落ちていく。
「全く何してるんですか。こんなに泡だらけにして…」
「好きでしたんじゃねーよっ!フォーム出そうと思って押したら戻らなくなってよぉ〜」
「えー?」
「ホントだって〜。ホラッ!」
悟浄は持っていた缶を八戒へ差し出した。
中身は悟浄が全部被って、すっかり空になっていた。
「あれ?本当ですね…押したまんまになってる」
「だろっ!?ったく…今日はヤな感じがするな〜」
ブツブツと文句を言いながら、悟浄は拭った泡を洗面台に捨てる。
「シャワー浴びた方がいいですよ。此処は片付けておきますから」
「ん、悪ぃ」
来ていたタンクトップを脱いで身体に付いた泡を拭き取り、そのまま八戒へ放り投げて渡した。
パジャマと下着も洗濯カゴに放ると、さっさとバスルームに入っていく。
「はぁ…丁度洗濯終わった所なんですけどね〜。ま、今日は天気が良いから洗っちゃいましょう」
八戒は悟浄の放り投げた衣類をまとめて洗濯機に入れると、スイッチを押した。






濡れた髪を拭いながら悟浄がリビングに戻ると、何やら良い匂いがしてきた。
時計を見ると昼少し前。
匂いに釣られてダイニングに行くと、そこには大量の食事が用意されていた。
綺麗に握られた三角おむすびが、ざっと見ただけで30個はあるだろうか。
それに大鍋一杯の豚汁。
「あぁ、悟浄出たんですか。ちょっとソコどいて下さいね〜」
大きな皿にてんこ盛りの唐揚げを載せて、八戒がキッチンから出てきた。

コレは一体何事なんだ?

まん丸く目を見開いた悟浄は、テーブルの上をマジマジと見つめる。
「ふぅ…どうにか間に合いましたね。悟浄?どうしたんですか??」
「八戒?何でこんなに昼飯用意してんの?」
「何言ってるんですか〜。今日は悟空が定期検診の日でしょ」
「あっ!そっか。そうだったよな〜」
漸く納得して、悟浄が大きく頷いた。
悟空は悟浄が出産した同じ病院で定期検診を受けている。
午前中に病院へ出かけ、終わる頃には丁度昼時。
決まって空腹に耐えかねた悟空が、通り道である悟浄宅へ毎回お昼ご飯を食べに寄っていた。
寺院にいると人が変わったように過保護な三蔵が、何をするのも大騒ぎする。
元々体を動かす方が性に合っている悟空は、三蔵の厳命によって軟禁状態にされていた。
歩いていて転んでは一大事と、寺院の周りの散歩にも三蔵に命じられた坊主が見張っている。
これではさすがの悟空もストレスが溜まってしまう。
その方が母胎には悪影響だと三蔵は八戒に懇々と諭され、定期検診の時は散歩がてら悟空を自由にさせていた。
但し悟空も臨月に入っているので、さすがに心配した八戒がジープをお供に付けている。
少なくとも仏頂面の坊主の見張りよりは大分マシだろう。
「もうそろそろ来る頃だと思うんですけどね」
「ふーん。しっかし…三蔵もよくアイツが一人で出かけるの承知したじゃん」
八戒に手渡されたコーヒを受け取りつつ、悟浄はククッと喉で可笑しそうに笑った。
今頃寺院では、三蔵がイライラと坊主連中に八つ当たりしてるだろう。
「それはもう〜頑固な三蔵が
ニッコリ笑顔で悟空を送り出すように、懇切丁寧にお話ししましたからね♪」
「三蔵が…ニッコリ…?」
あまりの不気味さに悟浄の頭は想像するのを拒否した。

…相当八戒にネチネチ虐められたな、ご愁傷様で。

悟浄は心の中で哀れな最高僧様に合掌する。
八戒に対抗出来るのは天然な悟空ぐらいだ。
「ま、あ〜んな辛気クセー所で燻ってちゃ、腹の赤ん坊にも良かねぇよな」
うんうん。と訳知りで頷きながら、目の前の唐揚げをポイッと口に放り込む。
「あっっっっちいいいぃぃーーーっっ!!!」
「悟浄っ!?」
揚げたての唐揚げを口にした途端、悟浄が大絶叫した。
八戒も驚いてテーブルに突っ伏す悟浄へ駆け寄る。
「いひゃ…やけろ…したかも…っ」
「もぉー…摘み食いなんかするからですよ?今氷入れたお水持ってきますから」
涙目で唸っている悟浄に小さく溜息を零し、八戒がキッチンへ水を取りに行く。
どうやら口の中の皮が剥がれてしまったようだ。
ジクジクと湧き上がる激痛に、悟浄は頬を押さえて項垂れる。
朝っぱらからこうも次々と災難に見舞われると、胸騒ぎがして仕様がない。
自分のこういう本能的な野生のカンは、経験上かなりの確率で当たる。

不吉だ。
今日は何かぜってぇ面倒事が起きるっ!
何だか分かんねーけど、ヤな感じがするんだよなぁ。

しかし、不運が起こる事が当たっても、回避出来た試しが無かった。
悟浄はキッチンから聞こえる音を聞きながら、深々と溜息を零す。

何か起きたら…とりあえず逃げるっ!

情けないと分かっていても、悟浄が取れる手段はソレしかなかった。



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