One on One



何故か、こんな日に限って。

八戒が居ない。

「チックショー!ドコに隠したっつーんだよっ!!」
朝っぱらから悟浄は部屋中あちこち家捜し中。
キャビネットの引出も、タンスも、クロゼットも全て開けっ放しで掻き回し放題。
そこら中に色んな物が散乱していた。
この状況を八戒が見たら何て言うか。
きっと怒りを通り越して、気絶するかも知れない。
しかし、悟浄はそんなことはお構いなしに、現在リビングで棚と格闘していた。

コトの発端は昨夜。

「悟浄、僕明日は早朝から出かけます」
「へ?何で??」
口に放り込んだご飯を、悟浄はゴクンと飲み込んだ。
今日は11月8日。
半年も前から毎月、1ヶ月前になってからは毎日。
呪いのように言い続けられていた。

11月9日は、ぜーったい出かけたりしないで下さいね。

訊くまでもなく、その日は自分の誕生日。
この目の前のアニバーサリー大好き男は、何かと理由を付けては悟浄と祝いたがる。
それも訊いてる方の身体がカユくなるほど。

今日は初めて悟浄に拾われた日。
今日は悟浄と初めて買い物に出かけた日。
今日は初めて悟浄に告白した日。
今日は初めて悟浄と旅行に出かけた日、などなど。
八戒曰く、毎月なにかしらの記念日が設定されていた。
そういう八戒基準の記念日はさておき。
八戒にとってどうしても譲らないのが、11月9日。
悟浄の誕生日だ。
まだ同居を始めたばかりの1年目。
自分の誕生日に特別の感慨もなく、どちらかと言えばトラウマといっても過言でなく。
悟浄は八戒に何も付けずに帰らなかったことがある。

自分が産まれたから母さんが苦しんだ。
自分が産まれたから兄貴も苦しんで、挙げ句の果て実の母親さえ殺させてしまった。
自分が産まれたから。
自分が産まれ堕ちてしまった日。
どうしてそんな日が嬉しい?
どうしてそんな日に感謝できる?

自分さえいなければ。
何度も何度も思った。
それでも、自分は生きている。

死ぬことに畏れはないけど、死んでやるつもりもない。
それでも、この日だけは。
誰にも会いたくなかった。
いつも一人で1日が過ぎていくのを黙って待って。

でも八戒は。
俺が産まれてくれて嬉しいと言った。
黙って居なくなった俺を心配して、丸1日寝ないで探し回ってくれたらしい。
俺の為に本気で怒って、思いっきり殴られた。
俺なんかの為に、綺麗な顔ぐしゃぐしゃにして泣き喚いて。

それからは、八戒の為に自分の誕生日を祝うことにした。
八戒だけでいい。

そうして今年。
件の発言だ。
驚いて目を丸くしている悟浄を余所に、暢気にみそ汁なんか啜っている。
「八戒…出かけるの、か?」
すっかり動揺して、悟浄は不安で視線を彷徨わせた。
「あ、勘違いしないで下さいね♪今回は趣向を凝らしまして」
「あ?何を??」
ますます分からない。
悟浄の眉間に皺が寄った。
「誕生日当日は、悟浄にも楽しんで充実して貰おうと考えましてね?」
八戒がお椀と箸をテーブルに置く。
「題しまして。『悟浄お誕生日記念、プレゼント争奪サバイバルオリエンテーリングゲームッ!!』を企画しました♪」
賑々しい発表と共に、何故だか宙を紙吹雪が舞った。
悟浄は呆然と硬直する。
「…何ソレ?」
「それは〜まだ秘密です♪」
「で?何で八戒が出かけるんだよ?」
根本的な理由をまだ聞いていない。
おや?と八戒は首を傾げた。
「ですから、このゲームの参加者は悟浄だけなんです。だって悟浄の誕生日お祝いでしょう?」
何だか頭が痛くなってきた。
悟浄は寄ってしまった眉間に指を当て、グイグイっと押し回す。
「そういうことですから。僕は朝から出かけて、ゴール地点で悟浄を待ってますので」
「一つ訊いていいか?」
「はい、何でしょう?」
「そのゲームの不参加届って〜」
「モチロン強制参加です♪」
八戒が満面の笑みを浮かべて悟浄を見つめた。
その笑顔に背筋がゾクゾクと悪寒が走る。
「…謹んで参加させて頂きます」
悟浄が脱力してガックリと項垂れた。
その姿を八戒は満足そうに眺める。
「それで、そのゲーム内容ですが」
「あーっ!もう何だってやってやるよっ!!」
自暴自棄気味に悟浄が喚いた。
「当日の朝発表でーっす♪」
「あさーっ!?朝からやんのかよっ!??」
「別にいいですよ?起きるのが昼だろうと夕方だろうと。でもそうなると…大変だろうなぁ」
わざと視線を逸らして八戒が呟く。
悟浄の触覚がピクリと反応した。
「…何が大変だと?」
「結構、時間掛かると思いますからねぇ」
「………。」

一体何を企んでいるんだか。

それでも。
八戒は誕生日を祝うために色々考えたんだろう。
そう思うと、妙に気恥ずかしい。
「わーった!起きるよ、起きます!モチロン盛大に祝ってくれるんだろうな?」
「期待して下さっていいですよ?」
八戒は自信満々だ。
だんだん悟浄もワクワクしてきた。
「ま、いっか。付き合ってやるよ」

今はあの言葉を言ってしまったことに、心底後悔している。
こんな時期に何だって汗だくになって、宝物探しゲームをしなきゃならないのか?

朝、八戒のセットした目覚ましで起こされた。
無意識に止めて再び眠りにつこうとすれば、別の方向からけたたましいベルが鳴り響く。
それを5回も繰り返せば、誰だって目が覚める。
いつの間にか八戒は、悟浄の部屋に10個の目覚ましを仕掛けていったのだ。
思いっきり不機嫌全開でリビングに行くと、八戒の姿はない。
いちおう家中探したがどこにも居なかった。
既に出かけてしまったらしい。
寝癖の付いた髪を掻き上げながらダイニングへ入ると、テーブルの上に何やら置いてある。
ラップの掛かった朝食と、綺麗にくるんであるおにぎりに水筒。
そして、メモ書き。
悟浄は取り上げて、紙の上に視線を走らせる。
「あ?『悟浄お誕生日記念、プレゼント争奪サバイバルオリエンテーリングゲーム』開始です。あるモノを隠してある場所で僕は待ってます、だぁ?そんだけで分かるかよっ!!」
突拍子もない八戒の計画に、悟浄は呆然と立ち竦んだ。
「んなこと言ったって…どうすればいーんだよぉ」
これで八戒を探し出さなければ、後でどんな目に遭うか。
考えるだけで怖くてチビリそうだ。
「はぁ…何だかなぁ」
悟浄は溜息を零して、椅子に座った。
とりあえず用意してある朝食のラップを取った。
フォークでスクランブルエッグを掬い口に入れると、まだほのかに暖かい。
八戒が出かけてから、そう時間は経っていないらしい。
「八戒の行きそうな所っていやぁ…街の商店街と生臭坊主のトコぐらいしか思いつかねーよ」
ぶつぶつ文句をいいながらおかずを食べていると、何やら紙が出てきた。
「…何でタマゴの中に紙なんか入ってんの?」
指で拾い上げ、畳んである紙片を開けてみる。
何やら文字が書いてあった。
「えーっと…ヒントその1。冬の定番、僕の必需品。ただし独り寝時??」

冬の八戒必需品…しかも寝る時に使うモノ。

悟浄は首を捻って考え込む。
「八戒は末端冷え性だから、冬場はいつも寒いって…どてら?違うな。寝る時に使う訳ねーし。ん?寝る時…ああっ!?」
悟浄は椅子から立ち上がると、慌てて八戒の部屋に飛び込んだ。
きちんとベッドメイクされている上掛けを、勢いよく捲り上げる。
そこには。
八戒ご愛用の湯たんぽが置いてあった。
悟浄が湯たんぽを持ち上げると、また紙が。
「ったく…あ?ヒントその2。僕コーヒーは甘い方が好きですぅ?つーと…キッチンか」
ドタドタと床を踏み鳴らして、悟浄はキッチンへと向かう。
綺麗に片づけられたシンクの上に、なぜかスティックシュガーの缶が置いてあった。
手にとってパカンと蓋を開ける。
その中にも紙が入っていた。
「ん?ヒントその3。何で引き出しにあんなモノが入ってるんでしょうか?ぶっ飛ばしますよ…何怒ってんだ?引き出し…八戒が怒るっていやぁ…おわっ!?」
焦った表情で悟浄は自分の部屋へと走っていく。
ドアを蹴破って、タンスの一番上を勢いよく開けた。
何故だかど真ん中にコンドームの箱が置いてある。
恐る恐る持ち上げてみると妙に軽い。
「…もしかして」
箱を開けると、中身はカラッポ。
代わりに紙切れが入っていた。
「チッ…奥に隠しておいたのに、何でバレたんだ?」
肩を落としながら悟浄は紙を開く。
「次は…ヒントその4。悟浄の秘蔵品、ぜ〜んぶノリでくっつけちゃいました、くす。あぁ?ノリでくっつけた??俺の秘蔵品…ノリって、まさかーっ!!」
踵を返すと、今度はリビングへと引き返した。
悟浄は床に身体を屈めると、テレビ台の下へ腕を突っ込んで探る。
「お?あったあった俺のエロ本…げっ!」
取り出した雑誌は、全てのページが糊でピッタリ貼られていた。
これではページを捲れない。
今度はその雑誌の背表紙にメモが貼り付けてあった。
「はぁ…なになに?ヒントその5。まだあんのかよぉ〜!」
こうして指示通りにメモ書きを見つける度に、悟浄は部屋中駆け回る羽目に。
確かにこれは時間が掛かる。
それこそ1日掛かるように、八戒は仕組んでいるのだろう。
朝食と一緒におにぎりが置いてあったのは、昼に休憩しろという意味。
そして、夕食の準備はしていないから、少なくとも夕方まではこのゲームに付き合わなければいけないということを示唆していた。
「あーっ!もうっ!やってやろうじゃねーかっ!!」
ここまで来たら悟浄も意地になっている。
先程からヒントのある場所は、悟浄にとって後ろめたいモノばかりを選んでるようだ。
「しっかりバレてるのかよぉ…」
後々のお仕置きを考えると、いっそ逃げ出したい。
絶対ネチネチと苛められるに決まってるから。
それにしても。

「今日は俺の誕生日祝いじゃなかったのかぁ?何だってこんな目に…」

とりあえず、灰皿を持って立ったまま一服する。
今頃八戒は何してるんだろう。
きっとこの惨状を想像して笑ってるかも。
そして。
必ず悟浄が自分の元に辿り着けると、信じて待っているだろう。

早く。
早く来て下さいね、悟浄。

八戒の声が聞こえてくる、ココロに。

悟浄は吸い殻を灰皿に押しつけた。
熱くなってしまった頬をパチンと叩く。
「よーっしっ!さっさと見つけ出して文句言ってやるっ!!えーっと、先週俺が不覚にも泣きそうになった映画だよなっ!何だっけ…ああっ!ヒッチコックの鳥!」
悟浄は気合いを入れ直すと、棚のビデオケースを一つ一つ探し始めた。




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