One on One



「…疲れたぁ」
悟浄は息を切らして、床に座り込んだ。
煙草を銜えながら髪を掻き上げると、掌に汗が移る。
外はすっかり冬の様相で、空気も冷たく澄んでいるというのに。
家の中は暑くて仕方なかった。
尤も、温度を上げてる原因が、忙しなく動き回っている悟浄だけど。
時計に視線を向ければ、針は昼少し前を指している。
「はぁ…マジでコレが夕方まで続くのかよぉ〜」
悟浄は溜息を吐いてぼやいた。
いっそこのままバッくれるか。
チラッと脳裏を過ぎるが、後の報復が恐ろしい。
「これじゃ誕生日なのか厄日なのか分からないって!普通でいいのによぉ〜」
何気なく口にしてから、悟浄はふと考え込んだ。

普通って何だろう?

食べきれない程の豪華な食事と、とっておきの酒。
どうやって作るのかもナゾな、八戒手製の大きなバースデーケーキ。
それと色取り取りに飾り付けられた、お祝いのデコレーション。
大きな花束に、愛の言葉が綴られたカード付きプレゼント。

誕生日を祝って貰ったことのない悟浄は、八戒のイベントが誕生日の定番だと思っていた。
ところが、世間ではどうも違うらしい。
そこまで徹底的にお祝いをするヤツの方こそ稀だと。
酒場で自分のこととは言わずに話せば、オンナ共は全員揃って「素敵ねぇ…」とウットリ。
オトコ共は「そんな恥ずかしいことを、堂々とやってのけるヤツの気が知れない」などと一様に視線を逸らす。
確かにメチャクチャ死ぬ程恥ずかしかった。
でも。
あんなに幸せで蕩けそうな笑顔を向けられて、悪い気はしない。
むしろ八戒にそこまで大切に思って貰って嬉しいけど。
それでもアレは世間の恋人でも規格外だったらしい。
ハッキリ言って、サムイ…そうだ。
まぁ、でも。
相当恥ずかしい思いはしたが、嬉しかったので悟浄的には問題ない。
酒場の連中と同じように三蔵にも話をしたら、悪態を吐いて何やら八戒に対抗心を燃やしていたけど。
悟空の誕生日の時はどうだったんだろう?
でも。
こんな強制宝探しゲームよりは、全然普通だろう。
ぼんやりと考え込んでいると、銜えていた煙草から灰が落ちそうになった。
慌てて灰皿に押しつける。
呆けている時間はない。
このゲームがあとどのぐらい時間が掛かるのか、悟浄には見当もつかなかったから。
「さてと…コイツのヒントを確認したら、昼飯にすっか」
悟浄は前のヒントの指示通り、昨日来ていたコートのポケットを探った。
指先に紙が当たる。
「あったあった…次は何だかな〜」
ポケットから紙片を取り出して、悟浄は思いっきり硬直した。
「ど…どこから見つけたんだ?」
何故かポケットから出てきた紙片は、以前貰ったキャバクラ嬢の名刺。
プリントの顔写真には油性マジックで落書きされている。
可憐で小悪魔的な容貌は、いつの間にか太い眉毛にチョビ髭+鼻毛、グルグル眼鏡が書き込まれていた。
「あ…ははは…」
悟浄は引き攣った笑いを漏らしながら、名刺を裏返す。
「えーっと…ヒントその20。屋根裏に置いたらカビ生えますけど、別に必要ないですよね。って、うわああああぁぁっっ!!」
先程までの疲れは何処へやら。
猛ダッシュで自室へと向かうが、途中で何かに気付いて物置に走った。
そこから脚立を出して、再度自室へと向かう。
部屋の真ん中に脚立を置くと天井の隙間に指を突っ込み、天井板を横にスライドした。
開いた穴に腕を突っ込んで周りを探ると。
「あれ?あるじゃん」
悟浄の手にはビデオテープがある。
散々八戒に没収と廃棄処分をされ続けた、悟浄秘蔵のアダルトビデオ。
仮に八戒の目についてもバレないようにと、わざわざパッケージを普通のビデオの物に入れ替えて隠してあったのだ。
悟浄は自分の勘違いにほっと安堵して、ビデオケースをパカッと開いた。

「ギャアアアアァァーーーッッ!!!俺のっ!俺のビデオがぁー…」

ケースの中には真っ二つに割られたビデオが入っている。
持っていたビデオを放り投げると、他のケースも開けてみた。
見事に全部のビデオが叩き割られている。
フラフラと脚立から降りると、悟浄はベッドに突っ伏した。
「何で…何でバレるんだよぉっ!!」
悟浄はバンバンと布団を叩いて嘆く。
何だかことごとく八戒にバレているというのが恐ろしい。
しかも、今まで八戒は知っていながら、全く気付いてない振りをしていたのだ。
あまりの恐怖に悟浄は身震いをする。
そこまで八戒がコワイのなら、怒らせるような真似をしなければいいのに。
悟浄はそこのところを、ちっとも分かっていなかった。
すっかり脱力してふて腐れている悟浄の目に、先程投げたケースが見える。
その中から白い紙が出ていた。
腕を伸ばして悟浄が紙を摘んだ。
「あーヒントその21ぃ。これからの水先案内人は、今頃差し入れした特大おまんじゅうでも食べてますかねぇ…だと?チョット待てよ!これから生臭坊主とチビ猿の寺院まで行かなくちゃなんねーのかよっ!?」
勢いよく悟浄がベッドから飛び起きる。

そういえば。
テーブルにはおにぎりと水筒が用意されていた。

「八戒のヤツ〜!俺に遠足しろってコトかぁ!?あ゛ーっ!もうっ!!」
ガシガシと髪を掻き回して、悟浄が地団駄を踏む。
ここまで振り回されたら意地もあった。
「何が何でも探し出してやるっ!見てやがれ、八戒っ!!」
悟浄はコートを羽織るとポケットにおにぎりを詰め、水筒を手に取る。
大急ぎで鍵を閉めると、もの凄い勢いで寺院へと向かった。






「あ、やっと来た」
寺院の正門前で、悟空は階段に座りながらまんじゅうを頬張っている。
「おい…サル…てめっ…八戒…から…っ」
息を切らして辿り着くと、悟浄は階段にへたり込んだ。
必死に呼吸を宥めている悟浄の目の前に、何かを差し出される。
「はい、誕生日おめでとー♪」
「へっ??」
視線を上げると、悟空がニコニコ笑っていた。
その手には綺麗にラッピングされた袋が握られている。
「あれ?今日誕生日だったよな??」
「え…あぁ。そーだけど…何で知ってんだ?」
「だって、八戒が言ってたもん」
「………。」
「だから、これプレゼント〜♪」
悟空は悟浄の胸元に包みを押しつけた。
受け取った悟浄は暫く呆然としていたが、いきなりプイッと視線を逸らす。
「…さんきゅ」
小さな声で、悟浄はぶっきらぼうに呟いた。
少し、頬が赤くなっている。
悟空は満足そうに微笑んだ。
「それ、いちおう八戒に色々訊いて、三蔵と買いに行ったんだ」
「は?三蔵と〜??」

あの三蔵が?
俺のためにプレゼントを!?

どうせ小ザルちゃんに強請られて、渋々買いに出かけたんだろう。
不本意な顔で悟空に買わされている三蔵を想像して、悟浄はプッと噴き出した。
突然腹を抱えて笑い出した悟浄に、悟空は首を傾げる。
「何笑ってんだよぉっ!」
「いやいや、何でもね…ぷぷっ!」
どうにもツボに入ったらしく、悟浄の笑いはなかなか治まらなかった。
「別に笑うような物選んでねーけど…」
「中身はなっにかなぁ〜♪あんまり重くはねーな?」
「ん?Tシャツだもん。八戒が悟浄はシャツかTシャツ気に入って着てるって言ってたから」
「そっか…」
悟浄はニッと口端を上げると、乱暴に悟空の頭を掻き回す。
「イテッ!いってーよっ!このエロガッパ!!」
「うっせー、チビ猿!俺サマの感謝の気持ちだっつーの♪」
「どこがだよっ!」
散々髪をグシャグシャにされて、悟空が頬を膨らませ睨んできた。
「あっ!そうだ」
突然悟浄が声を上げる。
「おい。八戒から何か訊いてねーか?」
漸く本来の目的を思い出し、悟浄は悟空に詰め寄った。
悟空はポカンとしていたが、ああっ!と思い出してポケットをゴソゴソと探り出す。
「はいコレ。朝八戒から預かった。悟浄が来たら渡してくれって」
なにやら畳んだ紙を悟浄へ手渡した。
悟浄は受け取ると、さっそく紙を開いて確認する。
「何だこりゃ…地図じゃん」
悟空から渡された物は、この辺一帯の地図だった。
その所々に赤いペンで矢印と複数のバツが記入されている。
悟浄はガックリと肩を落とした。

要するに。
この矢印の順番で回れってことぉ〜?

どうやらこの宝探し…いや、八戒捜索ゲームは大規模らしい。
「何これ?印が入ってるけど??」
地図を覗き込んで悟空が首を傾げた。
「この印を回らないと、八戒に会えないの〜」
「へぇ…でも何で?」
悟空には訳が分からない。
饅頭に齧り付きながら、地図を眺めた。
地図上には4箇所バツが書かれている。
「このバッテンに八戒が居るの?」
「あ?コレの何処かに八戒が居る…なぁ〜んて安直なコト考えねーだろ、アイツは」
「ふぅ〜ん。悟浄、八戒と鬼ごっこしてんの?」
「鬼ごっこ…まぁ似たようなモンかなぁ。でも鬼はアイツの方だ」
家中で悟浄の密かな楽しみ全てが露見して、何もかもが使い物にならなくなってしまった。
誕生日にあんなことやらかす八戒こそが鬼だと。
「鬼の方が逃げるなんて、へ〜んなの」
悟空は袋を探って饅頭を取り出すと、またモグモグと食べ出す。
「まぁ、この目印を探さないことには、どーしようもねーんだけどさぁ」
大きく息を吐いて、悟浄は自分の膝頭に頬杖付いた。
「でもさ、面白そうじゃん」
「そっかぁ?」
「悟浄これから八戒捕まえに行くんだろ?」
「………ああ。ぜってぇに捕まえてやる!」
掛け声と共に、悟浄は勢いよく立ち上がった。
悟空も立ち上がる。
「もう行くの?」
「これだけ広範囲だと時間掛かるからな」
「そっか。悟浄ガンバレよ」
「おうっ!お前もソレ、食い過ぎて腹壊すんじゃねーぞ!」
「うっせーよっ!」
悟空がムッと唇を尖らせ睨め付けた。
ニンマリと口端を上げて、悟浄は手に持ったプレゼントを軽く降る。
「コレ、ありがとーよ。じゃぁな〜」
悟浄は軽快な足取りで、寺院の階段を駆け下りていった。



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