One on One



寺院からほど近い森の入口。
悟浄は渡された地図を広げて思案する。
「えーっと…この矢印の出発点がココだろ?んで〜道なりに行きゃいいんだよなぁ…多分」
道と言っても舗装されているようなモノではなく、ちょっと立派な獣道という程度。
それでも道無き道を行く。ではないだけ、まだマシかもしれない。
地図をざっと眺めても、八戒の指定した道順はかなりの距離があった。
確かにコレは半日掛かりかも、と悟浄は重い溜息を零す。
このゲームをクリアーしないことには八戒にも会えないし、プレゼントも貰えない。
プレゼントに拘っている訳ではないが、八戒がどんな想いで準備していたのかが分かってしまうだけに、悟浄は無下には出来なかった。
切り株に腰を下ろして水筒のお茶を啜り、一服し終わると悟浄は立ち上がる。
「さてと。いっちょ行きますか!さっさとクリアーして八戒を驚かせてやるぅ〜!!」
自分に気合いを入れると、紅葉も美しい森の中に踏み行った。
穏やかな風に、色取り取りの葉が宙を踊るように舞っている。
悟浄は鼻歌交じりにのんびりと道を歩いていった。
気分的には森の散策を楽しんでいる。
八戒と違って、悟浄に季節の風物詩を愛でる趣味は無かった。

適当に寝て起きて。
腹が減れば空腹を満たすためだけに食事を口にして。
溜まって燻る熱を排泄するためだけに、オンナを抱いて。
それだけが悟浄の毎日だった。
季節の移ろいだって寒いか暑いか、それだけで。
陽が伸びたから、そろそろ夏も近いとか。
空が高く澄んでいるから、もう秋だとか。
庭の落葉樹が葉を落とし、落ち葉炊きをしながら八戒がもう冬なんですね。なんて寒そうに首を竦めるから。
見ないようにしてきた周りを、悟浄は一緒に眺めてしまう。
それが大切で幸せに思って。
気恥ずかしくて俯いてしまっても、八戒が嬉しそうに自分を見つめるから。
自分と同じ戒めの紅い葉も、綺麗だって見惚れながら微笑んで。
悟浄もそんなもんか、と一緒に笑って。

ボンヤリ考えながら歩いていると、最初の目印地点に辿り着いた。
悟浄は立ち止まって地図を確認する。
「この辺りだと思うんだけどなぁ…あ?」
キョロキョロと首を巡らしていると、少し離れた大きな木の幹に何か貼り付けられているのが見えた。
悟浄は落ち葉を踏みしめて、その木に近寄る。
幹には封筒が貼り付けられていた。
手を伸ばして悟浄が封筒を引き剥がす。
封を開けてみると、便せんが1枚入っていた。
それを広げてみる。
「何だコレ?H??」
便せんいっぱいに書かれていた文字は、アルファベッドの『H』一文字だけ。
一体コレが何を意味するのか。
悟浄は意味が分からず、頻りに首を傾げる。
裏を返してみるが、別に何も書かれてはいない。
本当に一文字だけ。
これでは何が何だかさっぱり分からない。
「八戒ぃ〜どうしろって言うんだよぉ〜!」
悟浄だって、いい加減泣き言を零したくもなる。
力が抜けて悟浄はその場にしゃがみ込んだ。
ポケットから地図を取り出し、便せんと交互に見比べる。
「印が着いてるのが4箇所だろ?んで、1箇所目がコレ。つーことは…2箇所目も何かのアルファベッドが置いてあるっつーことか??」
ポケットから取り出した煙草に火を点け、う〜んと唸って考え込んだ。
「アルファベッドがあって〜、印は4箇所。考えられるのは八戒がアルファベッド4つこの印に仕込んでるってことだな。と、いうことは…」
悟浄は空を見上げる。
「もしかして…4つ集めると答えが分かるのか?ああっ!絶対そうだっ!!繋げると何か分かるんだな!?」
きっとそれが最後のヒント。
それさえ繋ぎ合わせれば、八戒に辿り着ける。
愁眉が晴れれば、俄然やる気も出てきた。
悟浄は勢いよく立ち上がる。
吸い殻をケースに放り込むと、大きく伸びをした。
「おーっし!すぐに見つけてやるからなっ!!待ってろよ、八戒いいぃぃっ!!!」
崖下に向かって大声で叫ぶと、幾重も木霊が返ってくる。
「…ちょっと恥ずいかも」
無駄に熱血してしまった自分に紅潮して、悟浄は地図を片手に先を急いだ。






バッテン印の2つ目には、1時間程歩いて辿り着いた。
そこにも同じように、封筒が木の幹に貼り付けてある。
手にとって中を開けると、便せんには『O』の文字。
「ゼロ?オー?どっちだ??って、1文字ずつ悩んでもしょーがねーか」
便せんを封筒へ戻すと、ポケットへ突っ込んだ。
とにかく全部を集めないことには、何も分からない。
悟浄は矢印に示された通り、ひたすら森の中を歩いていった。
近くに住んでいながら、悟浄は此処に来るのは初めてだ。
物珍しげに辺りを見回しながらも、目標目指して先を急ぐ。
3つ目の印にも無事に到着。
やはり木に貼り付けてあった封筒を発見。
封を切ろうと手元へ視線を落とすと、影が大分長くなっていることに気付いた。
ふと空を見上げる。
木々の隙間から見える空。
陽の位置が大分西へと傾いていた。
位置から言えば3時は過ぎた頃か。
結構な時間、森の中を歩いていることに気付く。
「う〜ん…結構時間喰ってるな。これで最後の印まで行って、八戒の居場所が分かったとして、またそこまで移動しなきゃなんねーよなぁ。あんまのんびりもしてらんねーか」
悟浄は乱暴に封を開けると、文字が書かれているのだけ確認してポケットへ押し込んだ。
早く最後の印まで移動しないと、夜になってしまう。
この辺りはあまり人の入らない未開の地で、夜はかなり物騒な場所だ。
夜盗や質の悪い妖怪、それに獰猛な肉食獣などが徘徊すると噂がある。
別に悟浄は自分が危険な目に遭うとは思っても居ないが、少しでも遅くなれば間違いなく八戒が心配するだろう。
これでケガでもしようものなら、八戒は自分を責めるに決まってる。
そういう自虐的な面もある八戒を、不必要に心配させたくなかった。
それに。
これは自分の誕生日祝いなんだから。
悟浄としては、さっさと八戒を見つけて『ざまーみろっ!』と笑い飛ばしてやりたかった。
いつの間にか悟浄の足取りは、どんどん早くなっていった。
気が付けば息を乱して駆け出している。
あとちょっと、もう少し。
目的地目指して悟浄は懸命に走っていた。
30分程走ったところで、悟浄は漸く歩調を緩める。
道を立ち塞ぐように生えている、大きな杉の大木。
その幹に今までとは違う、グリーンの封筒が貼り付けられていた。
間違いなく此処が最終地点だ。
悟浄は逸る気持ちを抑えて、ゆっくり木へと近付く。
貼り付けられていた封筒をそっとはがした。
ドキドキと心臓を高鳴らせながら、封を切って中を確認する。
便せんに書かれていたのは『E』の一文字。
悟浄はその場にしゃがみ込むと、コートのポケットを探った。
封筒から文字の書かれた便せんを取り出し、1枚1枚目の前に並べていく。
「えーっと…最初がコレだろ?次がコレ。そんでさっき取ってきたのがコレで〜今のがコレっと」
4枚の便せんを並べて、悟浄が首を傾げる。
便せんに書かれていた文字は『H』『O』『M』『E』の4文字。
「ん?コレ単語か?H・O・M・E…ホーム?ちょっと待てっ!ホームって家じゃねーかっ!!」

と、言うことは?
八戒の居場所は家。
つまり、自分たちの住まいということになる。

「あんのバカハチーっっ!!!」
悟浄は真っ赤な顔をして、怒鳴り散らす。
ゲシゲシと悔しそうに地団駄を踏みまくって、腕を振り回した。

要するに。
悟浄は朝も早くから散々八戒に振り回された挙げ句に、長時間森の中を彷徨い歩かされただけ。
当の本人は既に帰って家に居るなんて。
1日振り回された俺は何なんだっ!

悟浄は頭をガシガシと掻いて、どっかりその場に座り込む。
煙草を銜えると、苛立ちも露わにして煙を吐き出した。
もう辺りはすっかり夕暮れの様相。
遠くから動物の遠吠えが聞こえてくる。
「チッ…ムカツクからちょっとぐらい心配しやがれってんだ」
ブツブツと悪態を吐きながら、悟浄はフィルターを噛みまくった。
ふと吹いてきた風に、悟浄は小さく身震いする。
大分空気が冷たくなってきた。
そうなると。
あの我が家の暖かさが恋しくなる。
「ん?待てよ…こっから帰るのに…あああぁぁっ!?」
悟浄は慌てて地図を広げだした。
家は北西方向だが、あいにくとそちら側は崖になっている。
方向的には突き抜けた方が早いが、まさか崖を飛び降りる訳にもいかない。
と、なると。
必然的に帰るには、元来た道を戻るしかなくって。
「嘘だろおおぉぉっっ!!此処まで来るのに4時間は掛かってんだぞっ!!」
事実に直面して、悟浄は顔面蒼白になる。
きっと、八戒のことだ。
そんなことも計算の内だろう。
悟浄は涙目になって北西を睨み付けた。
「八戒のっ!大バカヤローーーーーッッッ!!!」
声も枯れんばかりに、悟浄が大絶叫する。
怒鳴った勢いのまま、その場にガックリとへたり込んだ。
グシグシと悟浄は涙に咽ぶ。
しかし、打ち拉がれているヒマもない。
早く帰らなくては。
「八戒のヤツをブン殴らなきゃ…俺の気が治まらねーっ!」
グイッと拳で涙を拭うと、怒りのエネルギー全開で森の中を猛ダッシュした。

一方、その頃。

「さてと。準備はオッケーですね〜♪」
エプロン姿の八戒が、室内を見回してニッコリ微笑む。
時計に視線をやれば、4時を過ぎたところ。
「そろそろ悟浄も気が付いて、戻ってきている頃でしょうか」
お膳立ては全て整った。
後は今日の主賓が帰ってくるのを待つだけ。
八戒は窓辺に近寄ると、空を見上げた。
西の空には藍色が混じり始めている。
もうすっかり冬の気配だ。
きっと、汗だくになって悟浄は帰ってくるだろう。
八戒の思惑に、顔を真っ赤にして怒っているに違いない。
想像しただけで、八戒は笑いが込み上げてきた。
悟浄には悪いと思ったけど。
こういうのもたまにはいいでしょう。
僕はいつでも悟浄のことを想っているのに。
たまには、同じぐらい悟浄にも自分のことだけを考えて欲しいから。
今日1日、悟浄はずっと僕のことだけを想ってくれたはず。
僕を早く見つけ出して、逢うために。
八戒の顔に幸せそうな笑顔が浮かんだ。
「んー…どうやって悟浄のご機嫌を取りましょうかねぇ。ま、簡単ですけど♪」

早く。
早く帰ってきて下さいね。

暫く八戒は楽しそうに、遠くの空を見つめていた。



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