obstinasy


寺院からの帰り道、街によって買い物をしようかと八戒は考えた。
しかし、きっと自分が居ない間、買ってあった食材は何一つ使われていないだろうと思い直して、そのまま真っ直ぐ家路に向かう。
八戒は何よりも早く帰りたかった。
漸く住み慣れた家が見えてくる。
家の窓は開け放たれていて、案の定悟浄は家に居るようだ。
小さく笑みを浮かべると、八戒は音を立てずにそっと扉へと近付いた。
ドアノブに手を掛けようとした瞬間、中からもの凄い勢いで何かがぶつかってくる。
あまりの衝撃に、身体が後ろへ飛ばされそうになるのをどうにか耐えて、八戒は状況を確認した。
「…悟浄」
自分の身体を絡めるように腕が回され、強い力で抱き竦められていた。
抱き締める、というよりは、縋り付いてるのか。
悟浄は無言のまま、八戒の肩口に顔を伏せている。
「悟浄…どうしたんですか?」
久しぶりに感じる暖かい体温に、八戒は無意識に溜息を漏らした。
それを拒絶だと勘違いしたのか、悟浄はますます八戒の身体にしがみ付く。
必死な悟浄の様子に、八戒は悪いと思いつつも幸せな気持ちに満たされた。
「悟浄?苦しいんで、力緩めてくれますか」
悟浄の耳元で囁くと、悟浄が嫌がって頭を振る。
「悟浄、ドコにも行きませんから…ね?」
穏やかな声で再度懇願すると、少しだけ悟浄が腕の力を緩めた。
八戒は腕を抜き出すと、逆に悟浄を抱き締め返す。
回した腕で、悟浄の背中と頭を優しく撫でてあやした。
八戒の優しい仕草に、強ばっていた悟浄の身体から次第に力が抜ける。
「…っ…かいっ」
くぐもった声が肩口から聞こえてきた。
「はい…」
「ぁ…――――っっ」
悟浄は声を出そうとするが、感極まってるらしく言葉が出てこない。
自分の感情に翻弄され、上手く伝えられないのが歯痒くて、悟浄はただ必死に八戒にしがみ付いた。
それでも八戒には、悟浄が何を言いたいか伝わったらしい。
悟浄の首筋に顔を埋めながら、言葉を紡いだ。

「悟浄、ただいま」

返事の代わりに、悟浄は強く八戒を抱き締めた。






予想に反して、部屋の中はさほど散らかってはいなかった。
灰皿の回りに灰が飛び散ってたり、読んでもいない新聞が3日分放り投げてあるが、大したことではない。
その代わり、キッチンが凄まじいことになっていた。
あまりの惨状に、八戒は呆然と立ち尽くす。
「こ…これは一体??」
キッチンの小窓が開けられ換気はされているが、ほのかに漂う香ばしい焦げた匂い。
流しにも作業用の小さなテーブルにも、使い終わったらしいボールや鍋がそのまま散乱していた。
何だか、色んなモノが零れていたりもする。
それにしても、これはどういうことなのか?
状況から判断するに、悟浄がココで何かを作っていたというのは分かるのだが。
ふと、振り返ると、キッチンの入口で悟浄がバツ悪そうに目だけ覗かせている。
「悟浄〜」
唸りながら声を掛けると、慌てて顔を引っ込めた。
しかし、赤い2本の毛が、へにょっと垂れて隠れていない。
八戒は仕方なさそうに溜息を吐くと、改めてキッチンを見回した。
ふと、テーブルの上の雑誌に目が止まる。
「悟浄?何でお菓子なんか作ろうとしたんですか??」
その雑誌は八戒がたまに買っている、料理記事メインの雑誌だった。
表紙を見ると、お菓子の特集記事のモノ。
振り返ると、またコッソリと悟浄が目だけを覗かせている。
「だって…今日ってさ…八戒の誕生日じゃん」
「―――――あ!」
言われて八戒が気付いた。
確かに今日は9月21日。
自分の誕生日だ。
と、いうことは。
「悟浄…もしかして僕の誕生日ケーキ作ってたんですか?」
「うっ…」
言葉を詰まらせて、悟浄が顔を引っ込める。
八戒は苦笑しながら、悟浄の元へ近付いた。
「ご〜じょ〜?」
「うわわっ!!」
ソワソワと視線を泳がせながら、悟浄が真っ赤な顔で慌てふためく。
八戒と視線が合うと、更に顔を紅潮させて俯いてしまった。
「でも、何でケーキを作ろうと思ったんです?」
俯いた顔を覗き込んで問い返すと、チラッと悟浄が視線を上げる。
「かっ…買いに行ったらっ…その間に八戒が戻ってくるかも…しれねーじゃん」
「それで?」
「でも今日は誕生日だし…ケーキぐらい用意したかったからっ!それに…」
「………。」
「俺が出かけてる間に…八戒が荷物纏めて…出てったりしたら…って…思ったら…」
最後の方の声は悟浄の口中に小さく消えた。
八戒は目を見開くと、大袈裟なほど大きな溜息を吐く。
「貴方って…やっぱりバカですねぇ」
「んなっ!何だとーっ!!」
いきなりバカ扱いされ、悟浄が顔を上げて憤慨した。
「だって、バカですもん。僕がココを出てドコに行くっていうんですか」
「そんなのっ!三蔵のトコとか…だって行ってたんだろ?」
「まぁ、あそこは実家みたいなもんですから」
「実家…」
「そう、三蔵の所は実家。ココは僕と悟浄の家でしょ?」
「八戒…っ」
「…違うんですか?」
八戒が問いかけると、悟浄は緩く首を振る。

二人の家。
自分の居場所はココなんだと。
八戒は主張した。
悟浄のいる場所が自分の帰る場所だと、八戒は笑う。

不覚にも涙が出そうになって、悟浄は八戒の肩に顔を伏せた。
嬉しくても涙って出るもんなんだ。
悟浄の頭を抱え込む八戒の掌が心地良い。
ウットリと懐いていると、ふと撫でていた掌が止まった。
「それで?ケーキは出来たんですか??」
いきなり核心を突かれて、悟浄がビクッと硬直する。
「…失敗したんですね?」
「あ…うん…」
悟浄は項垂れながら、返事を濁した。
「本見てさ…ちゃんと書いてあるとおりにやったんだぜ?なのに…」
ブツブツと八戒の肩口で言い訳しながら唸り出す。
八戒は首を傾げて、悟浄の頭に頬を当てた。
「ああいうお菓子は、材料も目分量で計っちゃ上手く仕上がらないんですよ」
「俺ちゃんと計ったぞっ!」
「本当に?目盛りを間違ったりもしてませんか?」
「う…多分」
そうやって念を押されると、確かに間違ったかも知れないと思い始める。
実際、出来上がったモノがアレだし。
「まぁ、いいんですけど。せめてキッチンの片づけはして貰いたかったですねぇ」
「いやっ!そのっ…しようと思ってたら…外から足音がしたから…」
ゴニョゴニョと言い訳すると、八戒が仕方なさそうに肩を竦めた。
悟浄は上目遣いでビクビクとご機嫌を伺う。
「片づけは悟浄も手伝って下さいね。それじゃ、ケーキを頂きましょうか?」
「……………え?」
驚いて悟浄は目を見開いた。
「まさか…貴方が僕のために作ってくれたケーキ…捨てちゃったんですか?」
哀しげに八戒が呟くと、悟浄は慌てて手を振る。
「いやっ!捨ててねーけどっ!!……………でも、止めた方がいいんじゃねー?」
出来上がりを見ているだけに、悟浄はとりあえず忠告した。
失敗作を食べたせいで、八戒が腹を壊したりしたら洒落にならない。
折角の誕生日が台無しだ。
「悟浄が初めて作ってくれたケーキなんですよ?しかも僕の誕生日をお祝いしてくれようとしてたんでしょう?どんなモノだって僕は食べますよ」
「……………まじ?」
「もちろんです」
八戒がきっぱり言い切ると、悟浄は深々と溜息を零した。
「止めた方が良いと思うんだけどな…。自分で言うのも何だけど、すっげぇ大失敗だから」
「…そうなんですか?」
「そうなの。だって、スポンジは全然膨らまねーし、すっげー平べったいままガチガチに硬くなっちまってさ。とりあえずと思ってクリームのっけて見たけど、それにイチゴも無かったから、冷蔵庫にあった梨を適当にワインにぶち込んで煮てさ…まぁ、本に載ってたのも梨だったし」
悟浄はブツブツ言いながら、冷蔵庫から失敗作を取り出す。
「…コレだけど」
どんな物体が出来上がったのかと、八戒は恐る恐るケーキを見た。
そのままポカンとしばし呆ける。
「…そんな顔しなくったって、いーじゃん。だから失敗だって言っただろぉ」
ちょっと拗ね気味に悟浄が頬を膨らませると、八戒が驚いたままの表情で悟浄へ向き直った。
「悟浄…ちゃんと出来てるじゃないですか」
「………へっ!?」
「コレって…洋梨のタルトですよね?」
「は?タルト…って何??」
「何って…悟浄知らないで作ってたんですか!?」
「え?だってケーキつったら、こぉ〜フワフワのスポンジにクリームとイチゴがのっかってんじゃねーの?」
「確かにそれもケーキですけど、コレも立派なケーキですよ」
「…そうなの??」
どうやら、悟浄の頭には、ケーキと言えばイチゴと生クリームという認識しかなかったらしい。
本の通りに作ったらしいが、あまりにも自分の想像していたモノとかけ離れていたので、失敗したと思ったようだ。
八戒が雑誌の折り目がついたページを捲ってみると、悟浄が見ていたのは『洋梨タルト』の作り方だった。
雑誌に載ってる仕上がりよりも、少しビスキュイが焦げててデコレーションも大雑把だが、充分美味しそうに出来上がっている。
「悟浄ってば…知らないで良くこれだけ出来ましたねぇ」
半分感心、半分呆れながら八戒はしげしげとタルトを見つめた。
「ん?もしかして…俺ってばバリ天才っ!?」
「はいはい、じゃぁ今度から天才悟浄クンにも料理手伝ってもらいましょうね〜」
「………。」
「何で視線逸らしてるんですか」
八戒が眉を顰めると、悟浄が腕を掴んでくる。
ケーキを持ったままの八戒を、ダイニングのテーブルまで引きずって行った。
椅子を引くと、肩を押して椅子に座らせる。
「じゃぁ、成功したって分かったんだし、早く食えよ」
向かいの椅子に座って、悟浄は笑って頬杖付いた。
ソワソワと様子を伺う悟浄に八戒は苦笑する。
「出来ればコレを切るナイフ、それにお皿が欲しいんですけど?」
「あ、悪ぃ!忘れてた」
悟浄は慌てて立ち上がると、キッチンへ向かった。
ナイフと皿を持って直ぐに戻ってくると、自作のタルトを切り分ける。
それを皿に置いてから、悟浄はふと気付いた。
「あ、フォーク!」
またキッチンへ戻ろうとする悟浄を、八戒が引き留める。
「フォークは使わないからいいんです」
「え?手掴みで食うの?」
悟浄が首を傾げると、八戒はニッコリと微笑んだ。
「ええ。悟浄が食べさせて下さいねvvv」
「はいぃ〜っ!?」
思いっきり悟浄の声が裏返る。
「だって…僕の誕生日ですし、悟浄に殴られた口がまだ痛くって…だから、ね?」
何が『ね?』なんだか。
第一誕生日はともかく、口が痛いから俺が食べさせるって言う理屈はおかしいだろう。
ジロリと悟浄が八戒を睨め付けた。

ニコニコ。

「ほれ、あ〜ん…」
「あ〜んvvv」
悟浄は諦めてタルトを小さく分けると、八戒の口元へ差し出す。
「…どーよ?」
「美味しいです〜♪甘さも丁度良いですねぇ」
「そっか!もっと食う?」
「ええ、頂きます」
タルトの欠片を指で抓んで悟浄が口へと持っていこうとすると、八戒がその手を掴んだ。
悟浄の手を固定した状態で、自分からタルトに口を寄せて齧り付く。
「ん、美味しい」
もぐもぐと口を動かして飲み込むと、八戒はまた口を寄せた。
ビクッと悟浄の身体が竦む。
「あ…っ!」
八戒がタルトと一緒に、悟浄の指を口に含んだ。
「ちょ…っ…八戒っ」
悟浄が指を引っ込めようとするのを、八戒が手首を掴んで許さない。
八戒はタルトを飲み込むと、そのまま悟浄の指に舌を這わせ出す。
指先を吸ったり甘噛みしたり。
卑猥な音を立てながら、八戒の熱い舌が執拗に絡みついた。
「はっ…かい…っ…やめっ」
念入りな指への愛撫が、次第に違う部分に熱を移す。
悟浄は強引に八戒の口腔から指を引き抜いた。
その指で八戒の襟元を掴んで引き寄せると、悟浄はテーブルに乗り上げて口付ける。
歯列を割って舌を捻じ込むと、嬉しそうに八戒の舌が絡みついてきた。
「んっ…は…あ…っ」
何度も角度を変えて、熱を帯びる唇を夢中になって貪る。
口中に溢れる唾液を送り合って飲み込んで。
濃密な舌先の愛撫に、目眩がしてくる。
中途半端な姿勢が辛くなり、悟浄は名残惜しげに口付けを解いた。
唾液に濡れた唇を、舌先で拭う。
扇情的な悟浄の仕草に、八戒は目を奪われた。
心臓の鼓動が耳障りな程うるさく響く。
「なーんか…すっげぇヤリてぇんだけど〜」
艶やかな笑みを浮かべて、悟浄が八戒の瞳を覗き込んだ。
「…そんなに僕が欲しい?」
「欲しいっつーより、今日は八戒お誕生日記念で特別ご奉仕ってカンジ?」
「特別ご奉仕…ですか」
「…なぁ〜んかスッゲェ事想像しちゃってる?」
悟浄が意味深に目を眇めて、八戒の顎から鼻の頭までペロ〜と舌で辿る。
「ごっ…悟浄っ…あ…あのあの…っ」
「…いらない?」
伺う様に首を傾げると、もの凄い勢いで八戒が立ち上がった。
「是非とも頂きますっ!!」
椅子を蹴倒すと、テーブルに乗り上げていた悟浄をヒョイと肩に担ぎ上げる。
切羽詰まった表情で、ズカズカとリビングを横切り、寝室へと向かった。
「痛っ!イタタタッ!!バカ八戒!てめぇに殴られた腹がまだ痛ぇんだよっ!コラッ、肩に当たるんだってばぁ〜!!」
悟浄の苦情にも八戒は全く聞く耳持たない。

こうなるとは分かってたんだけど。
分かってて煽ったのは俺だし。

「好きだからなぁー…」
「えっ!悟浄今好きって言いました!?」
ぐるんと八戒が首を回して、必死の形相で悟浄を見つめた。
「んー?八戒スキスキ〜。だから早くベッドでグッチャグチャにヤリまくろうなぁ〜」
「うっ…嬉しいですっ!!」
八戒が感極まって、抱え上げた悟浄の頭をぎゅっと抱き締める。
「ぐえっ…わ…分かったから…早くベッド…腹が痛ぇんだって!」
痛みに顔を顰めて、悟浄が八戒を即した。
我に返ると、八戒は足早に自室へ向かい、扉を開けた勢いで悟浄共々ベッドへダイブする。
「ごーじょぉーっっ!!!」
「はいはい、服は破くんじゃねーぞ」
熱烈なキスの嵐を顔に受けながら、悟浄は笑って八戒の頭を掻き抱いた。


Back   Menu