*****The Future Bride*****

三仏神に紹介された病院の診察室で、八戒と悟浄は神妙な顔をして座っていた。
八戒が三蔵へ電話して今までの経過を話すと、すぐに三仏神へと取り成してくれ、病院に予約してくれたのだ。
八戒がジープで悟浄を病院へ連れてくると、すぐに診察室へと呼ばれる。
悟浄が最近の様子を医者へと説明してから、とりあえず触診と聴診器を当てられた。
すると。
医者の表情が見る見るうちに困惑へと変わり、ひたすら何度も聴診器を当てられる。
ただの風邪だと思いこんでいた悟浄も、医者の様子を眺めながら段々不安になってきた。
医者から精密検査をするからと、悟浄は薄い生地の服に着替えさせられて別室へと呼ばれる。
何やら腹部にゼリーの様な物を塗られて、訳の分からない機器を腹に擦りつけられた。
医者はモニターを眺めながら、しきりに首を捻っている。
『ま…まさか!俺ってばガンとか!?』
悟浄は神妙にベッドへ寝ながら顔面蒼白状態だ。
一通りの検査を終えると、待合室で待つように言われた。
八戒が椅子に座って待っているところへ、悟浄がとぼとぼと肩を落として戻ってくる。
顔色はなく、あまりにも落ち込んでいる様子に、八戒は何があったのかと心配した。
「一体どうしたんですか?お医者様に何か言われたんですか?」
「八戒ぃ…」
悟浄は情けないぐらい不安げな顔をして、八戒を縋るように見つめる。
心なしか瞳には涙まで浮かべていた。
「もしさ…もし俺が…」
言い淀みながら何かを必死に言おうとしていると、受付で名前が呼ばれる。
八戒はそっと肩に腕を回すと悟浄を立ち上がらせた。
そして二人で診察室へ入り、医者の診断を待っていたのだが。

「…おめでたです」

簡潔に医者は診断結果を伝えてきた。
一瞬何を言われているのか理解出来ずに、悟浄はしばし放心してしまう。
隣の八戒はゴクリと息を飲むと、震える声で医者へと聞き返した。
「あの…今…何て仰いました?」
「ですから、おめでたです。
間違いなく妊娠されてます…丁度18週目に入ったところですね」
医者はきっぱりと事実を告げる。
「先生っ!ホントですか!?ほんっとぉ〜に悟浄は妊娠してるんですか!?」
些か興奮状態で八戒が医者へと詰め寄った。
あまりの剣幕に医者は身体を少し引きながら、机の上へと写真を置く。
「これが先程のエコー検査で撮影した腹部の映像です。丁度この黒っぽく映っている横、此処に小さく映っていますでしょう?」
八戒は写真を手にとってまじまじと見つめた。
よくテレビやグラビアなどで見たことのあった、母親の胎内で息づく子供の姿。
ようやっと手足の位置や、目らしき物が判別出来るほど小さな生命。
その姿が自分と悟浄の子供の姿だと思うと、八戒は沸き上がる感激で震えてしまった。
「悟浄っ!ようやっと僕たち赤ちゃんを授かったんですよっ!!悟浄…悟浄?」
興奮のあまり八戒が悟浄に抱きついても、何の反応も示さない。
不思議に思って顔を覗き込むと。
悟浄は――――――椅子に座ったまま気絶していた。






「………何だって?」

三蔵は電話から聞こえた信じられない言葉に硬直した。
『で・す・か・ら!僕たち、
赤ちゃんを授かったんですよvvv』
とんでもないことを伝える受話器を、三蔵は眉を顰めてしばし睨み付ける。
一度大きく深呼吸してから、再度受話器へと向かった。
「誰が、何だって?もういっぺん言ってみろ」
『もうっ!何度だって言っちゃいますよ〜♪悟浄が!僕の子供を!妊娠したんです〜!!』
「はぁ!?」
何度聞いても同じコトを繰り返した八戒に、三蔵は驚愕のあまり声が裏返ってしまう。
側でおやつを食べていた悟空が、三蔵の妙な声に驚いて近寄ってきた。
「どうしたんだ、三蔵?ヘンな声出して??」
悟空はきょとんと不思議そうに三蔵の顔を見上げる。
「おい、ふざけんのも大概にしやがれ!何でクソガッパが妊娠なんかするんだよ!?」
「え?悟浄が妊娠!?」
悟空の瞳がまん丸に見開かれた。
『別にふざけてなんかいませんけど?先日お医者様を紹介して頂いたじゃないですか。そちらでキチンと診断して貰いましたから。赤ちゃんのエコー写真もあるんですよ〜♪』
嬉しそうに八戒が先の報告をする。
「そんな馬鹿な話…」
三蔵は愕然と呟いた。
『ホラ、やっぱりこういうコトって
神様からの授かりモノじゃないですか〜♪もう僕たち、今幸せいっぱいなんですぅ〜vvv』
電話の向こうで八戒がハイテンション気味に惚気てくる。
しかし、三蔵は八戒の言葉に過剰反応した。
「神様からの…授かりモノ?」
言い知れぬ悪寒がゾゾッと背筋を駆け抜ける。
条件反射で傍らに立つ悟空を見下ろした。
「ん?三蔵、なに??」
真剣な眼差しで見つめてくる三蔵に、悟空は首を小さく傾げる。
「…まさか、な」
三蔵は首を緩く振って自嘲する。
俺の考えすぎだ、きっと。
『三蔵?さんぞぉ〜聞いてますかぁ〜?』
受話器の向こうで八戒がしきりに叫んでいた。
「聞こえてるから叫ぶんじゃねーっ!で?どうするんだお前ら?」
『どうするって?決まってるじゃないですか、モチロン♪悟浄は大変でしょうけど、無事に赤ちゃんが産めるように頑張って貰いますよ。僕も出来るだけ側にいようと思ってます』
「…悟浄はどうしてるんだ?」
三蔵は何となく気になって聞いてみる。
妊娠なんて、悟浄にとって男として自分のアイデンティティが根本から覆される出来事だ。
さぞかし意気消沈してるか自暴自棄になっているんじゃないかと、三蔵は予想したのだが。
『え?悟浄ですか?今は静かに胎教音楽聴きながら、
『たまごくらぶ』読んでます♪』
…何すっかり順応してやがんだよ、あのクソガッパ!
三蔵は呆れ返って言葉も出ない。
「ねーねー?悟浄赤ちゃん出来たってホント!?」
三蔵の横で飛び上がりながら、悟空が受話器に向かって叫ぶ。
『おや?悟空もそこにいるんですか?』
三蔵は嫌そうに顔を顰めながら、悟空へと受話器を渡した。
「もしもし八戒?悟浄に赤ちゃん出来たってホント?」
『はい、そうなんですよ〜♪悟空も遊びに来て下さいね。悟浄がいっぱいは動けないので、ヒマだって拗ねちゃってるんですよ〜』
「うんっ!ぜってぇ行くからっ!八戒良かったな!おめでとー♪」
『ありがとうございます〜』
声からもデレデレと相好を崩しまくる八戒の姿が、容易に想像出来る。
悟空が三蔵に受話器を返すのを、嫌そうに受け取った。
『あ、三蔵!
お祝いなんか気を遣わないで下さいね。ええ、僕可愛いベビーベッドが欲しいなぁ〜なんて思ってませんからvvv
思いっきり要求してんじゃねーか、と三蔵は眉間に皺を寄せる。
『あ、悟浄が呼んでますので。それじゃ、悟空にも宜しく言って下さいね〜』
八戒が挨拶するのを遮るように、三蔵は力一杯受話器を叩き付けた。
「三蔵ってば…羨ましくって拗ねてるんですかね?」
受話器を眺めつつ、八戒は首を傾げる。
「八戒ぃ〜、喉乾いたぁ〜」
「はいはい、何を飲みますか?」
「んーと、リンゴジュースくれ」
ソファにゴロリと寝そべったまま、悟浄が首だけを向けた。
八戒がキッチンからジュースを持って戻ってくる。
「はい、起き上がりますよ〜」
悟浄の背中に腕を回して、身体を起こすのを手伝った。
最近の八戒は甘やかしを遙かに通り越して、思いっきり過保護だ。
「はい、零さないようにね」
ニッコリ微笑みながら悟浄へとグラスを渡す。
美味しそうにジュースを飲んでいると、じっと八戒が悟浄の腹部を眺めていた。
そっと掌で子供が居るであろう辺りを撫でている。
「…まだお腹出てきませんねぇ」
「ん?まだ四ヶ月だろ?そんないきなり膨らんだりしねーよ。それに男だから脂肪もないし、あんま大きくはならないんじゃないかって医者が言ってたぞ?」
「そうなんですか…」
「よって、お前が嬉々として選んでいたマタニティドレスは却下だ!」
「ええ〜っ!?そんなぁ…」
情けない声を出して八戒がガックリと項垂れた。
「あのなぁ…俺にそんなもん着せてドコが楽しいんだよ?」
八戒のもの凄い落ち込みように、悟浄は呆れながら溜息を吐く。
チラッと八戒が視線を上げる。
「だって…妊婦さんのマタニティードレス姿って、あの大きくなったお腹に命が宿ってるんだなぁ〜って、ほんわか幸せな気分になるじゃないですか」
「そっか?俺はダンナなんかと一緒に歩いてると『ああ、夜は相当頑張っちゃったんだな』って思うけど?」
前は街なんかで妊婦を連れたカップルを見かければ、原因と結果だなと悟浄は内心で失笑していた。
まさか自分がそんな目に遭うとは夢にも思ってなかったけど。
おかげで最近悟浄は出歩くことが少なくなっていた。
せいぜい気分転換と暇つぶしにご近所を散歩するぐらいで、街には出かけていない。
男の自分が妊婦姿を晒すなんて羞恥の極みだ。
八戒との子供を宿したこと自体には、後悔どころかむしろ嬉しかったし喜んでいる。
しかし、恥ずかしいモノはどう考えたって恥ずかしい。
こればっかりは頭の方が納得してくれなかった。
「そうですねぇ…僕らも頑張った甲斐がありましたもんねvvv」
嬉しそうに微笑む八戒の頭を、悟浄は顔を真っ赤にしながらひっぱたく。
「痛いですよぉ〜」
「うるさいっ!そう言うことをヘラヘラ言うんじゃねーっ!!」
悟浄はプイッと視線を逸らす。
「もう…本当に悟浄ってば照れ屋さんですね〜♪」
八戒は溢れる愛しさを隠そうともせずに、悟浄をぎゅっと抱き締めた。
懐いてくる八戒を振り払うこともせずに、視線は逸らしたまま悟浄はじっとしている。
「悟浄?」
「ん…何だよ?」
「元気な赤ちゃん、産んで下さいね…」
「…お前もしっかり手伝えよな」
「はいvvv」
ジープはひっそりと今日も三蔵達の元へ非難した。






「すみませ〜ん、お届け物です」
扉の向こうから声がする。
雑誌を眺めていた悟浄は、何だろうと首を傾げる。
「八戒ぃ!何か届けモンだって〜」
悟浄はキッチンに向かって声を掛けた。
最近お腹の方もすっかり大きくなっていたので、一旦寝ている体勢になると起き上がるのも容易でない。
医者からは適度に動いて運動するように言われていたが、八戒が猛烈に甘やかすので、悟浄の方もすっかりと従順になり怠惰気味だった。
「どうしました?悟浄」
エプロンで手を拭きつつ、八戒が現れる。
「何か届け物が来てるみてぇ」
「届け物?」
八戒は首を傾げつつ扉を開けた。
「毎度〜猪八戒さんのお宅ですよね?お届け物預かってます〜。こちらの伝票に認め頂けますか?」
「あ、サインでもいいですか?」
「はい、じゃぁこちらの方へ」
宅配業者がボールペンと伝票を差し出してくる。
「それじゃ…っと。はい、これでいいですか?」
「確かに。こちらがお届け物になります」
ドンと床に大きな箱が置かれた。
「それじゃ、ありがとうございました〜」
「ご苦労様です」
宅配業者を見送りつつ、目の前に置かれた大きな箱を八戒はじっと見下ろす。
伝票の送り先を確認すると、どうやら三蔵からのようだ。
持ち上げてみると箱の大きさの割りには重くない。
箱を家の中に入れてとりあえずは扉を閉めた。
「ん?どした?誰からそんなデッカイ荷物来たんだよ?」
「何か三蔵からみたいです」
「生臭坊主からか〜?」
八戒は慎重に持ち上げながら、リビングまで持ってくる。
一旦荷物を下ろしてから、悟浄が起き上がるのを手伝った。
「何だろうな…お前何か聞いてる?」
「いえ?特には聞いてませんねぇ」
「とりあえず開けてみるか」
「そうですね」
八戒は梱包の紙テープをペリペリと剥がし始める。
箱の上を開けて中を覗き込むと、何やらビニールに梱包された木製の柵らしきモノが見えた。
とりあえず、中から一つ一つ取りだしては床の上に置いていく。
そのうちの一つの袋に、何やら説明書のようなモノが入っているのに気が付いた。
途端に八戒の瞳がキラキラと喜びで輝く。
「悟浄っ!これベビーベッドですよ!!」
「へ?ベビーベッド〜!?何、三蔵のヤツそんなもん贈ってくれたのかよ??」
「きっと気を遣って出産祝いを贈ってくれたんですねvvv」
「そっかぁ…アイツも結構気が利くじゃん」
ちょうど八戒とどうしようかと相談していた所だった。
まさか八戒が三蔵に要求していたとは悟浄も気付いていない。
「じゃぁ早速コレ組み立てて見ましょうね」
「そうだな♪」
梱包を外して取説を見ながら、八戒と悟浄は嬉々として組み立てだした。
「このネジは?」
「えーっと…そっちの右側、内側の方に」
「ああ、ココな」
「それでこのマットレスを置いてっと…出来上がりましたよ悟浄!」
組み立てが完成したベビーベッドは木製でクラシカルなデザインの可愛らしいモノだった。
八戒と悟浄も満足そうに眺める。
産まれてくる自分達の子供のために、色々な物を用意した。
「後は…この子が元気に産まれてくるだけですねぇ」
大きく膨らんだ悟浄のお腹を八戒は優しく撫でる。
「…あっ!」
悟浄は目を見開いて小さく声を上げた。
「どうしました?」
「今…腹ん中…蹴った」
「ええっ!?本当ですか!!」
「うん…あ、ホラまた…」
八戒は慌てて悟浄の腹部へと耳を付ける。
そのままの体勢でじっとしていると、中からポコッと小さな音が聞こえてきた。
「本当だ…すごいっ!元気に育ってるんですねっ!!」
興奮気味に頬を紅潮させて、八戒は悟浄の手を握り締める。
悟浄も照れながら笑った。
「男の子と女の子…どっちですかねぇ?」
「分かるのに…聞かなかったの八戒じゃん」
「だって、産まれてくる瞬間まで楽しみにしたいじゃないですか」
「お前どっちがいい?」
「僕は…悟浄似で元気に産まれて来てくれるなら、どっちでもいいですよ」
「…恥ずかしいヤツ」
頬を染めながら悟浄はぽてっと八戒の肩口に額を乗せる。
「悟浄はどっちがいいんですか?」
「俺?俺は…八戒似の女の子がいいかなぁ。すっげぇイイ女に育つよな、きっと」
「…何か悟浄が言うと如何わしいんですけど」
八戒は眉を顰めながら憮然とした。
悟浄は小さく笑いを零す。
「何だよぉ〜。八戒ってば、産まれる前から子供にヤキモチ?」
「別にそういう訳じゃ…」
「…ホントに?」
上目遣いで悟浄が八戒の顔を覗き込んだ。
苦笑しながら八戒は悟浄の唇に口付ける。
「すみません、ヤキモチです。子供が呆れちゃいますよね?」
「そうそう。きっと腹ん中で『パパってば心狭ぁ〜い』って思ってるぜ?」
二人は顔を見合すと、同時に噴出した。

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