Meaningful X'mas |
ここ数日天蓬の様子がおかしい。 いや、いつもおかしいのだが、それを知っているのはごくごく一部に限られている。 しかし最近の天蓬の異常さと言ったら誰の目から見ても明らかだった。 部下達までもが遠慮がちにひそひそと囁いてしまう程、天蓬元帥は…上機嫌だった。 年中無休で殆ど書庫の埃と同化してしまうほど引き籠もり屋さんな天蓬が、聴いたこともないような曲を鼻歌交じりに歌いながら回廊を歩いている。 歩く、というよりは浮かれすぎでスキップしていた。 それが連日繰り返されている。 部下達は一様に何事かと身構えているが、これといって何が起こる訳でもない。 それが勝手な憶測や妄想を膨張させて更なる恐慌を引き起こし、軍の一部では集団ヒステリー状態にまで至ってしまう。 天界軍において、良くも悪くも天蓬元帥の影響力というのは絶大のようだ。 だからといってこのまま放置は出来ない。 万が一出陣命令など下された日には、西方軍だけではなく天界軍全体の志気にも係わってくる。 さすがに対処に困りはて、ついには西方軍先鋭代表連中が雁首揃えて捲簾に直訴した。 「大将!お願いですから何とかしてください!!」 「…何とかって言われてもなぁ」 あまり広いとは言えない待機所の執務室に、デカイ野郎ばかりが必死な形相で捲簾を取り囲んでいた。 自軍の強面の部下連中に涙目で詰め寄られ、捲簾は小さく溜息をつく。 そんなに熱烈に迫って来られたって美しい女性にならまだしも、野郎連中ではむさ苦しいったらない。 「大将ならご存じなんでしょう?一体元帥に何があったんですか!?」 「俺…怖くて怖くて夜も眠れないんですよ!」 『大将っっ!!』 「あーっ!もうっっ!てめぇら落ち着けっての!!」 あまりの鬱陶しさに捲簾がバンッと机を叩いて立ち上がった。 一瞬で室内が水を打ったように静まりかえる。 バツ悪そうに捲簾はポリポリと頭を掻くと、勢いよく椅子に座り直した。 「あのなぁ、俺は天蓬の見張り番じゃねーの。四六時中一緒に居る訳じゃねーんだから、天蓬が気味悪いぐらい機嫌がいい理由なんか俺だって分かんねーよ」 『え?毎日一緒じゃないんですか?』 部下達の即答に捲簾はガクッと項垂れる。 一体俺らは周りにどう見られてるんだ? 改めて考えると頭痛がしてきた。 「違うに決まってんだろ!俺はいちいち天蓬が本読んでトリップしてる時にまで一緒になんか居ねーよ」 自然と寄ってしまう眉間を指で引き離しつつ、捲簾は呆れたように溜息をついた。 「あ、でもそれ以外は一緒なんですね」 「それなら何かしら理由が思い当たるんじゃないんですか?」 『大将っ!!!』 その場の全員が声を揃えて捲簾に縋り付く。 もー、何なんだよコイツら。 そもそも妙な行動をしている天蓬が悪い! この鬱陶しい状態を早くどうにかしたいと思いつつ内心で天蓬に恨み言を吐くが、肝心の原因が捲簾にもさっぱり見当が付かなかった。 まぁ、状況を打破するにはアレしか無いのだが。 「…分かったって。俺が天蓬に訊いてやるよ、それでいいだろ?」 捲簾は思いっきり深く溜息をつきながら部下達を見やる。 『お願いしますっ!大将!!』 こーんなプライベートな事にまで頼られたくねーんだけどなぁ、と項垂れつつ捲簾は立ち上がった。 『大将!頑張ってくださいね〜』 部下達の期待に満ちた声援を背中に受けながら、捲簾は待機所を後にする。 気味悪いほどご機嫌な天蓬。 「…そんな時に出来れば会いたくねーんだけどなぁ」 不穏な予感に、捲簾の背中から冷たい汗が流れる。 かといって西方軍、強いては天界軍全ての期待を一身に掛けられては『イチ抜けた〜!それ逃げろ!』と言う訳にはいかないし。 「何か…俺ってば貧乏クジ?」 我が身の不運を嘆きながら、捲簾は重い足取りで天蓬の部屋へと向かった。 「おーい、天蓬!」 声を掛けて扉をノックするが返事は無し。 どのみち本を読んでトリップしてる時にはどんな物音にも気付かないのは分かっているので、捲簾は慎重に扉を開けた。 そしてそのまま後ろへ勢いよく後ずさる。 「何だ…まだ本雪崩は起きてねーのか」 ホッと安心すると、捲簾は部屋の中を覗き込んだ。 天蓬のいつもの定位置、ソファには本人がいない。 「あれ?こっちじゃねーのか…向こうの部屋かな?」 寝室の方を覗こうと散乱した本を避けつつ歩みを進めると、廊下の方から賑やかな話し声が聞こえてきた。 「おや?扉が…あ、捲簾来てたんですか」 捲簾の探し人、天蓬が扉から姿を見せる。 「あ、ケン兄ちゃんだ〜」 その天蓬の後ろからヒョコッと小柄な身体が飛び出した。 「何だ…二人一緒だったのか」 自分の手にじゃれてくる悟空の頭をガシガシと捲簾は撫でる。 「ええ、ちょっと敖潤殿に用事がありまして。その帰りに悟空と会ったんですよ、ね?」 「うんっ!天ちゃんに絵本借りに来たんだ〜」 天蓬と悟空はニッコリと微笑んだ。 「…敖潤に用事?何かあったのか??」 自分たちの上司に用事ということは必然的に軍関係、自分にも係わるコトじゃないのかと捲簾は首を傾げる。 天蓬からは何も訊いていなかったが。 「捲簾、貴方僕に黙っていることがありませんか?」 美しい顔に花も綻ぶような満開の笑みを浮かべて天蓬が捲簾を見つめた。 他人が向けられたらぼーっと見惚れてしまうこと間違いなしの鮮やかな微笑み。 しかし、捲簾は違った。 天蓬が笑みを浮かべた途端、ビクッと身体を跳ね上げて顔面蒼白。 『目が…全っ然笑ってねーよ』 天蓬の瞳は尋問するが如く捲簾を真っ直ぐに射抜いている。 つられて笑おうとした頬が思いっきり引きつって失敗した。 「何のコト言ってるんだろうなぁ〜」 「…捲簾」 名前を呼ぶ声も氷点下まで下がりまくり、捲簾の背筋を凍らせる。 「だからっ!敖潤のお小言関係なら思い当たることがありすぎて、どれのこと言ってるのか分かんねーんだよっ!」 恐怖をやり過ごそうとするあまり、捲簾が逆ギレした。 「別に敖潤殿から小言のとばっちりを受けて非難してるなんて言ってないでしょう?脛に傷を作りまくってると大変ですねぇ」 「大きなお世話だっての!」 天蓬の呆れた口調に捲簾は唇を尖らせて拗ねる。 「そう言うことではなくて…明後日の話です」 「明後日?あぁ、アレ…ね」 漸く思い当たったのか、捲簾は視線を泳がせつつ、うんうんと頷いた。 「何悠長に頷いてるんですか。一体どういうつもりなのか…副官として是非お聞かせ願いたいんですけど?」 天蓬の口調が軍師のソレに変わる。 捲簾は少し考え込むと、諦めるようにソファへどっかりと座り込んだ。 「天ちゃん、ケン兄ちゃん…どうしたの?」 唯ならぬ雰囲気に悟空が心配そうに二人を見上げる。 「ああ、悟空。ちょーっと天ちゃんと捲簾はお仕事のお話ししますから、悟空は向こうの書庫で絵本探しててもらえますか?」 しゃがみ込んで悟空へ視線を合わせながら、天蓬はニッコリ微笑んだ。 悟空はチラッと捲簾に視線を向ける。 「ん…分かった。でもケンカしちゃヤダよ?俺天ちゃんもケン兄ちゃんも大好きだから、ケンカして欲しくないもん」 「大丈夫ですよ…悟空は心配しないで下さい」 安心させるように天蓬は悟空の頭を優しく撫でた。 「じゃ、俺絵本探してるから」 後ろ髪引かれながら何度も振り返ると、悟空はとぼとぼ隣の書庫へ向かう。 捲簾も気を遣う悟空に苦笑しながらヒラヒラと手を振って見送った。 パタンと扉が閉まると捲簾が小さく溜息をつく。 今までの穏やかな笑みが嘘のように、表情を消した天蓬が捲簾を見下ろした。 「さて、とりあえず弁解して頂きましょうか?」 「…弁解なんかねーけど?」 「前回の討伐で妖怪を一人、捕縛し損ねたそうですね?」 「ああ…この前のトカゲもどき妖怪の弟らしい」 捲簾は背をソファへ凭れかけると、思い出しながら答える。 前回の討伐では天蓬は下界に降りていない。 ありとあらゆる情報を駆使し、考え得る状況を想定した作戦を持たせて捲簾大将以下西方軍を送り出し、戦況報告を訊きながら天蓬は天界の軍本部で指示していた。 天蓬の立てた作戦は功を奏し、妖怪一族全てを無事に捕縛。 予定していた日数よりも3日早く片づいたのだ。 「それが今になって残党処理ですか…」 「ま、そーゆーことだな」 天蓬を見上げながら捲簾は苦笑する。 ポケットから煙草を取り出すと、捲簾は火を点けて深く吸い込んだ。 「まぁ上層部の連中もたかが生き残りの妖怪一匹で何が出来る、ってタカ括ってたんだなぁ。ところがどっこい、最近になって西方軍の警戒領域に入ってる町が妖怪の大量殺戮によって全滅しちまった」 淡々と語りながら捲簾が自分の吐き出した煙を目で追いかける。 長くなった灰を認め、天蓬が灰皿を差し出した。 「さんきゅ」 「ようするに、その町を全滅させた妖怪っていうのが先のトカゲさんだった訳ですね」 天蓬も煙草を銜えると、ライターを探してポケットをゴソゴソ探る。 下から捲簾が天蓬へ向かって、ライターを投げて寄越した。 「…狂っちまってるらしくってな。俺の記憶だと残虐鬼畜な兄貴と違って、温和で争いごとには無縁だったはずなんだけどさ…妖怪連中とも人間とも分け隔てなく接していたと。同じ兄弟でもエライ違いだよなぁ。ま、それほど両極端だから兄弟仲は良好じゃねーと…事前に目を通した報告書では。事実捕縛リストには入ってなかった」 捲簾の抜群の記憶力は天蓬が良く知っている。 きっと事実なんだろうと天蓬は頷いた。 「どんなに反目しあっていても血を分けた兄弟ですから…愛していたんでしょう?」 「…なんだろうな、多分」 捲簾は悲惨な事実を話しているが、そこには一片の同情もない。 何の非も無く殺されてしまった町の人々のことが脳裏にあるからだ。 「それは分かりましたけど、問題はその後です」 天蓬の声音が微妙に変化する。 次に続く言葉が予想できるのか、捲簾は何となくバツ悪そうに視線を窓の外へと逃がした。 「その残党処理に部下を誰も付けずに、何で捲簾ただ一人だけで行かなければならないんですか?」 天蓬は視線を逸らした捲簾の視界を遮り、目の前に立つと柔和な笑みを浮かべる。 しかし、真っ直ぐ向けられた瞳は『言い逃れは許しません』と捲簾を詰っていた。 『ったく…だから捕縛命令下りた時、誰にも言うなって言ったのによぉ』 捲簾一人が下界に降りると分かると、部下達は必ず自分も行くと言い出すに決まってる。 決して自惚れている訳ではなく、事実として捲簾は部下達のことを掌握していた。 だから上司の敖潤にあれ程口止めしたのに。 部下達に知れれば間違いなく目の前の男にも直ぐに伝わるから。 捲簾は諦めたように溜息をついた。 「だってよぉ…この前帰ってきたばっかだぜ?俺みたいな一人モンはともかく、みんな家族や恋人がいてさ、あの殺伐とした戦場から帰って心身ともに癒している真っ最中に、速攻下界に降りるぞ!なんて言えねーっての」 ぼそぼそと捲簾が俯きながら言い訳をすると、前方からは只ならぬ空気が伝わってくる。 「…誰が一人モンなんですか?」 低く響いた声に捲簾が顔を上げた。 自分を見下ろす天蓬の顔からは全ての表情が削げ落ち、ただ瞳の奥だけが怒りで歪んでいる。 「あ…」 捲簾は小さく声を上げると、天蓬から視線を逸らした。 『どうしよう…どうしよう…』 焦るようにその言葉だけが捲簾の脳裏をぐるぐる回る。 天蓬は何も言わずに捲簾を見下ろしていた。 誤解だって言わなくちゃ。 俺はただ… 「…分かりました。貴方が一人で決めたのなら、副官の僕は何も言いません。必要ないのでしょう?」 抑揚の無い天蓬の声に捲簾が弾かれたように顔を上げた。 背を向けて天蓬が部屋から出て行こうとする。 「――――――っ!?」 咄嗟に捲簾は天蓬の白衣を掴んだ。 「…まだ何か御用ですか?」 天蓬は冷たく捲簾を突き放す。 一瞬捲簾の瞳が大きく開かれた。 そして… 「けん…れん…っ?」 白衣の裾を強く握り締めたまま、捲簾の瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。 「ちが…っ…違う…んだっ…」 捲簾は必死に首を振って否定した。 白衣を握り締める手が小さく震えている。 天蓬はそっと捲簾の掌を握り締めると、その場へ屈みこんだ。 「…どうしたんですか、捲簾?」 目の前で天蓬が優しく微笑んでいる。 「てんぽっ…」 捲簾は腕を伸ばして天蓬へとしがみ付いた。 自分から離れていかないように、強く必死に天蓬の身体を引き寄せる。 「おれっ…俺は…部下達は連れていけねーから、お前と降りようと思ったんだ。でも…っ…お前はダメだって敖潤に言われてっ…だから…」 懸命に言い募る捲簾を天蓬は優しく背を撫でて宥めた。 「そのことなら、問題ありませんよ」 「え…?」 意外な言葉に捲簾は驚いて顔を上げる。 「そうだったんですか…僕も一緒に降りるように進言してたんですね」 天蓬は嬉しそうに微笑んだ。 途端に恥ずかしくなったのか、捲簾は頬を紅潮させながら天蓬の肩へと顔を伏せてしまう。 「まぁ、僕に対して隠し通せる訳ないんですよねぇ…敖潤殿にはキッチリ話をつけてきましたからね」 「話って…何を?」 「僕も捲簾と一緒に残党処理の任命受けてきましたので、ほら」 白衣のポケットをゴソゴソ探ると、天蓬は任命書を捲簾に見せた。 驚きのあまり、捲簾はまじまじと目の前の書類を見詰める。 「いつの間に…」 「上層部の連中も僕を出し抜こうなんて1万年早いですね」 ニッコリと天蓬が微笑んだ。 「お前を出し抜けるヤツなんてそうそういねーんじゃねーの?」 捲簾は呆れながら呟く。 相当虐められたんだろうなぁ、と敖潤に同情してしまった。 きっとここ数日に繰り広げられた天蓬の奇行も、このことが原因だと捲簾は瞬時に悟った。 「それに、僕が捲簾を一人っきりで、下界に行かせるとでも思ってたんですか?」 捲簾の頬を両手で包むと、天蓬がその顔を覗き込む。 「思ってねーから…黙ってたんじゃねーか」 プイッと視線を逸らして捲簾が拗ねるように唇を尖らせた。 天蓬の触れている頬が次第に熱を帯びてくる。 「明後日は…一緒ですからね」 「…ああ」 恥ずかしげに目を伏せる捲簾の唇を、天蓬は何度も啄ばむ。 次第に捲簾の唇も誘うように開かれて。 互いを確かめるように深く口腔を舐め合った。 |
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