Meaningful X'mas

カタン…

背後から聞こえた物音に捲簾が振り返る。
「…仲直りした?」
書庫の扉から絵本を抱えた悟空がひょっこり顔を覗かせていた。
「うわああぁぁっっ!!」
捲簾は叫びながら天蓬を思いっきり突き飛ばす。
話しているうちに、すっかり悟空の存在を忘れていた。
あまりの驚きに顔を真っ赤にしながら、捲簾はバクバクと跳ね上がる心臓を宥める。
「お…おうっ!本は見つかたのか?」
出来るだけ平静を装って捲簾が声を掛ける。
「うんっ!あんぱんの別のやつと、赤いじいさんの本にした〜」
悟空はとてとてと走りながら嬉しそうに捲簾の元へ近寄った。
それにしてもヤバかった。
丁度悟空に背を向けて死角になっていたから、多分見られてはいないだろう。
「ケン兄ちゃん…天ちゃんの上に本がいっぱい乗っかってるよ?」
「へ?うわわっ!天蓬、悪ぃ!大丈夫か!?」
突き飛ばした勢いで積んであった本に天蓬が直撃し、本雪崩に飲み込まれたらしい。
慌てて捲簾は本の中から天蓬を掘り起こした。
「おい、天蓬?」
「…ヒドイですよ、捲簾」
捲簾に支えられた体勢のまま、天蓬が恨めしそうにボソッと非難する。
「ちょっとしたハプニングだって…わざとじゃねーんだから」
「本当に悪いと思ってるんですか?」
天蓬がじっと下から捲簾を見上げた。
「思ってるって…」
ここで素直に謝らなければ、後でどれだけネチネチと虐められるか。
内心冷や汗をかきながら、捲簾は身の縮まる思いだった。
「それなら、僕のご機嫌とって下さい」
「はぁ?」
「キスして下さい」
「………。」
天蓬を支えたまま捲簾が硬直する。
「…仲直りのチュウしないの?」
キョロキョロと様子を覗いていた悟空が、無邪気にバクダンを落とした。
「捲簾?」
「ケン兄ちゃん?」
二人に先を即すように見つめられ、捲簾の頬が引きつる。
「捲簾…僕は後でまとめてでも一向に構わないんですけど?」
天蓬が意味深にニッコリ微笑んだ。
『まとめて…どれだけまとめられるのか考えるだけで、明後日と言わずこのまま下界に逃げたいんだけど』
目の前の悪魔の微笑みにガックリと項垂れる。
「わーったよっ!」
捲簾は振り切るように叫ぶと、ガバッと天蓬の唇に突進した。
その勢いのままさっさと離れる。
「…全っ然色気がないんですけど?」
「ヤローに色気なんか求めるな!」
頬を紅潮させながら捲簾が顔を掌で隠した。
「ま、貸しにしておきましょうか」
「ちゃんとシたじゃねーかよっ!」
捲簾は悔しそうに瞳を潤ませて、天蓬を睨め付ける。
『そんな顔して…可愛いだけなんですけどね』
極度に恥ずかしがり、いつまでも些細な行為に慣れないでいる捲簾に、天蓬はコッソリ苦笑した。
「天ちゃん大丈夫?痛くない??」
悟空が絵本を抱えたまま様子を伺う。
「大丈夫ですよ。悟空は本が見つかったみたいですね」
「うんっ!これ読み終わったらまた貸してね!」
ニッコリと悟空は微笑んだ。
ふと抱えている本に天蓬の目が行く。
「その本の続きで面白いモノがありますから、読み終わったら貸してあげますね」
「コレ?」
「いえ、あんぱんのじゃなくてもう1冊の…」
赤い服を着た白いヒゲの老人とトナカイの描かれた絵本の表紙。
「うんっ!そんじゃ明日またくるね」
悟空は立ち上がって挨拶すると、バタバタと金蝉の元へ帰っていった。
途端に部屋が静かになる。
「あー、心臓に悪ぃ」
捲簾はどっかり腰を床に落ち着けると、煙草を銜えた。
「そうだ、下界に降りたら悟空にもプレゼント買ってこなくてはいけませんねぇ」
「あ?土産じゃねーの?」
「プレゼントですよ」
天蓬は楽しそうに微笑む。
訳が分からず捲簾は首を捻るが、どうせ訊いたところで教える気は無いだろうと、それ以上深く追求はしなかった。






「…こーゆーオチってあり?」
「手間が省けて大変助かります…っていうのでどうですか?」
「あ、そーね…」
下界に降りた天蓬と捲簾の目の前には遺体が一つ。
妖怪の微弱な生体反応を追って辿り着けば、捕縛する前に事切れていた。
地面にはおびただしい量の血が広がり、傍らには鋭利な刃物が転がっている。
「狂気と正気の間を彷徨って、耐えきれずに自決したんでしょうね…おそらく」
手にした麻酔銃の安全装置を戻し、天蓬は冷たくなった妖怪を見下ろした。
「あ〜あ…この俺の漲る闘志はどうしてくれるよ。納得いかねーなぁ」
ブツブツ文句を言いながら、捲簾は麻酔銃から銃弾を外していく。
「何でしたら僕が引き受けますよ…但しベッド限定ですけど」
銃をフォルダーにしまい込むと、天蓬は楽しげに微笑んだ。
チラッと天蓬へ視線を向けて、捲簾は首を傾げて思案する。
「…別にそれでもいいけどな」
「………えっ!?」
天蓬は驚いて捲簾を見つめ返した。
どうせもの凄い照れ屋の捲簾だから、往生際悪く嫌がるだろうと思っていたのに。
それでも結局、捲簾は仕方なさそうに渋々頷いて…といった態度でも本当に天蓬を欲しがってくれるから。
そんなお決まりのプロセスに慣れてしまった天蓬の脳は、一瞬捲簾の言葉を理解出来なかった。
「おい、何固まってんだよ。言い出したのはお前だろ」
未だ硬直したままの天蓬を、捲簾は不満げに見つめる。
でも、その頬は決して寒さのせいではなく、ほんのり紅潮していて。
「大丈夫!任せてください!!昨夜は今日に備えてバッチリ睡眠も取りましたし、万全ですからねvvv」
漸く復活すると、天蓬は興奮しながら捲簾を抱き締める。
「今日に備えて…って、どっちに備えてたんだよ」
天蓬の肩にぽふっと頭を乗せ、捲簾は突っ込んだ。
きっと自分の想像は外れてないだろうけど。
「捕縛20%捲簾に80%…ですかね?」
飄々と言ってのける天蓬に、捲簾は『やっぱりな』と小さく笑いを零した。
「任務なのに何だよ20%って」
「まぁ、本音では10%程度で十分だと思ってるんですが。だって捲簾がぜ〜んぶ働いてしまうでしょうし」
「何ソレ…お前ってば見学してる気だったのかよ」
捲簾は喉で笑いを噛み殺しながら、チラッと天蓬へ視線を向ける。
少し考えるように天蓬が空を見上げた。
「どうせ僕の出番なんて、捕縛した妖怪を封印する作業ぐらいでしょう?」
「頼られちゃってるのね〜、俺ってば」
「モチロンですよ、捲簾大将」
クスクスと捲簾の耳元で天蓬が笑った。
暫く互いに腕を回して抱き合ったままで居ると、

「冷てっ…」

暗い夜空を仰ぐと白い粒が風に舞っている。
「雪…ですね」
「どうりで…いつもより寒ぃと思った」
寒いー寒いーとはしゃぎながら、捲簾は天蓬にしがみ付いた。
そうこうしているうちにも、雪の量は増していく。
「とりあえず街の方へ出ましょうか。ここでじっとしている意味ないですもんね」
天蓬が微笑みながら捲簾の腰に腕を回した。
「ん?天界に帰らねーの??」
不思議そうに捲簾は天蓬を覗き込む。
任務は不本意ながら完了したんだし、下界に留まる必要はないはず。
「最初っからね…今日は下界に居るつもりだったんですよ。任務も捲簾がいれば早く終わると思ってましたしね」
もっともこんなに早く終わるなんて想像してませんでしたけど、と天蓬は肩を竦める。
「下界に何かあるのか?」
訳が分からず捲簾は首を傾けた。
自分と違って下界自体には興味を持たない天蓬が、そんなことを言い出すなんて珍しい。
「まぁ、街に行けば分かりますよ」
天蓬はニッコリと捲簾の好きな極上笑顔で微笑んだ。
途端に捲簾の頬が紅潮する。
「さて、行きましょうか?」
捲簾の身体を引き寄せると、僅かに見える街の明かりの方へ歩き出した。
雪に葬られる屍を振り返ることなく。






街の入り口付近まで来て、捲簾はぽかんと口を開けたまま絶句する。
「何…この異常な賑やかさは?」
町に辿り着いた捲簾は、その光景を見て呆然と呟いた。
夜にもかかわらず、昼間のように明るい通り。
あちこちで鮮やかなイルミネーションがキラキラ輝いている。
金銀緑赤のディスプレイが人々の頭上で瞬く。
メイン通りは勿論、そこから分かれる路地までもが人で溢れかえっていた。
「今日はクリスマスイヴですから」
「…何それ?」
聞きなれない言葉に捲簾は眉を顰める。
「イエス.キリストという神の生誕をお祝いするお祭りですよ。今日はその前夜祭なんです」
「ふーん…神様ならココにもいるんだけどなー」
さほど興味なさそうに、捲簾が近くに吊るされているリースを突っついた。
「まぁ、本当に真摯な宗教心でお祝いしている人はここにはいないでしょうね。教会で祈りをささげているでしょうから」
天蓬は人ごみに流されないよう、捲簾の腕を掴んで道端へと移動する。
「んじゃ、何なの?こいつらは??」
煙草を銜えて火を点けながら、顎をしゃくった。
同じように煙草を吸いながら、天蓬が視線を人ごみへ向ける。
「お祭りに便乗しているんですよ。世間の慣習では家族や恋人同士でご馳走を食べたり、プレゼントを贈りあったりして楽しく過ごすようですよ」
「天帝の聖誕祭とはエライ違いだな」
捲簾は『こっちのが全然いいけどな』と苦笑した。
「で、折角ですから…僕らもしませんか?」
「はぁ?」
「クリスマスですよ」
穏やかに微笑みながら、天蓬は捲簾を見つめる。
天蓬の提案に捲簾は目を見開くが、直ぐに口端を上げて自嘲した。
「何?神様が違う神様を祝っちゃうの?」
人々の救いを聞いてやれるような『神様』だなんて思っちゃいねーけどさ。
どこか寂しそうに笑いを零すと、幸せそうに行き交う人たちに目を細めた。
本当にこの人は…
天蓬は愛しそうに捲簾を引き寄せた。
「…天蓬?」
自分を包み込むような天蓬の暖かい気配に捲簾が振り向く。
捲簾を見つめる綺麗な瞳。
照れくさくなって捲簾は俯いた。
「だからね?僕達も慣習を見習って恋人同士のクリスマスを過ごしませんか?」
チラッと捲簾が視線だけ上げる。
「それって旨いモン食って、旨い酒飲んで?」
「プレゼントは今からじゃ間に合いませんけど」
「…それだけで終わり?」
目を眇めながら捲簾は意味深に天蓬を見つめた。

本当にこの人は…

「…恋人達のクリスマスって言ったでしょう?」
天蓬は捲簾の腰を引き寄せると、耳元で低く甘い声で囁く。

本当にコイツってば…

「恋人はベッドでお祝いするって?」
捲簾も同じように腰へ手を回わすと、楽しそうに笑いを零した。
つられて天蓬も微笑んだ。
「でもさ、何を祝うんだよ?」
「そうですねぇ…」
考えるように天蓬が首を傾げる。
「とりあえず…今、腕の中に愛しい人を抱くことが出来る歓びを祝う。っていうのではどうでしょう?」
「んー、80点だな」
「そうですか?結構イイ線だと思ったんですけど」
「お前はクサく考えすぎ」
捲簾はビシッと天蓬に指を突き出した。
天蓬はそうですかねぇ、とぼやきながら煙草を銜える。
「生きている歓びを祝う、じゃねーの?」

生きているから、貴方に出逢えた。
生きているから、一緒に歩んでいける。
生きているから、抱き締めあえる。

「それだけで十分だろ?」
捲簾は鮮やかに微笑んだ。

本当にこの人には…敵わない。

天蓬は銜えた煙草をそのままポケットへと戻した。
「早く…歓びあいたいです、貴方と」
天蓬が吐息混じりに囁く。
捲簾を見つめる瞳は欲情を孕んで。
ゾクッと背筋を駆け上がる甘い痺れに、捲簾は目を細める。
「…俺も、天蓬が欲しいよ」
天蓬の瞳が嬉しそうに微笑んだ。
捲簾の肩に手を掛けて即すと、人混みの中へと戻る。
「行きましょうか?」
「ああ…」
互いに肩を並べて歩き出すと、二人の姿が人混みの中へと消えていった。

二人の神様が自分達を祝った日。