Glamourous Life ’ |
主夫歴3年、猪八戒さんは悩んでいた。 「はぁ…最近欲求不満なんですよねぇ、僕」 ふと、呟きながらズズズとお茶を啜る。 「よっきゅーふまん?」 お隣の新婚ほやほや若妻悟空は、きょとんと瞳を瞬かせた。 バリバリ食べていたせんべい片手に、小首を傾げる。 「最近、悟浄の仕事が忙しくて…顔を合わせない訳ではないんですけど、アッチの方がご無沙汰なんです」 「アッチ?ってどっち??」 「夜の営み…所謂セックスです」 「あ…」 途端に悟空は顔を真っ赤に紅潮させた。 「いえね、別に僕は時間帯なんか全然拘らないんですけど。悟浄が仕事で帰ってきても疲れ果てちゃって相手してくれないんです」 「えーっとぉ…」 何て返せばいいやら、悟空は落ち着かなげに視線を彷徨わせる。 一息吐いて、八戒はまたお茶を啜った。 「何か興信所の方で調査員が一人怪我で入院してしまったらしくて。その分悟浄の方に仕事の負担が来てるらしいんです。でもね?」 ダンッと八戒が湯飲みをテーブルへ叩き付ける。 「ちょっとぐらい構ってくれてもいいと思いません?もうっ悟浄ってば、一旦墜落睡眠に入ると殴ろうが蹴ろうが全っ然目を覚まさないんですっ!」 「そ…そうなんだ…」 あまりの迫力に悟空の頬が引き攣った。 激昂したまま饒舌に捲し立てると、八戒はふっと肩の力を抜く。 「おかげで最近…僕の仕事の方にも支障が出てしまって」 「えっと…八戒は小説家なんだよな」 「ええ。悟浄との生活は僕の創作活動の源なんですっ!もう…全然筆が進まなくて」 八戒は呟きながら苦悩を露わに項垂れた。 悟空もつられて項垂れる。 「ねー、いつまで悟浄忙しいの?」 「さぁ…今の仕事が片づけば少しは楽になるらしいですけど」 「そうなんだぁ。折角みんなでキャンプに行こうって話してたのに…何時行けるか分かんないなぁ」 「悟浄、そんなこと言ってたんですか?」 「うん。前に俺が大学夏休みに入ったら、みんなで出かけようって」 「あれ?悟空もう夏休みなんですか?」 「え?うん…前期は終わったよ」 ふと八戒はカレンダーに目を向けた。 「ああああぁぁっっ!!!」 突然絶叫して八戒が椅子から立ち上がる。 カレンダーを注視したまま、微動だにしない。 「八戒?どーしたんだ??」 恐る恐る悟空が声を掛けた。 「今日って8月1日だったんですねっ!」 「え?あ…そうだけど??」 「何てコトでしょうっっ!!」 クッと眉間に皺を寄せ、八戒が椅子の背を固く握りしめた。 「な…何かあったの?」 「もうすぐなんです…」 「もうすぐ?」 「8月5日は僕と悟浄の結婚記念日なんですっ!!」 「ええっ!?」 悟空がまん丸く眼を見開く。 「そうっ!そうなんですよ!!性欲でモンモンとしてて、すっかり忘れていましたっ!僕としたことが…」 「で…でも。まだ過ぎてないんだから…」 八戒が辛そうな表情で俯いた。 「ええ…そうなんですけど。前もって悟浄にその日はどうしても何が何でも!休みを取るように言ってないんですよ。1ヶ月前には言っておかないと仕事のスケジュールはもう決まってますからねぇ」 寂しげな瞳で八戒は遠くを見つめる。 「だけどっ!1日ずっといない訳じゃないんだろ?」 「それも分からないんですよ…」 「八戒…」 悟空が同情の眼差しで八戒を見上げた。 「あ、でもっ!俺お祝いあげるよ!!」 「え?悟空が…ですか?」 「だって!いつも仲良くしてる八戒と悟浄の結婚記念日なんだからっ!俺もお祝いしたいもん」 ニッコリと悟空が微笑む。 「悟空…嬉しいです」 幸せそうに八戒も微笑み返した。 「僕たちはすごく幸せですねぇ…結婚記念日を友人の悟空と三蔵にお祝いして頂けるなんて♪」 「ブーーーーーッッ!!!」 リビングの方から思いっきり茶を噴き出す音が聞こえる。 「おや?何お茶零してるんですか、三蔵ってば」 「八戒…お前…」 新聞を握り締めながら、三蔵がキツイ視線で睨め付けた。 「ああっ!もぅ!!悟浄が居なくて少し寂しかったですけど、いいこともちゃんとあるモンなんですねvvv」 「おい…誰がてめぇらの結婚記念祝いなんか…」 「悟空と三蔵で選んで贈ってくれるなんて、ものすっごぉ〜く楽しみです♪」 「うんっ!絶対八戒達が喜ぶモノ贈って上げる♪」 「おい…悟空お前っ!?」 「三蔵、ありがとうございますvvv」 「………。」 八戒の確信犯的笑顔に、三蔵が反論し損ねる。 グッと言葉に詰まり、ただ睨み付けるしかなかった。 ニッコリ。 「…後で贈る」 「楽しみに待ってますからね♪」 背後に黒いオーラを背負った全開笑顔に、三蔵は今回も敗北を喫した。 「…はっかいぃ〜ただいま〜」 力の抜けきった声が玄関から聞こえた。 「おかえりなさい、悟浄…っと」 玄関先に迎えに出ると、悟浄が力尽きて突っ伏している。 最近では日常茶飯事だ。 八戒は苦笑しながら脇に腕を入れると、玄関からリビングへ悟浄を引きずった。 そのままソファへと引き上げると、悟浄は脱力したままぼんやりとしている。 寝室からパジャマを持ってくると、放心状態の悟浄を着替えさせた。 「悟浄?お腹は空いてないんですか?」 「んー…見張りしながらパンとか食ってたから空いてない」 「じゃぁ、もうベッド行って休んだ方がいいですよ」 「ん〜そうするぅ…」 怠そうに立ち上がると、悟浄はフラフラしながら寝室へと消えていった。 「何か…大丈夫なんですかねぇ」 ここ最近の疲れようには、さすがに八戒も心配してしまう。 夕食はうなぎとか…精の付く物にしようと、頭の中の買い物リストに付け加えた。 とりあえず洗濯物を干さないと。 八戒はサニタリーへ脚を向ける。 ピンポーン☆ 朝っぱらからチャイムが鳴った。 「誰でしょう…こんな朝から」 ドアフォンを取り、玄関モニターを確認すると宅配業者のようだ。 荷物が来る予定は無いはずだが、と首を傾げつつ、八戒は玄関へと向かう。 「お荷物が来てます。こちらに認めお願いします」 「あ、はいはい」 差し出された伝票に、判を押した。 「それじゃ、こちらになります。ありがとうございました〜」 「ご苦労様です」 八戒は渡された段ボールの送り状を確認する。 「ん?三蔵からですか…ああっ!」 漸く荷物に思い当たり、八戒はいそいそとリビングへ戻った。 床の上に箱を下ろすと、上機嫌で梱包を解き始める。 「さって〜、三蔵達は何を贈ってくれたんでしょうね〜」 鼻歌交じりにガムテープを剥がすと、そこには。 「………これは素晴らしいっ!!」 爽やかな朝のリビングに八戒の絶叫が響き渡った。 時を遡ること2日前。 「さんぞー、八戒の結婚記念日のお祝いどうしようか?」 ソファで新聞を読む三蔵の横で、悟空は雑誌を捲る。 いわゆる通販カタログだ。 八戒にああは言ったものの、悟空は何を贈ったらいいのか見当が付かなかった。 とりあえず二人で使えそうな物をと考えて、先程からカタログを眺めているのだが。 「何かさぁ〜、キッチン用品とか八戒んちで無い物って思いつかないんだよな。どうせなら持ってない物の方がいいよね?」 横から悟空が三蔵を見上げる。 三蔵としては、ついはずみで結婚記念日の祝いを贈ると口走ってしまったが、言った瞬間から後悔していた。 何で俺があのバカップルの為にプレゼントなんかっ!! しかし上げると言った手前、無視しようモノならあの隣の腹黒主夫八戒が何をしでかすか分からない。 ニッコリ笑顔でえげつない報復行動を平然と行う八戒の人となりは、学生生活のうちに嫌というほど見せられていた。 他人が八戒の逆鱗に触れようが知ったことではないが、直接災いを被るのは真っ平ゴメンだ。 だからといって悟空の言うとおり、何を贈ればいいのかなんて三蔵だって思いつかない。 そもそも何でアイツらのために、俺が頭を悩ませる必要があるんだ! 「メンドくせぇ…」 つい、三蔵は本音を漏らす。 「そんな言い方したらダメだよっ!でも…ホントどうしようかぁ」 悟空の方も考えすぎて許容量いっぱいいっぱいだ。 「…ババァに頼むか」 「え?理事長に??」 悟空がきょとんと三蔵を見つめる。 「アイツなら、ちっとは気の利いたモノ選ぶだろう。そういう誰かに物を贈るのにも慣れてるはずだしな」 「そっかぁ〜じゃぁ、お願いしようっ!」 愁眉も晴れて悟空はニッコリと微笑んだ。 それが、まさか。 あんなモノを送り付けるなんて。 さすがに三蔵も想像していなかった。 |
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