Birthday Parade



今年も傍迷惑なイベントが近付いてきた。






きのこ のこのこ たぬきのこ〜♪
きのこの山があったとさぁ〜♪
そ〜れ どっさり たべりゃんせー♪
きーのこの山ぁーは食っべざっかりっ♪


「…毎日毎日何なんだ一体?」

八戒の調子っぱずれな鼻歌を目覚まし代わりに、悟浄はムックリと起床した。
この頃いつもこんな調子だ。
どうやら八戒がいつも100円ショップでまとめ買いしているお気に入りのお菓子のCMソングらしいが。
ベッドから出ず寝起きでぼんやりしていると、またしても上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。

きのこの山ぁーの その奥にぃ〜♪
たけのこの里があったとさ〜♪
絵にも描けない美味しさだっとさあぁ〜♪


…どうやら続きらしい。

お菓子の歌詞が交互にずーっと悟浄が止めるまでエンドレスで聞こえてくるのだ…毎日、昼夜問わず。
悟浄は乱れた髪を掻き上げつつ、はて?と天井を見上げた。
別にお菓子を食べながら歌ってる訳じゃない。
それにしてもいつからこんなことになったんだろうかと、記憶を辿ってみた。
「先月ぐらい…からだな?にしても〜もっと他に歌なんかあるだろう?」

最新のヒット曲でもなく、よりによってお菓子のCM曲。

しかも最近のじゃない。
確か子供の頃に何となく聴いた覚えがあるような昔のCM曲だった。
それを今更しつこいぐらいに何度も何度も口ずさんでいるなんて。
「確かにたまたま聴いた曲が妙に頭へスコーンと入って、グルグルってエンドレスで流れることはあるけどなぁ…でもせいぜい1日ぐらいだろーし」
うぅ〜んと悟浄は腕を組んで考え込む。
その間もキッチンの方からは八戒の上機嫌な鼻歌は鳴りやまない。
「ま、八戒に理由訊けばいっか」
幾ら悟浄が悩んだところで、原因が思い当たらないのでは分かるはずもなかった。
悟浄は勢いよく布団を跳ね起きると大きく伸びをして、妙にリズミカルに合いの手まで入った鼻歌が聞こえるキッチンへ顔を出す。
「おっはよ〜っす」
「あっ!おはようございます♪」
ダイニングテーブルの上にはきちんと朝食の準備が整っていた。
椅子を引いて自分の席へ着くと、煙草を銜えながらぼんやり八戒の背中を見つめる。
「すぐコーヒー持ってきますね〜」
「あー…うん。それよりさ、八戒?」
「はい?何ですか悟浄?」
「アレ、何なの?」
「え?アレって言われても??」
「さっきから、っつーかここんとこずーっと歌ってるじゃん」
「あぁ…アレですか♪」
「何で?」
「それはですねー…」
クフフフと八戒が口元へ手を当て、怪しげな含み笑いを漏らす。

明らかに八戒の様子がおかしい。

ほんのり頬を赤らめ、チラチラ悟浄へ視線を向けてきた。
何となく不吉な予感がして、肌寒い朝だというのに悟浄の全身からドッと厭な脂汗が噴き出してきた。
また妙なコトを企んでいるに違いない。
哀しいかな悟浄の本能は、自分の危機を正確に察知した。
気味が悪いぐらいモジモジと身体を捩らせている八戒が、緊張で固まっている悟浄に近付いて顔を覗き込んでくる。

「実はですねー?今月のテーマソングなんですっ!」
「テーマ…ソングぅ??」

今月っつーか先月からずっとじゃねーか。
つい突っ込みそうになった悟浄だが、八戒の100万ドルの全開笑顔を目の当たりにして、思わず言葉を飲み込んだ。

それにしても。
普通に何事もなく平穏に生活していて、それのテーマソング…って何だ?
悟浄には八戒の頭の中身が全く理解できない。
「何のテーマソングなんだよ?」
理由を聞いても理解不能で目を白黒させていると、八戒が待ってましたっ!とばかりに身を乗り出してきた。
その尋常じゃない勢いに反射的に腰が退ける。
「やっぱり気になります?気になりますよね?そうじゃないかなーって思ってたんですけどやっぱり気になっちゃいましたかそうですかっ!」
「い…いや…そこまでは…」
「そりゃ〜気になりますよねっ!?」
焦点が合わない程顔を近付け悟浄の言葉をわざとらしく聞き流すと、凄味のある笑顔で強引に決めつけてしまう。
あまりの恐ろしさに、悟浄は首が千切れそうな程ガクガク頷くしかなかった。
「そうですよね〜?きっと悟浄は気になってると思いました♪」
「そうでーっす…」

まぁ、確かに。
何で『きのこの山』に『たけのこの里』なのか、気になることは気になる。

「何のテーマソングなのかというとぉ〜」
八戒は悟浄の方へ煎れたてのコーヒーを差し出し、自分はその向かいへ座った。
…何で八戒の背後からドラムロールが聞こえてくるのか?

「じゃじゃーんっ!悟浄のお誕生日テーマソングなんでーっす!!」
「…………………………はぁ??」

何できのこの山にたけのこの里が自分の誕生日と関係あるのか分からない。
もしかすると。
「まさか100円ショップで八戒が買い込んだ菓子がプレゼント。とか言わねぇよな?」
質素倹約が趣味の八戒なら、そんなプレゼントもやりかねない。
はい、悟浄!誕生日プレゼントですよvvvっとダンボール箱で菓子を渡されたりしたら、さすがにキレて暴れそうだ。
戦々恐々として八戒の顔を窺っていると、真ん丸く目を見開いた八戒が突然笑い出す。
「アッハッハッ!ヤダなぁ〜っ!そんな心配してるんですか?だって悟浄市販のお菓子なんて食べないじゃないですか?そんな
無駄遣いしませんよ」
「無駄遣い…」
「はっ!悟浄の誕生日プレゼントが無駄遣いって言うんじゃないですよ?勿論っ!」
「…ならいいけど」
何となく言葉の端々に険があるような。
むーっと眉を顰めて悟浄が睨むと、八戒が仕方なさそうに苦笑いを浮かべる。
「明日、悟浄の誕生日でしょう?本当は明日までナイショにしたかったんですけど」
八戒はテーブルの上でキュッと悟浄の掌を優しく握った。
「今年はどうしようかってずーっと考えてたんです。悟浄の誕生日までの335日間」

ソレって、誕生日の翌日から一月前までってことかっ!?

さすが悟浄のダーリンを自負する八戒。
濃密な愛情オーラに目眩がしそうだ。
「そ…そんなに一生懸命考えてくれてたんだ…ははは」
「当然です。愛する悟浄がどうしたら喜んでくれるか、それだけを毎日毎日どんな時でも常に気を使って考えてきました」
「メシ食ってる時も?」
「ええ」
「掃除してたり洗濯してたり買い物行ってる時も?」
「はい」
「風呂入ってる時も寝てる時もか?」
「当たり前じゃないですかっ!」
「じゃぁ、セックスしてる時は?」
「…名案を思いつく為、時には休憩も必要です」
「おいコラ」
「揚げ足取らないで下さいよ〜」
「もういい。そんで?何か思いついたんだろ?」
突っ込むのも馬鹿らしくなって、とりあえず本題を聞き出そうとする。
「ええ。去年企画したオリエンテーリングは不評でしたので、今回は悟浄が喜ぶ名企画を考えましたっ!」
「オリエンテーリング…」
悟浄の表情が不満気に顰められた。

思い出すだけでも腹立たしい記憶。
去年の誕生日はちょっと最悪だった。

朝目覚めれば八戒はいないわ、コッソリ八戒に内緒で隠していたはずだったお宝の数々が見るも無惨な形で露見してしまう。
お気に入りのAVは真っ二つに割られ、ナイスバディーなモデルのエッチな写真集は全てのページが糊付けされたり。
密かに通おうと思っていたキャバクラ嬢の名刺には油性マジックで落書きされていた。
それら疚しいモノの数々を八戒は知っていながら黙っていたというのが、悟浄の恐怖心を尚更煽る。

しかもそれだけじゃない。

プレゼントが隠されているからと三蔵の寺まで行かされ、挙げ句の果てには山登りまでさせられたにも係わらず、肝心のプレゼントは家にあると知った時の空しさや情けなさと言ったら。
怒り心頭で帰宅したら散々強請っても買って貰えなかったコタツと、大好物の鶏団子鍋と勝手に勘違いした裸エプロンの八戒に出迎えられ、まぁいっか。と思ったりもしたが。
「だって悟浄…折角の誕生日に一人で居たのが凄く寂しかったんですよね?僕もその点は反省しまして」
「べ…別にガキじゃねーんだから寂しがってなんかねーよ」
そう愚痴りながらも悟浄の頬が羞恥で赤らむ。
八戒はニッコリ微笑んだ。
「そこで、今年はずーっと悟浄と一緒に居ようと思ったんです」
「そっか」
「だけど、ここで問題が発生しました」
「へ?何が??」
真剣な表情の八戒に、悟浄は驚いて瞠目する。
「そうすると、折角二人っきりでバースデイパーティーしようとしても、料理の材料を買いに行くことができないんです」
「はぁ?そんなの今日買いに行けばいいんじゃ…」
「そこでっ!今回のテーマです!!」
「テーマって??」

ジャジャーンッ!と、どこからともなく紙吹雪が舞い踊った。

「題しまして『悟浄お誕生日おめでとう記念、きのこの山アーンドたけのこの里調達ハイキング〜』ですっ!」
「…何だぁソレ??」
悟浄があんぐりと口を開いたまま呆れ返ると、八戒が自信満々に鼻を鳴らす。
「丁度この時期、三蔵の寺院の裏山はキノコの旬でいーっぱい穫れるんです。しかもっ!時知らずじゃないですけど、秋に生える美味しいたけのこも穫れるそうなんですよ。だから悟浄と一緒にお弁当も用意して、ハイキングがてら遊びに出かけようかなーって」

八戒と一緒にハイキング。

「ふーん…」
悟浄は気乗りしないフリをしつつ、適当に相槌を打った。
今が旬真っ盛りの穫れたてキノコに珍しいたけのこ。
きっとそれを使って八戒が美味しい料理を作ってくれるだろう。
何となくワクワクしてきて、悟浄は口元を緩めた。
「…楽しそうでしょう?」
「ま…まぁ、八戒が折角考えたんだから?付き合ってやってもいーけどぉ〜?」
子供みたいにハイキングでワクワクするなんてちょっと恥ずかしいのか、あくまでも悟浄は
『仕方なく』八戒に付き合うと言う。

でも、そんな悟浄の気持ちも八戒にはちゃんとお見通しだった。

「それじゃ明日は早起きですから今日は賭場へ行くのは控えるか、出かけるとしても今日中に帰ってきて下さいね?」
「えぇーっ!そんな朝早ぇのかよっ!」
「何かご不満でも?」
「…何でもないです。今日はお休みしまーっす」
八戒から噴出する真っ黒いオーラに怯え、悟浄はしぶしぶ引き下がる。
当然だと言わんばかりに八戒は笑顔で頷いた。
「ま、たまには健康的に過ごすのもいっか」
それぐらいの気持ちで悟浄は考えていたのだが。

まさかあんな目に遭わされるなんて。

「うっ・ぎゃ・あ・あ・ぁ・ぁ・ぁ・あ・あ・あーーーーっっ!!!」

思いっきり泣き叫びながら、悟浄が猛スピードで山の中を駆け抜けていた。
その姿を離れた場所から八戒が双眼鏡片手に眺め、右手には膨大な気を溜め込んでいる。
「さすが悟浄です。最高の
ですねぇvvv」

何度も木の根で転びそうになるが、必死に悟浄は逃げ回った。

ドドドドドドドーーーッッ!!!

その背後には大きなイノシシが、悟浄目がけて突進してくる。
「八戒八戒八戒いいいぃぃっ!はやっ…早くううぅぅっっ!!」
「もうちょっと引き付けてくださーい♪」
「嘘だろおおおぉぉっっ!!うわわっ!死ぬーーーっっ!!」
「一発で仕留めますからね〜美味しいボタン鍋の為に頑張ってくださーいvvv」
「何でもいいから早くイノシシどーにかしろっ!!」

跳ね飛ばされたら間違いなく骨折どころじゃ済まないはず。
悟浄はそれはもう渾身の逃げ足で、追い縋ってくるイノシシから逃げるしかなかった。



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