あなたへの月 |
…ぴちょ〜ん。 「天蓬…ヨダレ。垂れてる」 「はっ!すいませんっ!凄く美味しそうなんで、つい」 目の前の料理に口を開いたまま惚けていた天蓬は、テーブルへ涎を垂らしている事に気付いてなかった。 目の前のプレートには、ジュウッと美味しそうな音を立てて焼かれている肉と野菜。 炊きたてのご飯に、大好物のテールスープ。 捲簾特製のドレッシングがかかった目にも鮮やかなサラダまで。 「ほい、ビール。っと…飲んで平気か?」 「はい。大丈夫ですよ。頂きます」 捲簾から渡された缶ビールを受け取り、天蓬はニッコリ微笑んだ。 プルトップを開けると、炭酸の軽快な音が響く。 「そんじゃ、何でも良いからかんぱ〜い♪」 「何ですかそれ?でも、かんぱ〜い♪」 軽く缶を当てて、二人ともグッと一気にあおった。 喉越しの良さにゴクゴクと3分の1ほど飲んで、気持ち良さそうに口元を拭う。 「ぷはっ!旨ぇっ!やっぱ1日のシメはコレだよな〜」 「捲簾、このお肉もう大丈夫ですよね?」 早速箸を持って待ち構える天蓬が、捲簾へお伺いを立てた。 肉の焼けるイイ匂いが食欲を刺激する。 「ん?あぁ、食え食え〜。あんま焼くと硬くなるしな。イイ肉だからレアの方が旨いぞ」 「それじゃ〜頂きまーす♪」 「おうっ!あ、でもちゃんと野菜も食えよな」 「勿論ですよ。捲簾の作るドレッシング、僕好きなんです」 「そっか。肉はいーっぱいあるから遠慮しねーで食えるだけ食えよ?」 「はいっ!」 天蓬はポン酢とタレと悩んで、とりあえずポン酢で食べる事にした。 程よく焼けた肉を口に放り込むと、尻尾をを振ってジタバタ暴れる。 「美味しいですぅっ!」 「そっか。今日肉屋で見たら、結構イイのが入ってたからさ。たまには奮発して精でも付けようかって」 「でも僕これ以上付けたら夜に大変ですけど?」 意味深に微笑みながら見つめてくる天蓬を、捲簾はきょとんと見返した。 ………。 「おまっ!今日も…そのっ………………すんのかよ?」 カッと頬を紅潮させた捲簾が、慌てて視線を逸らした。 「イヤですか?」 「え?あ…別に…ヤじゃねーけど…でも…」 捲簾が更に顔を真っ赤にして口籠もる。 別に天蓬と抱き合うのが嫌な訳じゃない。 むしろ捲簾にとっては大歓迎なのだが。 問題は体力の方で。 生憎と明日は仕事がある。 最近捲簾は無意識に天蓬を求めすぎて、限界を超えてしまう事が多い。 自分がこんなにも貪欲になれるなんて思ってもいなかった。 天蓬が事故に遭ってから、日増しに欲が強くなる。 だけど、捲簾は本心を天蓬に言えない。 そんなことポロッと洩らしでもしたら最後、コイツがどこまで暴走するのか想像もしたくねー。 「…捲簾?」 黙り込んで何も言わない捲簾に、天蓬が不思議そうに小首を傾げた。 心を現すように、尻尾もウニッと傾ぐ。 複雑なオトコ心を本気で分かっていない天蓬の様子に安堵する反面、理不尽だと分かっていても怒りが少し湧いてきた。 眉間に皺を寄せて、捲簾はむっつりと黙り込む。 不機嫌な雰囲気を感じ取って、天蓬は口元を引き攣らせた。 「あのー。そんなに…イヤなんですか?」 天蓬の情けない声に、捲簾はハッと物思いから戻ってくる。 視線を前へ向ければ。 寂しそうに天蓬が視線を落としていた。 頭にチョコンと生えている猫耳も小さく震えてペタリと寝ている。 聞き返しても黙り込んだまま返事をしてくれない捲簾に、天蓬は段々不安になってきた。 恐る恐る窺うように視線を上げた。 ついでに猫耳もヒョコッと少しだけ上がる。 …わざとか?そうなのか? そんな可愛い仕草されたら怒れる訳ねーだろっ! 何だか無意味に小動物を虐めてる気分になって、すっかり怒りは削がれてしまう。 捲簾が深々と溜息を零すと、天蓬の身体が小さく跳ねた。 「えっと…捲簾?」 「言ったじゃん。別にヤじゃねーって」 「でも…」 「だからっ!明日仕事あるし…連チャンで起きれるかなーって自信がな?」 「なぁ〜んだ…そんなコト心配してたんですかぁ〜」 打って変わってニコニコ上機嫌で笑いながら、ホッとして尻尾を元気に揺らす。 「それでしたら、今日は捲簾が僕のコト悦くして下さいvvv」 天蓬の提案に、捲簾は驚いて目を見開いた。 一瞬硬直すると、我に返って身を乗り出す。 「それって、俺が天蓬のこと抱いていい―――」 「訳ないでしょうっ!ヤダなぁ〜捲簾ってば寝言なんか言っちゃって♪」 「…速攻否定かよ、オイ」 天蓬は朗らかに拒絶して、ふて腐れる捲簾の頬をムニッと引っ張った。 指先に力が入ってるのは気のせいだろうか。 「………。」 いつまでも頬を引っ張って遊んでいる天蓬の指を、捲簾が無言で叩き落とす。 「痛いじゃないですかぁ〜」 「痛ぇのはコッチだ!男前が崩れたらどーしてくれる!」 「う〜ん…捲簾は頑丈だから大丈夫ですよ」 「それは褒めてるのか?」 「モチロンです♪」 目の前のプレートで焼けた肉を箸で摘むと、ヒョイッと捲簾の口に押し込んだ。 捲簾はモグモグ租借して飲み下し、ビールで口腔の脂を流し込む。 「大体なぁ〜俺だってオトコなんだから、たまには抱かせてくれたって…」 「抱きたいんですか?捲簾が?本当に?僕を?うわー、初耳です〜!エイプリルフールはもう過ぎちゃってますけど?」 あくまでも強行に固辞する天蓬。 笑顔を浮かべてはいるが、明らかに瞳の色は冷ややかだ。 嫌悪とまではいかなくとも、機嫌は良くない。 わざとらしいまでの猫撫で声はその証拠。 捲簾は小さく肩を竦めて、椅子に凭れ掛かる。 「俺だってさ。天蓬がいつもどういう類の快感があんのか共有したいっつーか。知りたいって思っただけ」 「それなら別に僕を抱く必要なんかないでしょう?」 「何で?」 「だって繋がってるんですから。捲簾が気持ち悦ければ悦いほど、僕も同じ快感を共有してますよ?」 「立場が違うだろ?」 「相手を想う快感に差はないですよ」 皿へ焼けた肉を取り分け、天蓬が苦笑いした。 「それに。思いつきでそんなこと言われても、僕は嬉しくないです」 「別にっ!そんなつもり…」 図星を突かれて、捲簾はバツ悪そうに視線を逸らす。 確かに話の流れで何となく出てしまった軽口だ。 今まで天蓬に抱かれてることで不満に思ったことなんかなかった。 天蓬が自分に抱いて欲しいなら、それはそれで構わないけど。 ただ側にいて、触れて。 それ以上に触れて欲しくて満たされたい欲求の方が強い。 捲簾が黙り込んでも天蓬は取り立てて怒る訳でもなく、じっと捲簾を見つめていた。 「捲簾…」 天蓬の甘い声が鼓膜を擽る。 「僕は貴方が欲しい。貴方を抱きたいんです」 「ん…分かってる」 捲簾は素直に頷いた。 満足そうに天蓬が頬笑んで、取り皿から肉を取って差し出す。 「はい、捲簾あ〜んvvv」 「あ〜」 目の前の箸にパクッと食い付き、食事を再開し始めた。 捲簾が肉をプレートへ並べて焼き、天蓬がせっせと捲簾の口元に程良く焼けた肉を運ぶ。 「ん。俺ばっか食わせてないでお前も食えよ。スープも冷めちまうぞ?」 小さく笑いながら焼けた肉を天蓬の口元へ差し出すと、勢い良く食い付いてきた。 「僕、捲簾のご飯とか食べさせて上げるの好きなんですよね〜」 「…何でだよ?」 捲簾は照れてるのか、ビールを飲みつつぶっきらぼうに聞き返す。 「だって。捲簾が無防備に僕の手から食べてる時の顔…もの凄っぉ〜くエッチなんですっ!」 「ぶっ!?」 予想外の返事に、捲簾はビールに咽せて思いっきり噴き出した。 炭酸が気管に入って、派手に咳き込む。 「捲簾?大丈夫ですか??」 零れたビールをふきんで拭い、天蓬が捲簾の顔を覗き込んだ。 「げほっ!おまっ…いっつも…っ」 捲簾はなかなか咳が止まらず、涙目で天蓬を睨み付ける。 「いつも?何ですか??」 使ったふきんをキッチンへ置いて席に戻った天蓬が、きょとんと目を丸くした。 単純にビールで喉を詰まらせ、咳き込んでいるとしか思っていないようだ。 その要因が自分の発言だと、これっぽっちも気づいていない。 「けほっ…はぁ。お前なぁ〜やけに嬉しそうに食わせるなーって思ってたら、いっつもそんなコト考えてやがったのかっ!」 捲簾が呆れ果てて眉間を押さえる。 さっきもそうだけど。 よくよく思い返してみれば、箸を差し出す天蓬の瞳はヤバかった。 獲物にエサを与えて肥えさせながら、自分が美味しく頂く算段をしている感じ。 まるでヘンゼルとグレーテルか。 「だってっ!捲簾ってば僕が箸差し出すと無防備に口を開けたりするし、濡れた舌で箸を舐めたりっ!その後…嬉しそうに笑ったりするから…僕…っ」 「…ムラッとする訳だ」 「そうなんですっ!!」 「偉そうに力説すんな、バカ天」 捲簾は興奮して捲し立てる天蓬の頭を、睨み付けてポコンと小突いた。 殴られた頭を押さえて猫耳を寝かせる天蓬に聞こえるよう、わざと大袈裟な溜息を聞かせる。 口元を拳で押さえて視線を合わせないで居ると、途端に天蓬がオロオロ焦りだした。 「あ…あのっ!捲簾…僕のコト…もうイヤに…なっちゃいました?」 「ただ呆れてるだけ〜」 「けんれーん…」 ヘニョッと猫耳を頭に伏せて項垂れる天蓬に、捲簾は笑いを堪えるのに苦労する。 拳で口元を押さえてるのだって、ついニヤついてしまうのを隠してるからだ。 ホントに…コイツはもー。 何だか嬉しくて、恥ずかしくて。 身体よりも心がムズムズしてきた。 自分に対してバカみたいに執着してくる天蓬が、捲簾は可愛くって仕方ない。 「はぁ。どうしようもねぇよなぁ―――」 捲簾の言葉に天蓬がビクッと身体を竦ませた。 「俺ってば、呆れる程趣味悪ぃ〜の〜♪」 「………は?」 天蓬が驚いて顔を上げると、目の前で捲簾が楽しげに笑っている。 「悪趣味の極みなお前と同じコト思ってんだから、さ」 「…えーっと」 何が何だか頭が混乱して、天蓬が言葉を詰まらせた。 腕を組むと、う〜んと唸って考え込む。 考える事10秒。 唐突に天蓬の尻尾が、ボワッと興奮で膨らんだ。 「ええーっ!捲簾も僕に食べさせながら、ヤラしーコトばっかり考えてたんですかっ!?例えばこの肉が自分のチンチ…んぐっ!」 「例えなくてイイっつーのっ!!」 天蓬は真っ赤な顔をした捲簾に、無理矢理掌で口を塞がれる。 大声で怒鳴りつけて息を切らせる捲簾を、天蓬が目を眇めてニンマリと見つめた。 持ち上がった尻尾の先が、ユラユラ揺れている。 「…余計なコトゆーなよ?」 捲簾に睨まれると、天蓬は瞳に笑みを浮かべたままコクリと頷いた。 腕から力を抜き、捲簾がホッと息を吐いて掌を引こうとした時。 ペロッ。 「うわっ!?」 天蓬の舌が捲簾の掌をネットリ舐め上げた。 「余計なコトすんなっつたろーっ!!」 「言うなとは聞きましたけど?するなって言われてませんし〜vvv」 「もーっ!ホントお前バカッ!」 「でも。そんな僕が捲簾は大好きなんでしょ?」 「…マジでバカ」 恥ずかしそうにプイッと顔を逸らす捲簾を見つめ、天蓬は蕩けるような微笑みを浮かべた。 |
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