あなたへの月 |
「大将ぉ〜、お客さんですよー」 CADを使って製図図面を弄っていると、スタッフの一人が捲簾を呼んだ。 今日はもうアポイント入ってないはずだが。 捲簾は首を傾げながら、返事をして立ち上がる。 応接スペースの方でニコニコとスタッフが手招いていた。 「何?飛び込み?」 「違いますよー。大将の大好きなカワイコちゃんのお客さん」 「何っ!?」 可愛いと聞いて捲簾の瞳がキラッと輝く。 予想通りの反応に、周りにいたスタッフも一斉にクスクスと笑いを零した。 カワイコちゃんの顔を確認しようと、間仕切りしているパーテーションの横から捲簾が覗き込む。 「あっ!ケン兄ちゃん〜♪」 「…何だぁ!悟空かよ」 応接ソファにちょこんと座ってジュースを飲んでいる悟空を眺めて、捲簾はあからさまに落胆してガックリとその場にしゃがんだ。 パーテーションの外側からはドッと笑いが起こる。 「紛らわしい言い方すんじゃねーよっ!」 「え〜?だって俺嘘言ってないでしょー?悟空可愛いし?」 「そうですよ〜。大将が勝手に勘違いしたんじゃないですか〜うはははっ!」 「あーっ!もうっ!うっせー!テメェら笑ってねーで仕事しやがれ!!」 「はぁ〜い」 「うぃ〜っす」 未だに笑いを噛み殺した声音で、スタッフが適当に返事をしながら作業へ戻っていった。 捲簾はしゃがんだままガシガシと髪を掻き上げる。 「ケン兄ちゃん…もしかしてお仕事忙しいの?俺邪魔しちゃった??」 「あー…んなこと気にすんな!折角悟空が来てくれたんだしな」 捲簾は顔を上げると悟空へニッコリ笑いかけた。 悟空も安心したのか、嬉しそうに微笑む。 改めて捲簾が悟空の前に腰を下ろした。 「でも、どうしたんだ?金蝉は?」 「ん?金蝉はお仕事してるよ」 「じゃぁ一人で来たのかー。よくココ覚えてたなぁ」 事務所は金蝉の病院からそう遠い距離でもない。 せいぜい徒歩15分程度だ。 悟空は何度か金蝉と一緒に事務所へ来たことはある。 しかし来るときはいつも金蝉同伴だった。 「もぉっ!また子供扱いする!俺だってちゃんと道覚えてるもん!」 「アッハッハッ!悪ぃ悪ぃ!」 プクッと頬を膨らまして拗ねる悟空に、捲簾は全く悪びれずに謝る。 「んで?俺に何か用があったのか?電話してくれれば帰りに病院寄ったのに」 近いとはいえ悟空がわざわざココに来たからには、捲簾に用事があったのだろう。 捲簾が首を傾げて尋ねると、悟空はグラスを置いてポケットを漁りだした。 「んとね?俺、ケン兄ちゃんにコレ渡そうと思って…あれ?ポケットに入れてきたはず…こっちじゃなかったかな??」 着ていた上着やズボンのポケットへゴソゴソ手を突っ込み、何かを探している。 スタッフが声を掛けて、捲簾用にコーヒーと灰皿を持ってきた。 一人慌ただしく何かを探してる悟空をきょとんと眺めて、捲簾へコーヒーの入ったカップを手渡す。 「俺に何か渡すモンがあるらしいんだけどさ」 捲簾が小さく笑って肩を竦めた。 「…忘れてきちゃったんですか?」 「ちゃんと持ってきたっ!んだけどぉ…あっれ〜?おっかしーなぁ」 スタッフに反論しながらまだ自分の服を探っていた悟空が、とうとう上着を脱いで逆さに大きく振り出す。 ぽと。 何か小さなモノがソファの上へ落ちてきた。 「あったっ!!」 安堵の笑みを浮かべて悟空が叫ぶ。 どうやらポケットの奥にスッポリ嵌っていたようだ。 落ちたモノを拾い上げると、悟空はその手を捲簾へ差し出す。 「はいっ、コレ!ケン兄ちゃんに…つーかてんぽうにあげる!」 悟空の掌を眺めて、捲簾が目を丸くした。 「あー!可愛いですね〜」 スタッフも悟空の掌に載ったモノを眺めて感嘆の声を上げる。 「コレ?てんぽうに?」 「うんっ!俺が作ったの。てんぽうの首輪…ネックレスかな?」 照れ臭そうに悟空がはにかんだ。 悟空が捲簾へ渡したモノは、大粒のビーズを使った可愛らしいアクセサリーだった。 猫の瞳と同じ色をした不揃いのクリスタルのビーズが、紐のパーツに通されている。 それが光に乱反射して輝いて綺麗だ。 捲簾は悟空の手から受け取ると、光に翳して眺める。 「へぇ…悟空が作ってくれたんだ。すっげ、上手いじゃん」 「ホント?てんぽうに似合うかな?」 「あぁ。ビーズの色もてんぽうの瞳に合わせて選んだんだろ?きっと喜ぶよ」 「この前病院に来た猫がそういうの着けててさ。おばさんが自分で作ったって言ってたんだ。俺にも作れるかなーって聞いたらむずかしくないから大丈夫だって。そのおばさんに作り方とビーズ分けて貰って作ったんだよ」 捲簾に気に入って貰えたのが嬉しくて、悟空が嬉しそうに笑った。 悟空はあまり手先が器用ではない。 きっとコレを作る細かい作業も、不器用ながらに一生懸命作ったんだろう。 「さんきゅ。悟空」 大きな掌で悟空の頭をガシガシと撫でた。 帰ったら早速天蓬に見せてやろう。 今日は天気も良くて月が出るだろうから、首輪にするのは無理だけどブレスレットとしてなら着けることも出来る。 捲簾は大事そうにアクセサリーをテーブルへ置こうとした時、その石に気付いた。 淡いラベンダー色のパーツの中で、一粒だけ丸い薄白色のモノがある。 「ん?これだけ石が違うんだな」 「あぁ。それ白くて透けててなんか可愛いなーって。えーっと…何てったっけ?」 悟空が腕を組んで、むむ?と考え込む。 「何か英語だったんだよなぁ〜。おばちゃんに教えてもらったんだけど…ムーン…なんとか?」 「…ムーンストーンか?」 「あぁっ!ソレ!ムーンストーンとか言ってた!」 「ふぅん…コレがムーンストーンなんだ」 捲簾は指でアクセサリーを持ち上げて、真ん中に付いている石を眺めた。 名前だけは聞いたことがあったので知っている。 偶然かねぇ。 この石も”月”とはな。 猫を拾って以来、やたら月とは因縁がある。 淡い乳白色の石が、涼しげに揺れていた。 「何かおばちゃん、趣味で占いとかタロットとかもやってるって。そんでそのムーンストーンって石、昔は月の力を繋ぎ止めるのに使われたんだってさ〜」 スタッフが持ってきたケーキを食べながら、悟空が石の謂われを捲簾へ話す。 「月の…力…ね」 「何かすっげ不思議だよねぇ。ホントなのかな?」 「まぁ、昔っからこういう石とかは占いや呪術で使われてきてはいるよな」 「…じゅじゅつ?」 「んー?お祈りって感じ?パワーストーンって言うんだけどさ」 「ふーん…難しくて分かんねーけど。凄いんだぁ」 悟空は捲簾から次々出てくる不可解な言葉に、戸惑いながらも頷いた。 捲簾は苦笑いしてアクセサリーを大事そうに自分の手首へ着ける。 「折角悟空が作ってくれたんだから、無くさないように俺が着けておくよ。ちゃんと帰ったらてんぽうに着け直すからな」 「うんっ!てんぽう気に入ってくれるかな?」 「悟空がてんぽうのために一生懸命作ったって言えば喜ぶって」 「そっかぁ…えへへ」 照れ臭そうに悟空が笑いを零した。 捲簾にジュースのお代わりとケーキを勧められる。 嬉しそうにおやつを食べる悟空とコーヒーブレイクしながら、捲簾は手首で揺れる石を見つめた。 あの天蓬を変える、月の不思議な力。 この石はソレを繋ぎ止めることが出来る、らしい、けど。 それをどうすればいいかなんて、捲簾には分からない。 それでも。 何かが変わる、漠然とした予感がした。 月明かりの綺麗な夜。 仕事が終わって帰宅すると、天蓬が嬉しそうに捲簾を出迎えた。 「今日はお土産があるんだ」 「え?僕にですか?」 リビングへ入る捲簾の後を付いてきて、天蓬がきょとんと目を丸くする。 鞄を置いてソファへ座ると、天蓬もその横へ腰を下ろした。 お土産と聞いて、天蓬の尻尾が期待でパタパタとソファを叩く。 興味津々に捲簾の顔を覗き込み、瞳を輝かせた。 「ほい、コレ」 「コレ…ですか?」 捲簾の差し出した腕を眺めて、天蓬が小さく首を傾げる。 天蓬は目の前の拳を両手できゅっと握り締めた。 「バカ。俺の手じゃねーよ。腕見ろって」 コントのような受けをする天然ボケに、捲簾は大袈裟に溜息を零す。 捲簾に言われて天蓬が腕に目を遣った。 腕で綺麗な石がキラキラと光を反射して揺れている。 「…ブレスレット、ですか?」 意外な土産物に天蓬は捲簾を見上げる。 捲簾と違ってアクセサリーの類に全く興味のない天蓬は、普段から何も身に着けていなかった。 そのことは捲簾も承知してるはずなのに。 唖然としている天蓬に、捲簾は苦笑いした。 「俺からじゃなくて、悟空から。自分で作ったんだってよ」 「悟空が…コレを作ったんですか?」 「そ。猫のお前にだって。何か金蝉トコに来てる飼い主で、こういうの作ってる人がいるんだってさ。その人の飼い猫が着けてたの見て、てんぽうに作ってやりたくなったらしいな」 「そうでしたかぁ…悟空が僕のために作ってくれたんですね?」 捲簾は頷いて、自分の腕からブレスレットを外す。 天蓬の腕を取ると、紐を回して金具を留めてやった。 腕を翳して、天蓬が嬉しそうに笑う。 「綺麗ですね。凄い上手に出来てるじゃないですか」 光を湛えて揺れる石を眺めて天蓬は感心する。 「お前のこと考えて悟空が一生懸命作ったんだから。大切にしろよ?」 「はい。大事にします。でも…本当に綺麗ですね。こういう石って売ってるんですか?」 「パーツを売ってる店があるらしいな。悟空は作り方教えてくれたおばさんに分けて貰ったらしいけど。石もさ、お前の瞳の色にちゃんと合わせて選んだって」 「へぇ…悟空も気が利きますねぇ。あれ?でもコレだけ石が違うんですね?」 乳白色の丸い石を指差し、天蓬が首を傾げた。 真ん中に一粒だけ、他の石とはまるで違う乳白色の石が淡い光を湛えている。 「ポイントにムーンストーンを使ったって」 「ムーンストーンって言うんですか?」 「そ。悟空の豆知識によると、昔は呪術なんかで月の力を繋ぎ止めるのに使われてたって」 「月の…力、ですか」 天蓬も何かピンときたらしい。 捲簾を見上げて何か言いたそうだ。 「コレ自体で何かできるとは思えねーけど。何か妙な因縁だよな?悟空が選んだ石がムーンストーンって言うのも」 ブレスレットを着けた腕を取って、捲簾は小さく微笑む。 「捲簾。僕、お願いがあるんです」 静かに。 天蓬が真摯な眼差しで捲簾を見つめた。 「何?どうしたんだよ…改まって」 何時にない天蓬の態度に、捲簾が不安そうに瞳を揺らす。 「僕を…病院へ連れてってくれませんか?」 捲簾の身体が緊張で強張った。 「この姿では無理でしょうから、猫の時でも構いません。僕は自分の身体を見たいんです」 「天蓬…でも」 天蓬は微笑みながら、捲簾の頬を両手で包み込む。 優しい温もりに、捲簾は緊張したからだからホッと力を抜いた。 「何かね?自分の現状をしっかり見つめないと、何も出来ないような気がするんです。僕は絶対自分の身体へ戻って、また貴方の隣に立ちたいから」 「天蓬…」 「あ。でも明日直ぐ連れて行けなんて言いませんから。捲簾の仕事もありますし、都合がいい時で構いませんよ?」 「そっか…ちょっと今週はアポがギッチリ入っちまってるんだよなぁ。来週でもいい?」 「はい。その間に僕はネットや本で調べたりします」 天蓬は捲簾の腰を引き寄せ、自分の上へと座らせた。 正面からギュッと嬉しそうに抱き締める。 為すがままに天蓬の上へしゃがんで、捲簾が背中に腕を回した。 抱き締め返しながら、う〜んと何事か考えて唸る。 「…どうしました?」 「え?いや…病院って動物入れられねーじゃん。どうやってお前のこと隠して連れてこうかなーって」 「何かバックの中にでも入れて貰えれば大丈夫ですよ。ちゃんと大人しくしてますから」 何でもないことのように天蓬が言うので、捲簾もそっか。と素直に頷いた。 天蓬は猫の時の身体は小さいので、大きなバッグに入れる必要もない。 病院へいきなり大きなバック持参で行けば、あからさまに人目を引いて不審がられるだろうが、そう言うこともないだろう。 「ところで、捲簾?」 「んー?何だぁ?」 「僕…お腹空いちゃったんですけど?」 天蓬が言った途端、グーっと豪快に腹の虫が鳴った。 捲簾は目を丸くして、小さく噴き出す。 「うっし!じゃぁ、とりあえず腹ごしらえすっか。天蓬なんか食いたいモンある?」 「そうですねぇ…お魚料理が食べたいです」 「魚ね。キンメ買ってあっから、煮付けでも作るか」 「捲簾の煮物は美味しいから大好きですぅvvv」 顔を綻ばせながら、天蓬はニコニコと喜んだ。 軽く天蓬へ口付けて、捲簾がソファから立ち上がる。 キッチンへ向かおうとすると、後から腰を引き寄せられた。 何事かと捲簾が振り返る。 「でも。僕の一番大好物は勿論捲簾ですからvvv」 「…それは後っ!」 天蓬の睦言に捲簾は頬を紅潮させ、ペタリと耳の寝た頭を小さく小突いた。 |
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