あなたへの月 |
「ふ…ん…ぅっ」 上がりそうになる嬌声を必死で飲み込み、捲簾はただ吐き出す行為に専念した。 下着の中に手を入れて、ビクビクと脈動する性器に刺激を与える。 頭の中で覚えている天蓬の行為を思い浮かべて肉芯を擦り立てるが、パジャマの生地が邪魔をして思うように動かせなくてもどかしい。 吐き出したくって堪らないのに突き抜けるような射精感は一向に訪れず、ただ先端から先奔りが溢れるばかり。 自分の弱いところを重点的に弄っているが、いつまでたっても開放される気配もなかった。 このままではただ苦しいだけで。 早いトコスッキリ出して眠ってしまいたいのに。 自分の身体なのに思うようにならない苛立ちで、捲簾は次第に我を忘れた。 そっと布団から抜け出すと、ベッドヘッドへ背中を預ける。 パジャマを下着事膝まで下ろしながら、濡れた性器を強く握って扱いた。 「は…ぁ…っ」 ジンッと湧き上がる快感に、捲簾は熱い吐息を漏らす。 首を仰け反らせて胸で喘ぐと、更に手を動かすピッチを早めた。 静まりかえった室内に、グチュグチュと濡れた音がやけに卑猥に聞こえる。 肉芯を擦り立てるのと同時に丸く腫れた袋を擦るように揉むと、腰が浮き上がりそうになるほど気持ちが悦い。 それでも望んでいる吐精までは昇り詰めることが出来ないで居た。 捲簾は何も考えず自慰に没頭して、全く周りが見えていない。 「んんっ…うぁ…あ…っ」 次第に抑えていた甘い嬌声も、乾いた唇から止まることなく零れ始めた。 達けない理由も分かっていた。 捲簾が欲しいのは唯の快感じゃない。 天蓬から与えられ、捲簾の全てを蹂躙し尽くす貪欲な快感だった。 身体が、天蓬に恋い焦がれて悲鳴を上げている。 瞳には涙が浮かび上がって頬を伝い落ちた。 こんな行為、天蓬が居ないと思い知らされるだけだ。 哀しくて、辛くて、やりきれなくて。 捲簾の心が慟哭した。 「天蓬ぉー…」 痛みを吐き出すように天蓬の名前を呼ぶ。 すると。 「にゃっ!」 「へっ!?」 気が付くと寝ていたはずの猫が、いつの間にか捲簾の傍らに座っていた。 予想外のコトに、捲簾は動きを止めて硬直する。 「てん…ぽう?」 「にゃっ!」 猫はパタパタと機嫌良く尻尾を振って、捲簾の顔を見上げていた。 あまりにも無邪気な猫の様子に、捲簾の頬が思いっきり引き攣る。 下半身は剥き出しのままで、手には濡れそぼって硬く勃起した性器を握って固まっている状態。 「あ…えっと…コレは…な〜」 猫なんだから自分が何をしているかなど分からないはず。と思っても、捲簾はついつい条件反射で言い訳を考える。 「そのっ…人間のオトコには抜き差しならない生理現象が…あ、動物もあるか。いやっ!そうじゃなくって!だからなぁ〜」 捲簾がどうにかこの場を誤魔化そうと理由を取り繕うが、返って猫相手にしどろもどろになってしまった。 一方の猫は全く気にしてない様子で、慌てる捲簾を上機嫌で眺めている。 脚を投げ出してベッドに座る捲簾の腿に前足をペタッと上げて、身体を前のめりに伸ばしてきた。 「うにゃ〜」 甘えるような声で鳴いたかと思うと、未だ硬くなっている性器の先端に鼻先を近づけてくる。 「え?おいっ!てんぽう??お前何して――――」 思いも寄らぬ猫の行動に、捲簾の声が喉で絡まった。 サリ… 猫特有のザラついた舌先が、濡れた性器の先端を一舐めする。 「ちょっ…てんぽ…っ…待て…て…ぇっ!」 感じやすくなっている先端を執拗に舐められ、捲簾の腰が跳ね上がった。 蜜口から溢れる粘液を、小さな舌が掬うように舐め取っていく。 「んっ…バカッ…やめ…どけって!も…ヤバ…んんんっ!!」 捲簾は必死で猫の身体を手で退けると、性器の先端を押さえ込んだ。 ドクンッ、と。 肉芯が大きく震えて、先端から白濁が吐き出される。 慌てて捲簾がティッシュで性器を覆い、精液が溢れ落ちるのを防いだ。 「は…あ…」 激しく胸を喘がせながら、捲簾は背中からベッドヘッドに倒れ込む。 久しぶりの吐精で、先端が灼け付くように熱い。 深呼吸を繰り返し、乱れる呼吸を懸命に整えた。 快感よりも虚脱感の方が大きい。 どうにか呼吸が楽になってくると、濡れた下肢の肌寒さに小さく身体を震わせた。 さすがにこのまま寝る訳にはいかない。 後始末をして拭ったティッシュをゴミ箱へ放り投げると、膝まで落としたパジャマを上げようと半身を起こした。 「にゃっ!」 「―――――っっ!?」 暢気な猫の声に、捲簾は唐突に先程の痴態を思い出す。 いくらタマっていたからとは言え、猫に呆気なく達かされてしまった。 身体からイヤな汗が噴き出してくる。 たしかに天蓬に似ているけど、コイツは猫で。 きっと自分が何をしたかも分かっていないだろう。 猫にとって先程の行為は、飼い主にじゃれつく延長線のモノ。 それだけに捲簾は申し訳なくて居たたまれなかった。 「コレって…バター犬と一緒じゃん。あ、コイツは猫か」 勿論そんなつもりは更々無かったが。 あれだけなかなか達けなくて悶々としていたのにも係わらず、猫にちょこっと舐められただけで簡単に昇り詰めるなんて、あまりにも情けなくって捲簾は自己嫌悪に陥る。 そんな飼い主の葛藤など分かっていない愛猫は。 「にゃぁ〜」 へたり込む捲簾の身体にスリスリと甘えて身体を擦り寄せた。 頭を抱えながら、捲簾はチラッと猫へ視線を遣る。 「お前なぁ〜あんなの舐めんじゃねーよぉ。旨くも何ともねーだろうが…」 「にゃ?」 呆れた声でぼやくと、猫はきょとんと捲簾を見上げてきた。 「そんな不思議そうな顔で見つめられても………あ?」 捲簾は何気なく視線を落とした場所に、とんでもないモノを発見してしまう。 「…てんぽう。何でお前チンチン出してんだよ?」 猫の股間では。 普段隠れているちっちゃな性器が、思いっきり外へはみ出していた。 猫の場合人間と違って、発情期に生殖行為をする時以外で性器を外に出すことは殆どあり得ない。 要するに、その気がなければ出さないと言う単純明快な自然の摂理だ。 それなら、コレは? 「うにゃ?にゃぁ〜vvv」 不審な眼差しを向ければ、猫は恥ずかしそうに身体を毛繕いし始めた。 思わず捲簾の顔が強張る。 ガッシリ猫を掴むと、顔の前まで持ち上げる。 「てんぽう。俺はメス猫じゃねーっ!」 「にゃっ!?」 すっかり据わりきった視線で睨まれて、猫は驚いて首を竦めた。 ペタリと耳まで伏せってしまう。 捲簾は溜息を零すと、猫を抱き直して頭を撫でる。 「そうだよなぁ…お前だってオトコだもんな。やっぱ可愛い彼女は欲しいか?」 「にゃ?」 「今度金蝉に訊いてやるよ。どうせならつがいで居た方がお前だって寂しくないもんな」 「にゃー…」 猫はまるで気乗りしない様子でそっぽを向いた。 今はまだらしいが、猫にはそろそろ恋の季節―発情期が来る。 こればかりは野生の本能だから、発散させてやらないと猫にはツライだろう。 金蝉に言われて去勢手術をすることも考えたが、捲簾は気乗りしなかった。 てんぽうの子供が見てみたいというのもある。 「ま、もうちょっとしたら金蝉に相談してやるよ。大丈夫っ!俺がとびっきりの美猫選んでやっから」 捲簾は膝元からパジャマを引き上げると、ベッドから降りてバスルームへ向かった。 寝室から捲簾が居なくなると。 「………にゃ」 猫は情けない声で鳴いて、大きく項垂れてしまった。 てんぽうを拾ってから2週間経った。 「へぇ…今日って皆既月食らしいですよ?」 「皆既月食?」 昼休みに新聞を読んでいたスタッフが、捲簾に声を掛ける。 聞き返してきた捲簾に、スタッフが新聞の内容を話した。 どうやら今日は今世紀でも希に見る最長の皆既月食が見れるらしい。 月食や日食と言えばアフリカなどが綺麗に見れるそうだが、今回のは日本でもはっきり観察できると言うことだ。 「徐々に月に陰が掛かって…どうやら真夜中、3時過ぎらしいですね」 「へぇ〜。でもホントに都内でも肉眼で見えるのかよ?」 「見えるらしいですよ?問題は天気だけだって。明け方まで晴れるなら綺麗に見えるって書いてありますよ。俺頑張って起きてみようかな〜月食って見たこと無いんですよ」 「俺もねーな。大抵ニュースで知るぐらいだし」 「そうなんですよね〜。見たいって思ってもニュースで知った時はもう終わってる訳だし。どうせ機会があるなら映像じゃなくってこの目で見たいですよね」 「そっかぁ〜?まぁ…見れるんなら見たいって気はあるけど。何?お前って天文マニア?」 「俺がマニアなら、既にマイ天体望遠鏡で観察なりしたことあるはずでしょう?」 「ま、野次馬精神か」 「そんな感じで」 捲簾が肩を竦めるのに、スタッフが笑いながら相槌を打つ。 スタッフはすぐに新聞の他の記事を読み始めたが、捲簾は椅子に凭れてぼんやりと思案した。 「皆既月食かぁ…明日はオフだし、てんぽうと月見酒でもしようかなぁ」 きっと猫も見たことはないだろう。 いきなり眺めていた月が隠れて、光の輪が空に浮かび上がったら。 きっと驚いて大騒ぎするに違いない。 人間並み以上に好奇心旺盛な猫を思い出して、捲簾は穏やかな笑みを浮かべた。 「よしっ!今日は奮発してイイ酒買って、てんぽうと酒盛りだ」 尤も猫が酒を飲むとは思えないが。 ふと何かを思いついて、捲簾がクルリと椅子を回した。 「なぁ、会社に一眼レフのカメラあったよな?」 「現場用にありますけど…どうかしましたか?」 「今日借りてっても大丈夫か?」 「えーっと…現場の予定確認しますね」 捲簾が訊ねると、スタッフがパソコンで現場の工程を確認する。 「週中に現地視察があるから、休み明けに戻して貰えれば大丈夫ですよ」 「そっか。んじゃちょっと借りてくわ」 「一眼レフなんかどうするんですか?大将デジカメ持ってるじゃないですか」 事務所のスタッフに捲簾は自分を『社長』とか『先生』とは呼ばせない。 捲簾が直々に引き抜いてきた寄せ集めの精鋭集団なので、気分的にスタッフも皆『大将』と呼んでいた。 「んー?どうせ肉眼で見えるぐらいなら、写真にでも撮ろうかと思って。デジカメだと限界があるだろ?俺持ってるのそんなに解像度高いヤツじゃねーし」 「あ、そういうことですか。じゃぁ、綺麗に撮れたら見せて下さいよ」 「おうっ!でも天気大丈夫かなぁ」 「大丈夫みたいですよ。夕方から雲が無くなって夜は晴天らしいですから」 話を聞いていた事務の女性が、天気予報を教えてくれる。 インターネットで天気を調べてくれたらしい。 「そっか。んじゃ綺麗に撮れるな〜」 「でも大将は皆既月食になる前に、泥酔して寝こけそうですけどね」 「うっせーよ!」 軽口叩くスタッフを小突きながら、捲簾が顔を顰めた。 綺麗に撮れたら、天蓬にも見せてやろう。 夜の予定に思いを馳せて、捲簾は楽しそうに微笑んだ。 「お?満天の星に雲一つ無い快晴だな」 捲簾が星が瞬く夜空を見上げながら、大きく息を吸い込んだ。 天井には明るく丸い月。 あれが隠れるのかと思うと、ワクワクしてきた。 腋には馴染みの酒屋で手に入れた大吟醸。 今夜は猫とのんびりするつもりで、夕食とつまみも出来合いの物を買った。 捲簾の部屋のベランダ側は全面ガラス張りで、空がよく見える。 こういう時にはうってつけだ。 時計に目を遣ると、9時を過ぎたばかり。 季節外れの月見のために、急ぎ以外の仕事は週明けに回した。 マンションへと続く桜並木を歩いて、捲簾がふと頭上に目を遣る。 桜も大分散り始め、葉が目立ち始めていた。 捲簾の視界に淡い色の花弁がはらはらと舞い落ちる。 もう花見も休み中で終わりだろう。 「今年はダメだったな…天蓬」 捲簾はその場で立ち止まると、寂しそうに桜を見つめた。 来年も、再来年も。 いつか一緒に見れる日が来るのだろうか。 『…天蓬は、生きてるんだ』 先日言われた金蝉の言葉がふいに頭を過ぎる。 「そうだよな。またみんなで花見出来るよな…きっと」 自分へ言い聞かせるように呟くと、花弁を振り切るように家路へと急いだ。 まさか。 奇跡が本当に起こるなんて。 この時の捲簾は夢にも思っていなかった。 |
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