V.D. battlefield |
『ひぇ〜、ヤバかったぁ』 ダイニングを出てベッドルームに逃げ込んだ悟浄はひそかに胸を撫で下ろす。 「あんのバカ猿…鋭いツッコミ入れやがって」 あれ以上あの場所にいれば、八戒からの執拗な詮索が入ることは間違いなかった。 それでは困るのだ。 何としてでも当日まで隠しきらないと、悟浄にはとっても都合が悪い。 「ま、とりあえず適当にごまかさねーとな…」 何としてでもこの作戦は成功させなければならなかった。 悟浄の安否がかかっているのだ。 思い返せば去年のバレンタイン。 まー、最初は不本意ながらも、とりあえずそういう関係になっていた八戒に、バレンタインを盾にエライ目に遭わされたのだ。 そりゃぁもう思い出すだけでつい泣きそうになるぐらい、無茶なコトをされたのだ―――身体の方に。 確かにバレンタインというコトもすっかり忘れてはいた。 暢気にいつも通り賭場へ行き、色々お世話になったことのあるお姉ちゃん達から大量のチョコを貰って上機嫌で帰った。 帰ってその後…ニッコリと微笑んだ八戒のお出迎えを受け、問答無用でチョコを没収され、さらに強引に寝室に連行され…おぞましくて口には出せないようなことをいっぱいされてしまった、っつーかさせられた。 しかも、お仕置きはそれで終わりじゃなかった。 翌日ギシギシと悲鳴を上げる身体をムリヤリ起こされて、前日に貰った大量のチョコ+八戒の特製チョコを使った凶器のようなスペシャル激甘特大チョコレートケーキを一口残さず全て食べさせられたのだ。 もう半泣きで『勘弁してください』と言っても、 『ダ・メ・ですよ〜?だって皆さんの悟浄に対する愛がいーっぱい詰まってるんですからねー、残さず頂かないと失礼じゃないですか〜♪』 と、有無を言わさず却下された。 あぁっ!思い出すだけで吐き気がする。 と、言うコトで今年は先手必勝。 八戒にはぜってーに付け入るスキを見せちゃダメだっ! …それに自分の身の保全もそこそこ保たれ、八戒が喜ぶ顔が見れるならオッケーだろう。 健気な悟浄は当日に思いを馳せニヤニヤする。 悟浄の涙ぐましい努力は身を結ぶのだろうか? 「はっかぁ〜い!おっはよー♪」 今日のために頑張って早起きした悟空が朝早くから元気いっぱいやってきた。 「はい、おはようございます。どうでしたか?ナイショにできました?」 既に八戒はテーブルの上に材料を揃えて悟空を出迎える。 「うんっ!三蔵には八戒がおいしいお菓子いっぱい作ったから食べにいらっしゃいってゆわれたって言ってきたよ!」 悟空は得意げに報告をした。 「そうですか、それじゃ大丈夫ですね〜」 ニッコリ微笑みながら悟空へとエプロンを渡す。 悟空が受け取ったエプロンを頭から被ると、八戒が後ろへ回りヒモを結んでやる。 「悟浄は?寝てるの??」 悟空はキョロキョロと室内を見回した。 「ええ、昨夜帰ってきたのが遅かったですからね。きっと昼ぐらいまで寝てますよ」 八戒は苦笑しながら答える。 「そっか、じゃぁ悟浄にも秘密なんだな!」 「そうですね〜」 互いに言いながらクスクスと笑い合う。 「そういえば、三蔵は甘いモノ大丈夫なんですか?」 悟空へ板チョコを渡し、折る作業を頼みながら八戒が訊ねた。 「んーとねぇ、三蔵あんこは好きなんだよ。おまんじゅうとかようかんとか…でもチョコは分かんないや」 パキパキとチョコを割りながら悟空は考え込むように首を傾げる。 「そうですか…口当たりがあんことは随分違いますからね。やはり甘さは抑えた方がいいかもしれませんね」 八戒は大きなボールにお湯をはり、悟空が割ったチョコを湯せんにかけながら溶かしていく。 「…すっげー、いい匂いだなぁ」 ボールの中を覗き込みながら悟空はゴクンと唾を飲み込む。 「いっぱいありますからね、ちゃんと悟空の分もありますよ」 「えっ!ホント!?」 八戒の言葉に悟空が満面の笑みを浮かべて喜んだ。 「ええ、バレンタインにはもう一つ、日頃お世話になっている方や仲のいい人にも感謝を込めてチョコを送るって言う意味もあるんですよ。ですから、悟空には僕からっていうことで」 「やったーっ!ありがとう八戒!!」 悟空は横にいる八戒にぎゅっと抱きついた。 「さ、まだまだチョコはいっぱいありますからね。悟空頑張って下さいね」 「うんっ!」 「うっわ〜、始まったなぁ…すっげー匂い」 部屋に立ちこめる甘ったるい香りに寝ていられなくなり、悟浄はムクッとベッドから起きあがる。 すかさず窓を全開に開け、充満するチョコの匂いを部屋から追い出した。 思いっきり伸びをすると、てきぱきと服に着替える。 適当に身支度を整え、匂いの根元ダイニングへと入っていく。 「あれ?悟浄、どーしたんですか?」 あまりにも早い悟浄の起床に、八戒は驚いて目を見開いた。 悟空は生クリームと格闘中で、あちこちにクリームを付けた顔で同じく驚いている。 「あー、ちょっと買い物にな〜」 さりげなく視線を逸らす悟浄に何かを感じ取り、八戒が眉を顰めた。 「買い物…ですか。それで?今日の帰り遅くなりそうなんですか?」 探るように八戒が問い掛ける。 「んー?いんや、今日は用事が終わったらさっさと帰ってくるけど…何で?」 逆に問い返され八戒の方が戸惑ってしまう。 「え…あ、別に。それじゃ夕食用意していいんですね?」 「おぅ、よろしく〜、そんじゃちょっくら出かけてくるわ」 手をひらひらと振りながら悟浄は出かけていった。 その後ろ姿を八戒はじっと見つめる。 『…絶対逃げる口実を考えてくると思ったんですけどねぇ。だからそれなりの準備をしたんですけど…さて、どーしますかねぇ』 八戒は目を眇めながら何事かを思案する。 「八戒?どーかしたの??」 不思議そうに悟空が八戒を見つめていた。 「あ、何でもないんです。クリームはそれぐらいでいいですよ、今度はこれを混ぜて貰えますか?」 微笑みながら八戒は悟空にボールを渡す。 「任せてっ!」 ボールを受け取ると真剣な顔で、悟空はモクモクと作業を始めた。 『とりあえず、保険は掛けた方がよさそうですね…何か企んでることは間違いなさそうですし』 八戒はエプロンのポケットから小さな瓶を取り出して蓋を開ける。 軽く瓶を振って中味を混ぜると、生地の入ったポールの中に赤黒い液体を流し入れた。 それから同じ様に香り付けのリキュールを足す。 「ん?はっかい…何かスゴイ匂いがしないか??」 悟空が手を止めてクンクンと鼻をひくつかせた。 「あー、香り付けにね、お酒を少し入れたんですよ」 何食わぬ顔で八戒はニッコリと答えた。 「さ、これにチョコを混ぜてと…もう少しですからね」 「うん!頑張るよ、俺」 悟空は元気に返事をする。 悟空の様子に八戒は心の中で謝りながらオーブンに火を入れにキッチンへ向かった。 |