V.D. battlefield

…気味が悪ぃ。
三蔵の頭の中はさっきからこの言葉の繰り返しばかりだ。
八戒達の所から帰ってきた悟空の様子が妙におかしい。
ノー天気に何が嬉しいんだか人の顔を眺めてニコニコとしてるかと思えば、目が合うと慌てて逸らし、俯いてカーッと顔を紅潮させたりしている。
『…何なんだ、一体』
夕飯の時間になっても大騒ぎしないので『具合でも悪ぃのか?』と思っていると、いつもの様に目の前でガツガツと5人前の食事を平らげているし。
『アイツらん所で何かあったとしか思えねーな』
そう結論付けると何やらムカムカとしてきて、自然と煙草のペースが速くなっていく。
「はー、お腹いっぱい」
満足げにお腹をさする悟空を後目に、三蔵はガタッと大きな音をたてて席を立つ。
一人不機嫌に嫉妬のオーラを振りまいて、すたすたと寝室へ向かう。
「あ、さんぞっ!待ってってば」
慌てて悟空も席を立ち三蔵の後を追った。
『…激ムカツク』
ベッドにドカッと座るとものすごい勢いで煙草をふかす。
機嫌最悪な三蔵に無謀にもトコトコと悟空は近づいた。
「どーしたの?さんぞ…何かあったのか??」
心配そうに悟空は三蔵を覗き込む。
三蔵は悟空の顔をじーっと見つめた。
それに気付くと悟空は慌てて俯く。
「…お前っ……まぁ、いい。先に風呂にでも入ってこい」
それだけ言うと関心を無くしたかの様に、三蔵はバサッと新聞を広げて読み始める。
「ん…じゃぁ、先入ってくる」
引き出しから着替えを取ると悟空は寝室から出ていった。
扉の閉まる音に三蔵が目を上げる。
「何があったかキッチリ訊いてやらねーとな…」
三蔵は口端に笑みを刻みながら、また活字へと目を落とした。



丁度新聞に目を通し終わり、ふと顔をあげると、悟空がこっそりと扉を開けて様子を伺っていた。
「…何やってんだ、バカ猿」
不機嫌さを隠しもしないで三蔵が声をかける。
悟空は身体の後ろに何かを隠しながら、おずおずと三蔵の前までやってきた。
「さんぞ…あの…さ…」
悟空は決心して何かを言おうと口を開くが、言葉に出来ずに口を噤む。
「あぁ?んだよっ、物事ははっきり言えっつってんだろーが」
イライラと三蔵が悟空を即すと、
「さんぞ、これっ!!」
いきなり目の前に何かを差し出す。
三蔵は驚いて悟空の顔と目の前の箱とを交互に注視した。
悟空は真っ赤な顔をして、震えながら箱を差し出している。
呆気にとられながらも三蔵は改めて目の前の箱に目を向けた。
掌に少し余るぐらいのコンパクトな箱は、鮮やかなオレンジ色の紙で綺麗にラッピングされている。
「あ…?」
漸く今日がバレンタインデーだったと三蔵が気付いた。
どうりで珍しく起こされもしないで早起きをして、朝食もそこそこに八戒の所に急いで行った訳だ。
きっとコレを作るために出かけたんだろう。
悟空の不可解な態度の理由が分かると、現金にも先程までの胃を焼くような胸くそ悪さが綺麗さっぱり解消されていた。
三蔵はふっと口端だけで微かに微笑むと悟空の差し出した箱を受け取る。
「おい、コレがどういう意味かちゃんと分かって渡してるんだろうな?」
三蔵が意地悪く俯いた悟空の顔を覗き込んだ。
「分かってるよっ!だから…その…今日は一番すっ…すすすきな人に…チョコ渡すんだろ?だから俺三蔵に…」
恥ずかしそうにどもりながらも一生懸命悟空が答える。
悟空の様子に満足すると、三蔵は改めて箱を眺めた。
「…ちゃんと食えるモン作ったのか?」
悟空だけだと翌日の腹痛を覚悟するしかないのだが(それでも食うんだな)、いちおう八戒がアドバイサーに付いていたのだろう。
食えないモノじゃないとは思うが、三蔵は念を押してみた。
「あ、大丈夫だよ!八戒に教えて貰って作ったし、難しいところは八戒がやってくれたから」
わたわたと説明をしてからはっ!と悟空が気付く。
「さんぞ…貰ってくれるの?」
心細げに大きな金色の目が三蔵を見つめた。
悟空の様子に苦笑すると、三蔵はぽんっと悟空の頭を撫でる。
「俺が貰わないでどーするんだよ、バカ猿」
三蔵の言葉に陽が射したように悟空の笑顔が零れた。
「えへへ…三蔵大好きっ!」
悟空は嬉しそうに三蔵へ抱きついた。
「…今更知ってんだよ」
満足げに三蔵も悟空を抱き留める。
「これ、一緒に食うか?」
三蔵が腕の中の悟空を見下ろした。
三蔵はチョコがキライではないがあまり得意でもない。
とても一人では無理だし、かと言って残したりすると折角の悟空の気持ちを踏みにじるような気がする。
「あ、そうだ!俺も同じのあるんだ〜」
悟空は突然部屋を飛び出したが、すぐに戻ってきた。
「ほら、八戒から俺の分貰った!」
色違いのラッピングをされた箱を嬉しそうに三蔵へ見せる。
「…八戒からもらっただと?」
三蔵の機嫌がいきなり下降し始めているのに悟空は気付かない。
「うん!作ってたらすっげーおいしそうだったから食べたかったんだけど、三蔵にあげるヤツだし…そしたら八戒がもう一つ同じの作ってくれて、三蔵と一緒に食べてくださいって」
とりあえず自分のために我慢したと訊いて、三蔵は八つ当たりしそうな怒りを収めた。
「さんぞっ!開けて開けて!!」
わくわくと期待しながら悟空は三蔵に中を見るように即す。
三蔵はリボンを解いて中の箱を開けた。
「……。」
中には小さめのチョコレートケーキがあり、ご丁寧にもメッセージまでクリームで入っている。
つたない文字で『さんぞうだいすき』と。
さすがの三蔵もあまりにもベタな演出に呆気にとられる。
『八戒のヤツ…何やらせてんだっ!』
心の中で毒づきながらも三蔵はまんざらでもないようだ。
悟空もいそいそと箱を開ける。
悟空のケーキにも八戒からのメッセージが書かれてあった。
「ん?『三蔵ほどほどにして下さいね』…って何だろう??」
悟空のケーキに目をやり、三蔵のこめかみが怒りで引き吊る。
「八戒のヤツ…余計なことをっ!」
八戒の心遣いに三蔵は心の中で銃弾100発打ち込んだ。