V.D. battlefield

「悟浄、お茶とコーヒーどっちがいいですか?」
食器の片づけが終わり、キッチンから八戒が声をかけた。
「んー…コーヒーがいいや」
夕食も終わり、リモコン片手にテレビをぼんやりと眺めながら悟浄が答える。
何気ない素振りをしながらも、悟浄の内心は緊張の極限だった。
『まだ悟空が居たときはバタバタしてたからそんなに気にもなんなかったけどなぁ…っつーか、俺何さっきから緊張してるんだか』
心の中で一人ツッコんでたりする。
「…悟浄?」
「うわっ!ビックリしたー…」
突然耳元で八戒に呼ばれ、悟浄は大袈裟なほど飛び上がった。
「そんな驚かなくても…何度も呼んでるのに気付かないんですから。でも、さっきからどうしたんですか?」
悟浄の目の前にカップを置きながら、八戒が首を傾げる。
「え…な、何が?」
痛いところを突かれてか、妙に悟浄の声が裏返ったりして。
一瞬、八戒の瞳がすっと眇められる。

ドキッ!

八戒の表情に悟浄の心拍数が急激に上昇し始めた。
『うわっ!どうしたんだ〜落ち着けーっ、俺!!』
気にすればする程勝手に顔が紅潮してしまう。
「何だか…心ここにあらずって言うか、ぼんやりと何か考えているようですしねぇ」
八戒は悟浄の本心を探るように、瞳を覗き込んだ。
八戒の翡翠色の瞳の中に自分の姿を見つけ、悟浄は何だかいたたまれない気持ちになる。
悟浄はふっと視線を逸らすと、俯いてカップを見つめた。
「…悟浄?」
八戒は考えるように首を捻るが、それ以上深く追求するのはやめる。
「そうだ、忘れてましたね」
努めて明るい声を出すと、いそいそとキッチンの方へ戻っていった。
そして、小さな包みを手に戻ってくる。
「はい、悟浄」
悟浄の目の前に綺麗にラッピングされた小箱が差し出された。
悟浄は一瞬呆けるが、箱と八戒を交互に見つめる。
「バレンタインデーですからね」
ニッコリと極上の笑みを浮かべると悟浄の掌に小箱を乗せた。
「あ…もしかしてチョコ?」
悟浄は去年の悪夢を思い出してか、思いっきり眉間に皺を寄せて八戒を疑視する。
悟浄の渋面に八戒は苦笑を漏らした。
「大丈夫ですよ、去年のように極甘でもないし、ケーキでもないですから。洋酒をいっぱい使って、甘さ控えめにした小さいチョコですよ」
クスクスと笑いながら『開けてみて下さい』と言う。
悟浄はじっと小箱を眺めてから、リボンを解いて箱を開けた。
ちいさなトリュフチョコが4つ入ってる。
箱を開けた途端、洋酒の良い香りが箱から広がった。
これなら食べられそうだ、と悟浄は安堵する。
一つ手に取ると口の中に放り込んだ。
口一杯に洋酒の味が広がり、チョコ自体の甘さは殆ど感じない。
「…旨い」
ぽつんと無意識に悟浄が感想を漏らした。
「そうですか、それはよかった」
はっ、となって悟浄が視線を上げると、幸せそうに八戒が微笑んでいる。
悟浄は何だか気恥ずかしくなって、赤くなった顔を誤魔化すように俯きながらパクパクとチョコを食べた。
八戒はただ微笑みながら悟浄を眺めている。
「あ、そうだ!」
悟浄が突然立ち上がり、リビングから出ようとした。
「え?悟浄、どうしたんですか?」
八戒は虚を突かれ、慌てて立ち上がる。
「いーから!ちょっと、そこで待ってろよ」
八戒に待つように言うと、いそいそとリビングを出た。
「…どうしたんでしょう?」
とりあえず椅子に座り直し、八戒はそのままコーヒーを飲んで悟浄を待つ。
すぐに悟浄はリビングへ戻ってきた。
その手には小さめの紙袋が。
「これ、やるよ」
八戒を見ない様に顔を横に向け、ずいっと紙袋を差し出す。
「僕に…ですか?」
思いも掛けない悟浄の行動に、八戒は目を見開いて悟浄を見つめた。
横を向いてても八戒の視線をひしひしと感じ、悟浄はどんどんと顔が紅潮してくる。
悟浄の様子に苦笑すると、
「ありがとうございます」
八戒は紙袋を恭しく受け取った。
「開けてもいいですか?」
「…おう!」
悟浄は相変わらずそっぽを向いたまま、タバコを吸っている。
八戒が袋を開けると、中に箱があった。
袋から箱を取り出すと、八戒はテーブルに置いて蓋を開ける。
「え…これっ…!?」
箱の中を見て驚いた八戒が、慌てて悟浄へと視線を向けた。
横目でちらっと悟浄は八戒を盗み見る。
「この前八戒が一番気に入ってたティーカップ、割れちまったって言ってただろ?」
悟浄はタバコを吸いながらぼそぼそと話す。
「ええ…でもこのシリーズは最近ですけど製造中止になってしまって、僕も探したんですけど見つからなかったんですよ」
八戒は箱からカップを手に取って眺めた。
「そっか…じゃ、それで間違いなかったんだよな」
悟浄は照れくさそうに笑う。
「でも、よく見つけましたねぇ…」
大事そうに八戒はカップをテーブルに置いた。
「あー、それな。この前カードやった相手に陶器屋のオヤジがいてさ、負け分少し勘弁してやる代わりにそれ探し出して貰ったんだよ」
笑いながら悟浄は得意げに話す。
「なるほど、そんな裏技を使ったんですか」
八戒も一緒になってくすくすと笑った。
暫く向かい合ったまま2人して笑い合って、ふと八戒が悟浄の瞳を覗き込む。
「これを貰ったのも嬉しいですけど、なにより悟浄が覚えていてくれて探してくれたことの方が、僕はとても嬉しいんです」
八戒は愛しそうに悟浄を見つめると極上の笑みを浮かべた。
「――――っっ!」
悟浄は瞬間で頬を真っ赤に染める。
「ったく!は…恥ずかしいこというなよっ!!」
先ほどからどーも慣れないコトをした恥ずかしさのせいか、身体が熱くて仕方ない。
外はあんなに寒いのに暖房の空調ではなく、何だか自分だけ身体が火照って…。
―――何で俺だけこんなに熱いんだ?
今更不思議に思って悟浄は首を傾げる。
ふと、八戒を見ると相変わらずニッコリと微笑んでいる。
微笑んでいるんだが、何となく瞳の色がさっきと微妙に違う気が…。
「…すみません、悟浄」
突然八戒が悟浄に謝った。
「へ?何がだよ??」
訳が分からず悟浄は眉を潜める。
「そろそろ効いてきたんじゃないですか?」
悟浄の背筋に冷たい汗が流れ落ちた。
「効くって…お前、まさか!?」
「はい、一服盛っちゃいましたぁ〜♪」
謝っている割には、それは楽しげな声で八戒は白状する。
「なっにいぃぃっ!またかーっっ!!」
大声を出したせいか、突然視界がぐるりと回る。
慌ててテーブルに腕をかけて身体を支えた。
だんだんと身体の内側に熱が籠もり、ドロリとした流れとなって下肢へと流れ落ちる様な錯覚を起こす。
覚えのある感覚が身体の内から突き上げてきた。
「はっ…かい…てめっ…」
気力を振り絞って悟浄は自分を見下ろす男を睨み付ける。
先ほどとはガラリと雰囲気を変えた八戒が、目の前の獲物を品定めする様な雄の視線で悟浄を見つめた。
「すみませんね…てっきり悟浄は逃げ出すんじゃないかと思っていたもんですから」
くすくすと楽しげに笑いながら、すっと悟浄の顎に指をかけて自分の方へ掬い上げる。
そして射抜く様にじっと視線を注ぐ。
「今夜だけ…身体の自由を奪ってしまおうと思ったんですよ」
「はっかい…」
八戒の翡翠色の瞳に吸い込まれ、悟浄は視線を動かせなくなった。
「さぁ、ベッドへ行きましょうね」
その場にしゃがみ込むと、八戒は何の苦もなく悟浄をそのまま抱え上げる。
すっかり薬の浸透した身体で、悟浄は指の先一本も抗えなかった。