V.D. battlefield

すっかりと夜も更けた頃。
さぁ、これからゆっくりと過ごせると思っていた三蔵を、小坊主が呼びに来た。
「あぁ?こんな時間に増正が?」
なにやら明日の仕事について伝え忘れていたことがあるらしい。
「ちっ…めんどくせー」
あからさまに嫌そうに舌打ちをするが、仕事の件と言われれば仕方なかった。
「おい、悟空」
「なに?三蔵??」
振り向いた先には口をモゴモゴと動かし、八戒特製チョコレートケーキを詰め込んでいる悟空が居る。
ちなみに悟空の作った三蔵へのケーキは三蔵が少しだけ食べ、残りは全部自分で平らげた。
「増正と仕事の話をしてくるから、お前はそれ食ったら先に寝てろ」
コイツ人の5倍は食べている夕食のあとに、何でこんなに食えるんだ?と今更ながら頭痛がする。
これだけ食べればすぐに眠くなるだろうと思い、三蔵は悟空に言いつけた。
「えー?せっかくだから俺待ってるよ〜♪」
何が折角なんだ?と思いつつも、
「ガキが夜更かしするんじゃねー。さっさと歯ぁ磨いて寝ろ」
身繕いを整えながら、三蔵が悟空を睨み付けた。
「でも…今日は…」
何かを言いたそうに悟空が口籠もりながら俯く。
悟空の『今日』と言う言葉に思い当たり、三蔵は口端に淡い笑みを刻んだ。
もっとも、誰にも気づかれない程度だったが。
「…勝手にしろ」
一言言い置いて三蔵はスタスタと自室を出ていった。
慌ててその後を小坊主も追う。
扉が閉まり一人になると、途端に静寂が訪れた。
夜もすっかりと冷え込んで、ほんの少し扉が開いていただけなのに、部屋の暖かさが外に流れ出てしまった様だ。

それでも悟空は。

「三蔵…ダメだって言わなかったから、待っててもいーんだよな」

分かりにくい三蔵の優しさ。
決して甘やかしてもくれないが、三蔵の些細な言動で悟空は簡単に幸せになれる。
今も嬉しさで身体がフワフワと暖かい。
外の寒さなど気にならないぐらいに。
「今日は寒いし、三蔵にギュッて抱っこしてもらおーっと♪」
三蔵の帰りを待ち遠しく思いながら、悟空は向かいの回廊が見える窓まで椅子を持っていく。
ここなら三蔵が戻ってくればすぐに分かるから。
「早く帰ってこないかなぁ…」
悟空は楽しそうに微笑みながら窓の外を飽きずに眺めていた。





増正と明日の打ち合わせをさっさと済ませて勧められた茶も断ると、三蔵は暗い回廊を急ぐ様に自室へと戻る。
しかし部屋が近付いてくると途端にその歩みを緩めた。
まるで早く悟空に会いたくて戻っていると思われるのが癪だからだ。
悟空の口から漏れた何気ない『今日』という言葉に、柄にもなく浮かれている自分。
「…みっともねーな」
三蔵はピタッと立ち止まると、おもむろに懐を探る。
タバコを取り出すと火を点けて、大きく煙を吸い込んだ。
星が明るい闇夜に向かって溶ける様に立ち上る煙を、見るともなく眺める。
回廊の壁に寄りかかりながら2〜3度吸い込むと、まだ長いフィルターを指で弾いて捨てた。
思い返せば悟空を拾ってからの5年間、一度もバレンタインなど特別意識して過ごしたことなどなかった。
というよりは、日々の忙しさに忙殺されて忘れていたし、気に懸けても居なかった。
大体が、行事と言えば盆と正月。
寺の生活では当たり前のことなので悟空でもそれは知っている。
更に普段とは違う『ご馳走』にありつけたりもするので、どちらかというと大喜びではしゃぐ。
それ以外の特別な日だの行事だのは誰も悟空に教えなかった。
保護者である三蔵さえも「訊かれてもいねーことをわざわざ教える必要もない」と徹底した面倒くさがりであったし。
それが、ここ最近の忙しさといったら…。
『寺には関係ねーっ!』と散々ハリセン付きで言い聞かせたのにも係わらず、泣き喚いて駄々を捏ねまくった悟空にとうとう折れてクリスマスまでしてやった。
その前は当の本人さえも忘れていた誕生日パーティーなるものにまで勝手に駆り出され、大騒ぎの上泥酔して翌日きっちり二日酔いで死ぬ思いをした。
そうした特別な日以外にも、やれ紅葉狩りだ、釣りだ、ピクニックだのに散々つき合わされて…。
「アイツらは…いらん知恵ばっかりバカ猿に植え付けやがって」
脳裏に浮かんだ2つの顔に向かって吐き捨てるように呟く。
三蔵だって散々文句は言うし、ハリセンも今じゃ10代目だ。
それでも結局のところ。
思いっきり嫌がりながらも悟空につき合っている。

『本当に、三蔵は悟空にだけは甘いんですよねぇ』

まだ出逢って1年。
しみじみと呟いた、一見人畜無害のほのぼの笑顔を思い出して、三蔵は眉間に皺を寄せた。
三蔵が自覚していることを知っているにも係わらず、とどめを刺すあの性格の良さ。
『いつかぜってー報復してやる』
密かに三蔵は目論んでたりする。
八戒に対して思いつく限りの罵詈雑言を呟いていると、自室に辿り着いてしまった。

「………。」

妙に期待で心拍数の上がっている自分に腹が立つ。
しかし、観念する様に小さく溜息をつくと、三蔵は静かに扉を開けた。





部屋に入った三蔵は、自分の目の前の光景に絶句した。
そのまま硬直すること3分間。
とりあえずギクシャクと視線逸らして深呼吸などしてみる。
現在の時間は夜の10時。
生憎と今日は幻覚を見るほど飲酒もしていない。
だが、
三蔵の目の前には―――――

「…猿のひらき」

呟いた三蔵の足許。
悟空が全裸で仰向けになって転がっていた。
ようやく我に返ると、三蔵は渾身の力でハリセンを振り下ろす。

バッシイィィィーンッ!

強烈なハリセンの炸裂に普段なら大騒ぎで抗議する悟空なのだが。
ぼんやりと目を開けると、仁王立ちで見下ろす三蔵に視線を向けた。
「さんぞーってさぁ…ハゲるの?」
脈絡のない悟空の問い掛けに、三蔵は無言のまま再度ハリセンをお見舞いする。
「てっめぇ、誰がハゲだ!何寝ぼけてやがる!?」
三蔵は鬼の様な形相で悟空の頭を蹴り上げた。
「いてっ!だって…みんな言ってるし〜」
「てめーだけだ!湧いてやがんのか、あぁ!?」
突拍子もない悟空の言動に、三蔵は深々と溜息をつく。
まるで酔っぱらいの禅問答の様で…。

「…酔っぱらい?」

ふと脳裏にひっかかって、三蔵は眉を顰める。
思いつくのはチョコレートケーキ。
しかし、三蔵も食べたが、こんな状態になる程ケーキに酒は入っていなかった。
よっぽどアルコールに弱い体質であれば、食べている最中に何らかの変化があったはず。
悟空にはそれがなかった。
それにいくら酔っぱらっても相当な量摂取しない限り、全裸にまでなろうとは思わないだろう。
暑いにしても、泥酔して脱ぐにしても。
そこまで考えて三蔵は改めて悟空の姿態を観察した。
着ていた服や下着は投げ捨てたのか、あっちこっちに散乱している。
床に大の字になって転がっている悟空の身体は、ほんのりと上気して淡いピンク色。
誰にも触れられたことがない小さな乳首は、赤く色付きツンと立ち上がっていた。
悟空は頬を紅潮させ、浅い呼吸を繰り返しながら濡れた瞳で三蔵をぼんやりと見上げている。
一つ一つ確認をした途端、下肢にズキンと覚えのある感覚が…。
「さんぞ、どーしたの?…お腹痛くなった??」
突然しゃがみ込んで下腹部を押さえる三蔵を、悟空が不思議そうに見つめた。
「クソッ…どーいうことだ?」
身体中の血が奔流となって三蔵の雄に集まってくる。
ズキズキと痛いほどに自己主張し始めた自身に、三蔵は忌々しげに舌打ちをした。
今までここれほど激しく悟空に欲情したことなどない。
大概は理性で押さえつけて誤魔化せたのだが。
「今日に限って何で…」

今日に限って?
ホンの数十分でバリバリ据え膳、早く食べてね?ひらき状態の悟空と。
突然暴走し始めた三蔵の雄の本能。
思い当たることと言ったら…

『三蔵、ほどほどにして下さいね』

今思えば妙に意味深だった八戒のメッセージ。
「アイツーッ!一服盛りやがったなっっ!!」
怒りに任せて三蔵は床に拳を叩きつけた。
悟空は頭上で起きた鈍い音に身体を起こす。
そのまま床を這う様に進むと、しゃがみ込む三蔵の膝に凭れかかった。
血の滲んだ三蔵の掌を悟空はそっと手に取る。
「さんぞ…血が出てるよ?」
ニッコリ頬笑むと悟空は自分の口元に引き寄せた。
赤い舌を覗かせると、患部をねっとりと舐め上げる。
「…っ!ご…くう?」
三蔵は悟空の行動に驚いて目を見開いた。
滲み出る血を掬う様に何度も熱い舌で舐める。
陶酔しながら舌を這わせる悟空の卑猥な表情に、三蔵は妄想を掻き立てられた。
普段のまだ幼い子供の表情からは考えられない、三蔵に懸命に奉仕する悟空の淫猥な顔。
一気に理性など吹き飛んだ。
「あ…っ」
悟空の口元から掌を引くと、そのまま小さな身体を抱え上げる。
「どこいくの…さんぞ?」
抱きついて首を傾げる悟空には答えず、三蔵は蹴破る勢いで寝室の扉を開けた。
ベッドに近づくと乱暴に悟空を放り投げる。
「さんぞ…?」
「まんまと八戒の策略に乗っちまうのもムカツクが、もうどーにもならねー」
目の前の獲物を品定めする様に、三蔵は口元を歪めて酷薄に頬笑んだ。