V.D. battlefield |
「ん…?」 ベッドの中で八戒が小さく身じろぎした。 閉ざされているカーテンの隙間から、爽やかな朝の日差しが差し込んでいる。 眩しさに片手で左目を庇い、ふと視線を時計へと向けると8時。 確か眠りについたのが明け方の4時ぐらいだったか。 気持ちよく気怠い身体を起こして、朦朧とした意識の悟浄を支えながらシャワーを浴びて、そのまま墜落するように眠りについた。 今日ぐらいはゆっくりと過ごすつもりで目覚ましも止めておいたのに、身体はいつも通り覚醒してしまったようだ。 それでも普段よりは遅い時間ではあったが。 八戒は一度大きく伸び上がって、そっと身体を起こした。 傍らに眠る悟浄はピクリとも動かない。 昨夜は色々と無茶なコトをしたと言うか…させてしまったから、相当疲れているのだろう。 八戒はぼんやりと気持ちよさげに安眠を貪る悟浄の横顔を見下ろした。 顔に掛かった前髪をそっと掻き上げてみる。 それでも悟浄の穏やかな呼吸は少しも乱れない。 八戒はふっと小さく笑みを零した。 悟浄は今まで生きてきて学んだのだろうか、人の気配に過剰なほど敏感だ。 眠っていても近くで些細な物音や動きを感じれば、すぐに目を開けて周りを確認する。 もちろん、身体はいつでも動かせる体勢で。 このことは悟浄が行きつけている酒場のマスターや常連の女性達に訊いた。 あの一件以来。 どこにも行き場のない八戒は、偶然拾って救ってくれた悟浄の家へ置いて貰うことになった。 日々の生活にも大分慣れて暫く経った頃、悟浄は紹介がてら行きつけの酒場へと八戒を連れて行ってくれたのだ。 客が集まり始めて悟浄がカードをしている間、八戒は見学しながらカウンターで飲んでいた。悟浄が誰かを伴って来た物珍しさもあってか、あちらこちらから八戒に声が掛けられる。 しかも、悟浄が誰かと同居を始めたと訊けば尚更。 興味津々の視線が八戒へと向けられた。 下手なことを言って悟浄を困らせてはと思い、八戒は適当に相づちを打ったりさりげなく話を交わしながら、取り留めのない世間話に花を咲かせる。 その時に誰かが。 多分悟浄と関係を持ったことのある女性陣の誰かが話したのだと思う。 『あれだけ他人に対し警戒心の強い悟浄が、誰かと一緒に生活をするなんて想像すらしなかった』のだと。 人好きのする笑顔と、軽妙な口調。 誰とでも気さくにうち解ける明るい気性。 だが、それはあくまでも悟浄という人物の外側でしかない。 仲がイイと、信じるはまるで別問題。 悟浄が誰かと一緒にいて。 例えそれが一夜を共にした女性であっても、悟浄が寝入った姿を見た者は誰一人として居ないのだと。 初めてその話を聞いた時、八戒は驚いて呆けてしまった。 『そうなんでしょうか…いっつも気持ちよさそうに熟睡してますけどねぇ。側で掃除器かけたって、散々大声で起こしたってなかなか起き上がってくれないし』 それが日課の如く大騒動だから。 『結局いつもベッドから蹴り落とすんですよ』と首を傾げながら八戒が笑うと、周りの人達は一様に驚いた。 『あんたのこと随分信頼してるんだな…悟浄は。まぁ、そう思える相手が出来たってことはアイツにとって悪くはねーだろ?』 酒場のマスターはそう言って小さく笑ってたけども。 『悟浄が…僕を、信頼してくれている?』 こんな贖いきれない罪に汚れた僕を? にわかには信じられなかった。 それじゃ、目の前で気持ちよさそうに眠っているこの人は何なんだろう。 朝、洗濯物を回収に来た八戒は、部屋に丸めたまま放置してある服を拾いながら考えた。 「悟浄…起きて下さい。悟浄ってば!」 「ん〜?」 どれだけ強く揺さ振ろうと、悟浄は生返事をしただけで布団へと潜ってしまう。 「悟浄っ!起こせって言ったのは貴方なんですからねっ!!」 叫び様八戒は布団の塊ごと、悟浄を床へと蹴落とした。 「いでーーーーっっ!!」 不意打ちでベッドから落とされて、悟浄が叫び声を上げる。 どうも床で頭を打ったらしく、ゴツッと鈍い音が響いた。 「おはようございます」 「…はよ。ったぁ…もうちょっと穏やかに起こしてもらえねーもんかねぇ」 布団を被ったままぶつぶつと恨めしそうに八戒を見上げる。 「だって、いっくら声を掛けたって、揺さ振ったって起きない悟浄の自業自得でしょう?全くそんな無防備で何かあったらどうするんですか」 八戒は殊更大袈裟に溜息をついた。 「あ?誰が無防備だって??」 「悟浄が、ですよ。警戒心無さ過ぎですって」 ヤレヤレと八戒は悟浄から布団をひったくり、ベッドへとたたんで戻す。 「何?八戒…俺のこと殺すの?」 「え…?」 驚いて見下ろせば射抜くように見つめる、紅い灼熱の瞳。 八戒の心臓が大きく跳ね上がった。 「そんなこと…何で僕が悟浄を殺さなきゃならないんですか」 内心の動揺を微笑みで誤魔化す。 「だろ?じゃぁ別にいーじゃん」 「はい?」 「だからっ!八戒と居るのに警戒する必要なんかねーってこと!」 「………!?」 八戒の瞳が驚愕で見開かれた。 身体中の血が歓喜でざわざわと逆流しているようだ。 どうしよう。 どうしよう、どうしよう、どうしよう。 僕は、この人を… 「お〜い、何目ぇ開けたままトリップしてんだよ?」 掠れた声が八戒の思考を中断させる。 気付くと悟浄が怠そうに枕に顔を埋めたまま、じっと八戒を見上げていた。 「いえ…何か昔のことを思い出してしまって」 「…昔のこと?」 僅かに悟浄の眉が潜められる。 昔。 まだ俺が出逢う前の、俺が知らない八戒のコト? 何となく面白くなくて、悟浄が視線を逸らした。 八戒は悟浄の心情に気付き、わざと考え込むように腕を組んで首を傾げる。 「あ、でもそんなに昔でもないですねぇ。悟浄と暮らし始めたばかりの頃をちょっと思い出してたんです」 八戒は悟浄の瞳を覗き込みながら、楽しげに微笑んだ。 途端、悟浄の頬が紅潮する。 「なぁにイヤラシイ笑い方してんだよ!」 悟浄が俯せのまま、八戒の横っ腹を叩いた。 「痛いですよっ!それよりも…身体の方は大丈夫ですか?」 「…大丈夫だと思ってる訳?」 ジロッと悟浄が横目で睨む。 「だから心配して訊いてるんでしょう?」 「一服盛っといて何言ってんだか…心配するぐらいなら、ならねーように考えろっての!ご覧の通り、上半身しかまともに動かせないんでございますの」 首が疲れたのか、悟浄はゴロンと身体を回転させて枕に頬杖をついた。 「そうは言っても…やはりバレンタインってことで僕も舞い上がってましたし。それにあんまりにも悟浄が僕を煽って、もの凄く卑猥な姿態でお強請りしてくるからついつい…」 昨夜の官能の一時を思い出すだけで、八戒は頬が弛んでしまう。 「お前ねぇ…朝から元気だな」 なにやら悟浄の呆れた声が聞こえてきた。 これ見よがしに大きく溜息なんかもついている。 「はい?」 八戒が物思いを断ち切り、悟浄を見下ろした。 「何、ソレ」 思いっきり嫌そうに悟浄が八戒の下肢をちょいちょいと指差す。 つられて視線を向けると、 「…おや?」 全裸の剥き出しの下肢では、シッカリ八戒の雄が屹立していた。 「…ケダモノ」 ぼそっと悟浄が呟く。 「いやですねぇ〜ケダモノだなんて。朝にこうなるのは自然の摂理ですよ?」 「…寝起きならな。俺、目の前でムクムクと勃ち上がってくトコロ、実況生中継で見せられちゃったんだけど?」 「悟浄のエッチ〜vvv」 「ソックリそのまま返してやらぁ、エロ八!」 酷いですねぇ、と笑ってる間も八戒の雄は治まる気配まるでなし。 むしろ悟浄に見つめられたせいか、更に大きくなってる気さえする。 「で?どーすんの、ソレ」 「どうしましょうかねぇ〜」 ニコニコと頬笑みながら八戒が暢気に答える。 自分でどうする気もねーのかよ、コラ。 悟浄は諦めるように重い溜息を零しながら、ガシガシと乱暴に頭を掻いた。 八戒へにじり寄ると、腰に腕を回して抱きつき頭を太腿に乗せる。 「悟浄?どうしました?」 ったく…その脂下がったニッコリ笑顔は何だろうなぁ、コンチクショー。 どうしたじゃねーよ、期待しまくりのクセに。 「ったく…しゃぁねーから口で抜いてやるよ」 悟浄は腰に回した腕に力を入れて、八戒の下肢を引き寄せた。 とりあえず舌先を伸ばして根元から先端までをゆっくりと舐め上げてみる。 八戒の腰が小さく跳ねたのに気を良くして、先端だけを口に含んで吸い上げた。 「…ところで、悟浄?」 「んー?」 生憎と口が塞がり中なので、喉だけで返事を返す。 「少々お尋ねしますが…僕が口だけで満足できると本気で思ってます?」 「んぁ?」 とんでもない言葉に視線を上げると、悟浄を見下ろす欲情を隠そうともしない綺麗な瞳。 一瞬その場が凍り付く程の沈黙が流れる。 八戒はその間もわざと煽るように、悟浄の弱いところばかりに指を這わせていた。 こ〜い〜つ〜っっ!!いっそ噛みきってやろうか。 沸き上がる怒りのまま思いっきり眉を顰めて睨み付けてやると、いきなり口の中で八戒の雄が大きく脈打った。 「…イイ顔しますね、悟浄」 目の前には心底楽しげな悪魔の微笑み。 そうだ、そうだった。 コイツはこーゆーヤツだった。 喜ばせてどーするよ、俺! ガックリと肩を落として、悟浄は心の中で嘆いた。 「わーかった!オッケー、ヤリてぇんだろ?」 悟浄は投げやりになって、身体をゴロンと仰向けに転ばせる。 「あのー…まだコレ、途中なんですけど?」 「…厚顔無恥ってお前のためにある言葉だよなぁ?」 さすがに悟浄の言葉は刺々しい。 八戒はしゅんと肩を落として、じぃっと悟浄を恨めしげに見つめる。 捨てられた子犬のような瞳で見んなっ! あーもぅ…コイツのいつもの手だって分かってんだけどよぉ〜っ! 思いっきり盛大に溜息をついて、悟浄が八戒の腕を引っ張った。 「俺、身体動かねーから、お前が上で跨げよな」 「はいvvv」 …やっぱりな。 まぁ、今日ぐらいはいっか。 どうせ慣らさなきゃ、こんなデッカイの挿んねーし。 自分を納得させようとブツブツと呟いてると、八戒が悟浄の顔を跨いで下肢に顔を埋めてくる。 「っあ…」 結局、二人がベッドから抜け出したのは、陽が高く登り切った午後になってからだった。 |