星の重なる場所



下界に出征して1ヶ月。
追っていた妖獣の一斉捕縛作戦実行の為、捲簾と数人の部下は近郊の街へやってきていた。
今回の妖獣は広範囲に生息している。
1匹1匹封印していくには、無駄に時間が掛かるだけ。
1匹でもかなり獰猛である妖獣を、隊を分散させて任務を遂行するにも危険が伴った。
妖獣自体は中型で肉食。
異常繁殖で増えすぎた妖獣は、本来生息地の食料となる動物を食べ尽くしてしまった。
妖獣とて生きる為には食料が必要だ。
飢えた妖獣達は餌を求めて人が住む町へ下りてきた。
初めは家畜を捕って満足していたようだが、その貪欲な捕食願望はエスカレートする。
生息地が近い妖獣はグループを形成し、町の住人を襲い始めた。
既に小さな町や村が数個絶滅している。
四方八方で分散して行動するので、討伐任務を受けた西方軍以下捲簾の隊も手を焼いていた。
何か決定的な捕縛方法は無いか。
天界で作戦指揮を執る天蓬へ進言すると、あまりにも簡潔な返答をされた。

とりあえず、妖獣雌雄対で1匹ずつ捕獲して下さい。

天蓬曰く、効果的な作戦を立てるには妖獣の生態を知るのが一番ということだ。
それは当然だろう。
生態を詳しく調べるには、生きたサンプルを取るのが必要不可欠になる。
捲簾は了承すると、早速部下を従えて先陣を切って大暴れし、どうにか雌雄1体ずつの妖獣を捕縛した。
天蓬の指示通り生態サンプルを採取して天界へ急ぎ搬送すると、眠っている妖獣をそのまま封印する。
出来るだけ早いデーターが欲しいと天蓬を急かすと、通信機越しに小さな笑いが聞こえた。

誰にモノ言ってるんですか?1日在れば充分です。
明朝には妖獣の生態データーと効率的な捕縛作戦を届けさせますから。

呆気にとられて捲簾が言い募ろうとするのを遮り、天蓬は一方的に通信を切ってしまった。
きっと寝ないでデーター解析するつもりなんだろう。
今回の戦況は刻々と変化が激しいせいで、その都度作戦が練り直されていた。
下界から入る情報を元に、天蓬が状況を把握した上で指示を送る。
天界と下界に時差など無いが、きっとろくに睡眠も取っていないだろう。
自分達実働部隊は交代して短いながらも仮眠や休息を取れるが、軍師は天蓬唯一人だ。
捲簾は通信機を置いて、小さく溜息を零した。

アレは相当キてるなぁ。

肉体的な疲労なら、普段から不規則極まりない生活をしている天蓬には大して苦にもならないようだが、精神的ストレスはどうしようもない。
精神的、というよりは本能的と言う方が正しい。
一体帰還したらどんな目に遭わされるのか。
最初から妖獣や妖怪に関するデーターが全て揃っていて、作戦自体長期戦の構えでいたのなら、それこそ1〜3ヶ月の出征ぐらいで天蓬はキレたりしない。
ところが今回は勝手が違った。
まず出征前に妖獣のデーターが何一つ無かった。
しかし下界での状況を考えると、暢気に見守っている訳にはいかない。
妖獣のデーター採取と分析、そして速やかな封印任務が全て同時進行で行うなど、そう容易く出来るモノではなかった。
そうして上層部の白羽の矢が当たったのは、天界軍至宝の頭脳を持つ天蓬元帥。
その天蓬が軍師を勤める態度素行は最悪だが、抜群の任務遂行率を誇る捲簾大将以下西方軍実働部隊だ。
初めから上層部の厭らしい思惑が見え隠れしていた。
事は急を要するが、失敗したのでは元も子もない。
遺憾ではあるが、捲簾大将率いる部隊の実績は天界軍随一だ。
万が一封印に失敗したり、時間が掛かりすぎて被害が拡大しても、ソレを理由に捲簾大将を厄介払いが出来る。
上層部は体面さえ保てるなら戦況など関係なかった。
それが分かるだけに、天蓬の機嫌は最悪を通り越して凶悪、らしい。
天界に駐留して天蓬のサポートをしている執務官が、捲簾にコッソリ教えてくれた。
加えて予想外の戦況の停滞。
天蓬は一人悪意と闘っている。
ある意味こちらより状況は最低だ。
それこそ普段の天蓬なら上層部の傲慢もあからさまな悪意さえ、全く気にも留めない図太い神経を持っているが。
今の天蓬は多大なるストレスを溜め込んで燻らせている。
見なくても天蓬の不機嫌そうな顔が想像できた。

っちゃぁー…さっさと帰還しねーとヤバイな、俺が。

ブチ切れた天蓬を宥め賺す自信はない。
要するに。
天蓬は極限の欲求不満だから。
その鬱憤の矛先は漏らすことなく捲簾へ垂れ流し状態だ。
密かにどうしようかと頭を抱えてるところへ、天界から妖獣捕縛の作戦が届く。
流麗な天蓬の字にざっと目を通していた捲簾の表情が、唖然としたモノに変わった。
部下達が一様に緊張する。

「大将、いかがされましたか?」
「そんなに今回の作戦は思わしくないのですか?」
「しかし、我々だって手を拱いているばかりじゃ…時間が掛かっても確実にヤツラを封印しましょう」
「…ちょっと、待て待て」

一斉に声を上げる部下達を捲簾は手で制した。
「面倒とかそんなんじゃねーよ。バカみてぇに簡単すぎて呆れちゃってんの」
「…は?ソレは一体??」
「火、だと」
「火…に弱いんですか?」
「その逆。ヤツら火に集まる習性があるらしい。要はデッカイ火を立てればソコに自然と集まってくるってな訳〜」
「なんですかぁ!それはっ!!」
「俺が言いてぇよ…アホらしい」

捲簾と各小隊長の部下達は、一同揃ってガックリと力が抜ける。
ガシガシと苛立たしげに髪を掻き上げると、捲簾は指令書を部下達へ投げ渡した。
「しゃーねー!一気にカタぁつけっぞ。盛大に花火上げようじゃねーか」
「火薬、ですね。手持ちのモノではそう保ちませんが」
「こっから30km南に割と大きい街があるだろ。そこで調達する。後はこの前妖獣を封印した草原地帯で火を焚いてヤツラを集めて一気に封印すっぞ」
「了解です、大将」
「3班は俺と一緒に火薬の調達。残りは花火用の仕掛け作り、以上。何かあっか?」
捲簾が部下達を見遣ると、全員了承して頷いた。

開けて翌朝。
昨夜の指示通り、各自が作戦に入る。
捲簾は部下達を引き連れて、火薬の調達に街へ来ていた。
街中のある火薬を全て買い占め、次々とトラックの荷台へ運ばせる。
万が一のことを考えて特大花火は2回分。
積載し終わったトラックは次々と戦地へ運ばれた。
「大将っ!」
連れてきた小隊長の部下が捲簾に走り寄ってくる。
「今の分で終了です」
「そっか、ご苦労さん。とりあえずメシ食ってから直で俺らも合流だな」
「じゃぁ、店を探してきます」
「適当でいーぞ。俺は酒飲めれば何でもいいし。お前らも適当に好きなモン頼んどけよ」
煙草片手にヒラヒラと手を振れば、部下は苦笑いして了承した。
前を歩く部下達の後をのんびり歩いていると、サラサラと心地よい音が耳に入ってくる。
「ん?何だ…」
風に乗って聞こえてくる音に首を巡らせると、店の軒下や門前には一様に笹の木が飾られている。
涼やかな風に葉や綺麗な飾りが揺れていた。
「あぁ、今日は七夕ですよね」
捲簾の視線を追って気づいた部下が、感慨深げに呟く。
「は?七夕って…何?すっげぇあっちこっち綺麗に飾ってあっけど、何かの祭?」
「…大将ぉ」
部下は盛大に溜息を零して額を抑えた。
他の部下も次々首を突っ込んでくる。
「ええっ!大将、七夕知らないんですかっ!」
「大将ってロマンがないんですねぇ…即物過ぎるオトコもまずいんじゃないですかぁ?」
「やっぱオンナってこういう悲恋みたいの弱いし〜」
「ロマン?悲恋?何じゃそりゃ??」
本気で首を傾げる捲簾に、部下は一斉に呆れて首を振った。
「閨でオンナに聞いたことないんですか?牽牛と織姫の話」
「知らねーよ。大抵オンナは失神しちまうし」
「うわっ!大将ケダモノ〜」
「ケダモノ〜」
一斉に部下達が揶揄するのを捲簾は怒鳴りつけた。
「うっせーよっ!テメェらだって似たようなモンじゃねーか!」
「いやいや。俺ら大将みたいにモテませんし〜?」
「俺ら大将みたいに、連日連射無駄打ち出来る程絶倫じゃないですよ〜」
「誰が無駄打ちだっ!」
捲簾は部下に腕を回すと、ヘッドロックをかます。
部下が涙目で藻掻いていると、別の部下が笹を見上げながら笑った。
「今日は年に一度、天の恋人達の逢瀬日ですよ」
「はぁ?年に一度??」
「そういう言い伝えなんです。牽牛と織姫、天を流れる天の川に引き裂かれた恋人同士が、年に一度7月7日の今日天の川が開いて出逢うことが出来るんですよ」
「ふーん。渡って帰らなきゃいーじゃねーか」
捲簾は馬鹿らしいと言わんばかりに肩を竦める。
「理屈はそうでしょうけど。それじゃ伝承にはならないでしょう?恋い焦がれて愛し合っている恋人同士が年に一度しか逢えない。その短い時間の中で互いの想いを―――」
「あぁ、ヤリまくるのかっ!」
「たーいしょぉ〜っ!!」
部下達が呆れ返って捲簾を見つめた。
一人捲簾だけが目を丸くして首を傾げる。
「何で?一年ごとにしか逢えねーんだろ?そしたらもー、ここぞとばかりにヤルだろっ!それしかねーだろ?」
同意を求めて部下達の顔を見るが、全員視線を逸らして溜息を零した。
「大将…そんなんじゃ乙女は幻滅しますよ」
「大将…何でソレしかないんですか」
「…他に何かあんのか?」
きょとんと呆ける捲簾に、部下達は一斉に首を振る。
きっと捲簾は誰かに恋い焦がれるとか、思慕を募らせるといった恋愛をしたことがないのだろう。
元から声を掛けるのが身体目当て。
百発百中、ハズレ無し。
それじゃ繊細な恋人達の悲恋など分かるはずもない。
「もーいいです。大将は大将の道を進んで下さい」
「いーんですよ。大将がそれで幸せなら」
「それも大将ならアリです」
部下達が次々と呟きながら食事処に入っていくのを、捲簾はムスッと不機嫌に眺めた。
「何だよ…俺だってちゃんと恋愛してるぞ?」
「えーっと。大将は酒があればいいとして、あと適当に頼みますよ」
「お前らっ!話を聞けーっっ!!」
捲簾がムキになって喚いても、部下達は耳を貸さない。
各自がそれぞれ好きに注文を済ませて、ずずっと出された茶を飲んでいた。
すっかりふて腐れた捲簾は、乱暴に椅子へ腰を下ろす。
「ん?コレは…」
部下の一人がテーブルに置いてあるペンと色とりどりの紙に気づいた。
「あぁ。今日は七夕さんですから。お客さん達も短冊書いて、そこの笹に吊したら如何です?」
給仕に回っている店員が、愛想良く勧めてくる。
「成る程な。じゃぁ折角だから俺らも書くか」
「そうだな」
それぞれペンと紙を持つと、不機嫌そうに煙草をふかしている捲簾へも差し出した。
「はい、大将も。短冊書いて吊しましょう」
「あー?短冊ぅ?」
「牽牛と織姫が願い事を叶えてくれるっていう伝承があるんですよ。この短冊に願い事を書いて笹の葉に吊すんです。まぁ、行事ですから」
「ふーん…願い事ね」
捲簾はペンと紙を受け取ると、サラサラと簡単に何事か書き記す。
「んで?これそこの笹に吊しゃいーんだろ?」
「もう書いたんですか?」
部下に確認しながらも、捲簾はさっさと短冊を笹に括り付けた。
興味津々に部下達は捲簾の下げた短冊に視線を向ける。

酒池肉林。

簡潔且つ捲簾の心情を如実に現す言葉。
部下達は一斉にテーブルへ突っ伏した。
捲簾らしすぎて、文句も出ない。
「何お前らダレてんだよ?サクサクッと任務終わって天界戻ったら、花街繰り出してパーッと無礼講で酒池肉林!ま、とりあえずは景気づけだな」
捲簾は杯を掲げると、ニヤッと楽しげに口端を上げた。
「派手に花火上げて、天界で凱旋祝いだっ!」
「おうっ!」
所詮部下達も捲簾隊の一員。
派手な騒ぎ好きは大将に引けを取らない。
陽気に声を上げて、杯をぶつけ合った。






作戦の遂行は夕刻、日暮れ前。
草原地帯に仕掛けた多量の火薬を、捲簾部隊は高台の上から見下ろしている。
そろそろ西に沈む太陽が地平線に掛かり始めた。
天上を見上げ居た捲簾の視線が火薬へと落ちる。
「…そろそろだな」
捲簾が手を振り下ろす合図で、部下達が一斉に火の点いた矢を火薬へ向かって放った。

ドンッ!

台地が揺れる轟音と共に、火柱が勢い良く天まで伸びる。
「さてと。火薬はどれぐらい燃える?」
「約1時間です」
「充分だな。既に火薬の匂いで近くまで集まってるだろう。ったく…手間掛けさせやがって」
高台に突き出る岩へ足を掛け、捲簾は燃え盛る火柱を睨み付けた。
どこからともなく異様な咆吼が四方から聞こえてくる。
「…来たな」
捲簾が後ろを振り返った。
「いいか?ヤツラが全て集まるまで手ぇ出すんじゃねーぞ。惹き付けてから一気に捕縛する。今から10分だ。カウントしたら全隊突撃すっぞ!」
「了解です、大将っ!」
「散れっ!」
捲簾の指示で部下達が各自の持ち場へ駆けていく。
前方を見据えた捲簾は、口端を上げて乾いた唇を舐めた。
「さぁ〜てと。早いトコ集まれよー」
やがて火柱に妖獣達がどんどん群がっていく。
火に興奮しているのか、獰猛な唸り声が大気を震わせた。
その数ざっと見た限り100頭余り。
事前の確認で判明していた個体数が90頭だったので、生息しているほぼ全ての妖獣が集まったのだろう。
捲簾は岩の上に立ち上がった。
頭の中でカウントする。

5…4…3…2…1

「突撃っ!」
銃を片手に崖を駆け下りる捲簾に追随して、一斉に妖獣へ向かって突進していった。



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