星の重なる場所



「…負傷者を報告しろ」
本隊の待機所で、捲簾が部下に確認を取る。
「軽負傷者10名、皆浅い擦過傷程度です。重負傷者及び死者無し。以上です」
「上々だな…ご苦労。結果を直ちに天界へ報告。撤収作業は明朝からにする。お前らも今日はゆっくり休め」
「了解しましたっ!」
部下は姿勢を正して敬礼すると待機所を辞した。
久々の安息が訪れる。
「はぁー…終わった」
捲簾は椅子に深く腰を沈めると、ドッカリと脚を机の上へ乗せた。
強張っていた身体を思いっきり伸ばす。
今回の出征は前回と間が無く駆り出されたので、戻れば長期休暇が待っていた。
背凭れに寄り掛かり、捲簾がぼんやりと天井を見つめる。

そういや、近くに結構水の綺麗な川があったな。
明日は釣りでもして、のんびりすっか。

撤収作業は指示さえ出してしまえば、大将の出る幕はない。
出征の規模にもよるが、今回は3日で作業は終わりそうだ。
つかの間の余暇に思いを馳せていると、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「しっ…失礼しますっ!!」
部下が転がり込むように幕を払って飛び込んでくる。
「あ?どーした?何かあったのか?」
捲簾が上体を起こして、身体に緊張を漲らせた。
妖獣の封印で不測の事態でもあったのだろうか。
そう懸念していたが。

捲簾が想像しているより事態は最悪だった。

「い…今、天界へ戦況報告の連絡を入れたのですが…元帥がっ!」
「天蓬がどうかしたのか?」
「元帥が…こちらへ向かったそうですっ!」
「なっにいいいぃぃーーーっっ!?」
捲簾は声を裏返して叫ぶと、椅子を蹴り倒して立ち上がる。
「元帥付きの執務官が言うには、作戦開始の1時間後に…」



『されと。そろそろ終わる頃合いですね』
『は?元帥どちらへ!?如何されましたか??』
司令室からカラコロ便所下駄を鳴らして、天蓬が出て行こうとする。
『僕、これから下界へ行ってきますので。後宜しくお願いしますね』
『はい!?これから下界って…作戦はまだ完了してませんっ!』
『捲簾が先陣切ってやってるんですから、あと10分もしたら終わりますよ』
『そんなっ!元帥がいなくては万が一作戦が変更になった時…』
『で・す・か・ら。そんな心配要りませんって。僕は失敗するような策を捲簾へ預けてません』
『しかしっ!司令官殿や上層部に聞かれたら自分は何て答えれば宜しいんですかっ!?』
冗談じゃないと、部下はしつこく食い下がった。
作戦遂行中に作戦指揮を執る軍師がいなくなるなどありえない事態だ。
天蓬は首を傾げて思案する。
『面倒ですねぇ。何か聞かれたらお腹壊してトイレに隠ってるとでも言って下さい』
『そんなぁっ!?』
『お願いしますね〜』
『元帥っ!!』
天蓬は上機嫌に鼻歌交じりで司令室を去ってしまった。



「と、言うことらしいです」
「…あぁのバカ天っ!!」
捲簾は頭を抱えて机を殴りつける。

早い話が。
とうとうキレたらしい。

苛立たしげにガシガシ頭を掻きながら、捲簾が部下へ視線を遣る。
「で?あのバカ、どれぐらい前に出たって?」
「えーっと…今から1時間半前だそうです」
「マジかよ。んじゃもう来るな」
盛大に溜息を零して、捲簾は机に乗り上げて座った。

1時間半前?
んな前に出たのに、やけに来るのが遅せぇな?
何してやがんだぁ??

降下する軸は割り出しているのだから、直で来ればここまでせいぜい20分も掛からないはず。
捲簾が眉を顰めて考え込んでいると、突然外が騒がしくなった。
「…いらっしゃったみたいですねぇ」
「…だな。ああ、もうお前も休んでいーぞ。ココにいたら無差別に毒吐くから」
「そんなに元帥荒れてらっしゃるんですか?」
「そりゃぁ…こっちの妖獣だけじゃなく、上層部のクソたぬき連中も相手にしてたんだからなぁ」
「大将…頑張って下さいね」
「…おう」
部下の励ましも、全然嬉しくない。
捲簾は覚悟を決めて入口の幕を睨み付けた。
そこへ。
「たったたたた大将っ!大変ですっ!元帥が…元帥がっ!!」
結界外で見張りをしていた部下が、大慌てで息を切らし駆け込んできた。
「わぁーってるっつーの!何だ?ご機嫌麗しく猛毒撒き散らしながらご登場か?」
「は?いえ…そうではなく…あの…っ」
捲簾が口元を歪めて揶揄すると、何故だか部下は顔を真っ赤に紅潮させる。

…何やらかしたんだ?アイツ??

胡乱な視線で部下の顔をまじまじと眺めた。
すると。

「けんれーん!ご機嫌いかがですかぁvvv」

脳天気な声と共に、入口の幕が勢いよく跳ね上げられる。
中にいた部下と捲簾が、入口に注目した。
二人とも驚愕のあまり声も出ない。
捲簾はぽかーんと口を開けたまま目の前の天蓬を注視した。

「…てん…ぽう?」
「そうですよ?やだな〜捲簾ってば!妖獣に頭でも噛まれておバカさんになっちゃったんですか〜?」
「噛まれるかっ!つーより…その格好は…何の仮装?」

捲簾達の目の前には。
絶世の美女、もどきが居た。

繊細で軽やかな純白と桜色の紗を幾重も纏い、髪は綺麗に頭上で結い上げられ、豪奢な金や宝玉の球飾りで飾っている。
薄化粧を施して美貌は更に輝き、唇は赤くて妙に艶やかだ。
全身から匂い立つような色香を放ち、天蓬がニッコリと微笑む。
「捲簾のためにおめかししてきました〜。お気に召しません?」
「お気に召しますも何も…何でいきなりそんな格好で来てんだよ?」
「何でって…捲簾に逢いたかったからですけど」
「………お前ら、戻っていいぞ」
「あ、はい」
呆然と天蓬の美貌に見惚れていた部下達は、捲簾の声に漸く我に返った。
一礼すると名残惜しげに幕外へ出て行く。
入口の幕を全て落とすと、外界から遮断され静かになった。
捲簾は額を押さえながら、ひょいひょいと天蓬を手招く。
嬉しそうに天蓬が近付いて、捲簾の身体をぎゅっと抱き締めた。
「捲簾…逢いたかったです」
艶然と微笑みを浮かべる天蓬を眺め、捲簾は応えるように軽く口付ける。
「で?何の余興なんだよ、それ」
「あれ?捲簾知らないんですか?今日は七夕ですよっ!天の川に引き裂かれた恋人達が年に一度逢瀬する大事な日なんです」
「それは知ってるけど…」
「ですからっ!任務によって天界と下界に引き裂かれた僕らが、漸く1ヶ月ぶりに逢うことができるんです…まるで七夕の伝承みたいでしょ?」
「で?その格好は」
「勿論、織姫です〜vvv」
「あ、そう」
捲簾は座っていた執務机にゴロンと転がった。
「ちょっとっ!何ですかその態度はっ!折角捲簾のために我慢して着替えたのにっ!!」
天蓬がムッと頬を膨らませて拗ねる。
天蓬に背を向けて転がっていた捲簾が肩越しに視線を向けた。
「我慢して着替えたって…どういうこと?」
「僕がこんな衣装持ってる訳ないでしょ?」
「あ?じゃぁ、ソレどうしたんだよ?」
「…観音に捕まりました」
「はぁ!?」
思っても見なかった名前を聞いて、捲簾が目を丸くする。



『お?天蓬じゃねーか。んな慌ててドコ行くんだ?』
下界ゲートへ向かう途中の回廊で、天蓬は観音に出会した。
『すいません。僕急いでるんです』
そのまま小さく頭を下げて通り抜けようとすると、後からガッチリと腕を掴まれてしまう。
『まぁ、待てよ。そっちには下界ゲートしかねーよなぁ?お前今討伐任務中じゃなかったのか?』
訳知り顔で観音はニヤニヤと天蓬を眺めた。
内心で舌打ちしながらも、天蓬はニッコリ笑顔を浮かべる。
『もう作戦も終了する頃です。ちょっと気になることがあるので、今後の参考に封印前に妖獣のサンプルを採取しに行こうと思いまして』
嘘も方便。
ゲートさえ潜ればどうとでも誤魔化せる。
『ふぅん…ソッチはついで、だろ?そんなに捲簾大将が恋しいか?天蓬元帥』
何もかも見透かされているようで、さすがに天蓬の鉄面皮も強張った。

こんなコトしてる暇ないんですよっ!

しかし振り切ろうにも、観音に掴まれたままの腕はびくともしない。
『まぁまぁ、そういきり立つんじゃねーよ。久々の逢瀬なんだろ?んなこ汚い格好じゃ、捲簾だって百年の恋も冷めるだろうよ』
『…大きなお世話です』
天蓬が全開笑顔で毒を吐くと、観音は可笑しそうに片眉を上げた。
『今日が何の日か知ってるか?天蓬』
『は?今日…ですか?』
唐突に話を変えられ、天蓬はつい聞き返してしまう。
すぐに我に返るがもう遅い。
観音は天蓬の腕を引いて、ゲートとは反対方向へ歩き出した。
『ちょっ…何するんですかっ!僕は下界にっ!!』
『わーってるよ。そう焦るなって。俺サマがイイコトしてやる』
『いりませんよっ!離して下さいーっっ!!』
『…捲簾が喜んで絶対お前に惚れ直す、て言ったら?』
抵抗していた天蓬の動きがピタッと止まる。
『捲簾が?』
『1ヶ月逢ってねーんだろぉ?下界と天界で離ればなれで可哀想になぁ〜。まるで七夕の牽牛と織姫みてぇじゃねーか』
『あぁ、今日は七夕でしたか。でも牽牛に織姫??』
『今のお前らみてぇだろ?』
『…成る程。引き裂かれた運命の恋人同士、ですね』
『アイツだって今日が七夕ってぐらい知ってんだろ?』
『どうですかねぇ…結構捲簾はそういう暦とかには疎いから』
『でも部下の誰かしらから聞いてんじゃねーの?』
『それはあり得ますね。でもそれと僕がどういう関係があるんです?』
『だーかーらっ!お前が着飾って下界に降りてみろ?何のための美貌だよ。軍議で頭使うだけじゃ天才の名に恥じるぞ?天蓬』
『要するに。僕が着飾って捲簾に逢いに行けば…』
『1ヶ月ヤッてねーんだ。即オチだろ?』
『…お願いします』
『任せろ。絶世の美女に仕立ててやる』



「…あのクソババァ」
捲簾は唸りながら悪態を吐く。
別に天蓬や捲簾を気遣った訳じゃない。
単に暇だったのだ。
そこへ運悪く天蓬が通りかかっただけ。
だからと言って。
「お前もっ!ホイホイ乗せられてんじゃねーよっ!バカ」
天蓬の頭を軽く小突くと、捲簾は机から飛び降りた。
そのまま倒れてソファへ身体を投げ出す。

…何だか一気に疲れた。

捲簾が目を閉じると、ソファの片側が僅かに沈んだ。
足許の方へ天蓬が座ったらしい。
「捲簾…」
「あぁ?何だよ」
「コレ…似合ってません?」
「………。」
天蓬の問い掛けに、捲簾は答えられない。

すっげぇ似合ってて、かなりヤバイんだけどっ!

別に女装なんか興味もないが、目の前の天蓬はいつになく艶やかで色気がある。
唯でさえアッチの方はご無沙汰で、欲求不満も限界状態。
性欲もナニも溜まりに溜まりまくって爆発寸前。
清楚で儚げな雰囲気は、オトコの征服欲を煽り立てた。
しかし。
中身は天蓬。
据え膳、の訳がない。
「けーんれん?」
身動ぎしない捲簾に焦れた天蓬の掌が、捲簾の足先から伝い上がってくる。
あからさまな意思を持った掌の感触に、捲簾が我に返って半身を起き上がらせた。
「ちょっ…天蓬っ!?」
焦って留まらせようとした腕を掴まれ、思いっきりのし掛かられてしまう。
しどけない所作で捲簾の胸に懐き、笑顔を浮かべて顔を覗き込んできた。
「捲簾?もう僕…限界なんですけど?」
天蓬の膝頭が、煽るように捲簾の股間を押し上げる。
「今日は恋人同士が逢瀬を愉しむ日なんですよ?」
「そ…だけど…んっ」
捲簾が息を飲んで身体を強張らせた。
敏感な反応に天蓬は艶やかに笑みを浮かべる。
捲簾の股間を、天蓬の指先が服の上で蠢いて刺激した。
次第に身体中の熱が集まり、股間の膨らみが形を浮かび上がらせる。
こんな状態で我慢するなんて馬鹿馬鹿しい。
「…降参。久々だし、ベッドで思いっきりヤリてぇんだけど?」
「いいですよ。貴方のココ…カラッポになるまで搾り取って上げます。勿論僕の濃い精液も全部飲んで下さい…捲簾のイヤラシイこの唇と…ココの淫乱なおクチでね?」
天蓬が双丘の間に指を突き立てた。
「ん…いーぜ。天の川が無くなるまで、だろ?」
「…天の川が消えても僕らは離れませんけどね」
「朝まで突っ込む気かよぉ〜この絶倫っ!」
ククッと楽しそうに捲簾が喉を鳴らして笑う。
「そうすれば離れられないでしょう?」
天蓬が捲簾の手を取って立ち上がらせた。
恭しく手の甲へ口付けて、寝室スペースのベッドへと誘う。
捲簾は天蓬にしがみ付くと、そのままベッドへ倒れ込んだ。
自分から着ていた軍服をはだけて、半身を露わにする。
天蓬も紗を肩から払い落とそうとするが、捲簾に止められる。
「俺が脱がせる…そのための衣装だろ?」
「まぁ…そうですかね」
天蓬と捲簾は口付けを交わしながら互いの服を身体から引き剥がして、天の川の輝く宙の下、ベッドへ深く沈んでいった。


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